適当
「俺、席取っとくわ。昼飯俺のぶんも買ってきて」
混み合った学食のホールを見渡し、ジュンヤはチカに言った。ポケットから取り出した財布をひょいと投げる。
「適当なやつでいいから」
それだけ言うと、ジュンヤは返事も待たずに混み合うホールへと紛れていった。
残されたチカは、渡された財布とカウンターにできた長い列とを見比べる。それから張り出されたメニューをじっと見つめた。
思い悩むように立ち尽くすこと十分。
なにを思ったか、チカは列とは逆方向へと足を進めた。
「お、ここここー」
人ごみを掻き分けてやってくるチカの姿を見つけ、ジュンヤは手を振った。それに気づいたチカが小走りで駆け寄ってくる。
「遅かったなー。まあ混んでたしな」
座れよ、と椅子を引いたところでジュンヤは動きを止めた。
顔を上げて目の前のチカを見る。正確には、その手にあるものを。
「なんで何も持ってないんだよ」
持っているには持っていた。先ほどジュンヤが渡した財布、だけだが。
本来ならそこにあるはずの、二人分の昼食が乗ったトレイはどこにも見当たらなかった。
ジュンヤに指摘され、チカは申し訳なさそうにこうべを垂れる。
「どれにすればいいのかわからなくて……」
「どれって……」
その言葉に一瞬ほうけるが、ジュンヤはすぐに声を上げた。
「適当なのって言っただろ!」
「だ、だからその、何が先輩にふさわしいのかわからなくて……」
「ふさわしい?」
再びほうけるジュンヤ。
対するチカは、叱られた子供のように身を縮めていた。その口から弱々しい声が紡がれる。
「先輩の好みとか、今の気分とか、栄養のバランスとか考えたら、何にすればいいのか全然わからなくなって……」
「なんでそんな悩むんだよ! 適当でいいって言っただろ!?」
「だっ、だから先輩に適当なメニューを……!」
――ああ。
そこでようやく理解した。理解したとたん、ジュンヤは脱力した。
「おまえ、適当の意味取り違えてるよ。俺が言ったのは、どれでもいいからおまえにお任せ好きなように買ってきて、って意味の適当。……わかる?」
「…………あ」
チカも理解したのか、はっとしたように顔を上げた。と同時に自分の誤りに対する恥ずかしさがこみ上げ、その顔はみるみる高潮していった。
「ごごごごめんなさいごめんなさいっ!」
必死に頭を下げるチカを見て、ジュンヤは思わず噴き出しそうになるのをこらえた。真面目な彼女らしい勘違いだ。
そんなジュンヤには気づかず、チカはぺこぺこと頭を下げ続ける。そして追い討ちをかけるように、ホールにチャイムが鳴り響いた。昼休みの終了を告げる鐘。
盛大にため息をついてみせるジュンヤに、チカはいよいよ泣き出しそうになる。
「あーあ、誰かさんのおかげで昼飯食いっぱぐれたよ……」
ついでにそんな悪態も。
チカは俯き、ふるふると肩を震わせていた。ちらりと様子をうかがうと、案の定、この世の終わりのような表情を浮かべている。青ざめたその顔を見て、ジュンヤはまた心の中で笑ってしまう。
口元に出かかった笑みを手で隠し、ジュンヤは席を立った。
「こりゃ三限、自主休講するしかねーなー」
「すすすすみません! すみません!」
「これで単位落としたらどうしてくれよう」
「すみませんー!!」
いちいち大袈裟なチカの反応を楽しみながら、一気に人の減ったカウンターへと向かう。
今度はジュンヤがチカのメニューを適当に選んでやるのだった。
FIN.