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聖夜のともしび



 一年の終わりが間近に迫った、冬の寒い日のことです。
 日は沈み、夜が黒い幕を降ろそうとしていました。辺りはだんだんと暗くなっていきますが、それをはねのけるように、街の灯りは眩しくきらめきだします。通りには楽しげな音楽が流れ、行き交う人々は途切れることがありません。大人も子供も、みんな笑顔で幸せに満ちあふれていました。
 今日はクリスマスイブです。
 けれど、そんな光景に水を差すような寂しい声が、街角から響いてきました。
「――マッチ……マッチはいりませんか……?」
 街灯の下には少女の姿がありました。マッチの入ったかごを提げ、通りを行く人々に話しかけます。
「マッチはいりませんか? 誰かマッチを買ってください……」
 か細い声は、すぐに雑踏にかき消されてしまいます。誰一人として足を止める人はいません。それどころか、みすぼらしい格好をした少女を避けるように早足で通り過ぎていきます。まるでそこだけお通夜のようです。
 空はすっかり暗くなり、一段と冷え込んできました。少女はかじかむ両手をこすり合わせ、はあ、と息を吹きかけました。見下ろしたかごには、まだたくさんのマッチの束が積まれています。これを売らなければ今日の夕食にすらありつけないのに、その量は朝からまったく減っていませんでした。
 少女は肩を落としましたが、それでもめげずに人の波に飛び込みます。
「そこのお兄さん、マッチはいかが?」
 ようやく一人の男性が足を止め、振り返りました。こんな日に一人で通りを歩いているということは、きっと恋人もいない寂しい身の上なのでしょう。
 少女は男性に微笑みかけます。それが哀れみの笑みとも知らず、男性は尋ねました。
「いくらだい?」
 少女はとてもいい笑顔で指を三本立てました。
 ふむ、と男性はあごに手を当てると、しげしげと少女を見つめました。頭のてっぺんからつま先まで舐め回すようなその視線は、時代が時代ならセクハラと訴えられていてもおかしくありません。少女の額にうっすらと青筋が浮かび始めた頃、男性はようやく頷きました。
「ま、妥当だな」
 そう言いつつも少々不満げな表情で、男性は少女の腕を掴みました。
「部屋は取ってあるの? それともうちに来る?」
 ずりずりと三メートルほど引きずられたところで少女はようやく男性の意図に気づき、強引に腕を振りほどきました。
「馬鹿言わないで! アタシが買ってほしいのはマッチだよ!」
「はあ? ほんとにマッチしか売ってないのかよ? ライターが普及したこのご時勢、誰が買うかよそんなもん!」
 男性は乱暴に、けれどしごくもっともなことを吐き捨てて立ち去っていきました。少女は肩を怒らせ、その背に向けてサムズダウンをかまします。すると、まあまあ少し頭を冷やしなさいとばかりに、なにか冷たいものが少女の頬に触れました。
 雪です。人ごみから小さな歓声が上がりました。
 空から降る氷の粒は、家の屋根に、広場のもみの木に、みるみる雪化粧を施してゆきます。この調子なら、明日目覚めたときには、街は一面の銀世界になっていることでしょう。少女の場合、ここで眠ると、次に目覚めたときには目の前にお花畑が広がっている可能性のほうが高いのですが。
 少女は長い金髪についた雪を払うと、ため息をつきました。一向に売れないマッチの束が憎くてなりません。これならそこいらに積もった雪をかき集め、シロップをちょいとかけてかき氷にして売ったほうがまだ儲けられそうです。
 通りに並ぶレンガ造りの家々からは、暖かな灯りが漏れ、七面鳥の焼けるおいしそうな香りが漂ってきます。少女はよだれを拭きながら、あまりにも違いすぎる己の身を嘆きました。なんだかもうすべてがどうでもよくなってきます。少女はなかば自暴自棄に叫びました。
「すぐつくよくつく黄リンマッチ〜! 自然発火がスリリング〜……ぎゃわッ!」
 突然なにかが背後から衝突し、少女は地面に手をつきました。はずみでマッチが辺りに散らばります。少女は振り向きざまに怒鳴りつけました。
「なにすんだい! 大事な商品がだめになっちまうじゃないか!」
 そこには尻餅をついている少年の姿がありました。少年はズボンを払いながら立ち上がると、悪びれなく笑います。
「ごめんごめん」
「ごめんで済めば浮気も恋の駆け引きなんだよ! 申し訳ないと思うなら、ここにあるマッチ全部買いな!」
 ほれ! ほれ! と少女はかごを少年の鼻先に突きつけて迫ります。けれど少年はひるむことなく、
「あいにく今は持ち合わせがなくて……そんなことより!」
 がしっと少女の手を掴みました。
「探し物を手伝ってくれない!?」
「……は? 探し物って、なにさ」
「とっても大事なものだよ! あれがないと、僕は僕は……うわあーっ!!」
 少年は両手で顔を覆うと泣き崩れてしまいました。その様子に面食らい、さすがの少女も先ほどまでの怒りが引っこんでしまいます。
「……大事なものって?」
「なんていうか、その……住所録、そう、住所録みたいなものだよ! あれをなくしたなんて知られたら、個人情報漏洩で僕は社会的制裁を受けることに……うわあーっ!!」
 人目をはばからず泣き出す少年の姿に、人々が好奇の目を向けて通り過ぎてゆきます。少年が少女の足にすがりつき、少女がそれを蹴り飛ばし、そんなことを二十回ほど繰り返したところで根負けしたのは少女のほうでした。プライドを捨てた人間ほど恐ろしい生き物はありません。
「わーかったよ! 探してやる、探してやるから泣くんじゃないよっ」
 どすんと重たいローキックを食らい、少年は地面に後頭部をしたたかに打ち付けました。けれど、その顔には満面の笑みが浮かんでいます。痛みに喜びを覚える人種なのかもしれません。
 少年は体を起こすと、少女の両手を握りました。
「ありがとう! きみはなんていい人なんだろう!」
 少女は思わず苦虫を噛み潰したような顔を作ります。あれだけなりふり構わずされたら、誰だってうんと言わざるを得ません。
「ただし! その大事な住所録とやらを見つけたあかつきには、きっちりたんまりお礼してもらうからな」
「それはもちろん!」
「ようし。いい返事だ」
 それから二人の捜索が始まりました。少年の記憶を頼りに、彼の立ち寄った場所を一つ一つあたっていきます。
 本屋、お菓子屋、おもちゃ屋――いったいこの少年はどこの道楽息子でしょう。少女が入りたくても入れないような店ばかりです。おいしそうなケーキや、かわいらしい人形が少女の気を惹いてやみません。けれど、少女が持っているマッチを全部売ったところで、クッキー一袋買えるかどうかです。
 最後にやってきたのは、少年が少女に出会う前に立ち寄ったという服屋でした。少年はここでも人目を気にせず、床にはいつくばって落し物を探します。少女はすかさず他人のふりをして距離を置きました。
 少年が落としたという住所録は、分厚い紙の束だといいます。けれど、見る限り店の中にそれらしいものはありません。あるものといえば、この冬のトレンドを取り入れた新作モデルの高価な服ばかりです。
 その中に一つ、周りの商品とはあまりにも趣向の違う、流行もへったくれもない服がありました。ずいぶん着古した様子で、ところどころほつれて薄汚れています。身につけているマネキンも、ぼさぼさ頭で化粧っけがなく、まるでこの店とは不釣合いです。
 少女は思わず指を差して笑ってしまいました。すると、目の前のマネキンも同じようにあざ笑います。なんてことはない、それは姿見に映った少女の姿だったのです。
「…………」
 鏡の中の人物から、笑みが消えました。
 少女は踵を返すと、逃げるように店を出ました。ここは少女のような貧乏人が入っていい場所ではなかったのです。
 通りは人通りが減り、代わりに雪が石畳を覆ってゆきます。吐く息はいっそう白さを増し、少女はため息とともに壁に背を預けました。
 この夜、この街で、自分よりもみじめな者がどれほどいるというのでしょうか。少女は自分がこの世で一番不幸な存在に思え、慌ててかぶりを振りました。寒さは心まで凍らせてゆきます。少女は暖を求め、かごの中のマッチに手を伸ばしかけたところで――思いとどまりました。それでも売り物に手をつけるわけにはいかないのです。
 やがて軒先の灯りが消え、少年が放り出されるように店から出てきました。どうやらもう店じまいの時間のようです。通りに並ぶ建物から、一つ、また一つと灯りが消えてゆきました。
「ここにもないみたい……」
 少年は気落ちした様子です。
「そうかい。なあ、もう諦めたらどうだ?」
「そんなわけにはいかないよ! あれがないと、あれがないとたくさんの人たちが悲しみの渦に……!」
「大げさなやつだなあ。だいたい、そんなに大切なものなら金庫に保管するなり――」
「あッ!!」
 少女の言葉を遮り、突然少年が声を上げました。
「あそこを通ったときに落としたのかも……うん、そうだ間違いない! きっとあそこで落としたんだ!」
「は? あそこってどこだよ」
 少年は答えもせず、少女の腕を掴むと走り出しました。すっかり人けのなくなった大通りを横道にそれ、やがて突き当たったのは、少女もよく見知った裏路地でした。
 道幅が狭く、そこらじゅうにごみが散乱し、表通りとはまるで雰囲気が違います。住む家のない者たちが、年齢に関係なく道路のすみに身を固めてうずくまっています。少女も何度かこうして夜をやり過ごしたことがありました。
「僕は向こうから探すから、きみはあっちからお願いね!」
 少年はそれだけ言うと駆けてゆきました。取り残された少女は、しぶしぶ指示に従います。路地の端からくまなく捜索を始めました。けれど、
「こう暗くちゃ何も見えやしない」
 街灯のない裏路地では、夜は月の灯りだけが頼りだというのに、今日のように雲が厚いと、自分の足元すら見えません。とても探し物などできません。
 少女はもう諦めて、このまま立ち去ってしまおうかと考えました。だいいち、手伝う義理などどこにもないのです。
 少女は路地を去りかけ――けれど、少年の泣き顔と必死な姿が頭をよぎり、探し物を続けることにしました。
「アタシもとんだお人よしだね」
 そう呟き、かごの中からマッチを一本取り出します。壁にこすり付けるとすぐに火が付きました。さすが黄リンマッチ、少女のうたい文句に嘘はありません。街の人々も、マッチのすばらしさを再認識すべきなのです。
 少女は小さな灯りを頼りに足元を調べます。火が消えると、またすぐに新しいマッチをこすりました。
 こすっては探し、こすっては探し、やがてかごのマッチが尽きかけた頃、少女はついに住所録を発見しました。誰かが拾って捨ててしまったのでしょう。それはごみ捨て場に埋もれていました。取り出してみると、多少汚れてはいますが、破れたりちぎれたりしている様子はないようでした。
 少女はほっと胸を撫で下ろしました。ようやく肩の荷が下りた気分です。かごに残っているマッチをひとまとめにして掴むと、少女は束ごとこすり付けました。しゅぼっと音を立て、マッチの束はたいまつのように燃え上がります。それを照明灯代わりに頭の上で振り、少女は路地の向こうにいる少年を呼びました。気づいた少年が猛ダッシュで駆けてきます。
「見つかったよ、探しもん」
 少女が住所録を手渡すと、少年の顔が一気に明るくなりました。少女の手を握り、ぶんぶん振り回して何度も何度もお礼を述べます。けれど、かごの中身がからっぽになっていることに気づくと、少年は申し訳なさそう肩を落としました。
「僕のために大事な売り物を……ごめん」
「べ、別にあんたのためじゃないよ。ちょっと手元を照らしてただけだ。……どうせいくらあっても売れないからな、こんなもん」
 少女は照れたように顔をそらしましたが、その表情はどこか寂しげでもありました。少年はばつが悪そうに少女を見やります。けれどすぐにぽん、と手を叩きました。
「そうだ、お礼! 約束どおりお礼をするよ。なんでも言って!」
 少女は目を丸くしました。そういえばそんなことも言ったな、と今になって思い出します。
「いいよそんなの。最初から期待してなかったし」
「そうはいかないよ! なにかお礼しなきゃ、僕の気がおさまらない」
「お礼ねえ……。そんじゃ、ここの路地に街灯の一つでも立てておくれよ。そうすりゃ真夜中の探し物もちっとは楽になる」
 冗談めかしてそう言うと、少女はからからと笑いました。けれど、少年はその言葉を本気に取ったらしく、
「うん、わかったよ。きみはほんとにいい人だ!」
 感動に目を輝かせると、ぴゅいーっと指笛を鳴らしました。すると、どこからともなく鈴の音が近づいてきました。音のするほうを見上げると、なんと九頭のトナカイが大きなそりを引いて夜空を駆けてきます。
 トナカイたちは二人の頭上で足を止めると、先頭の一頭が滑るように少年の隣に降り立ちました。
「今の今までどこほっつき歩いてたんだよニコラ! もう仕事の時間だ早くしやがれ!」
 赤鼻の彼はずいぶん口が悪いようです。立派な角で少年の脇腹をど突くと、首根っこをくわえてぽいと空中へ放り投げました。少年の体は宙を舞い、見事そりの上に着地しました。
「ごめんよルドルフ〜」
「ったく、ニコラウス十五世の名が泣くぜ」
 トナカイは嘆くと、ふわりと飛び上がり、再びそりの先頭に並びました。
 少女は目の前の出来事に、ただただ呆然とするばかりです。見上げた頭上から、少年の声が降ってきます。
「今日は本当にありがとうー!」
 少年は赤と白の上着を羽織り、お揃いの帽子をかぶると、少女に大きく手を振りました。手綱を引いたのを合図に、トナカイたちが足並みを揃えて走り出します。
 するとどうでしょう。そりの軌跡を描くように、細い路地に次々灯りが灯っていくではありませんか。それは大通りにも負けない立派な街灯でした。
 突然明るくなった路地に、目を覚ました人々がなにごとかと顔を出します。これは夢かと目をこする者、驚きのあまり声を失う者、反応はさまざまでしたが、やがて誰もが喜びに表情を明るくしました。こんなにも笑顔に満ちあふれた裏路地は初めてです。

 メリークリスマス!

 夜空に消えていくそりから少年の声が届いた気がして、少女は顔を上げました。街灯の灯りに照らされて降る雪は、銀色の花びらのようです。
 少女はじんわりと心が暖かくなるのを感じました。おっちょこちょいなサンタクロースは、人々の心にも灯りを灯していったのかもしれません。
「――メリークリスマス」
 少女はにっこりと微笑んで呟きました。

FIN.冬祭り2007




 ■感想などありましたら…無記名でも結構です。お返事はレス用日記にて。

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