便利屋×冥探偵日誌 3


騒グ霊魂、叫ブ女 後編



其の3

「あの……」
 その声に四人ははっとした。あまりのことにめぐみが居ることを忘れていたのだ。
「これはどういうことなんでしょうか」
 めぐみは咎めるというよりはむしろ、目の前で起こったことに対する不安として言葉を発した。
「これは、本当に居たということなんでしょうか?」
「ええ、居たということになります。本物が。しかし、龍幻寺さんが先ほど申し上げたことも嘘ではありません。完全に間違ってはないのです」
 そういって柊一朗は武史に目をやる。武史は拳を握り締め何かに耐えるように目の前の状況を睨んでいた。柊一朗は、めぐみに視線を戻す。
「とにかく、まだ完全には解明出来ていませんのでもう少し時間をください。必ず解決してみせますので」
 めぐみは深々と頭を下げながら「おねがいします」と一言だけ言うと、部屋を出て行った。武史は力が抜けたようにその場に座り込む。
「まあ、その、失敗なんて誰だってあるしさ、気にしない、気にしない」
 碧乃がそう声をかける。
「気にしてねえよ」
 武史はそう、いじけたように返事をする。ため息を一つつくと腕を組み考え始めた。
「ミッキー、ここに来てから今まで、それらしい気配はあったか?」
「いや、それがまったく感じないんだよね。居ない振りをしてるのかと思ったんだけど、そんな幽霊って滅多に居ないし、社長のさっきの話も納得出来てた」
 これについては柊一朗と碧乃も同意見のようで、うんうんと頷いている。
「と、なると自縛霊の可能性は薄いな。浮遊霊、しかもかなりの念を持っているようだな。アオノン、最初に被害を受けた四人はどういう人だ?」
 碧乃はメモを取り出して読み上げる。
「三年の山崎渚さん、百合原かおるさん、水島美由紀さん、そして二年の花菱麻子さん。この寮のリーダー格とその取り巻き。みんなこの四人についてはあまり話したがらないから今ひとつ関係性は見えてこない」
「分かった。直接聞こう。その四人、呼んで来てくれ」
 かくして件の四人が呼び集められた。まず口火を切ったのは渚の方だった。
「で、どういうことなんです? 幽霊騒ぎは解決したんじゃないんですか?」
 他の三人は渚と武史を心配そうに交互に見ていた。武史と事実上の一騎打ちということになる。
「解決、だろうな。半分は。だがそれだけで終わっちゃあいない。俺達が知らない、そして君たちが知っている何かがあるはずだ。この幽霊騒動のなかで君たちは最初の被害者だ。そしておそらく『本当の被害』にあっている。他の人とは違って、しっかりとした心当たりがあるんじゃないのかい?」
「心当たり?」
「そう。それも人の生き死にに関することだ」
「やばいよ渚。こいつなんか知ってる」
 腕にしがみつく美由紀を振りほどくと、渚は腕を組み「きっ」と武史を見据えた。
「何を知ってるの?」
 武史はただニヤニヤと笑う。それが渚の心にわずかな焦りを生んだ。
「何がおかしいの?!」
「アレは痛いよねえ」
 その一言に一同の顔が強張る。特にひどいのは麻子だった。口元を押さえ青い顔をしている。その様子を見て武史はさも優しく声をかける。
「麻子さん。別に俺達はこのことを公表しようというわけじゃあない。ただ、問題解決にあたって重要なことを君の口から聞きたいんだよ」
 優しく肩に手を置く武史を麻子は助けを求めるように見返す。
「あの、私……」
「麻子! あんた、分かってんでしょうね!」
 渚が慌てて釘を刺す。が、一度崩れだした結束はその強さを失いつつあった。それまで黙って聞いていたかおるが堰を切ったようにしゃべりだす。
「もう沢山! 渚に付き合っててもいいことなんてないじゃない! もう全部話すよ。どうせ全部知ってるんでしょ? そうよ。私達でいじめたのよ! あの日だって……」
 武史は黙って聞いている。
「あの日だってみんなでいじめて。でも私聞いたよね! こんなことして自殺でもしたらどうする?って! そしたら聡美の目の前で渚ったら『死ぬなら勝手に死ねば』って!」
「何よ! みんなだってあの時笑ってたじゃない! 麻子なんて『遺書なんて書くな』って追い討ちかけて……」
「だって! だってほんとに飛び降りるなんて思わないもん! ねえ、ねえ探偵さん! 私達警察に捕まったりしないよね? やだ……。嫌だあ!」
 それまで黙って聞いていた武史は腕組をするとしみじみと言う。
「そっかあ。そういうことがあったのかあ。初耳」
 一同が一瞬静まり返る。そして武史以外の全員が声をそろえて同じ言葉を発した。
「「はあ?!」」
「いや、だから初耳なんだって。そんなの超能力者でもないのに分かるわけないじゃん」
 渚が驚いた表情のまま質問する。
「だって、『人の生き死にに関すること』って……」
「ポルターガイストだもん。大抵は生き死にに関することでしょ?」
「じゃあ、『アレは痛い』っていうのは?」
「人が死ぬ時って大抵痛いか苦しいかのどっちかじゃん」
「うわあ、騙されたあ!」
 頭を抱える渚の前に立ち、武史はやや強い口調で問いただす。
「さあ、教えてもらおうか。その聡美さんとやらが飛び降りた場所というのを!」



其の4

 渚から聞き出したそこはキャンパス内のビルの裏手だった。武史、魅貴、碧乃、柊一朗の四人が見上げると屋上は高く、なるほど、ここで飛び降りれば死んでしまうだろう。そう思えるには十分だった。そして目の前には気弱そうな女性が一人。
「憑いてるか?」
 魅貴はこくりと頷く。魅貴から聡美(がいると思しき場所)に目を移すと、武史は語りかける。
「よう。あんたか? あの部屋の中を派手にひっくり返したのは。何だ。あんた、何が言いたい。お前の言い分聞いてやる。愚痴ってみな」
「……キ……イ」
「あん? 何だ?」
「……イキタイ」
「行く? 何処にだ?」
「ウアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 いきなり飛び掛られて武史は反応が遅れた。思わずしゃがみこむと、何かに気付き立ち上がる。聡美の爪が武史の顔に触れようとした時、見えない力に弾かれて聡美はもといた場所まで飛ばされた。
「まったく、無茶ですよ」
 見ると柊一朗が左手をかざしていた。その手首では翡翠の数珠が光っている。
「しゃがんで僕達が的になることに気がついたんでしょ?」
「……助けてくれると思ってた」
 武史はポケットから青い札を取り出すとゆっくりと聡美に近づいてゆく。
「一体何処に行きたいんだ。あんたの行くべき場所は決まっている。それは……」
「死ニタクナイ!」
「……そうか。あんたどこかに行きたいんじゃなくて今まで通り生きたいのか。でもな、あんたは飛び降りた。これは事実だ」
「違ウ……。飛ビ降リタンジャナイ。アノ時私ハ戻ロウト思ッタ。デモ、フェンスヲ乗り越エヨウトシテ、ソコカラ落チテシマッタ。私ハ後悔シタンデス。私ハ死ニタクナイ。ダケドミンナガ私二気付イテクレナイ。私ヲ見テクレナインデス。ダカラ、ダカラ……」
「だからポルターガイストか」
「ソウシタラ他ノ人ガ勝手ニデッチ上ゲ始メテ……、ダカラ騒ギガ収マルマデ待ッテイタンデス」
「そうしたら俺がポルターガイストは無かったと断言してしまった。それであんたは現象を引き起こした。……大体飲み込めたぜ。でもなあ、あんたは逝かなきゃいけない。例え思いなおしたといえども一度はこの世に見切りをつけたんだ。そしてあんたは死んでしまってる。人はその状況において行かねばならない場所がある。生きてる者は家へ帰り、死んだ者はあの世へと赴く。それが自然の摂理なんだ。あんたが今やっていることは自分の考えを通そうとしているだけの独りよがりなんだ。いいかい、人は死ねばそこで終わりなんじゃない。また新しく魂の器をもらってこの世に生まれ変われる。もちろん与えられた現状で生き抜くことが望ましいが、こうなっちゃあ仕方が無い。さっさと閻魔の裁きを受けて生まれ変わって来い。そして今度こそいじめられないような気の強さを持てばいいさ。この人生にはやり直しが効かない。だがあんたは魂のやり直しさえ放棄しようとしている……。さあ、分かっただろ。あんたが今何をすべきか、何処に行くべきか……」
 武史は青い札を優しく聡美に貼ってやる。
「あの世で閻魔に掛け合ってみたらどうだ。今度はアオノンみたいな気の強い女にしてくださいってな。……逝ってらっしゃい」
 聡美の体は一瞬まばゆく光ると、空へと昇り消えた。

 四人は女子寮に戻ると、めぐみに事の真相を報告した。聡美のことはめぐみも知っていたようで、悲しそうな顔をすると「そうでしたか」とぽつりと呟いた。
「じゃあ、あの、俺達はこの辺で……」
 そういう武史をめぐみは慌てて引き止める。
「あの、実は寮の食事を多目に作りました。もう夕飯時ですし、折角ですので是非召し上がっていただけないでしょうか?」
「もう作ってあるのですか? なあ、みんなどうする?ご厄介になるか?」
 碧乃がお腹を押さえながらそれに答える。
「もうお腹すいちゃった。折角多めに作って待っててくれたんだし、頂いていこうよ」
「ほう、幽霊関係以外では食べ物系もアオノンは食いつきがいいんだな」
「なにをー? 社長さんだって先走って間違えたのは格好悪いよ」
「アレは間違ったんじゃねえよ!」
 柊一朗がそこに割ってはいる。
「まあまあ。とにかく早くいただきましょう折角ですからね」
 四人とめぐみは笑いながら寮へと入ってゆく。食堂で出されたその日の夕食は、大きめの肉が入ったカレーライスだった。

「じゃあ、また来てね」
「うん、来る来る。今度は日帰りじゃなく泊りがけで来るから!」
 別れを惜しむ女性陣に対し、男性陣はややたそがれムードである。
「お疲れ様です」
「いやあ、また助けられちまった」
「成り行き上仕方が無いことです」
 そう言って笑う柊一朗を横目で見て、武史は柊一朗がその「成り行き」を楽しんでいる節があるように感じた。
「あ、もうそろそろ時間ですね。行かないと」
「じゃあまた」
 二人はしっかりと握手をすると、ちょっぴり名残惜しそうに手を離す。手を振りながら搭乗ゲートに消えていった二人を見送ろうと、武史たちは送迎デッキへと上る。二人の乗った飛行機が滑走路へと移動してゆく。
「今日はいろいろあったね、社長」
「だな」
「どっか寄り道していこう?」
「何処だよ」
「んー、ラーメン屋?」
「そうだな。久しぶりに食べてくか」
 一方その頃、離陸しようとする飛行機の中で柊一朗たちも今日一日を振り返っていた。
「先生、今日は疲れましたね」
「そうだね。観光もろくに出来なかったし」
「でも滅多に見れない物が見れました。また来ましょうね」
 シートベルト着用のアナウンスが流れる。二人はシートベルトを締め離陸に備える。
「ああああああああ!!」
 飛行機中に響こうかという声を上げて碧乃はシートベルトに手をかける。
「ちょっと! 碧乃くん何やってるの! もう離陸なんだから!」
「後生だから降ろしてください! とんこつラーメンも辛子明太子も銘菓ひよこももつ鍋もまだ食べてないんですよ!」
 その騒ぎに客室乗務員が駆けつける。
「いかがいたしました?」
「あ、すみません。急に降りたがっちゃって」
「いやだー。降りるー」
「お客様、もうすぐ離陸なのでお静かに」
「うわーん。降ろせ。降ろせーーーーー!」
 碧乃の叫びは福岡の空に溶けた。

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■柊 真平さまのサイト 【dandelion】
柊さんから誕生日プレゼントにいただいた、便利屋×冥探偵コラボ小説第三弾です!
今回の舞台は、便利屋のホームグラウンド・福岡。
そのおかげか、社長の魅力がいつにも増して炸裂していて大興奮です。
飄々としていても、決めるところはばっちり決めてくれるんですよねえ…(*´∀`*)
ミッキーとの自然な距離感もたまりません。夜のラーメンデート…!!
碧乃さんのオカルトうんちくや、そんな碧乃さんに慣れきっている先生などなど、
冥探偵のふたりも本家以上にらしくてすばらしい! そしてオチに爆笑w
柊さん、素敵な誕生日プレゼントをありがとうございましたー!

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