×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

花子さんは初心者マーク



 タンタンタン、と階段を上る自分の足音が、やけに大きく聞こえる。普段人が多くて賑やかな分、暗く静まり返った夜の学校は、まるで別の空間のようだった。別段怖がりではない私も、さすがに気味が悪くなってくる。
(よりによって、宿題に出された算数のドリルを忘れてくるなんて……)
 己の失敗を嘆きながら、ようやく五年二組の教室に辿り着いた。早足で自分の席に向かい、机の中に置き忘れてあったドリルを取り出す。目的のものを手にし、私は再び来た道を戻った。
 私の通う小学校は、今年で創立八十周年を迎えた。木造建て、というわけではないが、それでもお世辞にも綺麗とは言えない。それに、古いなりに色々と噂もある。よくある『学校の七不思議』というやつだ。何もこんな状況で思い出さなくてもいいのに、ふと頭の中をよぎってしまった。
 ひとりでになる音楽室のピアノ、目が動く図工室の肖像画、校舎を歩き回る人体模型、東棟三階の開かずの間、そして、トイレに現れる赤いスカートの女の子――

 カラン

 突然の物音に、私は思わず足を止めてしまった。恐る恐る辺りを見回した瞬間、凍りつく。そこは、噂のトイレの目の前だった。
 ホラー映画なんかを観ると、いつもよせばいいのに、と思ってしまう。なんでわざわざ自分から怖い目に遭いに行くんだ、と。けれど人間には『怖いもの見たさ』というものがあって。私の足は、いつの間にかトイレへと向かっていた。
「……誰かいるの?」
 暗闇に向かって声を投げかける。それは虚しく響いただけで、返事はなかった。そこで引き返せばいいものを、電気をつけ、さらに中へと足を踏み入れる。
「……誰もいないよね?」
 そうであって欲しいという私の願い。やはり返事はなかった。私はほっと胸を撫で下ろすと、そこから立ち去ろうと背を向けた――その時。

 カラン

 再び物音がした。
 ここで振り向いたら終わりだ。そうわかっているのに、私に首は、意思に反して後ろに向けられていた。そして完全に振り向いた瞬間、やっぱり逃げていればよかったと、激しく後悔するのだった。
 突然電気が消え、トイレの中が真っ暗になる。キィィ、と軋んだ音を立て、一番奥のドアがゆっくりと開かれた。その隙間から、暗闇に白く浮かぶ細い腕が伸びてくる。そして、少女が現れた。噂通りの赤いスカートで、おかっぱ頭をした女の子が。
 少女はゆっくりと顔を上げた。そして、囁くように呟く。

『よかった……来てくれたんだ……』

 もう限界だった。これ以上、悲鳴を抑えていることができない。
「き……」
「きゃあぁぁぁぁッ!!!」
 叫び声と共にトイレの明かりが戻った。しかし、自分の置かれた状況を見て呆然とする。
 なぜか抱きつかれている。トイレから現れたあの少女に。ちなみに、悲鳴を上げたのも自分ではない。目の前の、私にしがみついて震えるこの少女のものだ。
「……あのー、もしもし?」
 とりあえず、少女の背中を叩いて声を掛けてみる。すると少女は顔を上げた。
「もう……誰も来なくて……わたし、どうしようかと……」
 涙を溜めた目で見つめられ、私は困り果ててしまう。
「と、とにかく、離してもらえませんか?」
「あっ、ごめんなさい」
 そう言って、少女はようやく私を解放した。
 何がなんだかわからないが、状況を把握しようと試みる。誰もいないはずのトイレから現れた少女。赤いスカートにおかっぱ頭。これはどう見たって……
「あなた、もしかしてトイレの花子さん?」
 そう尋ねると、少女は驚いたように目を見開いた。しかし、その表情はすぐに怒りを含んだものに変わる。
「やめてください、そんな言い方! 『トイレの』だなんて、印象悪すぎです。本当はもっと別の名前で呼んで欲しいんですから。『美少女花子さん』とか、『可憐な花子さん』とか」
「えーっと……とりあえず、花子さんであることは間違いない、と?」
「そうです。わたしが噂の花子さんです。はじめまして」
 礼儀正しく頭を下げる自称・花子さん。信じられないが、この少女が人間ではないことは確からしい。さっき抱きつかれた時、まったく感触や体温がなかった。まるで空気みたいに見えないものが、体にまとわりついている感じだったのだ。
 見た目はまさに『花子さん』そのもの。しかし、どうにも中身がだいぶイメージとは違っているらしい。
「有名人と会えたのは嬉しいけど、ちょっと想像してたのとは違うみたい……」
 私が呟くと、花子さんは急に弱気になった。
「仕方ないじゃないですか……。わたし、新米花子さんなんですから」
「新米? 花子さんに新米も熟練もあるの?」
「はい。わたしはIMA日本支部から、今日この小学校に派遣されたばかりなんです」
「アイ……IMA日本支部? は、派遣?」
 わけのわからない単語が並び、私の頭は混乱する一方だった。
「あのー……、一から説明してもらってもいいですか?」
 すると花子さんはにっこりと微笑んだ。
「もちろんです」

 花子さんによる解説をまとめると、こういうことだった。
 IMAとは、『国際モンスター協会』、すなわち『International Monster Association』の略称で、健全なるモンスターを育成する国際的な機関……らしい。もちろん、人間の私には初耳だけれど。
 そこからは世界中に様々な妖怪や怪物が送り込まれ、花子さんはその日本支部からこの小学校に派遣されたのだという。『花子さん』の任期は十年で、それを過ぎるとまた別の学校へ移るらしい。この小学校にいた先代の花子さんは、つい先日任期を終えたということだ。

「つまり、あなたが新しく着任した『花子さん』ってこと?」
「はい。わたしは八代目になります」
 にわかには信じがたいが……目の前の花子さん本人が言うのだから、すべて事実なのだろう。
「先代の花子さんは、それはもう模範的な『花子さん』でした。学校の七不思議になるなんて、これ以上ないくらいの名誉です。でもその分、あとを引き継いだわたしの荷も重くて……」
 そう言うと、花子さんはため息をついた。
 彼女曰く、自分は落ちこぼれ妖怪なのだという。モンスター養成学校(そんなものがある時点で驚きだ)も、卒業するのに何年も掛かってしまったらしい。
「実はわたし……その、ものすごく怖がりなんです」
「え、怖がりって……。妖怪は人間を怖がらせるのが本業なんじゃないの?」
「はい……。だからわたしは落ちこぼれなんです」
 花子さんは恥かしそうにうつむく。
 怖がりの妖怪だなんて聞いたことがない。そもそも本末転倒だ。穴が開いているポケットくらい意味がないし、温められない電子レンジくらい役に立たない。……なんて思ったけれど、本人に言ったら今にも泣き出してしまいそうなのでやめておいた。
「昼間のうちはよかったんです。たくさんの人たちがここを利用しに来てくれましたから。でも放課後になった途端、誰も来てくれなくなって……おまけに真っ暗になって……。わたし、こんな所で一人きりなんて、とても堪えられません!」
「もしかして、さっきいきなり抱きついてきたのも……」
「……はい。ようやく人が来てくれたので、嬉しさのあまり、つい」
 えへへ、と照れ笑いする花子さん。
 妖怪に抱きつかれるなんて、あとにも先にもこれきりだろう。貴重な体験をしたものだ。そう思っていると、花子さんは急に真剣な顔になり、私に詰め寄った。
「あのっ! ここで会ったのも何かの縁。わたしのお願いを聞いてはくれないでしょうか?」
「へ? な、なんでしょう」
「えっと、その……わたしと友達になってください!」
「…………はい?」
「わたしと、友達になってください!」
 花子さんと、友達に? 私が? 妖怪と、友達に?
 ぽかんとする私の目の前で、花子さんは必死に言葉を紡ごうとする。
「わたし、ほら、落ちこぼれだから、養成学校では一人も友達ができなくて……。でもここにいる人たちはみんな楽しそうに遊んでいて、すごく羨ましいんです。わたしも一緒に混ざりたいなぁって、そう思って……。だからお願いします! わたしと友達になってください!」
 花子さんは顔を真っ赤にして頭を下げた。その仕草が妙に人間臭くて憎めない。私は思わず吹き出してしまった。
「ホーント、妖怪らしくないなぁ。……いいよ、友達になろう」
 その言葉を聞いた途端、花子さんの表情は一気に明るくなった。目を輝かせ、私の手を握る。
「ありがとうございます! えっと、わたし花子です。よろしくお願いします!」
「私は里中 初香。こちらこそよろしく」
「はつか……初香ちゃん! 初めて友達ができました。感激です!」
 花子さんは腕を振り回したり、足踏みをしたり、じたばたと体全体で喜びを表現した。
 妖怪の友達なんて、私も初めてだ。またしても貴重な体験をしてしまった。
 と、その時になって、ようやく忘れ物を取りに来てからだいぶ時間が経っていることに気がついた。
「私、そろそろ行かないと」
「あっ……、そうですよね。ずっとここにいるわけにはいきませんもんね」
 寂しそうに呟き、花子さんはションボリとうつむいた。思わず帰るのをためらってしまいそうになる。私はとっさに取り繕ってしまった。
「大丈夫だって! また遊びに来るからさ!」
 途端に花子さんは嬉しそうに顔を上げる。
「ホントですか!? 約束ですよ! 放課後、また遊びに来てくださいね!」
「うんうん、絶対来るから!」

 家に帰ったあと、この時の言葉を少し後悔した。
 もしかしたら私、とんでもない約束をしてしまったんじゃないだろうか。


小説TOPNEXT≫

HOME