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*


 名も知らぬ彼女は、決まって俺が一人で公園にいるときにやってくる。
 真っ昼間からベンチに寝転んでまどろんでいると、突然頭上から声が降り注ぐのだ。
「キミキミィ〜。まあたこんなところでサボタージュかい?」
 やけに耳に響く高い声に目を開けると、視界に入ってくるのはもういい加減に見慣れた人物。
 どこかのOLなのだろうか、いつもスーツを着込んでいる。今日は水色のYシャツにダークグレイの二つボタン。インテリ風の眼鏡で幼さをごまかしてはいるが、どう見ても就活中の大学生が関の山だ。それでもまあ、俺より年上なのは確かだ。
「いけないなあ、高校生のくせに」
「……うるさいな、ほっとけよ」
 呟きながら体を起こし、ベンチに座りなおす。すると眼鏡女は断りもせず俺の隣に腰を下ろした。
「変なの。こうして外でお昼寝しているってことは、引きこもりってわけじゃないんでしょ? どうして学校行かないのさ。もう五月だよ? 春休みはとっくに終わったはず」
「…………」
 何度目かになる質問に、俺は答えの変わりに顔をしかめてみせる。
「君さあ、毎日毎日楽しい? 君、ここでいつも何を考えてるの?」
「……その」
 俺の呟きに、眼鏡女は「ん?」と首をかしげた。
「『君』っていうのやめろよ。思いっきり年下扱いされてるみたいでむかつく」
「だって実際年下じゃない」
「そうだけど。俺には親がつけた立派な名前があるんだよ」
「あら、なあに?」
「いいか? 俺の名前は――」
 そこまで言ったところで、眼鏡女が右手を俺の口に押し当てやがった。言いかけた名前の代わりに、むぐっというくぐもった声が漏れる。
 チチチ、と眼鏡女は左手の一指し指を振ってみせた。
「サボリ魔の高校生くんなんて、『君』でじゅうぶんだよ」
「なっ……んだとぉ!?」
 ようやく開放された口で異議を唱える。しかし眼鏡女は余裕しゃくしゃくの笑みを返した。
「名前で呼んでほしかったら、まずはちゃんと学校に行くことだね。じゃあね、キ・ミ」
 最後の『君』をわざとらしく強調し、眼鏡女は去っていった。
 いつもこれだ。人を小馬鹿にしたように、言いたいことだけ言って帰っていく。いったいここに何しに来てるんだ。
 小さくなる眼鏡女の後ろ姿に、心の中で悪態をついた。


 ――別にあいつに言われたから来たんじゃない。もういい加減顔くらい出さなきゃな、と思ったんだ。あくまでこれは俺の意思、俺の自主的行為だ。
 誰に言い訳するでもなく心の中で呟き、俺は半年ぶりになる学校に足を踏み入れた。
「それじゃあ出席をとるわよー」
 重い足取りで廊下を歩いていくと、教室からはざわめきに混じって教師の声が聞こえてきた。まだ一度も会ったこともない今年の担任は、どうやら女らしい。
 ドアに手を掛け、一瞬ためらう。俺が姿を現した瞬間の、クラスメイトの驚いた顔が目に浮かぶようだ。担任からは説教の嵐だろう。……憂鬱だ。
 しかしかぶりを振って、俺は教室のドアを開けた。
「おっ、来たなあ」
 真っ先に声をかけてきたのは担任。教壇に立っていたそいつは、俺が来ることがわかっていたかのように、にっと笑ってこちらを見る。
 驚いたのは俺のほうだった。
 聞き覚えのある、その声。見覚えのある、その顔。
「待ってたんだぞお、君ぃ。……じゃなくて、ふふ」
 きょとんとしている俺を見ておかしそうに笑うと、
「出席確認、さいかーい!」
 眼鏡女は――俺の担任は、初めて俺の名前を呼んだ。

FIN.

 


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