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彼と彼女のホワイトデー 【生徒×生徒 編】

 三月十四日。
 一ヶ月前の今日と同じくらい、とまではいかないが、教室内はいつもより少しだけざわめいていた。

「ねぇ、何頼んだの?」
「えー? 私は愛がこもってればなんでも嬉しいよ♪ なーんて」
「うっわ〜。これだから彼氏持ちは」

 放課後。そんな会話が聞こえてくる教室をあとにすると、アサミは靴箱へと向かった。
 大学受験という高校生活におけるラスボス的存在をクリアし、残すイベントは卒業式のみとなった。今日も学校は半日で終了。全員が全員希望通りの進路へ、というわけにはいかないが、それぞれが残り少ない高校生活を満喫していた。
 ――そんなさなか。
 あいつは、いやあの馬鹿は、インフルエンザで学校を欠席しているのだ。今日でもう五日目。よりによってこんな時期に。こんな日に。
 三月十四日、月曜日。
 かなりひねくれてはいたけれど、アサミなりに勇気を振り絞ったあの日から一ヶ月。あんなチロルチョコ一個で厚かましいとは思いつつも、それでもこの日に期待している自分がいた。何を貰えるのかではなく、どんなことをするのか。あいつの行動が楽しみだった。
 それなのに、インフルエンザ。
 アサミは大きく溜息をつくと、靴を取り出して履き替えた。そして校舎を出たその時、マナーモードにしてあった携帯が震え、メールの着信を告げた。登録していないアドレスからのメールを不審に思いつつも開いてみる。

『学校が終わったらぞうさん公園に来て ケイゴ』

 思いがけない送り主に、思わずその短い文を何度も読み返してしまう。
 インフルエンザで欠席しているあの馬鹿――ケイゴからだ。いつの間に自分のアドレスを知ったんだろう。そう思うより先に、公園に行こうか行くまいか考えてしまった。いや、もちろん行くけれど。……行くけれど、どんな顔をして行けばいいのか、まずなんて言えばいいのか、そんなどうでもいいことばかり考えてしまう。
 悩んでいるところに間髪入れず二通目が届き、アサミは思わず携帯を落としてしまいそうになった。

『このメルアド、登録しておいてね(^_^)v ちなみに番号はこれ』

 その下には090と携帯の番号が書かれている。アサミは一瞬考え込んだが、そのまま携帯をポケットにしまった。
 とりあえず、スルー。ひとまず公園に向かおう。
 指定されたのはぞうさん公園。学校からアサミの家に帰る途中にある公園だ。公園の真ん中にある滑り台が象の形をしてるため、そう呼ばれている。正式名称は……アサミも知らない。

+++

 久しぶり。違うな。体大丈夫なの? それもどうだろう。
 まず一言目に何を言おうか。それを考えているうちに、結局いい案が出ないまま公園に到着してしまった。
 入り口で足を止め、一呼吸する。素直に、素直に、素直に。きっとたぶん大して効果のない自己暗示を掛けると、アサミは公園内に足を踏み入れた。
 小さな公園のため、ケイゴはすぐに見つかった。五日ぶりに目にしたその姿は、コートにマフラー、手袋、さらにマスクの完全防備。病人であることはすぐに見て取れた。ベンチに腰掛け、ぼんやりと携帯を眺めている。一体いつから待っていたんだろう。もっと急いで来ればよかった、とさっそく後悔する。
 アサミはいつ自分に気がつくんだろうと、妙に緊張しながら近づいた。ケイゴが顔を上げたのは、アサミが半径三メートルに侵入した時だった。
「ストップ!」
 開口一番そう言われ、アサミの心臓は飛び跳ねた。驚いて立ち止まると、ケイゴは申し訳なさそうに笑いながら立ち上がる。
「ごめんごめん。うつるといけないからさ、あんまり近くに来ない方がいいよ」
 マスクをしたままのくぐもった声が届く。
 アサミはようやくストップの意味を理解したが、それに対する答えは浮かばなかった。黙ったままのアサミを気にする様子もなくケイゴは続ける。
「知ってた? ウイルスって話すだけで一メートルも飛ぶんだよ。さらに咳だと三メートル」
「……知ってる。ちなみにくしゃみは五メートル」
 色々考えていたくせに、結局最初に出た言葉がこれ。もっと他に言うことがあるだろう、自分。
 冷静を装っているが、内心大荒れしているアサミに、ケイゴはへらっと笑いかける。
「さっすがアサミちゃん。物知りだなぁ。今風邪引いたら、残り少ない高校生活台無しだもんね。……って、まさしく俺がその状態なんだけど」
「ホント。なんでこんな時にインフルエンザになるかなぁ。受験が終わった途端、気が緩んだんじゃないの?」
「ごもっともで」
「あれってやっぱり迷信みたいね。馬鹿は風邪を引かないってヤツ」
「あははー。相変わらず手厳しい」
 五日ぶりに顔を合わせるのがなんだか気恥ずかしくて、言うつもりのないことまで口に出てしまう。
 ケイゴは口調だけはいつも通りだけれど、その声には覇気がないし、顔も赤い。決して体調がよくないことはすぐにわかる。本来なら家で大人しく寝ていなければいけないくらいのはずだ。
 体を気遣う言葉一つかけられない自分が本当に嫌になる。
「えーと、それでですね」
 ケイゴがそう言って仕切り直す。本題に入ることを察し、アサミに再び緊張が走った。
「わざわざアサミちゃんを呼んだのは他でもない。今日がなんの日かはご存知ですよね?」
「今日は……」
 赤口。
 そう言いかけて口をつぐむ。ダメだ。ここくらいは素直にならないと。
「……ホワイトデー」
「ピンポーン! あれ、アサミちゃんのことだから、てっきり豆知識披露してくれると思ったのに。俺、ホワイトデーの起源まで調べちゃったよ」
 ケイゴは拍子抜けしたような顔をしたが、すぐににっこりと笑った。
「そうそう。今日はバレンタインのお返しをする日なのです。本当なら俺からの愛のキッスをプレゼントしたいところなんだけど……」
「いらないわよ!!」
 アサミが大声で即答すると、ケイゴは苦笑した。
「だよねー。いやぁ、熱でとろけそうな脳みそに響きますな」
「あ……っ、ご、ごめん」
 相手が病人だということも忘れ、声を上げてしまったことを反省する。しかしケイゴは「いいっていいって」と手を振って続けた。
「それにそんなことしたら、それこそ風邪をうつしちゃうからね。そういうわけで、今回は普通にプレゼント」
 ケイゴはそう言うと、ベンチに置いてあった小さな紙袋を差し出した。水色のリボンが巻かれた、女の子好みの可愛らしいペーパーバッグ。
 アサミは一瞬ためらったが、受け取ろうと一歩前に出る。しかしその瞬間、ケイゴがゴホゴホとむせ込んだ。
 ――やっぱり、体調が悪いのに無理してここまで来たんだ。
 そう思って足を止めたが、ケイゴはそれを違う意味でとらえたようだった。
「あー……そうか、うつるよね。それじゃあここに置いとくからさ、あとで持って行ってね」
 ケイゴは申し訳なさそうに紙袋をベンチに置こうとした。アサミは慌ててケイゴのもとに駆け寄る。
「いい! 平気! 私、体だけは丈夫だから!」
 そう言って、ひったくるようにケイゴから紙袋を奪う。その思いがけない行動に、ケイゴは思わずぽかんとしてしまった。
「……別に、無理して今日渡さなくてもよかったのに」
 アサミは目をそらし、ぶっきら棒にそう呟いた。それが照れ隠しであることは一目瞭然だった。ケイゴは嬉しそうに笑って答える。
「こういうのはね、その日に渡すから意味があるんだよ」
「あ、そ」
 そっけない返事だったけれど、ケイゴはそれを聞いて満足げに微笑んだ。熱があるのはケイゴのはずなのに、顔を赤くしていたのはアサミの方だった。

+++

 そして帰宅後。夕食を食べ終わって自分の部屋へ戻ると、アサミは机の上に置かれている紙袋に目をやった。
 本当は嬉しい。すごく嬉しい。それなのにそれを口にできない自分が恨めしい。結局、たった一言「ありがとう」を言えないままだった。これではバレンタインからまったく進歩していない。
 アサミはベッドに腰を掛けると、携帯を手に取った。そして、ケイゴからのメールを再び開く。
「…………」
 しばらく考え込んだあと、ケイゴの電話番号とアドレスをメモリに登録した。そして深呼吸。
 ありがとう。それから、体は大丈夫?
 ――よし。
 意を決し、受話器が上がった電話マークのボタンを押す。聞こえてくるのは呼び出し音。3回鳴って、それは途切れた。途端に心臓の鼓動が速くなる。
「も、もしもし!」
 ありがとう。それから、体は大丈夫?
『アサミちゃん? うわー、びっくりした。どうしたの?』
 電話越しに聞こえるケイゴの声に、ますます心拍数は上がるばかり。心の中で呪文のように繰り返す。
 ありがとう。それから、体は大丈夫?
「あ、あのさ!」
『うん』
「……………」
 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声。
 それはたった五文字。けれど、アサミがなかなか口にすることのできなかった言葉だった。

『あー、やばい。俺、ますます熱が上がりそう』

 アサミ、ようやく一歩前進。本当に小さな歩幅だけど。



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