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彼と彼女のクリスマス 【生徒×生徒 編】

 十二月二十五日。
 街は赤と緑で彩られ、人々はどこか浮き足立っていた。ことさら、恋人たちは。
 そして彼もまたしかり。


『それじゃあ明日の六時、中央通りの広場で待ち合わせね!』
「わかったってば」
 もう何度目になるかわからない日時と場所の確認に、アサミは半ばうんざりして返事を返した。それに反してケイゴの声はさらに大きくなる。
『アサミちゃん、明日はクリスマスだよ? なんでそんなにテンション低いの!』
 そりゃケイゴが勝手に一人で盛り上がっているからだろう。
 そう思ったが、それを言ったらさらに食いつかれそうなので、アサミは何も言わないでおいた。代わりに会話を切り上げようと促す。
「とにかく明日ね。私そろそろレポートに取り掛かりたいんだけど」
『うわ、ごめん邪魔して。それじゃあ明日。俺絶対遅刻しないから!』
「当たり前でしょ。また夏みたいなことがあったら本気で怒るから。じゃあね」
 電話を切り、ふっと一息つく。アサミはぼんやりと壁に掛けられたカレンダーに目をやった。25日にはばっちり印が付けられている。
(素直じゃないなぁ……)
 そう思い、もう一度息を吐いた。自分だって、十二月に入った時からずっと楽しみにしていたくせに。
「進歩ないよなぁ……」
 今度は口に出して呟いてみる。途端に自分が腹立たしくなり、やりきれない思いで机に顔を突っ伏した。今口を開くとわけのわからない叫び声が飛び出しそうだ。アサミはがばっと体を起こし、両手で思いきり自分の頬を叩いた。
「――よし!」
 気合注入完了。

 そして、二十五日当日。

 夕方五時を過ぎると、辺りはすっかり暗くなってくる。普段から人通りの多い広場は、休日でしかもクリスマスということもあり、いつも以上に賑わっていた。そんな中、アサミは一人、待ち合わせ場所に立っていた。
 五時四十分。ちょっと早く来すぎたかな、なんて思いながら広場を眺める。
 イルミネーションはすでに点灯され、通りの街路樹は電飾で彩られている。けれど一番目を引いたのは、やはり広場の中央にあるクリスマスツリーだった。真っ白なもみの木に、青く輝くオーナメントが散りばめられている。暗闇に浮かび上がるような白と青のコントラストにアサミも魅入ってしまった。
「綺麗でしょ?」
 不意に掛けられた声に驚いて振り向くと、いつの間にか隣にケイゴが立っていた。
「結構急いで出てきたつもりなんだけど、やっぱりアサミちゃんの方が早かったね」
「……遅刻したわけじゃないから許してあげる」
「それはよかった」
 ケイゴがそう言って笑うと、どちらともなくツリーに向かって歩き出した。
 周りにいるのはカップルばかりだったが、ケイゴがそれを意識している様子はない。それとも、アサミが意識しすぎなのだろうか。
「白いツリーっていうのもオシャレでいいでしょ」
「……うん。なんか新鮮」
「でしょ? それにね、ここのツリーにはジンクスがあるんだ」
「ジンクス?」
 アサミが首を傾げると、ケイゴは楽しそうに頷いた。けれどその答えは口にせず、黙ってツリーの前まで歩いていく。アサミは怪訝に思いながらもそのあと追った。
 ケイゴは相変わらず楽しげな表情でツリーを見上げている。アサミもそれに倣い、しばらく二人は無言のままツリーを眺めていた。やがて、思い出したようにケイゴがぽつりと漏らした。
「クリスマスの夜、このツリーを一緒に見た男女は必ず両想いになれる」
 アサミが弾かれたように振り向くと、こちらを見ていたケイゴと思いきり目が合ってしまった。途端に心臓が大きく脈打つ。
 いつになく真剣なその表情に、目をそらすどころか瞬きすることすらできない。ケイゴの唇が言葉を紡ごうとし、アサミの緊張はいよいよピークに達した。

「――っていうジンクス。女の子ってこういうの好きだよねー」

「へ?」
 へらりと笑い、いつも通りの表情と口調に戻る。思わずアサミは気の抜けた声を出してしまった。
 ついさっきまでの真剣な様子はなんだったのか。呆然とするアサミをケイゴは不思議そうに眺めている。アサミは緊張して損した、と脱力してしまった。けれど、同時に安堵もした。小さく溜息をつき、気を取り直す。
「……そうだね」
「あ、やっぱりアサミちゃんもこういうの好き? 信じる方?」
 さっきまで自分がどんな思いをさせられていたかも知らず、ケイゴはのん気に尋ねてくる。なんだか悔しくなり、アサミは仕返しを図った。
「信じる信じないはともかく、どうせ私たちには関係ないことだよ」
 そっけなくそう答えると、ケイゴは「うっ」と漏らして肩を落とした。
「そっかー……関係ないかー……」
「と言うか、効果は絶対望めないと言うか」
「ええっ、わかんないじゃん! 実際ここに来て両想いになった人たちもいるらしいし!」
「わかるよ。少なくとも、私たちにはそんなジンクス、なんの意味もない」
 アサミにきっぱり言い返され、ケイゴはそれ以上食い下がることができなかった。言葉を呑み、何か言いたげな視線を向けてくる。けれどアサミの言葉には続きがあった。
「――だって、もう結んである紐は、それ以上結びようがないでしょ?」
 その意味が理解できなかったのか、ケイゴはぽかんと立ち尽くしていた。
「そういうこと」
 アサミは自己完結し、くるりと背を向ける。放心状態のケイゴを置いて歩き出した。一歩進んでは立ち止まり、また一歩進んでは立ち止まり、ツリーの周りに沿うようにゆっくりと歩いてゆく。ケイゴは立ちすくんだまま、ついてくる様子はなかった。
 アサミは少しほっとした。きっと今、顔が赤い。自分で言っておきながら、ケイゴにそれを見られるのはなんとなく癪だった。
「でもさ!」
 背後でケイゴの声が聞こえ、アサミは足を止めた。振り返らずにその言葉の続きを待つ。
「……でもさ、その紐はいつかほどけるかもしれないよね。ほどこうと思えば、いつでもほどけるよね」
 ケイゴの声は次第に小さくなっていき、やがて周囲の雑踏に消え入った。
 少し悩んでからアサミは振り返った。ケイゴは先程の場所から一歩も動かず、俯いて地面を見つめていた。けれど決心したように顔を上げ、食いかかる勢いでアサミの元へ早足で歩み寄る。そして、アサミの前でぴたりと止まった。
 真っ直ぐに見据えてくるケイゴから視線を外すことができない。心臓の鼓動も、先程とは比べ物にならないくらい速くなっている。
 ケイゴは一度瞬きをし、口を開いた。
「だから俺、その結び目を強くしておこうと思う」
 すぐに理解できなかったのは、今度はアサミの方だった。その言葉の意味を知るより先に、ケイゴがコートのポケットから小さな包みを取り出す。そして遠慮がちに差し出した。
「これ、アサミちゃんにクリスマスプレゼント」
「あ……ありがとう。……開けてもいい?」
「……うん」
 寒さと緊張で上手く動かない指先で、綺麗にラッピングされた包みを開ける。中から出てきたのは、手のひらに収まるくらい小さなピンク色のケースだった。
 心臓がうるさいくらい早鐘を打っている。まるで耳元で鳴り響いているようだ。
 ゆっくりとケースを開くと、その中には指輪がちょこんと納まっていた。アサミはためらいながら、壊れ物を扱うようにそっと取り出した。手のひらの上に転がしてみる。中央にピンクキュービックでラインの入ったシンプルなシルバーリングだった。
「これ……」
 アサミが恐る恐る顔を上げると、ケイゴはもう片方のポケットから再び何かを取り出した。
「ペアリング」
 そう言ったケイゴの手には、アサミのものよりも少しサイズの大きい指輪があった。中央にはホワイトキュービックのラインが入っている。
 ケイゴはそれを自分の右手の薬指にはめると、アサミの手の内にある指輪を取った。同じようにそれをアサミの右手の薬指にはめ、その手を握る。
「これは、形。ホントに結び目を強くするのは、今言うから」
 頭の中が真っ白のアサミには、その言葉の意味を考えている余裕などなかった。
 ケイゴの手に力が込められる。意識が引き戻され、そこでようやくケイゴがこれ以上ないくらい真っ赤になっていることに気がついた。でもたぶん、それは自分も同じだろう。それよりも、握られた手から脈拍の異常な速さに気づかれるんじゃないかと、そのことが気になって仕方なかった。
 吸い込んだ息を小さく吐き、ケイゴは呼吸を整えた。その眼差しが再び真剣なものに変わる。

「アサミちゃん。俺、ずっとアサミちゃんのこと、好きだったよ」

 言葉を失ったのではなく、言葉にできなかった。この時の気持ちは、どう言い表したらいいのだろう。
 冷静に受け止めている自分と、今にも卒倒しかねない自分の二人がいた。頭の中は空っぽなのに、心の中はぐちゃぐちゃに掻き乱されている。体が宙に浮いているような気分なのに、凍りついたように身動きが取れない。たくさんの文字や単語が喉まで出かかったけれど、何一つ意味の通る言葉にすることはできなかった。ただ確かなのは、全身が熱い、ということだけだった。

 どれくらいそうしていただろう。アサミにとっては果てしなく長い時間に感じられたけれど、実際にはたった数10秒だったかもしれない。
 遠くで鳴ったクラクションの音で、二人は我に返った。ケイゴは慌ててアサミの手を離し、行き場をなくした両手を頭の後ろで組む。そのまま体を反転させ、照れ隠しのように笑った。
「なんて、もうとっくに知ってたかな?」
 ケイゴはアサミの返事を催促するようなことはしなかった。けれど、きっと不安で堪らないはずだ。ここで逃げてしまったら、自分は本当に最低な人間になる。
 アサミは視線を落とし、薬指にはめられた指輪に目をやった。左手でそっと触れると、指先にひんやりとした感覚が伝わる。不思議と心が落ち着くような、そんな心地良い冷たさだった。
 気合は昨日十分入れてきた。きっかけはケイゴがくれた。あとは勇気。ほんの少し自分を後押しするだけ。
 今ならきっと、口にすることができる。

「……私も。私もケイゴのこと――」

+++

 歩道橋から身を乗り出し、足元を流れていく車を眺めていた。ここからでも広場のツリーの明かりが少しだけ見える。
「ねぇ。俺的には、やっぱりあのツリーのジンクスは本当だと思うんだけど」
「……ん。そうかもね」
 夜も更け、辺りはさらに冷え込んでいた。けれど、ケイゴもアサミも、どちらも寒さなどまったく感じていないかのようだ。
 白い息を吐きながらケイゴが尋ねる。
「結び目、強くなった?」
「……前よりは。でも、ほどけない保障があるわけじゃない」
「ん〜、厳しいなぁ……。でも確かにその通りです」
 ケイゴは苦笑いを浮かべ、ふむ、と考え込む。
「じゃ、今度は強力な接着剤でも用意しとこうかな。絶対ほどけなくなるような」
 次回をお楽しみに。そう言ってケイゴはにんまりと笑ってみせた。
「楽しみのような、怖いような……」
 アサミのそんな呟きが、暗い夜空に吸い込まれていった。今となっては、それも贅沢な心配だ。
 メリークリスマス。



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