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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その1の2


「確認しますが、本当に気のせい、というわけではないんですね?」
 先生が念を押した。
 時々いるのだ。何か良くないことが続いたからといって、やれ幽霊の仕業だ、やれ呪いのせいだ、などと思い込んでこの事務所に飛び込んでくるはた迷惑な輩が。
 けれど私には、小百合さんがそんな勘違いをしたり、嘘を言ったりしているようには見えなかった。
「わたしもそうであることを願っています。けれど、もう気のせいでは済ませられないようなことが起こっていて……。このままではわたしだけでなく、彼――わたしの婚約者の命も危ないと思い、こちらへ相談することにしたんです」
「そうですか……」
 小百合さんの言葉を聞き、先生は考え込む。
 ほらほら! 美人さんがこんなにも真剣に悩んでいるんですよ? 下々の者が経営するこんな辺鄙な事務所にまで足を運ぶということは、よっぽど思い詰めてる証拠じゃありませんか。何を迷う必要があるんです。「お受けします」って言っちゃいなさいよ、「お受けします」って!
 私は心の中で先生をはやし立てた。
「……わかりました。そのご依頼、お受けしましょう」
「やりぃ!」
「――って、なんで碧乃君が喜ぶかな」
「いいじゃないですか。困っている人を放っては置けませんもの。小百合さん、もう安心して下さい。私たちがズバーッと解決しちゃいますから。ドーンと大船に乗っかった気でいてください!」
 呆れた視線を送ってくる先生を無視し、私は胸を叩いてそう言った。
「ありがとうございます」
 小百合さんはそう言うと、ようやく安心したのか笑みを漏らした。
 これがまた可愛らしい。まさにその名の通り、白百合って感じだ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……と、これは違ったか。
 ともあれ、依頼内容が“そっち関係”となれば私の出番だ。私もその話を詳しく聞くべく、先生の隣に腰掛けた。先生も小百合さんに向き直る。
「では、少しお話を伺わせていただきます。そのおかしなことが起こり出したのは、いつ頃からなのかわかりますか?」
「1ヶ月ほど前からでしょうか……ちょうど式の日取りや会場が決まった頃だったと思います」
「で、式が近づくに連れ、おかしなこともエスカレートしていっている、と。やっぱりその結婚式に何か関係していそうですね」
 私がそう言うと、先生もうなずく。そして少し言いにくそうに質問した。
「こういうことを訊くのは失礼だと思いますが……何かお心当たりはありませんか?」
「心当たり……ですか?」
「ええ。誰かに恨まれているとか、結婚を妬まれているとか。あなた自身のことではなくても、婚約者の方や、お2人のご両親に関係してでも構いません」
 小百合さんは考え込む。その表情はまた不安げなものに戻っていた。
 先生の言いたいことはわかる。つまり、2人の結婚を歓迎していない者の仕業なのではないか、ということだ。まぁ1番妥当な線だろう。
 しかし小百合さんは首を振った。
「思い当たりません。わたしも彼も、そんなことはないと思います。結婚を反対する者は1人もいませんでしたし……。両親は立場上、あまり良く思っていない人もいるかもしれませんが、こんなことをするほど恨んでいるような人はいないはずです」
 おや? 立場上?
 ちょっと引っかかる言い方だった。やっぱりご両親は社長か何かだったりして、社会的地位の高い人なのだろう。そのため部下や同業者から、多少なりとも恨みは買っているかもしれない、と。
「どうしたらいいんでしょう? 式は来週なんです。やはり取り止めた方がいいんでしょうか……」
 そう言ってうつむく小百合さんの目には涙が浮かんでいる。
 くぅッ! これは男でなくともイチコロだ。女の私でさえ、思わず抱きしめてあげたくなってくる。こんな可憐な人を妻にできる幸せ者の顔を見てやりたい。
 しかし先生はあくまで冷静な口調で続ける。クライアントが美人と聞いて喜んでたくせに、すでに人のものだとわかって熱が下がったのだろうか。
「今の段階では、まだなんとも言えませんね。もう少し調査の必要があります」
「あの……無理を承知でお願いします。式までになんとかすることはできないでしょうか?」
「わかっています。こちらもそうしたいと思っています。そうですね……もう少し詳しくお話を伺いたいので、婚約者の方にもお会いしたいのですが」
 それを聞いて、小百合さんの表情が少しだけ和らいだ。
「はい、もちろんです。実はここを紹介してくれたのも彼で……。今日は2人で尋ねる予定だったんですが、急に彼の方の都合が悪くなってしまって。彼も高橋様に一度お会いしたいと言っていました」
「そうですか。ではこちらから伺わせていただきたいと思います。お手数ですが、こちらの依頼書の方への記入をお願いできますか?」
 先生は用紙を1枚取り出すと、ペンを添えて小百合さんに手渡した。わかりました、とそれを受け取り記入し始める小百合さん。
 これがまた達筆。天は彼女に二物も三物も与えたもうたようだ。くそぅ、世の中不公平。依頼書を書き終えて顔を上げた小百合さんは、やっぱり何度見ても美人さんだった。
「では、そちらの都合のいい時にお伺いしたいと思います。いつがよろしいですか?」
「あ、いえ、こちらからお迎えに上がりたいと思います。明日の午前中でも構いませんか?」
 思いがけない申し出に、先生も私も思わずきょとん。
 お迎えに上がる、だって。それってアレだ、じいやがお嬢様に言う台詞だ。「お嬢様、帰りはお迎えに上がります」、というアレ。まさかそれを自分が言われるとは思わなかった。それもこんな美人さんに。
「あ……はい、こちらはいつでも構いません」
「そうですか。では、明日の9時にこちらにお迎えに上がりますね」
 白百合の微笑みを残し、小百合さんは事務所をあとにした。もちろん、部屋を出る時は丁寧にお辞儀をして。

*  *  *

「久々でしたねぇ、こっち系の依頼は」
 冷めたお茶を入れ直しながら、依頼書を眺めている先生に話しかけた。
「そうだね。最近はろくでもない依頼ばかりだったから」
「どうですか? 解決できそうですか?」
「まだなんとも言えないけど……2人の結婚が原因だっていうのは間違いないだろうから、そのへんを中心に調べていけばなんとかなるんじゃないかな」
 その時、事務所のドアがノックなしに開けられた。私も先生も思わず入り口に視線を向ける。入ってきたのは見慣れた人物だった。
「あ、石蕗お帰り」
「…ただ今戻りました」
 先生が明るく言ったのに対し、そこに立つ人物は抑揚のない声で一言そう答えた。

 ツワブキさん。
 高橋探偵事務所の残りの1名。一応先生の秘書という肩書きになっている、この事務所の経理担当だ。
 先生は自宅を兼ねて事務所を構えている。雑居ビルの2階が事務所、3階が自宅。石蕗さんはそこに住み込みで働いている。どういう経緯か知らないけれど、家事全般がダメダメな先生に代わり、家のことを任されている、秘書と言うより家政婦だ。……あ、でも石蕗さんは男だから家政「夫」か。
 今も石蕗さんは夕食の買出しに行ってきたところだった。両手にスーパーの買い物袋を提げている。しかし何度見ても似合わないんだ、これが。
 石蕗さんの特徴といってまず最初に挙がるのが、その愛想のなさ。無愛想と書いてツワブキサンと読む。要はそれくらい愛想がない。けれど口調だけはすごく丁寧で、年下の私にも敬語を使ってくる。
 もう1つ挙げるのなら、いつも全身黒尽くめ。夏でも冬でも年中長袖。12月の今ならともかく、8月の真夏日でも長袖でいられるなんて尊敬に値する。真似したいとは思わないけれど。
 さらに言うと、背がやたらと高い。180cmは優に超えているだろう。顔は……うん、カッコいい。これで表情豊かなら言うことなしなのになぁ、と何度思ったことか。
 年齢は聞いたことがないけれど、多分先生よりは年上だろう。でもその先生だって年齢不詳だ。私より年上なのは確かだけれど、時々すごく年寄りくさい言動をすれば、逆にすごく子供っぽく見えることもある。でも探偵業を営んでいるくらいだ、それなりに年は食っているのだろう。20代半ばってところか。となると石蕗さんは20代後半だな。
 まぁとにかく。そんな長身で黒尽くめの無愛想な男が、両手に買い物袋だ。似合うわけがない。

「…下で女性とすれ違いました。クライアントの方ですか」
 石蕗さんが買い物袋をテーブルに置いてそう言った。
「ああ、そうだよ」
「…依頼は4番ですね」
「うん。……って、よく分かったね」
「…勘です」
 高橋探偵事務所用語で、「1番」は普通の依頼、「2番」はなんでも屋的くだらない依頼を示す。飛んで「4番」は今日みたいなオカルト関連の依頼のことだ。ちなみに最近はもっぱら2番ばかりだった。
「明日クライアントのお宅へ行くんですよ」
 そう言って私は石蕗さんにもお茶を出した。どうも、とそれを受け取る。
「なんかすごくお金持ちっぽい方でしたよ。石蕗さんも一緒に行きます?」
「…いえ、私は」
 だと思った。
 石蕗さんが実際に調査をすることはない。基本的に、調査に必要な資料集めを担当している。
 しかしそれを聞いて驚いたように声を上げたのは先生だった。
「一緒に行きますって、碧乃君も一緒に行く気なの?」
「当然じゃないですか。助手の私がお供しなくてどうします! 今日みたいな依頼内容ならなおさらです」
「当然って……明日は学校があるんじゃないの?」
「自主休講です。講義の1つや2つより、困っている人を助ける方が大事に決まってます!」
「……君がそれでいいなら僕は構わないけどね」
 先生は呆れたようにため息をついた。
 大丈夫大丈夫。この私が単位を落とすようなヘマをするはずないじゃないですか。
「あ、そうだ。石蕗、桔梗院って知ってる?」
 先生が思い出したようにそう言った。
「クライアントの名字なんだけど……知ってる?」
「…桔梗院、ですか。確か岩月流の宗家のはずです」
「岩月流っていうと、華道か。なるほどなるほど」
 いつも思うんだけど、石蕗さんってどこからそういう情報を仕入れているんだろう。博識にもほどがある。先生からしてみれば、叩けば応える有能な秘書に違いないんだろうけど。
 しかしそれを聞いて私も納得した。小百合さんのあのお淑やかな雰囲気と佇まい。華道の家元のお嬢様だったわけだ。どうりで。

 そして次の日――事務所の前に停められた超高級リムジンを見て、私と先生は腰を抜かすのだった。

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