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彼と彼女の夏祭り 【教師×生徒 編】

 八月七日。
 田舎でもなければ都会でもない、そこそこ栄えた町での花火大会。
 屋台や夜店が並び、賑わう通りを、彼と彼女は歩いていた。


「……お前、楽しそうでいいな」
 ため息混じりの呟きが、人ごみの喧騒に掻き消される。
 まだここに来て三十分も経っていないというのに、西崎の疲れはすでにピークに達していた。もともと人が多い所は苦手なのだ。
「楽しいに決まってるじゃないですか! コースケさんは楽しくないんですか?」
 隣を歩くミノリは明るい声で答えた。右手には焼きイカとりんご飴、左手には焼きそばとお好み焼きが積まれ、すでに夏祭りを満喫しきっている。もちろん浴衣に下駄のフル装備だ。
「俺もう帰りたいんだけど」
「ダメです。まだ花火だって見てないじゃないですか。最後までつき合ってもらいますよ」
 そう言ってミノリは両脇に並ぶ夜店を見回し、目を輝かせて次の獲物を品定めする。西崎はそんな姿を呆れたように眺めていたが、ふと思い出したように尋ねた。
「お前、ちゃんと勉強してんのか?」
「もっちろん! 勉強も人間関係も良好です。友達もできたし、一人暮らしにも慣れたし、大学生活楽しんでますよー」
「友達ね……」
 以前電話で小言を聞かされた仲原サトコのことを思い出し、西崎は乾いた笑みを浮かべた。
「外国語学科だっけ? それでお前、将来何になるつもりなんだよ」
 その質問に、ミノリは待ってましたと言わんばかりににんまりと微笑んだ。思わず余計なことを訊いてしまった、と西崎は後悔する。
「私ねー、教員免許を取るんですよ。それで、高校の英語教師になるんです。そして母校で英語を教えるかたわら、職場恋愛を経て、ゆくゆくは寿退社。そこから先は家事と育児に専念して、旦那を支える良き妻となるつもりです!」
「……お前のそれは何を想定して言ってるんだ」
「西崎ミノリ……どうですかっ? 語呂もばっちりだと思いませんかっ!?」
「……あのな岡本」
「それ! それですよコースケさん! そろそろ将来に備えて、名前で呼ぶ練習をしておいた方がいいと思うんですよねっ」
「…………」
 西崎は大きくため息をつくと、トリップしているミノリを置いて歩き出した。そしてそこで、思いがけない人物に出くわす。
「げ」
「あー」
「あら」
 三者三様の反応。ちなみに上からミノリ、西崎、そして――
「コースケも来てたんだ」
 ミノリが知る限り、西崎を呼び捨てにできるたった一人の人物。矢島カナエ、その人だ。同時に、ミノリが今一番顔を合わせたくない人物だったりもする。
 それを知ってか知らずか、カナエはにっこり笑って言った。
「久しぶりね、岡本さん。こっちに帰ってきてたんだ」
「お久しぶりです、矢島先生。夏休みですから。それとも私が帰ってきたら何か問題でも?」
「やぁね、そういうつもりで言ったんじゃないのよ。気を悪くしたのならごめんなさい」
「大丈夫です。気にしてませんので矢島先生もお気になさらず」
 すべて笑顔で交わされているのに、二人の間の温度が氷点下なのはなぜだろう。また面倒なことになったと頭を抱える西崎に、ミノリが突然振り返って告げた。
「コースケさん、私のど渇きました」
「は?」
「だからトロピカルジュース買ってきてください。青いやつお願いしますね」
 そう言って、通りの一番端に見える屋台を指差す。
「なんだよ急に……。のど渇いたんなら自販機の方が近いし安いだろ」
「ダメです。私はトロピカルジュースが飲みたいんです。今! すぐに!」
 ミノリは西崎を睨みつけ、再び屋台をビシィッと指差した。
「買って・き・て・く・だ・さ・い!」
「……わかったよ」
 妙な迫力に押され、西崎は渋々屋台へと向かった。その場にミノリとカナエが残される。
 ――一度この人とはじっくり話さなければいけないと思っていたんだ。
 ミノリは呼吸を整えると、くるりとカナエに向き直った。もちろんその顔は笑顔。対するカナエもやんわりと微笑んでいる。けれど、二人の間には激しく火花が散っていた。
「二人で夏祭りだなんて、随分仲がいいのね。コースケからは、別につき合ってるわけじゃないって聞いていたんだけど」
 カナエが先制攻撃を仕掛ける。
 真っ先に一番痛い所を突かれ、ミノリは思わず心の中で呻き声を漏らした。しかしすぐに態勢を立て直す。
「矢島先生こそ、まさか一人で夏祭りですか? てっきり恋人がいらっしゃるのかと思ってました」
 ミノリのカウンター攻撃が炸裂。
 どうやら相手の急所を突いたようだ。カナエの口元がわずかに引きつった。しかし、相手もこれしきのことで倒れたりはしない。
「たまたま近くを通りかかったのよ。地元のお祭りなんだから、顔出すくらいはしなくちゃね」
 嘘つけこの女。絶対私とコースケさんがいるのを知ってて来たんだ。
 なんてことなど微塵も顔に出さず、ミノリは相変わらず笑顔のまま答えた。
「あ、そうだったんですか。じゃあもう帰るところだったんですね。引き止めちゃってすみません」
「気にしなくていいのよ。どうせだから花火まで見ていこうかと思って」
 不自然なほど笑顔を絶やさない二人。しかし、ミノリがなすべきことはただ一つだった。
 【西崎が戻る前に矢島カナエを排除する】
「――浴衣、可愛いわね」
 不意に視線を落とし、カナエがそう言った。
「そ、そうですか?」
「ええ。いいわよねぇ、夏祭りを楽しんでるって感じで。私はもう、そういうのではしゃげるほど子供じゃないから……羨ましいわぁ」
「な……っ!」
 そこで始めてミノリの笑顔が崩れる。一瞬でも気を許した自分を恨み、心の中で舌打ちした。そして笑顔に戻って告げる。
「そうですよね。やっぱり浴衣って、若いうちにしか着れませんもんね。今のうちに思いっきり楽しんでおこうと思います」
「く……っ!」
 今度はカナエの笑顔にひびが入る。
 若い=ガキ、大人=オバサン。どちらも強みであると同時に最大の弱みでもあるタブーに触れられ、二人の仮面は完全に剥ぎ取られた。今や本性むき出しで相手を睨み、まさに一触即発状態。とどめの一撃を放つのはどちらか――そう思われた、その時。

 チャチャラチャラチャラチャーラーン♪

 あまりにも場にそぐわない陽気な着メロが流れ出す。二人は一気に脱力し、戦意を失った。
 ミノリがため息をつきながら携帯を取り出す。こんな時に一体誰がメールを……と、送り主を恨みながらディスプレイに目をやった瞬間、ミノリの動きが止まった。無言のまま携帯をしまい、顔を上げる。そこには勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
「すみません。私、急用ができてしまいました」
「……え?」
「では失礼します」
「え? ちょ、ちょっと!」
 慌てて引き止めようとするカナエを無視し、ミノリは足早にその場を立ち去った。
 メールに書かれていたのは、「こっち来い」のたった五文字。ミノリが思った通り、その送り主はトロピカルジュースの屋台の前に立っていた。
「コースケさん!」
 ミノリが駆け寄ると、西崎は辺りを見回しながら尋ねる。
「……あいつは?」
「さぁ、置いてきちゃいましたけど」
「ならいい。こんなところ学校の奴らに見られたら、あとでうるさくて仕方ないからな」
「あれ、私と一緒のところはいいんですか?」
「お前はまぁ、もう卒業してるし……ほら」
 西崎は語尾を濁すと、手にしていたものを差し出した。ミノリが買ってこいと頼んだトロピカルジュース。ちゃんと指定した通り、味はブルーハワイだった。
「わーい、ありがとうございます」
 ミノリが受け取った瞬間、ドーンと大きな音が辺りに響いた。同時に空が明るくなる。
「……花火、始まっちゃいましたね」
「ああ」
 結局立ち見になってしまったけれど、ミノリも西崎も、次々と上がる色とりどりの花火に目を奪われていた。時間を忘れて見入ってしまう。
 アナウンスが入り、次が最後の演目だと告げた。カラフルなスターマインがいくつも上がったあと、最後に一際大きな花火が打ち上げられた。ドン、という音と共に、鮮やかな光が夜空一面に広がる。オレンジ色の尾を引き、流れるように消えていった。
 見物客から歓声と拍手が漏れる。やがて人の流れが再び動き出し、今年の夏祭りが終わった。
「さてと。花火も見たし、とっとと帰るぞ」
 早々に立ち去ろうとする西崎に、ミノリは不満げな声を上げた。
「ええー! なんかこう、もっと余韻とか感慨とか、名残惜しさみたいなものはないんですか!」
「ない」
「く〜っ! まったく、ムードの欠片もない人ですねぇ」
「うるさい。早くしろミノリ」
 はた、とミノリが足を止める。呆然と立ちすくみ、まるで手にしている金魚のようにぱくぱくと口を動かた。そんなミノリを見て西崎は呆れたように言う。
「置いてくぞ」
「こ、コースケさん……今……今なんて言いました!?」
「……『置いてくぞ』」
「その前です!」
「『うるさい早くしろ』」
「そのあとです!」
「だから『置いてくぞ』」
「違いますよぉ!」
 ミノリは歯痒そうに地団駄を踏み、西崎に詰め寄った。
「今『ミノリ』って! 私のこと、『ミノリ』ってそう名前で呼びましたよね!?」
「だったらなんだって言うんだ」
「コースケさん……さっそく将来に向けての練習ですね!?」
「なんでそうなる……。単にそっちの方が短くて呼びやすいだけだろ」
「まーたまた、照れちゃって〜! もう一回呼んでみてくださいよ!」
「照れてないし用もないのに呼ぶか馬鹿」
「アンコール! アンコール!」
「却下」
「ワンモアタイム! ワンモアタイム!」
「うるさい」
「ミノリ! リピートアフタミー、ミ・ノ・リ!」
「お前はもう帰れ。東京に」
「もー! 照れ屋さんなんだから〜!」
「…………」

 一人有頂天になっているミノリの横で、無駄に調子づかせたことを後悔する西崎だった。



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