電光石火
「俺のことは、電光石火のリュウと呼んでくれ」
自己紹介を終えて席に着くと、隣の男子生徒がそう言って手を差し伸べてきた。対処のしようがないので、とりあえず握り返すことにする。
「……よろしく、電光石火のリュウくん」
「おっと! 普段呼ぶときは『リュウ』で構わないぜ」
「……よろしく、リュウくん」
「ノンノン! 『くん』はいらないなあ。クラスメイトで隣の席同士だ、水臭いのはなしだぜっ」
「……よろしく、リュウ」
そう言うとリュウは満足げに笑い、骨が軋むんじゃないかと思うくらいの握力で僕の手を握った。学ランの左ポケットの名札には、『工藤龍一』と記されている。
それが僕とリュウの出会いだった。
「転入早々、俺と知り合えるなんてそうとうツイてるぜ!」
リュウは口癖のように、ことあるごとにそう言っては無駄にさわやかな笑顔を見せた。はたしてツイているのはグッドラックなのかバッドラックなのか、それは定かではないが。
一週間ほど経って、それそろクラスにも馴染みはじめた頃、一つわかったことがあった。『電光石火のリュウ』というのは、どうやら彼の単なる恥ずかしい自称ではないらしかった。
現にリュウの友人たちは、その名で彼を何度か呼んでいる。ただ、そのときの顔が例外なく、ちょっと薄笑いの、言ってしまえばひとを小馬鹿にしたような表情であるのが、気になるといえば気になるが。
リュウの電光石火ぶりは校内でも有名、というのは、彼の友人の談。
それは事実のようで、例えば移動教室のときなど、彼と一緒に廊下を歩いていると、他学年の生徒、それも主に女生徒から意味ありげな視線を向けられることがあった。これもやはり、あまり好意的とは思えない視線だ。
そもそも何がいったい電光石火なのか。それはほどなくしてわかることとなる。
その日、やはり移動教室でリュウと僕が並んで歩いていると、一人の女生徒とすれ違った。顔ははっきり見ていない。なにせ、本当に一瞬、横を通りすぎて行っただけだったから。
セミロングの髪を揺らす女生徒の後ろ姿を見つめながら、リュウは呟いた。
「あの娘のハート、電光石火でいただいたぜ!」
……つまり、『電光石火の早業で女の子の心を奪うリュウ』、ということらしかった。
目を合わせる暇すらなかったというのに、どうやってハートを射止めることができたのだろう。それが本当だとしたら、確かに電光石火ではある。
そして放課後、女生徒のクラスを突き止めたリュウは、さっそく彼女を屋上に呼び出した。
このシチュエーションですることは一つ。僕のほかに友人三名のギャラリーが見守る中、やってきた女生徒にリュウは開口一番こう告げた。
「俺と付き合わないかい!?」
「ごめんなさい」
女生徒は一呼吸も間を置かずそう返すと、用事は済んだとばかりに立ち去っていった。
屋上に冷たい風が吹き抜ける。友人三名は揃って笑いをこらえていた。
どうやら、『電光石火の早業で女の子に振られるリュウ』、というのが真実らしい。そちらのほうがよほど納得できることだった。
次の日、当然といえば当然のことだが、リュウはひどく落ち込んでいた。
朝のホームルーム中ずっと机に突っ伏し、ぴくりとも動かない。しかし、そんなリュウが突然弾かれたように体を起こした。それは、教育実習でやってきた人物が教室に足を踏み入れた、まさにその瞬間だった。
「あの先生のハート、電光石火でいただいたぜ!」
教育実習生が女性だったことは言うまでもない。
……『電光石火の早業で失恋から立ち直るリュウ』、というのが本当の本当のようだ。
FIN.