*ひんやり


 テレビゲームにも飽きて、所在なくごろごろしているところに、「いいとこ行こうぜ」と提案を持ちかけたのはタカヤだった。
「ここよりも暑くないならどこでもー」
 ユウタが強風を顔面で受け止めながら、宇宙人のような声で答える。
 クーラーの備わっていない子供部屋は、さながら蒸し風呂のような状態。唯一ある冷房用機器、すなわち扇風機は、おれの部屋にあるもんはおれのもん、というユウタの主張により、彼が独占していた。
「じゃ決まりだな」
 うちわ代わりにしていた下敷きを放り、タカヤは立ち上がった。

 ユウタは早くも後悔していた。
 暑い。セミがうるさい。日差しが突き刺さる。暑い。とにかく暑い。これではまだあのサウナ部屋にいたほうがましだった。そもそも、午後二時という時間帯に家を出るなんてばかげていた。
「なー……まだあー……?」
「まだ」
「おれもうむり……。死ぬ……。コンビニ入ろう、コンビニ」
「だめ」
 ユウタの弱々しい発言をタカヤが一刀両断し、二人は逃げ水を追うように照りつける太陽の下を歩いていった。

 やがて、見知らぬ通りを歩いていることにユウタは気づいた。道の幅はどんどん狭まっていき、しだいに辺りの景色も変わってゆく。
 住宅街から寂れた空き地へ。
 アスファルトから草の生えた地面へ。
 二人の足音も、ざくざくと枯葉を踏みしめる音へと変わっていた。
「あ、なんか涼しくなってきたかも」
 生気を取り戻した様子のユウタが呟く。
 見れば周囲には木々が茂り、緑の枝葉が降りそそぐ日差しを細い光へとやわらげている。物珍しそうに辺りを見回すユウタに対し、タカヤは見知った様子で獣道とも呼べる小道を先導していった。

「到着」
 やがて先を行くタカヤが足を止めた。
「なにこれ……洞窟!?」
 タカヤの肩越しに覗き込んだユウタが声を上げる。
 そこには、山の斜面にぽっかりと口を空けた小さな洞穴があった。入り口にはのれんのようにツタの葉が絡み、茶色い岩肌を覗かせている。
「この前見つけたんだ。入ってみようぜ」
「え! 入れるの……? なんかいそうじゃん……」
「いいからいいから」
 渋るユウタの背を押し、タカヤは強引に洞窟の中へと進んだ。
 入り口はかがんでやっと入れるくらいの大きさだったが、中は意外に広かった。高さも横幅も、二人が移動するのにじゅうぶんな余裕がある。それでも、少し奥に進むとすぐに突き当たりになってしまったが。
「すっげー、秘密基地みたい」
「なー」
 薄暗い洞窟内に、二人の声がこだまする。
 それにほら、とタカヤは両手を広げてみせた。ユウタもそれにならってみるが、
「……?」
 何も起こらない。
 それでも姿勢を崩さないタカヤに首をかしげながらも、しばらくそうしていると――
「あ……涼しい!」
 ユウタは思わず声を上げた。
 どこかに隙間があるのだろうか。ひんやりとした空気が、洞窟の中を通り抜けていた。
「だろ?」
 心なしか得意げな様子でタカヤが答える。
「この場所は、おれとおまえだけの秘密だからな」
「うん!」
「ところでさ……」
 このお礼と言っちゃなんだけど、とタカヤが前置きする。
「算数のドリル、写させてくんない?」
 ユウタの顔がさっと青ざめた。

 今日は八月三十一日、夏休み最終日。
 ひんやりどころの話ではなかった。

FIN.

 


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