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彼と彼女のゴールデンウィーク 【生徒×生徒 編】

 彼女と、その隣の見知らぬ人物。
 彼が二人を見かけたのは、五月二日のことだった。

 大学に入り、一人暮らしを始めたケイゴとアサミ。お互いの住所が思いのほか近いことを知ったのは、春休みが終わる直前だった。そしてその事実を知るや否や、ケイゴは大喜びし、暇を見つけてはアサミを遊びに誘っていた。
 はたから見れば立派なデート。けれど、いまだに二人の間では、「好きです」や「つき合ってください」などという決定的な一言が交わされたことはなかった。だからアサミにケイゴが彼氏なのか訊こうものなら、ものすごい勢いで首を横に振ることだろう。
 友達以上、恋人未満。
 まさにこの二人には、そんな古典的表現がぴったりだった。

 そして五月二日。
 その日ケイゴは大学が終わったあと、授業で必要な道具を買いに、三駅先の専門店まで遠出していた。
 ここがアサミの大学の近くであることを思い出し、もしかして偶然会っちゃったりなんかして、などとそんな都合のいいことを考えた矢先のことだった。通りの反対側に、アサミの姿を見つけたのは。
「アサミちゃーん!!」
 一瞬目を疑うも、すぐさまそう叫んで駆け寄ろうとするケイゴ。しかし、道路交通法を無視して向こう側へ渡ろうとしたその足は、道路わきの柵を飛び越えたところで止まってしまった。
 アサミの隣に見知らぬ男が立っていたのだ。それも、何やら親しそうに話している。
 離れているため二人の会話は聞こえない。けれど、とても楽しそうな様子だということは伝わってくる。多分、二人とも後ろの店から出てきたところなのだろう。
 一体二人はどんな店に? そう思い、視線を奥に向ける。そして愕然。
 ――居酒屋。それもあれだ、サラリーマンが仕事帰りにもう一件はしご! というやつではなくて、今若者に人気の小洒落た感じの居酒屋だ。

 二人ともここでバイトしてるんじゃないのか?
 そんな馬鹿な。ミノリちゃんは自宅近くの喫茶店でバイトしている。掛け持ちなんて聞いたことがない。
 じゃあ友達がバイトしてるんだよ。
 そこに男女二人で押しかけるのか? それくらいあの二人は仲がいいってことなのか?
 何かここで相談事を……。
 こんな賑やかな所で? そうだとしても、二人は相談を持ちかけるほどの仲ってことになるぞ?

 思いつく限りの理由を挙げ、同時にすぐさま否定する。
 落ち着けケイゴ。小洒落た居酒屋に男女二人。この状況で、一番自然かつ無理のない設定を考えるんだ。
 ……なんて、そんなこと考えるまでもなかった。
 デート。誰が見たってそう思う。ケイゴも真っ先に思いついたが、真っ先に頭から抹消してしまった考えだった。けれど、それ以外に考えようがない。
 そのことを認めた瞬間、一気に目の前が暗くなった。後ろから思い切り殴りつけられたような衝撃に、思わずよろめいてしまう。フラフラとした足取りのまま、ケイゴはその場を立ち去った。

+++

 絶望的な光景を目の当たりにした翌日。昨日のダメージを引きずったまま、ケイゴは再びこの場所へやって来た。
 もうあの居酒屋どころか、この駅すら見たくない。それなのに自ら足を運んだのは、昨日肝心の買い物をすっかり忘れてしまっていたからだ。逆に言えば、それくらいショックを受けたということだ。

 あれからずっと考えていた。
 そもそも、アサミが誰とつき合おうと本人の勝手だ。いちいちケイゴに報告する義務も必要もない。だって、自分はアサミの恋人でもなんでもないのだから。
 元はといえば、ちゃんと言葉にしなかった自分が悪いのだ。メールのやり取りをしたり、休日一緒に遊んだり、それだけで彼氏気取りになっていた。でも、実際はそうではない。
 言葉にすることがそれほど重要? 気持ちが伝わればそれでいいじゃないか。
 それは単なる自分への言いわけに過ぎなかった。積極的なふりをして、いざとなると肝心な一言を口に出せない自分を正当化するための、言い逃れ。本当はただ勇気がないだけなのに。現にあのあと、アサミ本人に尋ねることもできなかったじゃないか。
 少なくとも、たった一言「好き」と伝えておく必要はあった。そうしていれば、こんなに悩むこともなかったのに。ああ、俺の意気地なし。
「うわぁん! うわぁん!」
 泣きたいのはこっちだよ……。
 そう思った瞬間、ケイゴは我に返った。立ち止まって見回すと、すぐそばで小さな男の子が泣いていた。声の主はこの子だったようだ。
 正午間近で人通りは多いものの、みんな気にすることなく素通りしていってしまう。ケイゴは少しためらったが、男の子に声をかけた。
「……どうした? 迷子にでもなったか?」
 その声に反応し、男の子が顔を上げる。そして首を振り、上を指差した。つられて見上げると、そこには街路樹に引っかかった風船が揺れている。
「あー、手ぇ離しちゃったのか。待ってろ、今お兄ちゃんが取ってあげるから」
「……とれる?」
「任せなさいって! ……よっ。……ほっ。……とりゃっ」
「…………」
 何度もジャンプしてみるが、あともう少しのところで手が届かない。その様子を見ているうちに、男の子の表情は次第に曇っていく。ケイゴが十回目のジャンプをした時には、再び泣き出す寸前だった。
「あ〜、泣かない泣かない! ……仕方ない、こうなったら最終手段だ」
 そう呟くと、ケイゴは道路わきの柵に足をかけた。人目を気にしてためらわれたが、こうなったらなんとしてでも取るしかない。ケイゴは意を決し、柵の上によじ登った。
 丸くて細い柵は、鉄棒の上に立つのと同じようなもの。非常に足場が不安定で、高いバランス感覚を要する。そして何よりかなり目立つ。通る人通る人、一体何をやっているのかと横目で様子を窺っていく。
 しかしそんなことを気にしている場合ではない。ケイゴは慎重に横移動すると、ゆっくりと手を伸ばした。そして風船のひもをキャッチする。
「よし、取れた!」
 思わず声を上げたその瞬間、一瞬の油断が生まれた。ケイゴの体はぐらりと大きく傾き、そのまま前のめりになってしまう。
「うわっ!!」
 まずい、このままだと顔面着地だ。最悪の事態が頭をよぎり、ケイゴはとっさに受身を取った。その甲斐あって、顔と風船だけはなんとか死守。その代わり犠牲になったのは手のひらと膝だった。
「あはは……ほら」
 笑ってごまかしながら、ケイゴは片膝を突いた体勢のまま風船を差し出す。男の子は目の前の出来事にかなり驚いていたようだったが、すぐに嬉しそうな顔になり風船を受け取った。
「ありがとう!」
「どういたしまして。もう離しちゃダメだよ」
「うん!」
 男の子は笑顔でうなずいて走り去っていった。なんだか清々しい気持ちになると、ケイゴは膝をはたいて立ち上がった――が、その時になってようやく痛みに気がつく。膝の方はズボンがカバーしてくれたけれど、むき出しの手のひらは見事に擦りむいていた。血がにじんでジンジンしている。
「あたた……。まぁこれは名誉の傷ってことで」
「いいとこあるんだね」
「まぁねー。泣いてる子供を放ってはおけないでしょ」
「落っこちた時は笑っちゃったけど」
「いや、運動神経抜群の俺だからこれくらいで済んだけど、普通の人だったら今頃顔面から血を流して……って、ええ!?」
 いつの間に会話をしていることに気づき、ケイゴは慌てて振り返った。すると、そこに立っていたのは見覚えのありすぎる人物。
「あああ、アサミちゃん!? なんでこんな所に? いやそうじゃなくていつから? っていうか、え? ええ!?」
 混乱のあまり、何を言っているのかわからなくなる。昨日あんな現場を目撃したばかりだというのに、その人物にまた出くわしてしまうなんて。
 妙に慌てた様子のケイゴを不思議そうに眺めるが、アサミは「はい」とハンカチを差し出した。
「……手、血が出てるでしょ?」
「え? あっ、で、でも汚れちゃうし」
「何? 人の好意を無駄にする気?」
「……いえ、ありがたく使わせていただきます」
 そう言ってハンカチを受け取り、手のひらの血を拭う。しかし、ケイゴの頭の中はそれどころではなかった。
 どうする? 思い切って昨日のことを訊いてみるか? このチャンスを逃したらもうあとはないかもしれないぞ? いけ! 訊け! 勇気を出せ!!
「あっ、あのさアサミちゃん! 昨日――」
「若杉さーん」
 その時、ケイゴの言葉を遮るように、後ろから男性の声が聞こえた。二人は同時に振り返える。その瞬間、ケイゴは固まり、逆にアサミは笑顔になった。駆け寄ってきたのは、昨日アサミが一緒にいたあの男だったのだ。
「野栄くん、携帯あった?」
「うん。やっぱりあの店に置き忘れてたよ」
「そっか。見つかってよかったね」
 なんだ。なんだこの仲良さげな雰囲気は。
 自分の存在を無視して話を進める二人に、ケイゴのイライラが頂点に達する。そしてわざとらしく会話に割り込んだ。
「あれー? アサミちゃーん、こちらはどなた?」
 その言葉で、「野栄くん」なる人物がようやくケイゴの存在に気づく。
「あれ、若杉さんの知り合い?」
「ああ、えっと……高校の時のクラスメイトの、木村ケイゴ」
「どうもー」
「こっちは大学でサークルが一緒の、野栄リョウくん」
「はじめまして」
 アサミの「高校の時のクラスメイト」という紹介に少し不満を感じるが、ケイゴはいたってにこやかに挨拶した。しかし心はすでに戦闘体制。少しでも多く敵の情報を得なければ。
「で、今日は二人してどちらへ?」
「どちらへって……昨日野栄くんがお店に忘れた携帯を取りにきただけだよ」
「ふぅーん」
 ケイゴは冷静を装うが、内心かなりショックを受けていた。やはり、昨日二人があの居酒屋にいたのは事実だったのか……。
 しかしそんなケイゴの思いを察したかのように、リョウが説明を付け加えた。
「昨日はサークルの飲み会があったんです。その店にもみんなで行って。だから、別に若杉さんと二人でってわけじゃないですよ」
 にっこり。
 なんだこいつ。なんでわざわざそんな説明を入れる? 俺の心中お見通しってか。
 ケイゴの中で、リョウに対する好感度が一気に降下した。けれど、二人きりではなかったことがわかって安心もする。そして、同時にある確信を得た。
 ――こいつ、アサミちゃんのこと狙ってる。
 これは勘だ。リョウからは、同じ人を好きな者同士の間で共通する何かを感じる。さらに言うなら、携帯を取りにいくだけなのにアサミを誘うあたり、他意があるとしか思えない。もっとも、アサミ本人はそんなこと、微塵も気づいていないだろうけど。
 ケイゴの中で、リョウに対する警戒心が一気に強まった。
「ねぇアサミちゃん、お昼一緒に食べない?」
 きっとリョウはこのあとアサミとどこかに行こうと目論んでいたはずだ。ならば先手必勝。なんとかして二人を引き離さなければ。
「え? でも」
「ダメ? それとも、これから二人でどっか行く予定でもあった?」
「そんなことはないけど……」
 アサミがちらりとリョウに視線を向ける。リョウはその意味を瞬時に悟ったようだった。
「行ってきなよ、若杉さん。オレのことなら気にしなくていいから」
 そう言ってまたにっこりと微笑む。そして同時にケイゴの中で好感度がさらに下がった。なんだこの余裕ぶった態度は。
「今日はわざわざつき合ってくれてありがとう。また学校で」
「あ、うん! またね」
「えーと、木村さんもさようなら」
「はいさようならー」
 早くどっか行け。

 昼食に向かう途中、ケイゴがぽつりと漏らした。
「ねぇアサミちゃん。明日、暇?」
「え? ……特に用事はないけど」
「それじゃあ明後日は?」
「……も、ないけど」
「じゃあ明々後日は?」
「……ねぇ、それがどうかしたの?」
 アサミが怪訝そうに尋ねると、ケイゴの足がぴたりと止まった。そして振り返り、きっぱりと告げる。
「アサミちゃんのゴールデンウィーク、俺が全部予約を入れる。他のはみんなキャンセルね」
「なっ、何それ! なんで人の休みを勝手に決めるわけ!?」
「いいからいいから。もうこれ決定事項。変更は一切きかないからね」
「だからなんで勝手に決めるのよ!」
「いいからいいから」

“言葉にする”以外に、また新たな課題が増えてしまった。どうやって敵を排除してやろう。今後の作戦を練らなければ。
 なんにせよ、ケイゴの連休は、ブラックリストに「野栄リョウ」の名前を追加することから始まった。



小説TOP教師×生徒 編

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