碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その1の5


 篠宮家ポルターガイスト事件の翌日。学校が終わった私は事務所へ直行した。
「先生、私思ったんですけど」
 来客用の高価なお茶ではなく、徳用の安〜いインスタントコーヒーを3人分作りながら話を切り出す。
 先生は砂糖1杯、石蕗さんはブラック、そして私は砂糖とミルクをたっぷり。三者三様のコーヒーが入ったカップがそれぞれに行き渡ると、私はソファーに腰を下ろして続けた。
「というか、思ってたんですけど」
「何?」
 コーヒーを一口飲み、先生が尋ねる。その向こうで石蕗さんは黙ってパソコンの画面に向かっていた。貧乏事務所の経理係は大変だ。
「私、原因は小百合さんだと思うんですよね」
 その言葉にピクリと反応し、資料らしきものに目を通していた先生が顔を上げた。
 実はこれ、小百合さんから依頼内容を聞いた時から考えていたことだったりする。ずっと思っていた、あまりよろしくない考え。とはいえ依頼してきた本人に、あなたが原因なんじゃないですか? なんて言えるわけもなく、今まで黙っていたのだった。
「ほほぅ。その結論に至った理由は?」
 先生は楽しそうな顔をして言った。待ってました、その質問。
「ほら、ポルターガイストって、一般的に思春期の子供の周りで起こるって言われてるじゃないですか」
「言われてるね。でもあの家には子供なんていなかったよね?」
「はい。となると、次に可能性が高いのは女性ということになります」
「ふーむ、それはその通りなんだけど、それで原因は小百合さん? 碧乃君にしては随分安直な考えみたいだけど」
「そうですか? 私の見解からズバリ言わせてもらうとですね……結婚を間近に控えた小百合さんがマリッジブルー的精神不安定に陥り、そのストレスによって発生した無意識的なサイコキネシス、つまりRSPKが数々の怪奇現象を引き起こしていた原因なのではと!」
 ――決まった。
 大学の講義そっちのけで考えていた甲斐があった。超心理学の概念からしても反論の隙のない見事な推理に、さすがの石蕗さんもキーボードを打つ手を止める。
「…RSPK……リカレント・スポンティニアス・サイコキネシス、つまり再起性偶発的念力の通称ですね。ポルターガイストの原因としてはもっとも有力な説です」
「そう! 石蕗さんその通り!」
 しかしそれを聞いた先生は、こともあろうにクスクスとおかしそうに笑い出したのだ。
「なんでそこで笑うんですか!」
「あ……いやごめんごめん。よくそれだけのことを噛まずに言えるなー、と。碧乃君、そういう専門用語に関しては異様に精通してるよね。石蕗もだけど」
「それはもう。……で? どうですか? 私の推理は!」
「うーん……35点」
「低!」
 思わずガクリと崩れる。考えに考え抜いた結論だというのに!
 うなだれる私を見て、先生はまたもや笑い出した。
「いい線はいってると思うよ。確かに碧乃君の意見にも一理あるし。でもね」
 そこまで言って一息つくと、ようやく先生の笑いは収まったようだった。
「あの現象が起こっているのは透さんの家だ。小百合さんが原因なら、その現象だって小百合さんの家で起こると思うんだけど」
「それは……あ! 小百合さんは透さんと結婚するんです。もうすぐ小百合さんもあの家で暮らすことになるんですから、別に透さんの家で起こったってなんの不思議もありませんよ!」
 そう主張してみるが、先生は「うーん、そうくるか」と苦笑い。けれど今度はすぐに真面目な顔に戻った。
「僕が思うに」
 お、ようやく探偵の本領発揮か?
「あれには何か悪意めいたものがある」
「悪意、ですか」
「そう、悪意」
「ということは、つまり?」
「………………」
 沈黙。
「……え、そこで終わりなんですか? その悪意が誰によるものなのかとか、わかったんじゃないんですか?」
「いや、そこまではまだ」
「え〜!? しっかりしてくださいよ。先生、私と違って霊感強いんでしょう?」
 笑ってごまかしているけれど、人に35点なんて言っておきながら、当の本人はそれですか。そんな推理、中途半端で点数もつけられない。
 それまで話を聞いていた石蕗さんもまたパソコンに向かう。私ははぁ〜っと大きなため息をつくと、一旦頭の中をリセットした。
「先生の言う通り、あの現象に何らかの悪意が込められているとしたら、原因は小百合さんとは別の第三者ってことになりますね」
「だろうね。その悪意を持っているのが小百合さんだとしても、その矛先が自分に向くのはおかしいから」
「確かに……。透さんも危ない目にあってましたけど、どちらかと言えば、被害を受けていたのは小百合さんの方ですからねぇ」
「……そう?」
「そうですよ。シャンデリアが落ちた時も怪我をしたのは小百合さんだったし、キッチンでのことだって……透さんは小百合さんを庇ったから怪我をしたんですよ」
 あのあと小百合さんは病院に行き、腕の傷を5針も縫うことになったらしい。嫁入り前の、しかも陶器のように滑らかなあの白い肌に傷でも残ったら大ごとだ。
 ちなみに私の頬のかすり傷は、一晩寝たらすっかり目立たなくなっていた。
「もしかしてその悪意っていうのは、小百合さんに向けられているのかもしれませんね。……あ、でもキッチンの時は小百合さんがいなくても起こってたなぁ。あの時は私と透さんだけだったし」
 となると、悪意の対象は透さん?
 うーん、と頭を抱えると、何やら先生も真剣に考え込んでいるようだった。こういう時の先生は、探偵らしくてなかなか様になっている。……と、思える時もある。時々。
「キッチンで狙われたのは碧乃君の方だったよね?」
「そうです。あのナイフとフォーク、明らかに私に狙いを定めていました」
「ということは、透さんの周りにいる人間が狙われる対象になっているのかもしれない」
 周りにいる人間。先生のその言葉で、私は今までの現象のことを詳しく思い返してみた。
「思えば最初のラップ音も、お茶を持ってこようとした透さんを小百合さんが引き止めた時に起こりましたね。シャンデリアの時も、透さんと小百合さんが一緒に歩いていた所に落下したし……。キッチンの時だって、1回目は透さんと一緒に救急箱を取りにいった私が狙われて、2回目は透さんに駆け寄った小百合さんが狙われて」
「そのキッチンでのことだって、小百合さんを庇って傷ついた透さんを、あの食器たちはそれ以上襲おうとはしなかった」
「私なんて2回も狙われたのに」
「うん。現象は透さんのいる所で起こっているんだけど、実際にその対象になっているのは、そばにいた小百合さんや碧乃君の方なんだよ」
 ふむ。つまり、透さんのそばにいると標的にされる、と。
「なんか、嫉妬されてるみたいですね。透さんに近寄るなーって感じで」
「嫉妬……?」
 冗談交じりでそう言った途端、先生の顔つきが変わった。そして急に席を立つ。
「そうか……うん、そうだよ碧乃君!」
「は? 何がですか?」
「原因の正体がわからないなら、こっちからおびき出せばいいんだよ!」
 そう叫んだかと思ったら、突然メモ用紙に何かを書き始めた。そしてそれを石蕗さんに差し出す。
「石蕗、ちょっとこれ借りてきて」
「…わかりました」
 石蕗さんはメモの内容を確認すると、一言そう言って事務所を出て行ってしまった。先生はにこにこしながら言う。
「いや〜、碧乃君が助手でよかったよ」
「……はぁ、それはどうも」
 しかし、一体なんだと言うんだろう。チラッと見えたメモ用紙には、去年話題になったドラマの題名が書かれていた。男女の愛憎劇を描いた昼メロドラマ。

 ――先生、何をするつもりなんですか?

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