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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その1の6


「好きなんだ」
「え? と、透さん……?」
「初めて会った時から、ずっと気になっていたんだ」
「でっ、でも透さんには小百合さんというフィアンセが――」
「あんなの、親が勝手に決めただけだ。僕は愛してなんかいない」
「そんな……でも、結婚式だってもうすぐなんですよ?」
「だから! ……だから、その前に君に告げておきたかったんだ。僕と一緒に来てくれないか?」
「そ、それはつまり、駆け落ち……?」
「お願いだ。僕は君を愛しているんだ!」
「透さん……。私も、本当は私も透さんのこと……好きです!」
「本当に……?」
「でも、透さんには小百合さんがいるからと思って……」
「そんなの関係ない。僕は君を愛している。君がそばにいてくれれば、それだけでいい」
「透さん……」
「芹川さん……」

 ああ――なんてベッタベタでどうしようもないシチュエーションなんだろう。

 石蕗さんがレンタルショップから帰ってくると、先生は借りてくるよう頼んだドラマのビデオを受け取り、3階の自宅にこもって早速その視聴を始めた。そして2時間後、できた! の声と共に事務所に降りてくると、何やら原稿用紙を私に手渡した。
「『僕は君を愛している』 『そんなだってあなたには……』――なんですかコレ?」
「脚本だよ」
「は? 脚本、ですか」
「そう、脚本。演じるのは、碧乃君と透さん」
 わけがわからず首を傾げる私に、先生は得意げな顔で説明を始める。
「碧乃君、言ったよね。『嫉妬してるみたい』って」
「ああ、言いましたねぇ」
「たぶんそれ、当たってると思うんだ。透さんのそばにいると狙われる。まるで透さんに近寄るなとでもいうように。僕が感じた悪意っていうのは、その近寄る相手に向けられた嫉妬の感情だと思う」
 なるほど。先生より先にそのことに気がつくなんて、さすが私。
「それで、それとこの脚本とやらにはどんな関係が?」
「大いにある。この脚本通り演じる2人に嫉妬してもらって、この事件の犯人に出てきてもらおうって寸法だよ」
「つまり、おびき出そうと。私にそのための囮になれと」
「囮だなんて人聞き悪いなぁ。協力して欲しいって言ってるんだよ。透さんにもね」
 そう言って笑う先生を見てすべて理解した。
 先生の言った、「正体がわからないならおびき出せばいい」というのはそういうことだったのか。でもって、部屋にこもってドラマを見ていたのは、この脚本を書くためだったのか。
 でも先生、この2時間でできあがった脚本を見る限り、これはとんでもない三文ドラマになりそうな予感なんですけど。

 次の日篠宮家を訪ねると、早速透さんにことの次第を説明した。透さんは、調査のためなら、と快く引き受けてくれた。なんて心の広い人なんだろう。脚本を見て、やっぱさっきのなし、なんてことにならないといいのですが。

*  *  *

「私、透さんとならどうなってもいい!」
 ただし、ポルターガイストで命を落とすのは勘弁です。
「芹川さん……いや、碧乃……!」
 親同士に決められた愛のない婚約。結婚を間近に控えた大富豪の息子・透は、ごく普通の女子大生・碧乃との禁断の恋に落ち――
 高橋 柊一朗プレゼンツ、主演男優・篠宮 透、主演女優・芹川 碧乃の恋愛ドラマもいよいよクライマックスだ。さすがに透さんのような美形に「愛してる」なんて言われてしまうと、演技だとわかっていてもドキッとしてしまう。
 しかし、こんな安っぽい演技で本当におびき出すことができるのだろうか。脚本の内容はともかくとして、私も透さんも、演技に関しては台詞棒読みの相当な大根だ。相手はポルターガイストを起こして命まで狙ってくる強敵だっていうのに……。
 さて、確かこのあとは、『抱き合って見つめ合ったのちキス(するふり)』となっていたはずだ。透さんが私の肩に手をそっと置き、脚本通り抱き寄せようとした、その時。

 パシィッ!!

 ドラマを演じていた応接室に、突然乾いた音が響き渡った。初めてこの家でポルターガイストに遭遇した時と同じ、ラップ現象だ。
 まさか本当に現れるとは! なんて驚いた瞬間、再び同じような音が頭上で響く。それに同調するように電気がチカチカと点滅を始めたかと思ったら、窓のカーテンがザッと一斉に閉め切られてしまった。もちろん勝手に、ひとりでにだ。
 点滅していた電気が消え、急に部屋の中が暗くなる。カーテンが閉められているとはいえ、窓から外の明かりが漏れるはずなのだが、なぜか室内は異様な暗闇に包まれていた。
「芹川さん!?」
「大丈夫です。どうやらおびき出せたみたいですね」
 そう言って暗闇に目を凝らした瞬間、今度はガタガタと音を立て、部屋の家具が振動を始めた。
 これもポルターガイストでは定番の現象だけど……どうやら相手は相当怒っていらっしゃるようだ。家具の振動は収まるどころかますます激しさを増し、棚にしまわれていた本や置物が床に散乱した。その拍子で、壁に掛けられていた絵画まで外れて落下した――と思ったら、なんとそれが私目掛けて飛んできたのだ。
「――危ない!!」
 透さんがとっさに私の腕を引いた。
 間一髪。額縁の尖った角が私の前髪をかすめ、宙を舞った絵画はそのまま後ろの壁に激突した。ガシャンと音を立て、割れたガラスが辺りに飛び散る。
「た、助かりました」
 ほっとした瞬間、はたと気がついた。
 助けてくれたのはいいんだけれど、結果、透さんと密着する形になってしまった。これでは相手の嫉妬心を煽っているようなものだ。まずい。非常にまずい。
 その考えは正解だった。いまだ振動を続けている家具が一際大きく揺れた途端、私は突然目に見えない何かに突き飛ばされてしまった。そのまま壁に背中を強打する。
「いったぁ……って、透さん!?」
 一瞬目を疑った。
 得体の知れない大きな影が、透さんの体に取りついていたのだ。まるでロープにぐるぐる巻きにされたかように、身動きが取れずにもがき苦しんでいる。
 これが先生の言っていた犯人なのか!?
「透さん!!」
 慌てて立ち上がり、透さんに駆け寄ろうとすると、今度はその影が私に襲いかかった。黒い影は蛇のように私の首に巻きつき、意思を持っているかのように締めつけてくる。
「う……く、くるし……ッ」
 引き剥がそうと必死になるが、影は緩むどころかますますきつく締め上げてくる。
 やばい、本当にやばい。酸欠寸前でくらくらする頭を必死に働かせる。そうだ、部屋の外では先生が待機している。とにかくここから脱出しなければ。
 言うことを聞かない体に鞭を打ち、床を這うような形でなんとか出口まで辿り着く。鉛のように重く感じる腕を伸ばし、私はやっとのことでドアノブに手を掛けた――が、ドアは開かなかった。鍵などついていないはずなのに、ノブを回してもびくともしない。
「くっそぉ……閉じ込めたなぁ……!?」
 思いっきり恨みを込めて影を睨みつける。透さんは開放されたようだったが、ぐったりと床に横たわっていた。
『……ナイ……』
 その時、どこからともなく声がしたような気がした。ああ、ついに幻聴が。
『許サナイ……』
 許さない。
 今度ははっきりそう聞こえた。地の底から響くような、けれどどこか無機質で機械的な声。そして、間違いなく女性の声だ。
 その声の主は、目の前の黒い影だった。
『許サナイ……トオルハ私ダケノモノ……』
「だ……誰よ、あんた……ッ」
『許サナイ……許サナイ!!』
 叫び声に呼応するかのように、首を締めつけていた影がさらにきつくなった。何かにのし掛かられているかのように、まるで体の自由がきかない。
 ――息が、できない。
 薄れ行く意識の中、何かを激しく叩く音が聞こえた。私を呼ぶ声もする。お迎えが来たのだろうか。

 芹川 碧乃、殉職します。オカルト現象で死ぬなら、それも本望。
 先生、できの悪い助手でごめんなさい――

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