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花子さんは初心者マーク



 気がつけば、私はあのトイレに向かっていた。
 次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。けれど私は聞こえない振りをして、一番奥の個室に閉じこもった。
(私、本当にやってないのに……。泥棒なんかじゃないのに……!)
 悔しさと悲しさで涙が込み上げてきた。思わず泣き出しそうになってしまった時、私の名前を呼ぶ小さな声が聞こえた。
「……初香ちゃん……?」
 顔を上げると、そこにはドアと天井の隙間からそっとこちらを見下ろす花子さんの姿があった。
「どうしたの初香ちゃん? 泣いてるの?」
「花子さん……私……私……うわぁ〜ッ!!」

 しがみついて泣きじゃくる私の背中を、花子さんはずっとさすっていてくれた。涙声に混じって聞き取りにくい私の話にも、うんうんと相づちを打ってくれる。なんだかいつもとはまるで反対だったけれど、なぜだかとても安心することができた。
 ようやく落ち着きを取り戻した私を見て、花子さんは言った。
「その優美ちゃんという子、あんまりです! 初香ちゃんは泥棒なんてする子じゃありません。それはわたしが一番よく知っています!」
「ありがとう……。でも、私がやってないって証明できるものは何もないし……」
 そう言うと、花子さんは初めて見せる強気な顔をした。
「大丈夫。わたし、犯人を知っています!」
「ホント!?」
「はい! わたし、ずっとこの鏡の中で見てましたから。ポーチを盗んだのは、ランドセルを背負った女の子です。三時間目の途中にここへ来ました。たぶん、初香ちゃんのクラスの子だと思います」
「ランドセルを背負った女の子……?」
 すぐにピンときた。授業中にランドセルを背負っている子なんて滅多にいない。花子さんの話が本当ならば、それは間違いなく遅刻してきた知紗ちゃんのことだ。
「知紗ちゃん、ポーチを見つけたって言ってたけど、本当は自分が持ち出したんだ……」
「その子、ポーチの中から何か取り出して、その棚の上に隠していきました」
 花子さんが指差す棚には、予備のトイレットペーパーが並べられていた。私は背伸びして棚の上を調べてみる。けれど、棚の奥にもトイレットペーパーの後ろにも、それらしいものは何も置かれていなかった。
 私は一瞬悩んだが、すぐにひらめき、トイレットペーパーを一つ一つ持ち上げていった。すると、その内の一つを持ち上げた瞬間、コトンと音がして棚の上に何かが転がった。もう一度背伸びをして、手探りでそれを掴む。
「これ……優美ちゃんのリップ! こんなとこに隠してあったのか……」
 それは縦に置かれたトイレットペーパーの芯の中に隠されていた。これではなかなか見つけられないだろう。
「よし! これを優美ちゃんのところへ持っていって、身の潔白を証明し……って、ダメだぁ〜!! リップの隠し場所を知ってるのは犯人だけなんだから、私が持っていったら自分の犯行を認めるようなものじゃない……」
 ようやく罪を認めたわね! でも今さら返したって遅いのよ!
 そう言って睨みつける優美ちゃんの姿がありありと浮かんだ。盗んだのは知紗ちゃんだと言ったところで、一度犯人扱いされた自分の言葉が信用されるわけもなし。まさに八方塞がりだった。
「大丈夫、初香ちゃん。わたしにいい考えがあります」
「いい考え……?」
 花子さんの思いがけない言葉に、私は首を傾げた。花子さんは自信ありげな様子で大きく頷く。
「初香ちゃんが言ってもダメなら、犯人に自ら名乗り出てもらうんです!」
「犯人って、知紗ちゃんに? 無理だよそんなの……」
「わたしに任せてください! 知紗ちゃんは必ずそのリップを取りに、またこのトイレにやって来るはずです。だからその時――」

*  *  *

 放課後。人気のない廊下を一人の女の子が歩いていた。やけに辺りを気にしながら、女の子は廊下の端にあるトイレへと入っていく。その後ろ姿は間違いなく知紗ちゃんだった。
 私はそのあとを追うように、こっそりとトイレの入り口の壁に張りついた。そしてそっと中を覗き見る。
 知紗ちゃんは個室に誰も入っていないことを確認すると、棚の上に手を伸ばした。迷うことなくトイレットペーパーの一つを持ち上げ、芯の中に隠されていたリップを取り出す。私が一度見つけ、また元に戻しておいたものだ。
 知紗ちゃんは洗面台に向かうと鏡の前に立ち、リップのキャップを外した。鏡に顔を近づけ、ぎこちない手つきで唇にリップを引く。ほんのりと色づいた自分の唇を見て、知紗ちゃんは心なしか浮かれているようだった。

 カラン

 突然鳴り響いた物音に知紗ちゃんは身をすくめた。そして、恐る恐る振り返る。しかし個室には誰もいないし、変わったところは何もない。知紗ちゃんは怪訝そうに首を傾げると、また鏡へと向き直った。

 カラン

 しかし、再び物音が聞こえ、知紗ちゃんは動きを止めた。と同時に、チカチカと音を立て、蛍光灯が点滅を始める。
 知紗ちゃんの顔が青ざめた。思わずトイレの出口へと足が向いた時、今度はキィキィと鉄がこすれる耳障りな音が響いた。それが水道の蛇口を捻る音だと気づいた瞬間、三箇所の洗面台から勢いよく水が溢れ出した。
「なっ……何!? 誰かいるの!?」
 知紗ちゃんの言葉に反応するように、蛍光灯が点滅をやめた。途端にトイレの中は暗闇に包まれる。
「ちょっと、悪戯はやめてよ!」
 精一杯の強がりだったが、その声は弱々しく震えていた。知紗ちゃんは踵を返すと、トイレの出口へと走った。しかし、鏡の中の光景を目にした瞬間、その足はまたしても止まってしまった。

 キィィィ……

 軋んだ音と共に、一番奥の個室のドアが開くのが、鏡越しに見てとれた。ゆっくりと開いたドアの向こうから、すっと白い手が伸び、女の子が現れる。
 鏡に映った知紗ちゃんの顔が凍りついた。
 赤いスカートにおかっぱ頭。それは誰でも一度は耳にしたことのある、七不思議で噂される少女そのままだった。
『……ねぇ、遊ぼうよ……』
 ひたり、ひたり、と少女は歩み寄る。知紗ちゃんは思い切って振り向いた。しかし呆然とする。そこにいるはずの少女が、いない。
 知紗ちゃんは慌てて鏡を見た。鏡の中では、もう少女がすぐ背後にまで迫っている。
『……いけないことをする子には、おしおきだよ……?』
 鏡の中の少女はそう言ってクスクスと笑った。
『……どうして欲しい?』
「ごっ……ごめんなさい!」
 知紗ちゃんは堪えきれず声を上げた。せきを切ったように言葉が溢れ出る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 盗んだのは私です! 優美ちゃんが羨ましかったの! ちょっと使ってみたかっただけなの!」
『……いけないんだぁ、そんなことして』
「ごめんなさい! もうしません! ごめんなさい!!」

 パシン!

 知紗ちゃんの叫び声と共に、乾いた音が反響した。そして、明かりが元に戻る。
 辺りは急に静まり返った。水道もドアも、最初に来た時のままだ。もちろん、鏡の中に女の子なんて映っていない。
 惚けたように立ちすくんでいた知紗ちゃんは、はっと我に返った。そして一目散に出口へと向かう。
(うわヤバ、隠れなきゃ!)
 しかしとっさに動くことができず、私はトイレから飛び出してきた知紗ちゃんとぶつかってしまった。
「きゃああっ!!」
 知紗ちゃんが悲鳴を上げてしゃがみ込む。私のことを幽霊とでも思ったのだろうか、手で顔を覆い、がたがたと震えている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「……知紗ちゃん?」
 私の声に、知紗ちゃんがわずかに反応する。そして恐る恐る顔を上げた。
「は……初香、ちゃん……?」
 私の顔を見た途端、知紗ちゃんはわっと泣き出してしまった。
「ごめんなさい! 優美ちゃんのリップを盗ったのは私なの! それなのに初香ちゃんを犯人にして……ごめんなさい!」
「うん……。もうわかったから、ほら、泣きやんで?」
「ごめんね初香ちゃん! ごめんね!」
「もう気にしてないよ。明日、優美ちゃんに正直に話そうね?」
 知紗ちゃんは涙を拭い、しっかりと頷いた。

(これでひとまず解決……、と)
 知紗ちゃんの後ろ姿を見送り、私はほっと一息ついた。そして、トイレの中へ向かう。
「花子さんの作戦、大成功だったね! でもちょっとやりすぎちゃったかな?」
 姿が見えないのでとりあえず鏡に向かって話しかけると、突然背後から思いきりしがみつかれた。同時に聞き慣れた声が響き渡る。
「初香ちゃーん! こ、こ、こ……怖かったよぉー!!」
 怖がらせた張本人の花子さんは、なんと知紗ちゃん以上に怖がっていた。
 さっきまで鏡に映っていた人物とはまるで別人だ。一瞬でも妖怪らしいかも、なんて思ってしまった自分の考えを訂正した。
「でもありがとう。花子さんのおかげで私の疑いも晴れたよ」
「よかった……。わたしも初香ちゃんのお役に立てて嬉しいです。友達なんですから、困った時はお互い様ですよ!」
「花子さん……」
 私はそう呟くと、ゆっくりと後ろを振り返った。
「そろそろ解放してくれるとありがたいのですが」

*  *  *

 次の日、知紗ちゃんは優美ちゃんにすべてを打ち明けた。差し出されたリップを受け取ると、優美ちゃんは何か言いたげに知紗ちゃんを睨んでいたが、
「もう許してあげなよ。こうやって正直に謝ってるんだからさ」
 という私の言葉を聞き、悔しそうに言葉を呑んでいた。私を間違って犯人呼ばわりした手前、強く言うことができないのだ。昨日の出来事はトラウマものだったが、これはちょっと気分がよかった。クラスのみんなも疑って悪かったと謝ってくれたし、終わりよければすべてよしだ。

 ……そう、終わりがよければよかったのだ。

「初香ちゃーん! とうとう昼間も誰も来なくなってしまいました! 寂しすぎます〜!!」
 昨日、知紗ちゃんを怖がらせた件が学校中の噂になり、みんな気味悪がってこのトイレを使わなくなってしまった。『一番奥の個室には花子さんが住み着いている』という七不思議は、俄然真実味を増してしまったというわけだ。
 それはそれで『花子さん』としては名誉なことだろうに、私の友人、八代目花子さんときたら――
「初香ちゃん! 放課後だけじゃ足りません! 休み時間ごとに来てくださいよぉ!」
 なんて、泣いてすがるのだ。
「そんなの無理に決まってるでしょ! ただでさえ私、放課後毎日足を運んでるせいで、『あいつは花子さんの手先だ』なんて噂されるんだから……。これ以上トイレに入り浸っていたら、私が花子さんの正体になっちゃうわよ」
「初香ちゃんが花子さん? わぁ、お揃いですね。わたし嬉しいです!」
「私は全然嬉しくない!!」

 どうやら小学校を卒業するまで、私に平穏な学校生活は訪れないようだ。
 「友達になろう」なんて、やっぱりとんでもない約束だった……。

FIN.



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