真剣白刃取り
かまってかまって〜!
そんな声を上げながら、アイツがわたしの周りをぐるぐる回る。耳障りなその声に顔をしかめ、わたしはそっぽを向いた。それでもアイツはしつこくまとわりついてくる。うざったいったらありゃしない。
痺れを切らし、わたしは立ち上がって部屋をあとにした。けれど、むだに素早いアイツは、わたしがドアを閉めるより先に、一緒に外に出てきてしまう。
ああもう。
畳の居間に移り、ごろりと横になる。扇風機が必死に首を振っているが、やたらと音がうるさいだけで、たいして涼しく感じない。仕方なくうちわを片手にセルフ冷房を試みるが、ほどなくしてその無意味さに気づく。顔以外は涼しくない上に、腕が疲れてむだに汗をかいただけだ。おまけにちょっと油断した隙に、アイツがわたしの足に乗っかっている。
もうもうもう!
わたしはバタ足でアイツをどけ、ついでに蹴り飛ばそうとするがよけられ、カチンときて体を起こした。
暑さも湿気もまったく堪えていない様子のアイツが心底憎らしい。ぎろりとひと睨みし、手にしていたうちわを投げつけた。しかしそれもひょいとさけられてしまう。それどころか、頬ずりを求めるかのように、こちらに迫ってくるではないか。
ならば受けてたとう。
わたしは姿勢を正すと、両手を空中で構えた。息を殺し、相手との間合いを計る。十センチ、九センチ、八センチ……じりじりと距離が詰められていく。珠のような汗が首筋を伝ったが、このときばかりは気にならなかった。
そして、それは一瞬。
――パァン!!
小気味よい炸裂音が部屋に響く。
勝負あった。
わたしの両手は空を叩き、手ごたえのない痺れだけがそこに残っている。にっくきアイツは見事とも言える回避で私の渾身の一撃、真剣白刃取りを華麗にすり抜け、お目当ての場所に到達した。
そこは、わたしの額。
すぐさま洗面台に走って鏡を覗きこむ。
ああもうもうもう! こんなところにこんな目立つ印付けやがって! 明日学校なのにどう言い訳しろってのよ、恥ずかしすぎる!
わたしはひどくなるとわかっていながらも、かきむしらずにはいられなかった。
もうすぐやつらの季節がやってくる。
……蚊取り線香、買ってこよ。
FIN.