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おもちゃ屋



昭和30年代。
今と違ってTVゲームなどはなく、今からすると単純なおもちゃが多かった。
けどそれでいながら購買心をあおるような装飾がされていたのであった。これらのおもちゃは今でも売られているものもある。
いわば広い世代に親しまれているといったものが多い。
また当時は各家庭もそれほど裕福ではなかったので、本当に特別な時期、すなわち誕生日やクリスマスといった時でない限りはおもちゃを買ってもらうということはなかった。
というか駄菓子屋でちょっとしたおもちゃも売られている。したがって子供たちはいわば高級なおもちゃでなくても駄玩具でも十分に楽しめたといえる。
けどそれでいてそこそこ売り上げのあるおもちゃ屋もあったのも事実であった

昭和38年。駅前商店街に一軒だけおもちゃ屋があった。当時としては各町に一軒くらいしかないのが普通であった。
その為この周辺の子供たちのいわば御用達のおもちゃ屋でもあった。もちろん今と違ってぜんまい仕掛けや電池で動くタイプといった素朴で単純なものが多かった。
けど子供にとっては「魔法の遊び道具」なのである。確かに命を持たないものが動くものというのは、子供にとってかなりの魅力と不思議を感じさせる。
このおもちゃ屋の入り口でしきりに動いている人形や車などを眺めていると、子供たちはしばし時を忘れ、まるで夢の国にいるかのような至福な気分になる子供も多い。
もちろんこうなるとそのおもちゃをほしがる気持ちも当然出てくる。
たいていの親はせがむ子供を無視してそのまま立ち去る場合が多いが、中には子供の要求に答え(というか親が負けてしまい)晴れてそのおもちゃを買ってもらえる人もいる。
もちろん時代が時代だけにそうたやすく買える様な家は多くはなかった。けどそれでいながらこの町のおもちゃ屋でおもちゃを買ってくる家庭が多いのである。

理由は簡単。この店の店主の粋な計らいがのおかげである。
先ほどおもちゃを買った親子に対する店主の対応を見てみよう。
親:すみません。この電車のおもちゃください。
店主:(親子の様子を見て)これですか。ちょっと値が張りますが・・・もしよろしければこちらではどうでしょうか?こちらならこれよりも安価で提供できます。
親:安いのならこちらでもいいです。けどどう違うのですか?
店主:(両方の商品を取り出して)こちらは車内とヘッドライトが明かりが点かないのですよ。もちろん普通に走らせる分には全く同じです。
親:そうですか。なら安いほうにします。
店主:毎度あり。
とのように、この店では新製品が出た直後で売れ行きが悪くなり在庫処分されている同等の商品を問屋で安く仕入れそれを比較的安価で販売しているのである。もちろんこう言った販売は適当かどうかはわからないが。
また新製品を買った客には市価よりも値引きをしてあげる代わりに「このおもちゃを多くの人に見せびらかすように。」と頼むのである。
いわばそれとなく宣伝をしてもらうのである。これによって単純利益は多くはないが多くの子供に買ってくれることで売り上げが伸びるという手段である。
これも当時の小さな商店だからこそ出来ることだと思う。かつての商店街ではたいていは「値引き」や「おまけ」をよくしてくれたように思える。現在ではこうした人情味ある割引商法をしなくなったが、フリーマーケットではしばしば見受けられる。
これも人と人のふれあいが恋しくなった現代人の心のよりどころなのであろうか・・・

昔のおもちゃは子供たちに真に夢や希望を与えてくれるものが多かった。今となってはおもちゃ自体高度に進化してしまった感があり、かつてのように夢を与えるものが少なくなってしまった。
緻密なゲームによって凶悪犯罪を引き起こしたり現実と虚実が分からなくなる人も出てきてしまった昨今、おもちゃも原点に帰るべき時期に来ているのだと思う。


■K.Sさまのサイト 【電網町一丁目商店街】
三周年のお祝いを兼ねて、K.Sさんより小説をいただいてしまいました。
この作品を読むと、古きよき時代を垣間見ることができますね。
「おもちゃ屋」なのが、なんだか私にぴったりのような気がして…。
K.Sさん、素敵な小説をありがとうございました!

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