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空の童話 -a pair of wings-
空のかなた、雲の上。
天界と呼ばれるところでは、たくさんの天使たちが暮らしていました。
天使たちはみな、空を自由に飛べる大きな羽を持っていました。
けれどたったふたりだけ、ふたりで一対の羽を持つ、双子の天使がいたのです。
右の羽を持つ天使をイリといい、左の羽を持つ天使をスウといいました。
ふたりは太陽のように輝く金色の髪と、空のように澄みわたった青い瞳を持っています。
イリとスウは、ふたり一緒でないと空を飛ぶことができません。
つないだ手をはなしてしまったら、あっという間にまっさかさまです。
だからふたりはいつも一緒。
虹の橋を渡るときも、雲のふとんでお昼ねするときも、もちろん空の散歩をするときも一緒です。
背中の羽がなければ、女神さまだってふたりを見わけることができないでしょう。
ある日のこと。
スウがお昼ねから目をさますと、となりにいるはずのイリの姿が見あたりません。
あわててあたりを見回すと、雲のはしにしゃがみこんでいるイリを見つけました。
イリは身を乗り出し、なにかをじっと眺めているようです。
「どうしたの? なにを見ているの?」
スウがたずねると、イリは答えました。
「下の世界だよ」
イリの言葉に、スウは首をかしげました。
けれどイリはうれしそうにつづけます。
「知ってる? スウ。
下の世界には、ゆらゆら揺れる、大きな空があるんだよ」
「ゆらゆら揺れる空?」
「そう。下の世界では、それを『海』って呼んでるんだって」
「うみ……」
ゆらゆら揺れるんじゃ、きっと散歩するのはあぶないだろうな。
スウにはなんだか海が危険なもののように思えました。
イリの様子がおかしくなったのはその日からです。
スウが雨のシャワーを浴びに行こうと言っても、星のかけらをひろいに行こうと言っても、イリは雲のはしに座って下の世界を眺めるばかり。
とうとう一日中下の世界を見ているようになってしまいました。
「ねぇ、どうしてそんなに下の世界ばかり見ているの?」
スウがほおをふくらめてそう言うと、イリはやっぱりうれしそうに答えます。
「下の世界には、天界にないものがいっぱいあるんだよ。
ぼくたちが見たこともないようなものがたくさんあるんだ」
「もしかして、イリは下の世界に行ってみたいの?」
「うん! 下の世界を飛び回って、いろんなものを見てみたいんだ。
ねぇスウ。一緒に下の世界に行ってみない?」
それを聞いて、スウは驚いたような顔をしました。
「下の世界はあぶないところだって聞いたもの。スウは行きたくない」
「そっか……」
イリはさみしそうにつぶやきました。
けれど次の日も、その次の日も、イリは一日中下の世界を眺めていました。
イリが下の世界にあこがれる気持ちは、見ているスウにも伝わってきます。
でもやっぱり一緒に行く気にはなれません。
イリも下の世界に行きたいけれど、いやがるスウをむりやり連れて行く気にはなれません。
イリは、これほどひとりで飛ぶことができたらよかったのに、と思ったことはありませんでした。
スウも、これほどイリひとりで飛ぶことができたらよかったのに、と思ったことはありませんでした。
そしてまたある日のこと。
目がさめたイリは、となりにスウの姿がないことに気がつきました。
あわててあたりを見回したとき、今度はいつもより背中が重たいことに気がつきました。
どうしたんだろうと後ろを見てみると、なんとそこにはあるはずのない左の羽があったのです。
イリの背中には、ほかの天使たちと同じように二つの羽が生えていました。
ためしに羽ばたいてみると、体がふわりと宙に浮きました。
「すごい……ひとりで飛べた! 願いごとが叶った!」
イリはうれしさのあまり、くるくるとあたりを飛び回ってしまいました。
すると、ひときわ小さなひつじ雲の上に、ぽつんと立っているスウの姿を見つけました。
「スウ見て! ぼくひとりで飛べるようになったよ!」
そう言ってよろこぶイリを見上げ、スウはにっこりと笑いました。
けれどイリはおかしなことに気がつきました。
スウの背中にあるはずの、左の羽がなくなっていたのです。
イリは驚いてスウのもとへ飛び降りました。
「どうしたのスウ!? なんで羽がなくなっちゃったの!?」
スウはまたにっこりと笑って答えました。
「女神さまにお願いして、スウの羽をイリにつけてもらったの。
これでイリひとりでも飛べるようになったでしょう?」
「どうしてそんなこと……」
「スウは下の世界に行きたいと思わないけど、イリが行きたいと思うなら、イリには行ってほしいもの」
「でもスウはもう空を飛ぶことができないんだよ?」
「いいの。かわりにイリが飛んでくれるから。
それにスウまで一緒に行ったら、イリが帰ってくる場所がなくなっちゃうでしょう?
下の世界を飛び回って疲れたときは、いつでも帰ってこられるように、スウはここで待っているから」
イリは思わず泣いてしまいそうになりました。
けれどスウも我慢しているのがわかったから、それをこらえて笑顔を作りました。
「ありがとう、スウ。すごくうれしいよ。本当にありがとう」
「イリと一緒にいられないのはさみしいけど、スウはずっとここで待っているから。
そのかわり帰ってきたときは、下の世界のお話、いっぱい聞かせてね」
「うん! 約束する」
ふたりは指きりげんまんをしました。
「それじゃあスウ、いってきます」
「いってらっしゃい、イリ」
ふたりは笑顔で別れました。
小さくなっていくイリの背中を、スウは雲の上からいつまでもいつまでも見送っていました。
空のかなた、雲の上。
天界と呼ばれるところでは、たくさんの天使たちが暮らしていました。
天使たちはみな、空を自由に飛べる大きな羽を持っていました。
ふたりで一対の羽を持つ双子の天使は、羽のある天使と、羽のない天使になってしまいました。
羽のある天使をイリといい、羽のない天使をスウといいました。
イリは今日も下の世界を飛び回っています。
スウは今日も天界でイリの帰りを待っています。
イリとスウは、もうふたり一緒に空を飛ぶことができません。
けれどふたりはいつも一緒。
どんなに離れていても、見えない手をつないでいるのです。
もう二度とはなすことのない手をつないでいるのです。
広い空のかたすみの、小さな小さなお話でした。
FIN.