+CLOVER+
西の国境への遠征に駆り出されて一週間になる。
コルディア大陸は大きく西と東で分断され、それぞれ西がロゼア、東がオーツの勢力圏となっている。東の王都・ガルトニアは、ちょうど西との境目に位置し、大陸の中でも特に戦火の激しい国でもあった。
ロゼアとオーツの争いは、もう何百年も続いている。何が戦争のきっかけだったのか、今では覚えていない者も多いかもしれない。長きに渡る戦争の中、平和的解決の機会を見失った二つの種族は、ただ互いを憎しみ合い、土地を奪い合い、惰性のような争いを続けていた。
終わりのない、長い長い戦争。
もうこの大陸は駄目かもしれない。目が覚めた時、これがすべて夢だったら――
はっとして体を起こした。その瞬間、左肩に激痛が走る。
「――ッ!!」
声にならない声が漏れ、反射的に肩を押さえた。酷い出血だ。改めてその傷を認識すると、途端に痛みが体中を駆け抜けた。しかしその時、傷口よりももっと目につくものが視界に入り、そちらの方に気を取られてしまった。
――女の子。六、七歳くらいの小さな少女が寄り添うように眠っていたのだ。
どうしてこんな所に女の子が? そう思うより先に少女の容姿に目を奪われた。二つに結ばれた長い髪。少女の呼吸に合わせてわずかに揺れるその髪は、薄い、淡い緑色。まるで透き通っているかのように見えるそれは、今までに見たこともないような髪の色だった。
しばらく呆然となってしまったが、我を取り戻すと痛みと貧血でクラクラする頭を必死に働かせ、今自分が置かれている状況を把握しようと試みた。
確か自分はさっきまでロゼアとの戦闘の最中だったはず――
そうだ、あれは足場の悪い戦場だった。辺りに大きな岩がごろごろ転がり、おまけに左手は切り立った崖。戦況は決して悪くはなかったが、自軍も敵軍も、戦闘には到底不向きなその場所に苦戦を強いられていた。
そしてロゼアの兵に囲まれ、崖側へと追いやられた自分は――落ちた。そう、足を踏み外して崖下へと転落したはずなのだ。それなのに、どうしてここに女の子が?
改めてそう思った時、少女が小さく身をよじった。そしてゆっくりと目を開け、ぼんやりした様子で辺りを見回してからこちらを向いた。そこで初めて少女と目が合う。瞬間、今度は少女の瞳に目を奪われた。髪と同じ緑でも、こちらは深い深いダークグリーン。湖の底のような、見ているとまるで吸い込まれそうになる不思議な色だった。
少女はその瞳で微笑んだ。そして、肩の傷に気づくと今度は驚いたように目を見開く。
「……いたい?」
そう言って傷口に手をかざす。するとそこから暖かな光が漏れ、見る見るうちに傷が塞がっていった。しかし、驚いたのはそれだけではない。手のひらが光り出したのと同時に、少女の額に奇妙な紋章が浮かび上がったのだ。
上下左右対称の、まるで四枚の花びらが並んだような紋章。それは四つ葉によく似ていた。
しばらくそうしていたあと少女が手を退けると、傷口は完全に塞がり、痛みもすっかり引いていた。それと同時に、少女の額に現れていた四つ葉の紋章も消えてしまっていた。わけのわからないまま呆然と少女を見つめる。
「もういたくないでしょ?」
そう言って少女は笑った。
それが、僕と彼女の出会いだった。