PoP×冥探偵日誌 8


坂田少女のオカルト被害届



 さて、困ったものだ。
 中田は携帯の画面を眉間に皺を寄せて睨んでいる。メールの相手は彼の先輩であり、彼女である坂田未由子。内容は、中田の表情からしてただ事ではないのだろう。
「うーん……この問題は、中学生には無理。っと」
 返信をすると、数十秒後にメールが返ってきた。さすが女子高生、メールの返信が早いものだ。
『ふざけんな』
 しかもハートマーク付き。中田は困ったような笑顔を浮べてメールの文面を考えた。しかし、未由子が中田に送ってきたメールの内容は、中田ひとりで解決できるようなものではない。というか、中学生にはどうしようもできない問題なのだ。
「こう言う時は……仕方ない」


―――坂田少女のオカルト被害届


 未由子は緊張しつつ、その扉をノックした。それからしばらくして足音と「はーい」という女性の返事が聞こえた。扉が開かれると、微笑んだ碧乃がいた。
「こんにちは」
「えっと、連絡を入れた、坂田と申します…」
 女性がいることに安心した未由子だったが、初めての『探偵事務所』と言うものに緊張をしていた。その緊張を感じた碧乃は優しく未由子に声をかける。
「ようこそ。じゃあ、中に入ってお話を聞かせてもらうね」
 碧乃に言われるままに未由子は事務所に入った。あたりをきょろきょろと見て未由子は接客用のソファに座る。碧乃がすぐにお茶とお茶菓子を出す。
「どうぞ。少し待っててね」
「は、はい」
 それから碧乃はぱたぱたと走って書斎に向かう。半分ぐらい状況がわかっていない未由子はとりあえず出されたお茶を一口飲んだ。暖かくて、心が落ち着いた気がする。
 未由子が高橋探偵事務所に来た理由、それは中田に勧められたからである。何故彼がこんな場所を知っているか……今更気にすることもないか、と未由子は再びお茶を飲む。
「お待たせしました」
 書斎から碧乃と一緒に柊一朗が出てきた。その姿を見て、未由子は二、三回ほど瞬きをした。探偵さんって、こんなに若いもんなの? と驚きを隠せない。
「初めまして。当事務所の探偵、高橋柊一朗です」
「助手の芹川碧乃です」
「祐希…じゃなくって、中田くんから教えていただきました。坂田、未由子です」
 探偵さん、かっこいい。未由子は別の意味で緊張していたが、小さく首を振ってそんな考えを払った。
「それで、相談というのは?」
「あ、はい。その…簡単に言うと、付きまとわれてるんですよね」
 本当に簡単な説明である。それを聞いて、碧乃が心配げな顔をした。
「もしかして……ストーカー?」
「いや、そんなんじゃないです。むしろそっちの方がいいかも……」
 そんな未由子の呟きに、柊一朗と碧乃が顔をあわせた。ストーカーよりたちの悪い付きまとい? もしかして、と柊一朗が考える間にも碧乃は口を開いていた。
「幽霊、とか?」
「………近いといえば、近いです」
「え? と、言う事は幽霊に?」
「いや、付きまとってくるのは生身の人間ですよ! もう幽霊とかこりごり……」
 以前、そんな出来事に巻き込まれたことのある未由子は思い出して肩を落とした。事情が全くわからない柊一朗と碧乃は呆然としている。
「実は、オカルトマニアの子に付きまとわれてるんです」

 話は数週間前に遡る。
 現在月原高校に通う未由子は、放課後遅くまで残って管弦楽部の活動に励んでいた。その日も帰るのが遅くなり、あたりは真っ暗になっていた。友人たちはほとんど帰ってしまい、未由子は自宅まで徒歩三十分ほどの道のりをひとりで帰らなくてはならない。
 そのとき、暗い校門の前に人影があったのを未由子は見た。誰だろう、と暗い中目をこらして見る。身長は低く、顔つきも未由子より少し年下の少女のようであった。しかし、着ているのはどこかの高校の制服であった。
 こんな暗い中、誰かを待っているのだろうか。時間的には校舎に誰かが残っていることはないだろう。運動場からも練習の声は聞こえない……少し未由子は不安になった。
 もしかして、帰ったのを知らないで待たされたのかも。まさかの女の子放置?! 彼氏のくせして連絡しないで、何やってんのよバカヤロー! と勝手な考えを膨らませた未由子は決心した。
「あ、あの」
 門の前でぼんやりと立つ少女に未由子は声をかけた。顔を覗くと、やはり見た目はかなり幼い。中学校に行き始めました、と言われたら納得しそうな外見である。ただ、着ている制服を未由子は思い出していた。
「誠明高校の、生徒?」
「はい」
 にこりと微笑んで返事をする少女を、未由子は素直にかわいいと思った。
「もしかして誰か待ってる、とか? でももうほとんど部活終わっちゃったし、みんな帰ってるよ」
「皆さん、帰ったんですか?」
「うん。だからさ、その……アレだよ?! 彼女待たせる男とかやめといたほうがいいって、絶対!」
「え?」
 少女は未由子の言葉を理解できていない様子だった。しかし、未由子はひとりで盛り上がっている。
「だいたいね、誠明高校でしょ?! そんな遠いところの彼女待たせるなんて最低よ!」
「いえ、大丈夫です」
 明るく言う少女の声に、未由子は「へ?」と声をあげた。
「もう、ほとんど校舎に誰もいないんですよね?」
「う、うん」
「よかった、待ってて」
 それから少女はすたすたと校舎に向かって歩き始める。少女が帰ると思っていた未由子はその行動に呆然とした。
「ちょ、っと待って?! どうしたの!」
「実は私、校舎の方に用があるんです」
「校舎、に?」
 疑問符たくさん。未由子は少し混乱し始めていた。そうこう考えている間にも、少女は校舎に向かって歩き始めていた。気が付いたら、未由子は少女と共に歩いていた。
「待って待って! 校舎誰もいないって!」
「その方が、都合がいいです。だって、私は七不思議を調べに来たのですから」
 ななふしぎ? 未由子の思考が一瞬だけ止まった。そして、目の前を歩いていた少女の足も止まった。
「月原高校にあるといわれる『動き出す石像』『増える足跡』『誰も知らない謎の美少女』…などなどを私は調べに来たんです!」
 あ、これはまずいかも。未由子は本能的に思って少女に背を向けたが、少女はがっしりと未由子の腕を掴んでいた。
「えっと、お名前は?!」
「あ、坂田未由子…」
「未由子さん! よろしければ、校舎を案内していただけませんか?! お礼は私が七不思議の解説でお返しします!」
 きらきらと瞳を輝かせる少女の言葉を断ることも出来ず、未由子は頷いた。

 説明をしていた未由子はその時のことを思い出してため息をついた。ここ連日、ため息しかついていない。
「それからというもの、その女の子……ほぼ毎日のように私の所に来るんです」
「毎晩校内を案内しろ、って言われるの?」
 柊一朗が尋ねると、未由子は首を振る。
「校内案内したら来なくなったと思ったら、学校周辺の怪奇現象調べましょう! なんていわれちゃって。そういうのはあたしじゃなくてオカ研にでも頼めばいいのに………」
「へー、月原高校オカ研あったんだぁ。昔はなかったのにねえ……」
 元・オカルト研究同好会会長である碧乃がその言葉を懐かしむように呟く。ああ、そういえば碧乃君ってそういう性格だったような……と柊一朗は思い出していた。そして、碧乃の表情が懐かしむ顔から一変して真剣な顔になった。
「高校生の女の子を連れまわして、オカルト三昧なんて! うらやま…じゃなくって危ないわ! ですよね、先生!」
「まあ確かに……」
 柊一朗は相変わらずの苦笑いを浮べたまま碧乃の言葉に頷く。そして碧乃は未由子の手をとり、優しく言った。
「大丈夫、私たちが未由子ちゃんを助けてあげるわ!」
「あ、ありがとうございます……!」
 未由子も安心したような表情を浮べる。その姿を見て、柊一朗は未由子の話に出てきた少女について考えた。いや、考えることもなかった。
「この事件は、なかなか難しいことになりそうだね……」
 きっとそうなる。柊一朗は確信した。
「一体何処のけしからん女子高生なんでしょうかねえ」
 碧乃の言葉を聞いて、柊一朗は本気で驚いた。碧乃はどうやら少女の正体がわかっていないらしい。
「碧乃君、それ新しいギャグだったりする?」
「え? だって、そんなこと普通する子なんていないじゃないですか」
「本当ですよ……もうあたし、このごろ振り回されて肩痛いんです……」
 いや、もしかしたら別の意味で痛いのかも…と考えると未由子は怖くなったので考えるのをやめた。
「まあ、どちらにしろその子をどうにかしないとね。とりあえずお互いの連絡先を交換しておこうか」
「はい」
 柊一朗が携帯を取り出すのを見て未由子は再び緊張を思い出した。年上の青年の携帯番号なんて普通入手できるものではない。未由子の携帯に登録されている年上の男性といえば、部活の先輩と顧問の教諭とバイト先の店長ぐらいだろうか。ちょっと友人に自慢できそう、なんて考えた。
「その子は毎日未由子さんの所に来るの?」
「いえ。六時間授業の時だけ……だと思うから、次に来るのは月曜日だと思います」
「うん、じゃあ月曜日は僕も月原の方に行くから、その子が来たら連絡して」
 未由子はこくこくと頷く。
「あと、これを」
 そう言って柊一朗はピンク色の玉がついた、ブレスレットを未由子に渡した。
「これは?」
「お守りです」
 お守りにしては可愛らしい。未由子はそう思いながら、腕にそれを早速つけた。最近の探偵はお守りを渡すキャンペーンでもあるのだろうか、それとも個人的なプレゼント……?! などと少し喜んでいる未由子である。
「私もついていくからね、任せて!」
「はい、ありがとうございます!」
 碧乃の言葉を聞いて安心したような未由子。どうなることやら、と柊一朗は少し不安を感じていた。


「もし今日来なかったら高橋さんに悪いなあ……」
 月曜日、授業中も未由子はそれが一番の心配だった。もしもあのお騒がせオカルト少女が未由子の元に来なかったら、柊一朗たちに迷惑をかけてしまう。そう考えるとやっぱり探偵事務所なんて大げさだったかなあ……と未由子は頬杖をついた。
「それだったら未由子、最初からオカ研にでも頼めばよかったのに」
 未由子の友人、田中みなみがあきれた顔をして未由子に言う。
「だって、オカ研……その方が話面倒になりそうじゃん…」
「んー、まああそこは常にお祭り騒ぎ大好きそうよね。関わりあいたくはないか」
 みなみのことばにこくりと未由子が頷いた。月原高校オカルト研究会は月原高校における変人の巣窟である。
「それに相手も相手じゃん? オカ研と鉢合わせさせたら何が起きるか……」
「そんなに未由子に絡む子って、激しいの?」
 まだ未由子に話しか聞いたことのないみなみはきょとんとした顔で未由子に尋ねる。未由子は引きつった表情で言った。
「あれはちょっとした台風よ」

 そしていつも通り未由子は遅くまで残って部活をした。今日来なかったら高橋さんたちに謝ろう……来たら、なんて考えたくない。
「はぁ……来ませんように来ませんように」
 目を閉じて未由子は祈る。しかし、その祈りは無残に散ることになった。
「未由子さーん!!!」
 出たッ!!!!
目を開いた先には、ここ数日見続けている少女の姿があった。未由子は小さく「嘘でしょ……」と呟いた。やっぱり彼女は来てしまったのか、でもこれで連絡できる! となんだか複雑な心境の未由子である。
「今日もよいオカルト日和ですね未由子さんっ!」
「えー、ええっと……」
「それでは噂に聞いていた『鎌鼬の謎』を解明しに行きましょう!」
 まるで今から遠足に行くぞ、と言わんばかりの勢いで未由子の手を引く誠明高校女子生徒。そういえば、未由子は何度も彼女につき合わされているけれど、彼女の名前をまだ聞いたことがなかった。未由子はこれをネタにすれば何とかオカルトチックな方向から脱線できるのではないかと考えた。
「ああ、あのさ! あたし、まだあなたの名前聞いてないんだけど?!」
「そうでしたか? それは自己紹介が遅れて申し訳ありません!」
 そう言って少女は未由子の腕を離して、くるりと未由子の正面を向く。
「私は誠明高校、都市伝説研究解明同好会会長の如月なる子と申します!」
 その肩書きを聞いた未由子の頭の中で、何かが崩れる音がした。彼女は完全にそっちの方向の人間なのね……そう考えている間にも、未由子はなる子に腕を引っ張られていた。

「未由子さんが少女と遭遇、だって」
 月原高校の近くにある喫茶店にいた柊一朗は携帯に入った連絡を見て隣に座る碧乃に言った。
「出ましたね……急いで未由子さんの所に行きましょう!」
「うん、そうだね」
「あの」
 飲んだコーヒーの代金を払おうとした柊一朗に喫茶店の店長が声をかける。
「未由子、ってもしかして坂田未由子さんのこと?」
「え…? 未由子さんの、お知り合いですか?」
「いや、うちのバイトの子でね。もしかして、何か危ないことに巻き込まれてるとか?」
 少し心配そうに店長が尋ねた。碧乃が「危険も何も!」と言いかけたのを柊一朗が小さく手を出して制止した。
「ちょっとした台風に巻き込まれそうなんです」
「たい、ふう?」
 驚いたように店長が聞き返す。柊一朗は頷いて代金を払い、店を出た。

「……という情報を、小野君からもらって私が調査しに来た訳です!」
 マシンガントークを終えたなる子はキラキラと輝く瞳を未由子に向けている。しかし未由子はもうそんな言葉も届かないほどにぐったりとしている。柊一朗たちに何とか連絡できたものの、いつ来るかわからない。このままだと、死ぬかも……未由子は本気で泣きたくなった。
「隣の町に、こんなにもたくさんオカルトスポットがあるなんて……灯台下暗しですね!」
「はぁ……」
 そのまま灯台下は暗くていいのに、そんな言葉はきっとなる子に届かないだろう。未由子は諦めのため息をついた。あんたはあんな恐怖体験した事ないからそんなことが出来るのよ!! と文句だけはたくさん思いついた。それを言える勇気と気力はなかった。
 そんな未由子に気づきもしないなる子は楽しそうに歩いている。彼女の後輩である小野から長月中学や月原高校周辺で起きている不思議現象を聞いて浮かれているのだ。なる子は未由子と違って、恐怖体験に対する恐れよりもそれに遭遇できた喜びのほうが上回る性格である。なので、「何か起きないかなー」などと楽しそうに言う事も出来るのだった。
「あの、なる子ちゃん?」
「はい」
「それ、調べてどうするのよ?」
「都市研の集まりが今度あって、それで報告会をするんです。それから、文化祭とかでも発表とか……」
 意外と活動的な都市伝説研究解明同好会。未由子は感心していた。しかし、だからって他校の生徒を巻き込むのはいけないことだろう。それに気が付いた未由子はなる子のほうを素早く見た。
「あのさ、これって都市研としての活動なんでしょ?」
「そうですよ」
「ならさ、一応他校のあたしと一緒に調査、っていうのはどうかとおもうよ? それならさ、うちのオカ研に頼めばいいじゃん」
「え?! 月原高校って、オカ研があったんですか?!」
 なる子が驚いたように声をあげる。これで少し逃げられる、と未由子はほっとした。
「そうそう。あ、でも確かうちのオカ研二年生ばっかだったからさ……あれだよね、一年としては声かけにくいでしょ? あたしも一緒についていくよ」
「あー……二年生だけですか。まだまだだなあ……」
 にやりと笑うなる子。まだまだ、という言葉の意味がわからず未由子はなる子を見た。
「我が都市研は一年から三年まで、選りすぐりのメンバーが揃っているのですよ!」
「……一年から、三年?」
 確かなる子は会長と言っていた。と、言う事は……
「なる子ちゃ、さんって……三年生、とか?」
「え、そうですけど?」
 再び未由子の頭の中で何かが崩れる音。

 そんな半分放心状態の未由子とハイテンションななる子の二人は、小野が教えてくれたという『鎌鼬の謎』スポットにたどり着いた。
「この電柱の傷、普通に出来るものじゃないわ……!」
 そう言ってなる子はバシャバシャとデジカメで電柱を撮る。暗闇で光るフラッシュはどことなく不気味なものだ。
「あのー、なる子さん」
「何でしょうか?」
「そろそろ、その、帰りませんか? あ、あたし駅まで送りますよ。近いし」
「いえいえ! 調査はまだ始まったばかりですから!」
 暗闇の中でもなる子が強気な笑みを浮べているのが見えた気がした。そしてなる子はまたあたりを連写する。早く高橋さん来ないかな……未由子は携帯を開く。メールの返信は『すぐに行きます』というものだけだった。あと、メルマガ。こんな時にクーポンが来ても嬉しくない、と未由子は静かに携帯を閉じた。
「ほら、未由子さん! ここの傷なんて不思議ですよー……ただでつくようなものじゃないし……」
「へ、へー」
 真剣に話をしているなる子から目を反らしながら未由子は辺りを見る。場所は小さな公園で、あまり明りがない。ブランコや滑り台といった遊具が街灯に当たって浮かび上がっている。
 そろそろ帰りたいなあ、と未由子がなる子の話を聞かずに公園を見ていたときだった。街灯に照らされて、誰も座っていないはずのブランコが、不自然に揺れ始めた。
「……え」
 あたりがすっと冷えたように未由子は思った。一方のなる子は相変わらず連写を続けている。
「な、なる子さん……?」
「お、未由子さん! 何か発見ですか?」
「あれ、やばくないですか……?」
 あれ、と指さす先には揺れるブランコ。それを見たなる子の目が輝く。
「あそこにもしや、何かがいるのですね!」
「に、逃げませんか?」
「逃げる?! 違います、調査ですっ!」
 なる子はブランコに向かってカメラを向ける。デジカメの中には、揺れるブランコだけが写っていた。
「……あれ、何もいない」
「え、マジ?」
 未由子がなる子のデジカメの画面を見る。確かに何も写っていない、未由子がそう呟きかけたとき高い音が響いた。どこかで聞いたような、その音色は
「鈴?」
 なる子と未由子の言葉が重なった。なる子はあたりをデジカメで連写する。まるで銃の乱射だ、と未由子は引きつった顔を浮べた。そしてなる子は未由子にカメラを向ける。本能的に未由子は笑顔を浮べてピースをした。
「いい笑顔ありがとうございます、未由子さん」
「いえいえ。っていうか、何か写ってましたか?」
 暗闇の中、二人は寄り添って画面を見る。暗い中でもはっきりと風景が写っている。そして、満面の笑みを浮べピースをする未由子の写真もあった。
「わー、未由子さんかわいいー!」
「いやあ、なる子さんの撮り方が上手いんですよー。ほら、肩の子猫まではっきり写ってる!」
「でもこの笑顔には勝てませんよー。……ん?」
 肩の、子猫? 二人の考えはぴったり一致したが、その後の反応はやはり全く逆のものだった。
「肩ぁぁぁぁぁぁぁぁ?! 何、何が居るのよ―――――?!」
「未由子さん動いちゃダメ! 逃げちゃう逃げちゃう!」
 なる子はそのまま未由子を連写。未由子は引きつった顔でも笑みを浮べている。
「ほら、やっぱり子猫居ますよ」
 見せ付けるようになる子は画面を未由子に向ける。確かに未由子の左肩に乗る白い子猫が写っていた。しかし、未由子自身の肩には何も乗っていない。
「何でそんなのが……」
 未由子が右手を肩に伸ばした瞬間、突然何かが光った。淡い桃色の光が、あたりを包む。
「ええええええ?! な、なる子さんフラッシュ焚きました?!」
「え、私何にもしてませんよ!?」
 慌ててあたりを見る二人。恐怖で涙を浮べる未由子、感激で瞳を潤ませるなる子……遠目から見れば二人とも泣きそうなのに変りはないのだが、かなり内容が違う。
「未由子さん!」
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
 光が消えたと同時にかけられた声に未由子は華の女子高生、とは思えない叫びを未由子は上げる。と、同時に未由子は肩が軽くなったように思った。
「あれ? 中田くん?」
「ふぇ?」
 なる子の言葉に叫びの勢いで涙が零れた未由子は声のした方を見る。そこには、未由子に手を伸ばしかけている中田の姿があった。未由子と同じように、呆然とした表情をしている。何で、ここに? そう尋ねようとしたとき
「うわぁ!?」
「きゃぁ!?」
 またも第三者の声。三人が視線を変えると、どこかの映画で銃弾をゆっくりと避ける主人公のようなポーズを取っている男性と、その様子を驚愕の表情で見る女性がいた。
「高橋さん、芹川さん!?」
「高橋さんに、先輩!?」
「しゅーちゃん! 芹川さん!!」
 三人はそれぞれの言葉で、同じ人物の名を呼んだ。驚いた表情の碧乃はその顔を変えずに三人の方をゆっくりと向く。
「未由子ちゃん、中田くん、と……なる子ちゃん!?」
「あ、碧乃……くん、そろ、そろ……た、助けて……」
 まるで喉に何かが詰まったような声で見事な反りをしている柊一朗が声を上げた。それを聞いて、碧乃は思い出したかのように再び柊一朗の方を向いて何かをした。
「相変わらず猫に好かれやすいんだから……せーのっ、うりゃ!」
 碧乃が何かを柊一朗から引っ張ってとった。柊一朗はその勢いで尻餅をつく。頭からぶつからなくて良かった……と見ていた三人は思った。それから、碧乃と柊一朗の本に駆け寄る。
「た、高橋さん?! 大丈夫ですか?!」
「う、うん……大丈夫」
「先輩、何とったんですか?! 是非撮影させてください! 先輩の勇姿と共に!!」
「とったどー!!」
「……あれ、俺放置?」
 柊一朗を起こす未由子、碧乃の姿を撮影するなる子、そしてぼんやりと立ち尽くす中田。そして、撮影を終えたなる子が満足そうにデータフォルダを見ていた。そこには様々なアングルで猫を持っている碧乃の姿が映っている。
「これ、猫ですか?」
「そう。未由子さんにとり憑いていた」
「…………はい?」
 名前を呼ばれた未由子は安心しきっていた表情が再び硬直した。何回も瞬きをして、それから碧乃に尋ねる。
「え、っと……と、とり、憑いていた?」
「うん。あ、でも気付いたのは私よりも先生が先だったけどね」
「い、いつ、から?」
「先生が言うには、事務所に来たときからだって。微かだけど、気配を感じたらしいよ」
 碧乃の言葉を受けて未由子の体はゆらゆらと揺れ始めた。中田が慌てて未由子に駆け寄り、体を支える。
「み、未由子さん?! 大丈夫ですか!!」
「う、はは、はははは……」
 ああ、今なら死んじゃうかも…………なんて未由子は思いながら、ゆっくりと目を閉じた。


「いいなぁー! かっこいい探偵さんにお姫様抱っこ!」
「いや、あんまり嬉しくない……」
 未由子が目を覚ましたとき、彼女は自分のベッドに居た。そして、ベッドのすぐそばに置かれていた携帯には新着メールが二通届いていた。一通目は柊一朗からだった。
『来るのが遅くなってごめんね。それと、もうあの猫は成仏したから安心しても平気だよ。今日はゆっくり休んでね』
 そして、もう一通目は写真付きのメール。
『俺もいつかできるようになります! まずはドラムを自力で運ぶところから!(笑)』
 文面はそれだけで、その下には大きく写真が写っていた。その写真は、未由子を部屋まで抱えて運ぶ柊一朗の姿。しかも、その抱え方は所謂お姫様抱っこというものなのである。その写真は未由子が気付かない間に待ち受けに設定されていて、現在その待ち受けが学校でみなみの目に止まったという事なのだ。
「この探偵さんかっこいいじゃん。恋人とか居るのかな?」
「……どうだろ」
 考えている未由子の姿を見て、みなみがじーっとその表情を睨むように見た。
「もしかして未由子、その探偵さんに惚れたとか?」
「え、うえぇえ?!」
「やっぱりそうなんだー! うっわ、浮気?」
「違う違う! そんなんじゃないって!!」
 必死で否定をする未由子をからかうように笑うみなみ。そんな未由子の右手には、まだあのピンクの数珠がついているのであった。


END


■桃月ユイさまのサイト 【Seven Color ☆ Scenery】
桃月サンタさんが、クリスマスに素敵なプレゼントを届けてくれましたー!!
というわけで、今回は未由子先輩となる子ちゃんのコンビでした。
PoPキャラたちにも迷惑かけまくりな台風、もといなる子ちゃん…。
生みの親として、申し訳ありませんと謝罪せずにいられないorz
しかしもっちーに引き続き未由子先輩まで! 目を覚ますんだー!!
あのヘタレはなんでしょう、年下キラーですか?(笑) 碧乃さんに足踏まれるといいです。
桃月さん、最高のクリスマスプレゼントを本当にありがとうございましたっ!

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