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真夜中の相談屋さん



 ピルルルルルル ピルルルルルル

 突然部屋に携帯の着信音が鳴り響き、私は眠りから引き戻された。
 こんな時間に一体誰が……。私は顔をしかめると、ベッドに潜ったまま枕元を手探りした。すぐに目的のものが見つかり、それを手に取ると、開いてディスプレイを確認した。
 夜中の十二時ジャスト。ディスプレイはそう表示するだけで、着信用の画面にはなっていない。けれど着信音は鳴り続いている。
 どうやら音の出所は別のようだった。私は渋々体を起こし、部屋の中を見回した。

 ピルルルルルル ピルルルルルル

 暗闇の中、勉強机の上で光っているものがあった。
 それを見て思い出す。古い方の携帯だ。先月機種変更をして役目を終えた、カメラも付いていないポンコツ携帯。愛着があって持ち帰ってきてしまったけれど、今では時々目覚まし時計の代わりに使っているくらいだ。
(アラーム、セットしたままになってたんだっけ……?)
 そう思い、サイドライトを点けてベッドから降りる。机に向かい、うるさく鳴り続けるポンコツを手に取った。
 しかしディスプレイを見て目を疑う。そこに表示されていたのは、「着信」の二文字。相手は非通知設定となっている。
「うっそ……もう解約してるのに、なんで?」
 その証拠に、本来ならアンテナが三本立っているはずのところが、「圏外」と表示されている。どこからも掛かってくるはずがないのだ。そう考えている間も、ポンコツはうるさく音を立てている。
 ――多分、その時の私は寝ぼけていたんだと思う。だってそうでなかったら、
「…………もしもし?」
 なんて、得体の知れない相手からの電話を取るはずがないんだから。

『もしもし? 相談屋さんですか?』

 それが相手の第一声だった。
「……は? 相談屋さん?」
『私、戸山 シロと申します』
 まったく聞き覚えのない、中年サラリーマンのような声。名前にも思い当たる節がない。
 その誰だかさっぱりわからない電話の向こうの相手は、私の返事も聞かず、勝手に話を進めていく。
『ちょっと聞いてくださいよ、相談屋さん。実はうちの奥さんがね……』
「あ、あの、もしもし? 失礼ですけど、掛け間違いじゃありませんか?」
 慌ててそう尋ねると、男性はきょとんとした声で返した。
『おや? そちら、穂高 真由さんですよね?』
「え? ええ、そうですけど……どうして私の名前を?」
 突然自分の名前を言い当てられて驚く。
 もしかして私が覚えていないだけで、本当は知り合いだったりするんだろうか? 戸山 シロなんて特徴のある名前、一度聞いたら絶対覚えているはずだ。そう思い、必死に記憶の糸を手繰ってみる。
 声からして、四十代くらいの男性だろう。親戚のおじさん、友達のお父さん、中学の時の先生……。頭をフル回転させるが、それも男性の怒涛のトークによって中断されてしまった。
『聞いてくださいよ。うちの奥さんたら、全然私の好みをわかっていないんです。どれでも一緒だろうみたいな感じで、特売品の安いものばかり買ってきて。でもねぇ、これがまったくの間違い! 安物は所詮安物。こっちは仕方なく食べてますけどね、正直言って、不味いのなんのって』
「あ、あの、ちょっと?」
『ほら、CMでやってるでしょう? 上質の素材を生かした贅沢な作り……って。一度でいいからああいうのが食べてみたいんですねぇ。しかもですよ? 不味い安物にようやく舌が慣れたかと思ったら、今度はまた別の安物を買ってくるんです。もう嫌がらせとしか思えませんよ』
「いや、えっと……もしもし?」
『こちとらグルメなんです。味にはちょっとばかし……いや、かなりうるさいんですよ。それは周知の事実だと思っていたんですけどねぇ』
「…………」
 ダメだ。まったく話が噛み合わない。この人は一体どこの誰で、さっきからなんの話をしているんだ? そもそも相談屋って何? 私が相談屋? そんな副業始めたつもりはない。
 そんなことを考えているうちにも、男性のトークは続いていく。私もさっさと電話を切ればいいのに、なぜか長々とその男性の愚痴につき合ってしまっていた。
『もちろん健康にも気を使っていますよ。安物には添加物が多分に含まれていますからねぇ。あんなの何年も食べてちゃ、体に悪いったらないですよ』
「はぁ……それは大変ですねぇ……」
『そうなんですよ! ここ数年、そのせいで太り気味になってしまって……。最近ではちょっと横になっているだけで、ゴロゴロしているなと外に追い出される始末です』
「はぁ……それはひどいですよねぇ……」
『これでも昔は近所の人気者だったんですよ? 特に女の子からは、そりゃもう道で見かけるたびに駆け寄ってこられるほどで』
「はぁ……それはそれは……」
 段々受け答えも適当になってくる。
 その後、男性の話は延々二時間近く続いた。気がつけばもう夜中の二時を回っている。さすがの私もウンザリで、途中から相づちを打つ気力さえなくなってしまった。最終的には睡魔に襲われ、うとうとし出す始末。話の途中で思いっきりあくびをしてしまったけれど、男性はお構いなしで喋り続けた。
『ねぇ相談屋さん。私はどうしたらいいんでしょうね?』
「……そんなに嫌なら、食べなければいいじゃないですか……」
 ぼんやりした意識の中、確かそんなふうに答えたと思った。それに対し、男性は受話器の向こうで何やらぶつぶつと呟いていたが、眠気のせいもあって上手く聞き取れなかった。『なるほど』とか、『断固拒否か』とか、そんな単語が混じっていたと思う。
 そして突然、男性は声を上げた。
『わかりました! 私、意地でも安物は口にしないことにします。奥さんが高価な食べ物を買ってきてくれるまで、絶対に!』
 もう限界だった。何がなんだかわからないままだが、今はとにかく眠い。ひたすら眠い。
 私はベッドに沈みながら、やっとの思いで返事を返した。
「……そーですね……。それが……いい、かも……」
『いや〜、相談屋さんに話を聞いてもらって、随分すっきりしましたよ。ありがとうございました』
 眠りに落ちる寸前、そんな言葉を聞いた気がする。

*  *  *

 目が覚めると朝になっていた。
 ぼんやりしたまま天井を見つめる。昨日のあのおかしな電話は……もしかして、夢?
 確かに手にはポンコツ携帯を握ったままだったけれど、着信履歴を見ても昨日の日付のものは一件もない。
(だよなぁ……ありえないもん、あんな電話)
 心の中でそう呟くと、体を起こしてベッドから降りた。そしていつものようにカーテンを開ける。途端に眩しい朝日が射し込み、私は思わず目を細めた。その時、窓の縁に何かあることに気がつく。
 小さな黒い物体。一瞬鳥かと思ったが、微動だにしないのでどうやら違うらしい。私は首を傾げながら窓を開けた。そして次の瞬間――
「うわぁッ!!」
 叫び声を上げるなり、すぐさま窓を閉めてしまった。
「な、な、何、これ……」
 それは鳥でこそなかったけれど、生き物に違いはなかった。いや、正確には生き物“だったもの”、だ。過去形。なぜならそれは、もう明らかに死んでいたから。
 恐る恐る窓越しに覗く。灰色の短い毛に覆われた体、ぴょろっと伸びたしっぽ、手のひらサイズの大きさ。それは紛れもなく、ネズミの死骸だった。
(なんでこんなものがこんな所に……!?)
 カラスがくわえてきたのだろうか。それとも偶然ここで息絶えたのだろうか。なんにせよ、朝から気分の悪いものを見せられてしまった。おかしな電話の夢といい、最悪の目覚めだ。
 心の中でそう悪態づくと、私はくるりと向きを変えて部屋をあとにした。それから朝ごはんを済まし、制服に着替え、学校へと向かう。あの死骸はひとまず放置。帰ってきてからなんとかすればいい。
 そうしていつも通りの一日が過ぎる。
 下校する頃には、夢のことも、死骸のことも、すっかり忘れてしまっていた。……この一言を聞くまでは。

「シロ!」

 家に帰る途中、突然耳に飛び込んできた単語。咎めるような女の人の声だった。
(シロ……? 確か夢の中の電話の相手も、そんな名前だったような……)
 そう思い、声がした方に目をやる。
 そこは民家の庭先だった。女の人が器を持って立ち、地面に向かって何やら話しかけている。私は垣根に近づくと、そっと背伸びをして覗き込んだ。
 女の人の足元にいたのは、一匹の猫。どうやら「シロ」とはその猫の名前らしい。その名の通り白い猫で、でっぷりという表現がぴったりの体型をしている。
「お前、昼間も食べなかったじゃない。お腹空いてないの? ほら、食べなさい」
 そう言って、女の人は餌の入った器を差し出す。しかしシロは地面に丸まったままちらりと目をやると、興味ないとばかりにそっぽを向いた。その様子を見て女の人は憤慨する。
「じゃあもういいわよ! いらないなら食べなくてよし!」
 そう言って餌を取り上げると、家の中へ戻っていってしまった。しかしシロはどこ吹く風で、自分の体を舐めている。
 私は呆然とその一部始終を眺めていた。だって、似すぎているのだ。あの夢の内容に。
 夢の中の男性、戸山 シロは言っていた。奥さんが特売品の安物ばかり買ってくる。安物は不味く、添加物が含まれている。そのせいで最近太り気味に――
 私の記憶が確かならば、最後にはこうも言っていたはずだ。これからは意地でも安物は食べないようにします、と。
(まさかそんなことは……いや、でも……)
 そう考えてると、庭にいた猫のシロと目が合ってしまった。シロは私に気がつくと、こちらに向かって歩いてくる。そして垣根の隙間をくぐって私の目の前に現れた。
「にゃあ」
 シロは一言そう鳴いた。私にはなんとなくそれが、「いやぁその節はどうも」と言ったように聞こえた……のは、錯覚だと思いたい。
「にゃーお」
 今度は少し長めに鳴く。それが、「お礼は気に入っていただけましたかね?」と言ったように聞こえた私は……どこかおかしいのかもしれない。
 シロはゴロゴロとのどを鳴らし、嬉しそうにこちらを見上げている。私は思わず目をそらしてしまった。しかし、その時目に入ってきたものに、私は再び驚愕するのだ。

 戸山

 門の表札にはそう書かれていた。
 この家は戸山さんというらしい。そしてシロはこの家で飼われている。戸山さんちのシロ。戸山、シロ。戸山 シロ……。
 それは紛れもなく夢の中の電話の相手の名前だった。いや、私ははっきりと悟る。あれは夢ではなかった。電話の相手は、今目の前にいるこの猫だったのだ。そして、あのネズミの死骸は、おそらく相談に乗ったお礼――
 って、そんな馬鹿な!

*  *  *

 ピルルルルルル ピルルルルルル

 その日の夜、再び部屋に着信音が鳴り響いた。
 時間は夜中の十二時ジャスト。確認するまでもない。もちろんそれはポンコツ携帯のものだった。相手はまたしても非通知設定。私は恐る恐る電話に出る。
「…………もしもし?」
『あ、相談屋さんですか?』
 今度は小さな男の子のような声だった。私の返事を聞くまでもなく、男の子は話を進めていく。
『ぼく、前田 ジョンっていいます。実はぼくのご主人様、ぼくに無理やり服を着させようとするんです。ぼく、服なんて着たくないのに……』

 明日の朝、窓辺にあるのは骨かもしれない。

FIN.



 ■感想などありましたら…無記名でも結構です。お返事はレス用日記にて。

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