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||| タイムカプセル |||


 三年間つき合っていた彼女に振られた。
 別れの言葉は一言、「あなたといても、もう何も感じないの」
 かなり、へこんだ。

 その日大学の講義が終わった僕は、もぬけの殻と化していた。ふらふらと意識半ばで歩いていたら、どうやらいつもの通りとは一本それた横道に入ってしまったらしい。気がつけば、いつの間にか細い裏路地の先にある見知らぬ店の前に立っていた。
「……雅藍堂?」
 ガラス越しに見える店内には壷やら絵画やらが所狭しと並べられ、まるで物置小屋か倉の中のようだ。一応骨董店なのだろうか。
 なぜか僕は惹かれるように店のドアを開けていた。
「いらっしゃいませ〜」
 カランカランとドアベルが鳴り、店の奥から男性の声が聞こえた。恐る恐る店内を進んでいくと、商品に埋もれるようにして椅子に座っている男性がいた。
 てっきりこういう店にいるのは目利きの老人なのかと思いきや、そこにいたのは随分若い男の人だった。長めの黒髪を後ろで一つに束ねた整った顔立ち。膝の上には一匹の黒猫が丸まっている。
「どうも。俺はここの店主のトキ。でもってこっちは黒猫の馨子キョウコさん」
「は、はぁ……」
「それで? お兄さん、今日はどんな商品をお求めで?」
「あ、いや、僕はたまたま立ち寄ってみただけで……」
 こういう店で売っている商品なんて、当然高価なものばかりだろう。そんなもの一学生に買えるわけがない。押し売りされる前に退散しよう。
 そう思って後ずさりした僕をの顔をじっと見てトキさんは言った。
「お兄さん、彼女に振られたでしょ」
「えっ!? なんでそれを!?」
「一目瞭然。顔を見ればすーぐわかるよ」
 そんなにわかりやすく顔に出ていただろうか……。確かにかなり落ち込んではいたけれど。
 するとトキさんはにまっと笑い、棚から小さな箱を取り出した。
「そんなお兄さんにはこれ! 開けてビックリあら不思議。素敵な出会いがあなたに舞い込む、夢と魔法の玉手箱〜♪」
 歌うようにそう言って小箱を差し出す。
 夢と魔法の玉手箱と言われても、僕には古ぼけた宝石箱のようにしか見えない。もしかして、これが噂の霊感商法というやつなのだろうか。
「そんなこと言って、何十万円もぼったくろうって気じゃなんですか? 僕はそんなのには騙されませんよ」
「まぁまぁそう言いなさんなって。今日は初回サービス、赤字覚悟の五百円でハンマープライス!」
「五百円? 本当に? あとからとんでもない額の請求書が来たり……」
「しないしない! も〜お兄さん疑り深いなぁ。ここは一つ、騙されたと思って買っちゃいなよ」
 いや、騙されちゃダメだろ。
 そう突っ込もうかと思ったが、その小箱に何か惹かれるものを感じ、僕は思わず財布から五百円玉を取り出していた。まぁ騙されたとしても五百円だ。彼女に振られた痛手に比べれば、今さらどうってこともない。
 トキさんから小箱を受け取り、早速ふたを開けてみようとする。
「おーっとダメダメ! 使用上のご注意。ここでは開けずに、家に帰ってから一人で開けましょう」
「……わかりました」
 なぜか逆らうことができず、大人しく小箱を鞄にしまう。僕は妙な感覚に捕らわれながら雅藍堂をあとにした。
「毎度あり〜」

*  *  *

 家に帰り、改めて小箱のふたを開けてみる。
 すると白い煙がもくもく出てきてお爺さんに――なんてことはなく、中には一枚の紙が入っていた。取り出して広げてみると、それは妙にしわくちゃで黄ばんでいて、どうやら随分古い紙のようだった。そして目に入ってきたのは、
『宝の地図』
 という四文字。子供独特のいびつな筆跡で、その下には地図らしきものが描かれている。
「なんだよこれ……どこが『素敵な出会いがあなたに舞い込む』だよ、子供の遊びじゃあるまいし。まさかここを掘れば美女がわんさか出てくるとか……」
 あるわけない。
 地図には建物らしき四角いものと、その横に山らしき曲線が描かれている。その山には一本だけ木が描かれていて、その下に赤い×印があった。おそらくここがその『宝』の在り処なのだろう。
「あれ? でもこれ……」
 角張った文字、それにこのイラスト。僕には見覚えがあるような気がした。特にこの字。すごく見慣れている気がする。
「これ自分の字だ!」
 そうだ、これは僕の字だ。そしてこの地図は僕が描いたものだ。
 それがわかった瞬間、忘れかけていた思い出が蘇ってきた。

 次の日の土曜日、僕は山の中にいた。そして持参したスコップで地面を掘っている。
 僕は宝の地図の正体を思い出した。あれは小学校を卒業した日に埋めたタイムカプセルの場所を書き記したものだったのだ。
 あの建物らしき四角いものは小学校。そしてその横に描かれていたのは学校の裏山だ。
 小学生の頃、学校が終わると毎日のように友達と遊びに来ていた裏山。そこには目印のように一本だけ大きなクヌギの木があった。地図に描かれていたのはその木だ。僕はその木の下にタイムカプセルを埋めた。そして今、それを掘り起こしている。
 この裏山に来たのは本当に久しぶりだった。地元とはいえ、今住んでいる場所からはだいぶ離れているし、ここに来る用事も特にない。まだこの山が残っているのかどうか不安だったくらいだ。
 でも、山はちゃんとそこにあった。来る途中に見かけた小学校は壁が塗り替えられて随分綺麗になっていたけれど、この裏山はあの頃と全然変わっていない。ただやたら大きいと思っていたクヌギの木は、今見るとそれほどでもなかった。それだけ僕が成長したということなのだろうか。

 ――カツン。

 スコップが何か固いものに当たった。軍手をはめた手で周りの土を払ってみると、何やらビニール袋に入った四角いものが顔を出している。僕はわくわくしながら埋まっているものを掘り出した。
 出てきたのは見覚えのあるクッキーの缶。ところどころ錆ついてはいたけれど、ほとんど埋めた当時のままだった。
 早速箱を開けてみる。その瞬間、僕の心臓は妙にドキドキしていた。
「うっわぁ……なっつかし〜」
 箱に入っていたのは、誕生日に買ってもらったミニカー、当時集めていた瓶の王冠、クラスで流行っていたカード。どれもこれも見ているだけで小学校時代が思い出される懐かしいものばかりだった。
 箱の中身を全部取り出すと、底の方に封筒が二通入っているのに気がついた。片方はきっちり糊づけされていたが、もう片方は封がされていない。僕は封がされていない方の封筒から見てみることにした。

『十年後のぼくへ』

 手紙はその言葉から始まっていた。
 それを見てすぐに思い出す。タイムカプセルにはお決まりの、未来の自分への手紙というやつだ。
 少し恥ずかしいような、でもすごく懐かしい気持ちでその手紙を読み返した。そこには当時の思い出や、今自分はどうしているのか、夢は叶ったのか、という10年後の僕への質問が書かれていた。そして手紙の最後に、

『今、好きな人はいますか?
 ぼくは水野さんに告白する勇気がなかったけれど、
 十年後のぼくは、きっと勇気のある人になっていると思います。
 すてきな彼女を作ってください。
 十二才のぼくより』

 とあった。
 水野さん。長い黒髪と二重のぱっちりした目が印象的だったクラスメイトの女の子。
 三年生の時のクラス替えで同じクラスになり、その時一目惚れをした相手だ。それから卒業するまでずっと一緒のクラスだったけれど、結局告白することができずにお互い別の中学に行ってしまった。それ以来一度も会っていない。思えばあれが僕の初恋だったのかもしれない。
「素敵な彼女を作ってください、か……。つい最近振られたばっかりだけどな」
 僕はもう片方の封がされた封筒を手に取った。表にはいびつで角張った、けれど丁寧に書かれた『水野 亜季様へ』の文字。それは十年前の僕が渡せなかったラブレターだった。
(結局捨てられなくてタイムカプセルに入れて埋めたんだっけ……)
 その時、ポツンと水滴が封筒の上に落ちて染みを作った。見上げると、いつの間にか空は灰色の雲で覆われている。
 雨だ。そう思ったのと同時にザーッと降り出してきてしまった。僕は急いでミニカーやら王冠やらを箱にしまうと、それを鞄に詰め込んで慌てて山をあとにした。もちろんあのラブレターも一緒にしまって。

 どこか雨宿りできそうな所を探して走っていると、小学校のすぐ前にバス停を見つけた。当時は時刻表が置いてあるだけだったが、あれからちゃんとした屋根つきの停留所ができたらしい。僕は迷うことなく飛び込んだ。
 そこには一人、バスを待っている女の人がいた。横目でちらっとそれを見ると、僕は鞄からタオルを取り出して顔や服の水滴を拭った。
「あの……」
 一通りふき終わった時、隣に立っていた女の人が遠慮がちに声を掛けてきた。突然のことに驚いて周りを見回す。そこにいるのは僕と女の人の二人。どうやら声を掛けた相手は僕で間違いないようだ。
「はい?」
「もしかして、中村君じゃない?」
「え? そうですけど……?」
 わけがわからず答えると、女の人はほっとしたように笑った。
「やっぱり! 中村君、全然変わってないね。すぐにわかったよ。……あ、私のこと覚えてる?」
 どこか聞き覚えのある声だった。頭が真っ白になる。もしかして、もしかして――
「水野さん!?」
「そう! 小学校の時一緒のクラスだった! よかったぁ、覚えててくれたんだね」
 そう言って嬉しそうに笑う。
 忘れるわけがない。というか、今の今まで考えていた相手だ。その人が、今まさに僕の目の前にいる。
 長い黒髪はアッシュブラウンのショートカットに変わっていたけれど、ぱっちりした目には当時の面影が残っていた。何よりその笑顔は小学生の僕が一目惚れをしたあの笑顔のままだ。
「久しぶりだねぇ。何年ぶりかな? 中村君、今どうしてるの?」
「今は大学4年。卒論に追われてるよ。水野さんは?」
「私は短大卒業して、またこっちに戻ってきたの。今はOLやってるよ」
 月日の流れを感じた。初恋の相手が今はもう立派な社会人になっている。何かすごく感慨深い気分になった。
 黙っていると水野さんが僕の顔を覗き込み、悪戯っぽく笑って言った。
「実は私、小学校の頃ちょっと中村君のこと気になってたんだ。だからよく覚えてたの」
「ええ!?」
 思わず声が裏返ってしまった。
 水野さんが僕を? ああもう、なんであの時告白しなかったかなぁ、12歳の自分!
「ね、よかったらメルアド交換しない? また会えると嬉しいな」
「も、もちろん!」
 思いがけない申し出に、僕は慌てて携帯を取り出した。ボタンを押す指が震えてしまう。無事メールアドレスをお互い登録し終わると、それを待っていたかのようにバスがやって来た。車内に乗り込んだ水野さんが振り返る。
「今度会う時は思い出話でもして盛り上がろうよ!」
 僕が答える間もなくドアは閉まり、バスは走り出してしまった。遠ざかっていく窓の向こうに手を振っている水野さんが見え、僕も慌てて振り返す。やがてバスが見えなくなると体中の力が一気に抜け、倒れるようにベンチに座り込んだ。
(まさかタイムカプセルを掘り出したその日に水野さんに出会うとは……)
 偶然ってあるものだなぁ、と僕はため息をついた。そして考えてみる。
 どうしてトキさんがこの地図を持っていたのか?
 それは小箱に入っていた『宝の地図』が、自分が書いたものだとわかった時にも思ったことだ。
(もしかして、トキさんが言っていた「素敵な出会い」ってこのことなのか……?)
 タイムカプセルに入っていた手紙は十年後の自分に当てたものだった。そしてそれからちょうど十年後、僕はそのタイムカプセルを掘り出した。
 そもそもタイムカプセルの存在なんてすっかり忘れてしまっていて、思い出したのはあの地図のおかげだ。いや、それ以前にトキさんからあの小箱を買っていなければ……いやいや、それよりも雅藍堂に入っていなければ――

 気がつけばいつの間にか雨は止んでいた。見ると空には大きな虹が架かっている。できすぎた演出だったが、僕の心はその空と同じように晴れ渡っていた。
 トキさんの言った通り、素敵な出会いが僕に舞い込んだ。きっと今日の出来事は偶然なんかじゃなく、トキさんが導いてくれた巡り合わせだったのだろう。僕にはそう思えた。
 もう一度あの手紙を取り出し、空にかざしてみる。
 もしかしたら、いつかこの手紙を渡せる日が来るかもしれない。

FIN.



■感想などありましたら…無記名でも結構です。お返事はレス用日記にて。

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