碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その2の7


「……んん……」
「……あ、なる子ちゃん、気がついた?」
 ここは事務所。ソファーに寝かされていたなる子ちゃんは、体を起こして辺りを見回した。そして驚いたように声を上げる。
「ああ! 桜の木は!? どうなったのです!?」
「それはもう無事解決してしまいました」
「どっ、どういうことですかっ!?」
 どうやら何も覚えていない様子のなる子ちゃんに説明する。
 あのあと、私と先生は女性との約束通り、桜の木が切られないよう吉野さんに掛け合った。私たちの説得と、以前からあった住民の反対の声のおかげで、桜の木は切られずに済むことになった。マンションの前に移し変えられるそうだ。
 そもそも数々の出来事は呪いなどではなく、桜の木が住民のためにやったことだったのだ。出来事を1つずつ確かめていくと、実際に危害を加えられたのは建設を進めていた人たちだけで、住民たちは結果的に助けられていたということがわかった。
 まず、横断歩道で突き飛ばされた翔太くん。あれは本人の言う通り、車に轢かれそうになったところを助けられた。
 次に、突然ガラスが割れたお宅。音に気づいて住人が部屋に戻ってみると、なんと消し忘れた煙草の火がカーペットに燃え移っていたという。すぐに消したためボヤで済んだが、あのまま出掛けていたら間違いなく火事になっていただろう。
「じゃ、じゃあ車で電柱に激突した男の人は!? 思いっきり怪我しているではないですか! しかも住民でもないし、マンションの建設にも関わっていないし!」
「実はその人、空き巣だったの」
「空き巣〜!?」
「そう。マンションで盗みをして逃げ帰る途中に事故。そのおかげでやって来た警察にバレて即逮捕。盗まれたものは無事住民の手元に。……ね?」
「…………」
 なる子ちゃんは悔しそうに黙り込む。そしてぽつりと疑問を口にした。
「……どうしてそんなことを」
「きっと、桜の木もマンションに住む人たちのことが好きだったんだよ。もう一度みんなに花を見て欲しかったんじゃないかなぁ」
 なる子ちゃんは再び黙り込む。納得したような、けれど自分の負けを認めたくないような複雑な表情だった。
 しかし、私には1つ気になることがあった。
「それにしても先生、どうしてあの女の人が人間じゃないって教えてくれなかったんですか? 初めて会った時からわかっていたんでしょう?」
 桜の木から現れた女性。それは昨日調査に行った時に出会った、私がマンションの住人だと思い込んだ女性だったのだ。
「いや、あの場で教えたら如月さんにもわかっちゃうでしょ? 碧乃君のことだから、『敵にヒントを与えてどうするんですか!』って怒ると思って……」
「た、確かにそう言うでしょうね……。でもなる子ちゃんが帰ったあとに教えてくれればよかったじゃないですか」
「……ごめん、言うの忘れちゃったんだよね」
 あははと申し訳なさそうに笑う先生。これをされると、つい仕方ないなぁで済ませてしまいそうになる。ある意味先生の必殺技だ。
 それを聞いていたなる子ちゃんがテーブルに手をつき、ガクッとうなだれた。
「完敗です……わたしの負けです。あなたたちのこと、疑ってすみませんでした!」
「わかってくれればいいよ。僕たちはこれでも仕事でやっているんだ。聞き込みをして、1つ1つ検証していって……」
「そうそう! 物事の上辺だけを見て即呪い、即悪霊と決めつけてしまうようじゃあまだまだね。そこが中学生と本職探偵の違いかなっ!」
 私が得意げにそう言うと、なる子ちゃんが訝しげな表情で顔を上げた。
「あの〜……ずっと気になっていたのですけど、わたし、中学生ではないですよ?」
「「ええ〜ッ!?」」
 私と先生が同時に声を上げた。
「うっそぉ! なる子ちゃん、小学生だったの!? うわ〜、しっかりしてるねぇ」
「違います! 高校生ですよ、高校生! これでも今年高3です。ほんっと失礼な人たちですねぇ」
「高3!? てことは何、17歳!? 私と3つしか違わないじゃない!」
 ここに来て衝撃の新事実。はっきり言って、桜の木から女性が現れた時以上の驚きだ。私も先生もまじまじとなる子ちゃんを見つめてしまう。
 ひいき目に見ても、150cmを越えるか越えないかの小柄な身長。「子供っぽい」という表現が1番しっくりくる2つ結びの髪。そして何より幼い顔。誰がどう見たって中学2年生くらいだ。もしかしたら小学生でも通るかもしれない。今時の子はみんな大人っぽいからなぁ。
 私と先生の視線の意味を察し、なる子ちゃんはさらに不機嫌な色を濃くした。
「大体、同好会と言ったら普通高校でしょう? 高校都市伝説研究解明“同好会”! 誠明高校の由緒正しき同好会ですよ」
 その言葉に私はさらに驚いた。
「誠明高校? なる子ちゃん、誠高なの!?」
「そうですけど?」
「だってだって、制服違うじゃない!」
「ああ……これ、一昨年変わったのですよ」
「……碧乃君、どうかしたの?」
「私の母校なんです、誠明高校って! そっかぁ、なる子ちゃんって後輩だったのかぁ〜」
 衝撃に次ぐ衝撃。その事実に、なる子ちゃんも先生も呆然とする。しかし私は嬉しくて仕方がなかった。
「うっわー懐かしいなぁ……。ねぇ! オカルト研究同好会ってまだ残ってる?」
「オカ研ですか? それ、今ある都市研の前身ですよ。これも一昨年、オカ研から都市研に変わったのです」
「そうだったの!? じゃあなる子ちゃんってホントにホントに後輩なんだね。オカ研作ったのって私なんだ。会長もやってたんだよ」
「ええ!? オカ研の会長!?」
 今度はなる子ちゃんが声を上げた。信じられない、という表情で私を見つめる。
「もしかしてもしかして、オカルトある所にこの人ありと謳われた、オカ研発足者にして初代会長、伝説の芹川会長なのですか!?」
「え、なになに、そんなふうに言われてるの? いや〜、照れちゃうなぁ」
 まさか卒業後、自分の存在がそんなことになっていたとは。
 なる子ちゃんは私の手を握ると、目を輝かせて見上げてきた。
「光栄です! あの芹川会長にお会いできるなんて……! 会長の数々の武勇伝、聞き及んでおります!」
「碧乃君……君、一体どんな活動してたの」
「えへへ〜。あの頃は私も随分やんちゃしましたからねぇ」
 若さゆえの情熱とあやまちというヤツだ。すべて挙げると軽く自伝が1冊書けてしまうほどの内容のため、それは今ここでは語ることはできない。今度時間がある時にじっくり聞いていただきたいものだ。
 それにしても、青ざめて震えている先生は、一体どんなことを想像しているのやら。
「うわぁ……明日メンバーに自慢しなくては! あのっ! 『先輩』って呼んでもいいですかっ!?」
「もっちろん」
「せ、先輩……!! これからもよろしくお願いします!」

*  *  *

「うわー! これぞまさしく幻の魔術書、ネクロノミコン!」
 事務所内に私の声が響き渡った。なる子ちゃんから渡された古ぼけた本を、興奮しながら、しかし丁寧に開いてみる。どのページにも興味をそそる内容でいっぱいだ。
「ありがとう! 大切にする!」
「先輩があの芹川会長だとわかっていたら、こんな勝負なんてしなくてもお渡ししたのに」
「すっごいすっごい! こんなレアアイテムを入手できるなんて、すごいねなる子ちゃん!」
「それはもう! だてに都市研の会長はやっていませんよ」
「ねぇねぇ、オカ研の頃の資料ってどれくらい残ってるの?」
「当然すべて大切に保管してありますよ。先輩のポゼッションの新解釈、目からうろこでした!」
「あ〜、あれはずっと研究してたやつだからねぇ。今の都市研はどんな活動してるの?」
「主には都市伝説についてなんですが、それだけには留まらず、超心理学から心霊研究、UFOにUMAまで幅広く取り扱っています。この間も佐倉市の城址公園にある処刑台で……」

 ――あれ以来、如月さんはしょっちゅう事務所に出入りするようになり、碧乃君と2人ですっかり意気投合してしまっています。恐ろしいコンビが誕生してしまった……。
 高橋 柊一朗、心の声ふたたび。

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