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ラストバトル



 両の手のひらがじっとりと汗ばんでいるのを感じた。
 ここまでの長い道のり、その第一歩を踏み出したときから片時も離すことのなかった、たった一つの武器。その黒いグリップを握る手に力が入る。
 深く息を吸い込むと、俺は顔を上げた。目の前に並ぶのは、仲間たちの姿。いくつもの戦いをともにし、苦難を乗り越え、互いに支え合ってきたかけがえのない友たち。この場に辿り着く前に、命を散らした者もいる。心の傷は今も癒えることはないけれど、だが、俺たちはその意志を受け継ぎ、彼らの分まで生き抜かなければならない。
 そのためにここまでやってきた。
 そのための戦いが、これから始まろうとしている。

『いよいよだね』

 誰よりも先にウィルが口を開いた。

『ああ』

 クレイドが頷くと、自然と円陣を組むような形になり、それぞれがそれぞれの顔を見渡した。皆の表情はこわばっているが、そこに恐れは微塵も浮かんでいない。強い意志が瞳に宿っていた。
 俺は、どうだろうか。
 心を占める緊張感の中に、奇妙な高揚感が混じっている。二つの感情で、心臓は早鐘を打っていた。乾いた唇を舌でなぞり、俺は居住まいを正した。

『ここから先に進んだら、もうあとに引き返すことはできなさそうだな』

 クレイドの言葉に、リーネ、シェリスが順に頷く。

『今さら怖気づいたなんてことはないでしょうね? 忘れ物を取りに行くなら今のうちよ』
『やり残したことがあるのなら、一度戻ることもできます。万全の準備で挑みましょう』

 俺は頭の中で思い返す。やらなければならないこと、やってきたこと、これまでの出来事すべて。
 見上げた空は、黒く厚い雲で覆われていた。辺りは薄暗く、遠くからは雷鳴が響いている。いずれこちらへやってくるだろう。それまでに、この戦いは終わるだろうか。いや、終わらせなければならない。

『さあ、準備はOK?』

 ウィルの確認に、俺はもちろんだ、と答えを返す。それを合図に、クレイドが腰に下げた鞘から剣を抜いた。高く掲げた刀身は、今にも落ちてきそうな黒雲を映す。

『青い空を取り戻すために』

 二本の短剣を手に、ウィルが続いた。

『誰もが自由であるために』

 リーネが、シェリスが、同じように弓や杖を取る。全員の武器が掲げ合わされ、力強い声が重なった。

『みんなの笑顔を取り戻すために』
『いがみ合うことなく暮らしていくために』

『――もう一度、世界に平和を取り戻すために!!』




 もうどれくらいこうしているだろう。
 時間を忘れたかのように、俺はひたすら戦い続けていた。すぐそばにまで迫った雷の音に気づき、だいぶ時間が経っていることを自覚する。光と音の間隔が、確実に短くなっている。ずっと吹き続けていた冷たい風も、いつの間にかやんでいた。だが、首筋を伝う汗をぬぐう余裕さえ、今の俺にはなかった。
 一瞬たりとも目をそらさず、ただただ敵に立ち向かっていく。それだけだ。
 確実に相手を追い詰めている。だが、こちらも限界が見えはじめていた。仲間のフォローにまで手が回らない。次に倒れたら、もう二度と立ち上がれないかもしれない。
 頭をよぎった諦めの念を振り切り、俺は敵に向かって一直線に突き進んだ。
 これが、最後の一撃。これでとどめを刺すことが叶わなかったら……。
 そんな邪念を切り裂くように、ひときわ大きな雷鳴が轟いた。それはまるで、断末魔のようで――いや、幕引きの鐘だったのかもしれない。
 永遠に続くのではないかと思われた戦いにも、終わりはくる。
 それまで強大な力を誇っていた敵が、膝をつき、スローモーションのように倒れ込んだ。どうっと地に伏せる音が耳に届き、それぞれがはっと我に返る。

『……やった、のか……?』

 最初に呟いたのはクレイドだった。それまで振るっていた剣を地面に刺し、もたれかかるように手をつく。満身創痍で荒い呼吸に肩を上下させ、目の前に横たわる巨体を見つめた。
 その顔に真っ先に浮かんだのは、驚きの色。それはほかの皆も同じだった。

『やった? あたしたち、やったの……?』
『か、った……。勝った……!』

 ウィルの表情が、しだいに喜びをかたどっていく。そして、それはシェリスの言葉で確固たるものとなった。

『はい! 私たちが勝ったんです!』

 クレイドとリーネが顔を見合わせ、互いに目をしばたたかせる。だが、口元にはすぐに笑みが浮かび、

『やったのね? あたしたち、やったのね!?』
『ああ、オレたちの勝利だ!』

 二人は手を取り、喜びを分かち合った。それぞれがぞれぞれをねぎらい、仲間たちは勝利の味を噛みしめる。
 地面に横たわる敵は、体の先から光の粒子になり、宙へと舞い上がっていった。悪の最期は皮肉にも美しい。光は空に吸い込まれるように溶け、世界を覆う黒い雲を洗い流していく。懐かしさすら覚える青空の切れ端が姿を現し、クレイドたちからは歓声が上がった。
 そんな仲間たちを、そして、明るさを取り戻した世界を見て確信する。最後の戦いが、今、終わったのだと。
 俺は反射的にガッツポーズを作っていた。よし! と歓喜の声を漏らし、両手両足を投げ出す。そして、大きく伸びをした、そのとき。

 白い閃光が走った。
 それを察知したのとほぼ同時。
 天を引き裂くような轟音が鳴り響き、次の瞬間、世界は暗転した。

 ――違う。暗転したのは世界ではない。俺の周囲――部屋――いや、この辺一帯だろうか。
 空気をびりびりと振動させた轟音。それが、どこか近くに雷が落ちた音であることを理解するまで、そう時間はかからなかった。そして、この真っ暗な視界が、停電によるものであることも。
 ほどなくして電気が戻った。部屋のライトが灯り、CDコンポが時刻を表示し、DVDレコーダーが小さな起動音を漏らす。先ほど自動的に切れたエアコンは停止したままだが、俺にとってはそんなことなどどうでもよかった。
 まだ、暗転したままのものが一つ。それは、目の前のテレビだった。
 俺は呆然となった頭の中で、ひたすら呪文のようにわけのわからない言葉を繰り返しながら、テレビの電源を入れた。そして恐る恐る、PS2のスイッチに手を伸ばす。お馴染みのロゴマークが現れ、タイトル画面に変わり、セーブデータを選び――無心でコントローラーの○ボタンを連打する。
 そんなはずはそんなはずはそんなはずはそんなはずはそんなはずはそんな……

『いよいよだね』

 画面の向こうで、ウィルとかいう双剣士が聞き覚えのある台詞を吐いていた。
 次の瞬間、脳髄に落雷が起き、俺の思考は暗転した。

『ああ。
 ここから先に進んだら、もうあとに引き返すことはできなさそうだな』
『今さら怖気づいたなんてことはないでしょうね? 忘れ物を取りに行くなら今のうちよ』
『やり残したことがあるのなら、一度戻ることもできます。万全の準備で挑みましょう』

 デジャブだろうか。どこか遠くで聞いたことのあるやりとりが繰り返されている。おまえらそれ二回目だぞ俺の苦労と時間を返しやがれこのやろう。そんなツッコミがブラウン管の向こうにいるドットの集合体に届くはずもなく……。
 手塩にかけて育てた俺のパーティーキャラ四人は、二ラウンド目のラスボス戦に突入していた。
 ――夢、だったんだ。さっきの出来事は、一瞬の幻。雷が光って鳴るまでの、一瞬の、音速の、夢。
 俺はそっとPS2の電源を切った。納得できようができまいができないに決まっていようが、そう自分を納得させるほかない。

 その日、俺はちょっぴり枕を濡らした。

FIN.夏祭り2007




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