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花子さんは初心者マーク



 次の日の放課後。
 クラブ活動を終えた私は、一人廊下を歩いていた。下校時間間近になり、学校に残っている生徒はほとんどいない。夕日がわずかに差し込んだ校舎は、しんと静まり返っていた。
(昨日のあれ、さすがに夢か何かだよなぁ……)
 半信半疑で例のトイレの前に立つ。約束してしまったものは仕方ない。意を決すると、私は中に入り、一番奥の個室へと向かった。
 コンコンコン。三回ノックしてから呼びかける。
「はーなこさーん。あーそびーましょー」
 七不思議によると、これが花子さんを呼び出す方法らしい。できれば返事が返ってこないのが一番いいんだけど……と、そう思った瞬間。
「はーあーいー!」
 元気な返事と共に、ドアが勢いよく開けられた。同時に、視界が黒い影で覆われる。
「よかったぁ! 初香ちゃん、ちゃんと来てくれたんですね!」
「そ、そりゃ、約束したからね……。それはそうと、そろそろ離してくれるとありがたいのですが」
「あ! ごめんなさい! 嬉しさのあまり、またやってしまいました」
 照れ笑いをしながら、抱きついていた花子さんがようやく離れる。
 目の前の少女は、赤いスカートにおかっぱ頭。昨日見たままの姿だ。やはりあれは夢でもなんでもなかったらしい。
「ねぇねぇ初香ちゃん、今日は学校でどんなことがあったんですか? お話してください!」
「え? 今日あったこと? でも、話すほど大したことは何も……」
「いいんです! 友達って、そういう些細な話で盛り上がるんでしょう?」
「まぁ、それはそうかもしれないけど……」
 私は仕方なく今日あったことを話し出した。
 授業の内容、休み時間の出来事、給食の献立。どれも話題にするほど変わったことはない。けれど花子さんは私の話に真剣に聞き入り、たわいもない出来事一つ一つに大袈裟なくらい反応を返した。
 よっぽどこうやって話を聞くのが嬉しいらしい。話し手にとっては最高の聞き手だろう。いつの間にか私も、クラスの友達とそうするように、花子さんとの会話を楽しんでいた。
「ねぇ、私のことだけじゃなくて、花子さんのことも話してよ。花子さんって、昼間のうちは何してるの? やっぱり妖怪らしく、ここに来た子を驚かせてたりするの?」
 私がそう尋ねると、花子さんはとんでもない! と首を振った。
「そんなことしたら、みんな怖がってここに来てくれなくなっちゃうじゃないですか!」
「そりゃそうだけど、でもそれが『花子さん』の務めなんじゃないの? 七不思議になってるくらいなんだから」
「わたしには人を怖がらせることなんてできません。どうせ落ちこぼれ妖怪なんですから……」
 そう言って背を向けていじける花子さん。とことん妖怪らしくない妖怪だ。私は苦笑すると、肩を叩いて励ました。
「まぁまぁ、これから立派な妖怪になればいいじゃない。……それで、昼間は何してるの?」
「……鏡の中に隠れています」
「鏡って、この鏡?」
 私が洗面台の鏡を指差すと、花子さんは頷いた。そして、その前に立つ。
「こんなふうに」
 そう言った瞬間、花子さんはすっと鏡の中に吸い込まれてしまった。
 私は目の前で起きた光景にぱちぱちと瞬きを繰り返す。鏡には驚いた顔をした私と、その後ろに立つ花子さんの姿が映っている。しかし振り向いてみても、そこに花子さんは立っていない。
「すっ……すっごい! 何これ! どうなってんの!?」
 私が声を上げると、鏡の中の花子さんは恥かしそうに笑った。
「何よぅ、ちゃんと妖怪らしいこともできるんじゃない。これやったら絶対みんな驚くって!」
「えっ!? だだだダメです! そんなことできません! 人前に姿を現すなんて、恥かしすぎますよ……」
「はぁ? それじゃいつもどうしてんのよ?」
「いつもはこうやって――」
 そう言うと、鏡に映っていた花子さんがふっといなくなった。
「姿を消しています」
 花子さんの声だけが鏡の中から聞こえてくる。私は額を押さえてため息をついた。
 怖がりで、人間と友達になりたいくせに、極度の恥かしがり屋。
 どうしようもない落ちこぼれだ、これは。呆れを通り越して哀れみの念まで抱いてしまった。
「でも私の前には普通に姿を現してるじゃない。どうして?」
「あ……ホントですね。どうしてでしょう?」
 鏡には映っていないが、不思議そうに首を傾げる花子さんの姿が目に浮かんだ。
 私が再びため息をつきかけた時、下校時間を告げる音楽が流れ出した。表情を曇らせた花子さんが、鏡の中から現れる。
「初香ちゃん、もう帰る時間になってしまいましたね」
 そう言って、しゅんと肩を落とす。それを見て、私は思わず言葉に詰まってしまった。どうも彼女のこの表情には弱い。
「そんな一生の別れみたいな顔しないでよ。明日もまた来るから、ね?」
 途端に花子さんの顔はぱっと明るくなった。
「はい! わたし、待ってますから!」
 にっこりと微笑むと、花子さんは一番奥の個室へ向かった。そして中に入り、ドアの隙間からちょこんと顔を出す。
「えっと、『バイバイ』って言うんですよね? こういう時、友達って」
「え……? うん、そう。そうだよ」
 あまりにも当たり前のことを訊かれ、私はつい吹き出してしまった。そして花子さんに手を振る。
「バイバイ、また明日ね」
「ば……バイバイ! 気をつけて帰ってくださいね!」
 目いっぱい手を振り返す花子さんを見て、私はまたしても笑ってしまった。
 本当にどう考えても妖怪とは思えないけれど、一人くらいはそういう妖怪がいたっていいんじゃないだろうか。なんだか花子さんのこと、好きになれそうだった。

*  *  *

 それからというもの、放課後あのトイレに行くのが日課となってしまった。前みたいに渋々ではなく、むしろ今では花子さんに会うのが楽しみになってきている。
 そんなある日、クラスで小さな事件が起こった。それは三時間目の体育が終わって、女子が教室に着替えに戻ってきた時のことだった。
「……あれ? あたしのポーチがなくなってる!」
 みんなの着替えが終わる頃、優美ちゃんが突然声を上げた。そばにいた女の子が驚いて声を掛ける。
「優美ちゃん、どうしたの?」
「あたしのポーチがなくなってるの! このくらいの大きさで、ピンク色の……。どうしよう、あたしのコスメ、あれに全部入ってたのに!」
 そのポーチはたぶん、クラスメイト全員が見覚えのあるものだった。
 優美ちゃんはクラスの女子のリーダー的存在だ。雑誌の読者モデルをやっているらしく、小学生だというのにいつもお化粧を欠かさない。もちろん、先生には毎回注意されていたけれど。休み時間は鏡に向かい、化粧直しに精を出している。その時いつも手元にあるのが、今なくなったと騒いでいるポーチだった。
 優美ちゃんは辺りを散々引っ掻き回し、とんでもないことを口にした。
「あたしのポーチを盗んだ人、名乗り出なさいよ!」
 その言葉に教室にいた女子全員がざわめき出す。優美ちゃんは、はなからクラスメイトの誰かが盗んだと決めつけているらしい。しかし当然のことながら、私がやりましたと名乗り出る子は一人もいなかった。
 優美ちゃんの怒りは増す一方で、教壇に立つとみんなを見回し、命令口調で告げた。
「今から持ち物検査をするわ! みんな、机とカバンの中身を全部広げてちょうだい」
 教室中に動揺が走る。誰もが心の中で、どうしてそんなことをしなくちゃいけないんだ、と思ったことだろう。けれど、誰も逆らいはしなかった。ここで拒んだら、即刻優美ちゃんに犯人扱いされてしまうのは目に見えている。
 みんなが渋々自分の持ち物を机の上に並べると、優美ちゃんは一人一人念入りにチェックしていった。
「ない……ない……。もしかして、どこかに隠したのかしら」
 全員の持ち物をチェックし終わる頃には、別の教室で着替えをしていた男子も戻ってきていた。しかし、教室内の異様な光景を見て、思わず中に入るのをためらってしまう。男子の一人が恐る恐る尋ねた。
「……なぁ、なんかあったのか?」
「あたしのポーチが盗まれたのよ!!」
 優美ちゃんのものすごい剣幕に、思わず男子も静まり返ってしまう。
 するとそこへ、遅刻してきた知紗ちゃんが、ランドセルを背負って現れた。知紗ちゃんも教室内の様子に思わず足を止める。
「みんな……どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ! あたしのポーチが盗まれたんだってば!」
 優美ちゃんの迫力に圧倒されつつ、知紗ちゃんは手にしていたものを差し出した。
「ポーチって、これのこと?」
 そこにあったのは、ピンク色のポーチ。それは間違いなく優美ちゃんのものだった。
「そっ、それ! どこで見つけたの!?」
「さっきトイレに入った時、洗面台の上に置き忘れてあるのを見つけて……」
 優美ちゃんはひったくるように知紗ちゃんからポーチを奪いとった。そして嬉しそうに握り締める。
「よかった〜。あたしトイレに持ってった覚えなんてないけど、見つかったからまぁいいわ!」
 なんて人騒がせな。そこにいた誰もがそう思った次の瞬間、再び優美ちゃんが声を上げた。
「ああっ! ない! リップがなくなってる!」
 そう叫びながらポーチの中身をひっくり返す。確かにそこにはリップスティックは入っていなかった。
「やっぱり誰かが盗んだのよ! リップだけ盗って、他はトイレに捨て置いたのね……。あ! ねぇトイレって、もしかしてこの廊下の一番奥のトイレ?」
 優美ちゃんに迫られ、知紗ちゃんはびくびくしながらうなずいた。それをみて、優美ちゃんはクスクスと不気味な笑みを浮かべた。そして振り返り、一人の人物をビシッと指差し言い放つ。
「あたしのリップを盗んだのはあなたね! 里中さん!!」
 みんなの視線が一斉に向けられる。
「わ、私……? なんで? どういうこと?」
「確か里中さん、授業の途中で帽子を取りに一度教室に戻ったわよねぇ?」
「戻ったけど……その時に盗んだっていうの? 違うよ! 私はやってない!」
「犯人は得てして犯行を否定するものよ!」
 優美ちゃんはすっかり探偵気取りだった。しかしとんだ濡れ衣だ。確かに私は一度教室に戻ったけれど、その時ポーチはまだ机の上にあった。私がこの目でしっかりと見ている。しかし、そう言ったところでそのことを証明するものは何もない。
 私が何も言い返せないでいると、優美ちゃんはますます得意げな顔になった。
「それにあたし知ってるのよ? 里中さん、最近放課後になると、いつもあのトイレに行ってるでしょう?」
 ぎく。一瞬引きつった私の顔が決定打となった。
「ほ〜らやっぱり。返しなさいよ、あたしのリップ! あれお気に入りの色なんだからね!」
 ざわざわとクラスメイトたちが騒ぎ出す。
「初香ちゃんが犯人だったの?」 「そんなことする子だとは思わなかった……」 「最低、この泥棒!」
 みんなの視線が氷のように冷たい。耳に届くひそひそ話が、まるで鋭い針のように突き刺さった。私は堪えきれず、教室を飛び出した。廊下で担任の先生とすれ違ったが、名前を呼ぶ声に私が足を止めることはなかった。


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