フラワーギフト
「――え?」
東子は耳を疑った。
昼休みの喧騒が一瞬にして遠ざかる。代わりに金切るような耳鳴りが脳を揺さぶった。取りそこねた卵焼きが机の上に転がったことにも気づかず、東子は目の前の親友を呆然と見つめた。
一方、そんな東子の反応にみゆは苦笑する。もう、東子ちゃんたら落としたよ、と卵焼きを拾い上げて弁当箱のふたの上に置いた。
東子はようやく我に返る。
「あ……ああ、ありがと……。それで、ごめん、誰だっけ」
「皆川先輩」
みゆは答えると、えへへ、と目尻を下げて弁当箱の中身をつついた。
「この前の球技大会で、三年生の決勝戦見たでしょ? バスケの。そのときに……ねっ」
その先は言わなくてもわかるでしょ? というように、みゆは含みのある視線を東子に向けた。そしてまたしまりのない笑みを顔一面に浮かべる。
うっとりと恍惚に浸るような、それでいて恥じ入るような表情。
それが意味するところを、東子がわからないはずもなかった。
「……一目惚れ」
その呟きが耳に入った途端、みゆの表情は一段とほころんだ。薄紅に染まった頬を両手で押さえ、うつむきがちにはにかんでみせる。その仕草は恋する少女そのままだった。
「それで、どうするの。告白するの?」
「まっ、まさかあ! そんなの無理無理、できないよお。きっとオーケーなんてしてもらえないしっ」
みゆは手と首をぶんぶん振って否定した。はずみでフォークが右手からすっぽ抜けて飛んでいく。みゆは何も握っていない両手にはたと気づき、次いで遠く離れた床に落ちているフォークを発見する。あやや、と呟いて慌てて取りに走る姿は小動物のようだった。
戻ってきたみゆは、椅子に座りなおして一息ついた。そして机に手をつき、身を乗り出す。
「ねっ! 東子ちゃん、応援してくれるよねっ!?」
みゆの表情は先ほどとは一転。口を硬くつぐみ、真剣そのものの瞳で訴えかけてくる。東子はその気迫に半ば気おされるようにしてかすかに頷いた。
「……ん」
「よかったあ! こんなこと相談できるの、東子ちゃんだけだから……。ありがとうっ」
たちまちみゆは破顔する。昼食も親友への頼みごとも無事終わり、嬉々として机の上を片づけはじめた。
タイミングを見計らったように、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。外から戻ってきた者、自分のクラスへ帰る者、生徒たちが入れ替わり、教室の中はいっそう騒がしさが増す。
向かい合っていた机を元に戻すと、みゆも席を立った。去り際、誰にも言っちゃだめだよ? と念を押す。返事の代わりに小さく首肯した東子に満足すると、みゆは軽い足取りで教室を出ていった。
「…………」
その背に向けられた視線に気づくこともなく。
翌日から、二人の会話は皆川の話題で持ちきりになった。
皆川 総司。東子たちの一学年上の、高校三年。誕生日は七月十一日。血液型はO型。身長は百七十三センチメートル。サッカー部所属だが、基本的に運動神経は平均を大きく上まわる。そのため、先日の球技大会でもおおいに活躍し、チームの勝利に貢献した。ルックスは中の上だが、明るく気さくな性格のため、男女ともに人気がある……らしい。
「三歳上のお姉さんが一人いて、家では猫を飼ってるんだって。三毛猫のメスで、名前は――」
どこからそんな情報を入手してくるのか、みゆは毎日のように仕入れたばかりのデータを披露してみせた。皆川の話題で持ちきり、といっても、正確にはみゆが一方的に東子に語り聞かせている、という様相だ。
校内ですれ違えば喜びの悲鳴を上げ、部活に励む姿を目にすればその場に釘づけになり、みゆの想いは日に日に募っているようだった。
そんなみゆを、東子は複雑な面持ちで見つめる。耳にたこができるほど聞かされ続けた皆川の話に食傷気味で、うんざりしはじめている――ようにも見えたかもしれない。けれど、応援すると言った手前か、あからさまに態度で示すようなことはしなかった。もともと東子は感情の起伏に乏しく、いってしまえば冷めた性格で、色恋沙汰にもさして興味がない。毎日のように桃色話に付き合わされれば、しだいにつれない対応になっていくのも当然のことだった。
どちらにせよ、みゆの頭の中は皆川のことでいっぱいで、親友の些細な変化に気づく余地などなかった。
朝。友人たちと共に登校した皆川は、靴箱を開けた体勢のまま固まっていた。ほんのわずかな驚きもあったが、彼の心の中は、やっぱり、という思いが大部分を占めていた。
そこにあったのは、予想していたとおりの光景。
皆川は小さく息をついて気を取りなおすと、靴をしまい、上履きを取り出し、それから本来こんなところにあるはずのないものを取り出した。あるはずのないものだが――皆川にとっては見慣れてしまった感がある。
「お、また入ってたのかあ? 相変わらずモテモテですねえ、総司くんは」
友人の一人、葉山がからかい口調で歩み寄り、皆川の肩を叩く。ほかの友人二人も皆川のもとに集まると、その手の内にあるものを覗きこんだ。
「……バラ?」
「バラだな」
「バラか」
「どう見てもバラだ」
二人が口々に告げる。そこにあったのは、一輪の黄色いバラだった。
葉山は皆川の手からそれをひょいと取り上げると、胸に手をあてて一礼し、仰々しく差し出してみせた。
「いつもあなたを見ています。あなたのファンより」
昇降口を通りかかった生徒たちが、好奇の目を向けて去っていく。
たまらず噴き出したのは友人二人。つられて笑いだした葉山からバラを奪うと、皆川は三人を置いてさっさと廊下を歩きだした。背後から友人たちが慌てて追いかけてくる。わりわり、と誠意のこもっていない謝罪をし、葉山は皆川の隣に並んだ。
「黄色のバラの人ってか。今日で何日めだ?」
「五日め」
皆川はぶっきらぼうに一言答えた。どこか不機嫌が混じった表情なのは、友人たちに冷やかされたせいもあるが――別の理由もあった。
淡い色合いの花弁を幾重にも重ねた七部咲きのバラを見つめ、皆川はぽつりと漏らす。
「花を贈られるっていうのは、悪い気はしないけど……」
「さすがにこう毎日続くと、ちょっと気味悪ぃかもな」
続けて葉山が代弁し、まあな、と皆川は頷いた。
「でも」
葉山は付け加えた。
「贈り主がかわいい娘だったら、嬉しいんだろ〜?」
「…………まあな!」
現金な笑みを浮かべると、皆川は友人一同と爆笑して教室へ向かった。
みゆがその決心をしたのは、東子に皆川のことを打ち明けてからちょうど一週間経った日だった。
「わたし、先輩に告白する!」
思いつめた表情で昼食を口に運んでいたと思ったら、みゆは突然そう言い放った。東子はまたしてもおかずを取り落としそうになってしまう。
「告白するって……いつ、どうやって」
「今日の放課後! 直接!」
こぶしを握り、いつになく真剣な鬼気迫る表情で宣言する。決意は固いようだった。
「……そっか。うまくいくと、いいね」
「うん!」
みゆは大きく頷くと、気合を入れるように弁当の残りを一気にかきこんだ。その向こうで、東子の瞳から光が消えたことには、やはり気づくことはなかった。
その日の放課後、部活を終えた皆川は、駐輪場へと向かっていた。下校時間間近となり、暗くなった辺りに生徒の姿はほとんどない。残されている自転車もごくわずかだった。
そんな中、一人佇む女子生徒を見つける。
誰かと一緒に帰る待ち合わせでもしているのだろうか。そう思い、皆川は少女の脇を通りすぎた。しかし、背後から名前を呼ばれ、彼女の待っていた人物が自分だと知る。
「あっ、あのっ……! わたし、二年の七尾みゆといいますっ」
そう名乗った少女は、暗がりの下でもわかるほど顔を真っ赤にしていた。今すぐにでも走って逃げ出したい自分を抑えこむように、両手でスカートの裾をきつく握りしめている。
その様子を見れば、彼女がこれから言わんとすることは皆川にもすぐにわかった。以前、同じようなシチュエーションに立ち会ったこともある。けれど、やはり慣れられるものではなかった。少女の――みゆの緊張が痛いほど伝わってきて、思わずこちらも身構えてしまう。
みゆは決死の思いで口を開いた。
「先輩のことが好きです! ……えと、突然こんなことを言って、すみません。でも、もしよろしければ、その、友達からでいいので……お付き合いしていただけないでしょうかっ!」
沈黙が流れる。みゆにとってはこれ以上ないほど苦痛で緊迫した時間だった。次に皆川の口からどんな言葉が発せられるのか、恐ろしくて顔を上げることもできない。
そして、張り詰めた空気を破った皆川の第一声は――
「もしかしてきみ、いつもバラをくれてた子?」
「……え?」
思いもよらぬ返答に、そして意図の読めない質問に、みゆはぽかんとした。その反応に、皆川はバラの贈り主がこの少女でないことを悟る。
「あ、ううん。違うんならいいんだ」
そのとき、なぜかほっとしている自分がいた。
皆川は小さく深呼吸すると、姿勢を正してみゆに向きなおった。そして、改めて返事を告げる。
「……俺でよかったら」
翌日のみゆは、まさしく地に足が着かない状態だった。天にも昇る心地とはこのことだろう。はた目にもわかる喜びようで、告白の結果は訊くまでもなかった。
「でもでもっ、友達からだよっ。わたし、先輩の正式な彼女になれるよう頑張る!」
「……うん。頑張れ」
その日から、みゆは皆川と共に下校するようになった。三日めからは共に昼食をとるようになった。二人のあいだに割って入るような野暮なまねはできず、東子は一人で昼食を食べ、一人で下校するようになった。
「昨日はねっ、一緒にお茶して帰ったんだ!」
幸せに満ち溢れた様子で報告してくるみゆに、東子は薄い笑みを返すことしかできなかった。
どうして、と東子は心の中で呟く。いや、こうなることはわかっていた。皆川の返事などわかっていた。
みゆはかわいい。小柄で、華奢で、明るくて、表情も豊かで、外も内も自分とは正反対。ちょっと癖のあるセミロングの柔らかい髪が女の子らしくて、ぱっちりした大きな瞳が人を惹きつける。少し天然で、ドジなところもあるけれど、そこが愛嬌があって憎めない。
みゆはかわいい。同性の自分から見ても。
「今度の日曜日に、一緒に映画観にいこうって誘われちゃった……! これって、デートだよね? どっ、どうしよう、何着ていこう……!」
そんなノロケを聞かされたのは、みゆと皆川が付き合いはじめてから一週間経った頃だった。二人の仲は順調に進んでいるらしい。それとは反比例するように、東子がみゆと過ごす時間は減っていった。
以前は休み時間毎にクラスへ押しかけてきていたみゆだったが、今では休み時間はおろか、昼休みや放課後でさえ顔を合わさない日も多い。たまにやってきても、聞かされるのは皆川の話だけ。みゆとは幼稚園からの付き合いだが、こんなことは初めてだった。
友情と恋愛、東子と皆川。みゆは、後者を取った。
「……東子ちゃん? どうしたの?」
みゆの呼びかけで、東子ははっと我に返った。怪訝そうな顔でみゆがこちらをうかがっている。
「東子ちゃん、なんか最近元気ないね。なにかあった?」
「え……? ああ、ううん、そんなことないよ。ちょっと羨ましく思えただけ」
「えへへ〜。この幸せ、東子ちゃんにも分けてあげたいくらい!」
その言葉に悪意はまったく含まれていない。それは東子もじゅうぶん承知している。けれど、心中に渦巻くどす黒い感情を、東子はそろそろ抑えきれなくなっていた。
今日もまた、靴箱には一輪の黄色いバラ。
気まぐれに調べてみたところ、サンガッディス、という品種らしい。これで何本めか、もう数えることも忘れてしまった。相変わらずこの場に不釣合いな美しさを咲かせているけれど――皆川には、いささか見飽きてしまった思いがあった。
姿の見えない贈り主。毎日届く一輪の花。それは神秘的でロマンチックなことかもしれないが、皆川はあの漫画の主人公のように、贈り主に好意を抱くことはできなかった。以前、葉山も言っていた言葉だが、こう毎日続くと――
「……つっ」
指先に鋭い痛みが走り、皆川は手にしていたバラを取り落とした。落下したバラは、黄色い飛沫のようにその花弁を散らす。
皆川は痛む人差し指に目をやった。そこにできていたのは、小さな赤い点。点は見る間に膨れ上がり、ぷっくりとした珠に変わった。しだいに大きくなっていく珠は、やがて飽和を超えたようにはちきれ、赤い雫が指の腹を伝った。
指先を口へ運ぶ。鉄の味が口内に広がった。
――棘、か。
足元のバラに視線を落とした。原因を理解し、皆川は忌々しげに目を細める。それでも拾い上げようと、手を伸ばしかけた、そのとき。
「皆川先輩!」
すっかり聞き慣れた声が耳に届き、皆川は体を起こした。
振り返ると、登校してきたばかりのみゆが手を振っている。みゆは小走りで自分のクラスの靴箱へ向かうと、急いで上履きに履き替え、皆川のもとへ駆け寄った。一連の動作がリスかハムスターのようで、皆川は思わず笑みをこぼしてしまう。
「おはよう、みゆちゃん」
「おっ、おはようございますっ」
みゆの顔を目にし、先ほどまでの沈んだ思いは吹き飛んでしまった。二人は日曜日の予定について談笑しながら、連れ立って教室へと歩んでゆく。みゆと皆川は、すでに校内でも公認のカップルになっていた。
遠ざかっていく二人の背中を、東子は一人、感情のない瞳で見据えた。
登校だけは、今までどおりみゆと共にしていた。けれど、皆川の姿を見つけた途端、みゆは東子を置いて駆けだしてしまった。その瞬間、自分の存在など忘れ去ってしまったかのように。
東子は床に目をやる。そこには、まるで自分と同じように捨て置かれたバラが一輪、転がっていた。無様な姿を晒しているところも自分と同じだ。
「――どうして」
東子は無意識のうちにその言葉を口に出していた。
「どうして」
私のほうが好きなのに。ずっと前から見ていたのに。ずっとずっと前から好きだったのに。ううん、好きなんてものじゃない。愛していた。あいつなんかより、ずっとずっと、ずっとずっと深く想っている。
それなのに、どうして。
どうして気づいてくれない?
どうして、どうして。どうすれば、どうすれば。
「そうだ」
簡単な方法があったじゃないか。どうして今まで考えつかなかったんだろう。
東子の顔に笑みが浮かんだ。それはいたずらを思いついた小さな子供のような笑みだった。
「うわっ、なんかもうにおってきてるじゃないすか……」
着崩したスーツ姿の男が、辺りに漂う異臭に思わず顔をしかめた。
かぎ覚えのあるにおい。だが、できれば自分の想像したものがこの先にあってほしくない。
望み薄の願いを抱きながら、前を行く先輩男性のあとを追った。こちらもスーツ姿だが、その背広はずいぶんとしわくちゃで、年季が入っていることが見てとれる。
「ぶつくさ言わんとさっさと来い」
どやしつける男性の背中は、すぐに葦の葉に紛れてしまった。
河川敷で散歩している最中、リードを放した飼い犬がくわえて帰ってきた妙なもの。それに仰天した飼い主から通報が入ったのは、朝の七時。二人の刑事は、登庁するなり現場へ向かわされるはめになってしまった。
傾斜になった川の土手には、成人男性の背丈よりも高い葦が覆い茂っている。この先に、おそらくその妙なものの『本体』があるのだろう。まだ朝露を含んだ枝葉を掻き分け、雫に袖を濡らしながら二人は河原を目指していた。
やがて葦の森が途切れ、視界が開けた。二人の探し物は――すぐに見つかる。
朝日を反射させる川面のほとりに、それはあった。砂利石の上に赤いペンキをぶちまけ、奇妙なオブジェのように横たわっている、『本体』。ただし、それがペンキでないことは、河原に着いた途端、よりいっそう濃度を増した生臭いにおいが如実に物語っていた。
二人はハンカチで鼻を押さえながら歩み寄った。この悪臭の前にそれは気休めでしかないが、それでも近づくにつれ、状況が明確になる。
「こりゃひでえや」
あまりの惨状に、中年刑事は感嘆にも似た声を上げた。
「う……うえぇぇ」
「あっ、コラ佐伯っ。現場を汚すな馬鹿野郎!」
「す、すんませおえぇぇ」
若い刑事はたまらず背を向けてしゃがみこんだ。情けない後輩にやれやれと首を振りながら、男性は改めてその遺体に目をやった。
「鈍器でめった殴り、か。こらあ怨恨の筋が濃厚かな。しかし……」
解せない様子で後退しかかった額をかく。
「こりゃいったいなんのまねだ?」
全校生徒にその訃報が知らされたのは、翌々日の月曜だった。
同級生の、あるいは先輩の突然の死に、生徒たちは動揺を隠せない。茫然自失となる者、その場に泣き崩れる者。当然その生徒となんの関わりも持たず、他人事で終わる者も多くいたが、集会のあとは学校中がその話題で持ちきりだった。そして、みなの関心はその殺害方法に集中する。
集会では、ただ亡くなったことが伝えられただけだった。しかし、噂というのはどこからともなく流れてくるもので、その残忍な殺され方はたちまち生徒のあいだに広まった。
顔なんてわからないくらいぐちゃぐちゃだったんだって――
原形を留めてる骨は一本もなかったらしいよ――
でもさ、もっと妙なのは、死体の周りに――
葬儀には、制服姿の生徒たちが何人も参列した。クラスメイト、部活仲間、親しかった友人。いずれも悲痛な面持ちで、涙を浮かべている者がほとんどだった。
そんな中、ひときわ激しく泣きじゃくる生徒の姿があった。
「なんで……? どうして……?」
うわごとのように答えのない問いかけを繰り返し、寄り添う友人の胸に顔をうずめる。その頭をいとおしそうになで、東子は優しく囁いた。
「大丈夫だよ、みゆ。私がついていてあげる」
ずっと、ずっと。
東子はみゆの小さな体を抱きしめ、あの日のことを思い返した。すべてを成し遂げた、あの日のことを。
じつにすがすがしい笑みで、東子は足元のぼろ雑巾に見つめていた。
自分からみゆを奪った憎き男は、もうぴくりとも動かない。これで再びみゆは自分のもとへ戻ってくる。そう考えると、東子にとって今日は素敵な記念日のように思えた。辺りはすっかり日が落ち、顔も手もべたべたしている上にひどいにおいだけれど、東子は一人、祝いの準備をする。
両手いっぱいに抱えたのは、黄色いバラ、サンガッディス。
太陽の女神の名を持つその花を、東子は勢いよく宙に放った。途端にぱっと花弁が散り乱れ、風に乗って舞ってゆく。着地すると、バラは黄色い羽毛のように醜いぼろ雑巾を覆い隠した。それはなんとも美しい光景だった。
「あなたに手向けの花を。皆川先輩」
東子は満足げに目を細めた。
みゆは私だけのもの。これからも、ずっと、永遠に一緒。私のかわいいみゆ。
黄色いバラの花言葉は、『嫉妬』――
FIN.