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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その1の4


 耳の奥がジンジンする。
 間近で聞いた凄まじい衝撃音のおかげで、私は尻餅をついたまま呆然と固まっていた。見ると、足元にまでガラスの破片が飛び散っている。もしあの時先生が腕を引っ張ってくれていなかったら、少なくともこの破片のうちいくつかは、私の足に突き刺さっていたことだろう。
「碧乃君、大丈夫?」
「あ、はい。平気です。それよりも透さんと小百合さんは……」
 立ち上がって視線を向けると、落下したシャンデリアの向こうにうずくまっている2人の姿が見えた。どうやら直撃はまぬがれたようだ。先生と共にほっと一息つく。
 けれど、恐らく何百万もするであろうシャンデリアは、ものの見事に原型を失っていた。ロビーの華やかさを演出していた芸術品も、今やその見る影なし。辺りにガラスの破片を撒き散らした鉄の塊と成り果てていた。でもみんな無事だったんだ。それでよしとしよう。
「透さん、小百合さん! 大丈夫ですか?」
「ああ……僕はなんとか。小百合、怪我してないか?」
 抱き起こされた小百合さんは、その綺麗な顔を苦痛に歪ませていた。透さんの顔が青ざめる。
「小百合! 怪我したのか!?」
「あ……平気です。ちょっと腕をかすっただけですから」
「腕? 見せてみろ!」
 透さんが左腕を押さえている右手をどけさせる。すると、その手は血でべっとりと染まっていた。それまで押さえていた傷口からも血が流れ出す。とても「ちょっとかすった」どころの傷ではなかった。
「小百合、その傷……!」
「平気ですって。見た目よりもそんなに痛みはないですから」
 小百合さんはそう言って笑みを作ろうとするが、できたのはとても白百合の微笑みとは形容しがたいものだった。額には汗が浮かび、その傷がどれだけ痛むのかを物語っている。
「待ってろ、今救急箱を取って来るから……」
「透さん、私も手伝います!」
「すみません。助かります」
 そう言って私は、ロビーを出て行こうとした透さんのあとを追った。

 救急箱は1階の奥の居間に置かれていた。そこに行く間、透さんは何も話さず、相当焦っていることが見て取れた。よっぽど小百合さんのことが心配なのだろう。小百合さんも、透さんに心配を掛けまいと無理をしてまで平気なふりをしていた。
 知り合って間もないけれど、この2人が互いに深く思いやっていることはすぐにわかった。その2人の幸せを壊そうとする不届き者は、どんな奴だろうとこの私が絶対に許さない。妖怪・幽霊なんでも来いだ。
 そう意気込み、透さんは薬が入った箱を、私は包帯を手にして小百合さんの待つロビーへと急いだ。
 そしてキッチンに差しかかった時、再び事件は起こった。
 突然ガタンという物音がしたかと思ったら、次の瞬間、カカカッと小気味よい音が足元で響いた。視線を下に移した瞬間、何かにつまずき、前のめりにすっ転ぶ。その拍子に手にしていた包帯がコロコロと転がっていってしまった。
「いったた……なんなの一体……」
 足をさすって身体を起こすと、鏡のように磨かれたリノリウムの床に、銀色のつくしが3本生えていた。
 ――じゃなくて。私の足元に、フォークが3本突き刺さっていた。
「芹川さん!? 大丈夫ですか!?」
「いや、一応大丈夫ですけど……」
 そう言って立ち上がろうとした私を第二波が襲った。
 何かが頬をかすめた途端、背後でトトトッと先程よりも低い音がした。恐る恐る振り返ってみると、今度は後ろの壁に銀色の物体が3つ突き刺さっている。
 フォークの次はナイフ。まるでサーカスの曲芸だ。
 そして、再びガタンという音。
「……うぁ、やばい。透さん、動かない方がいいと思いますよ」
 壁から生えたナイフを呆然と見つめる透さんが、私の言葉で視線を前に移す。そして飛び込んできた光景に、またしても呆然。
「なっ……食器が……!?」
「ポルターガイストでは定番中の定番ですよ、これ」
 まさかその現象にお目に掛かることができるとは思っていなかったけれど。
 かなり危険な状態であることは把握しているが、不謹慎ながらわくわくしている自分がいる。私と透さんの目の前で、何本ものナイフとフォーク、それにお皿が宙を舞っていた。ふわふわと浮かぶそれらに、種も仕掛けもないことは重々承知だ。私の心拍数は一気に上昇した。興奮で。
 しかし、食器たちの華麗な空中ダンスはすぐに終了となった。動きがピタッと止まったかと思ったら、フォークとナイフが一斉に照準を合わせた。狙いは、私。
「げ」
 それがまずかった。その呟きが一斉射撃の合図となり、フォークとナイフが私目掛けて襲いかかった。
 やばい、やられる。
 そう思った瞬間耳に届いたのは、それらが私の体に突き刺さる音ではなく、聞き慣れた声だった。
「――碧乃君!」
 先生がそう叫んでキッチンに飛び込んできた瞬間、ナイフとフォークはギリギリのところで留まった。来るのがあと1秒でも遅かったら、今頃私はグロテスクなハリセンボン状態になっていただろう。ホントもう、ギリギリ。
 ほっとして床にぺたんと手をつくと、食器たちは糸が切れたかのように崩れ落ちてしまった。カランカランという金属音に続き、ガシャーンというお皿が割れる盛大な音。ロビーに続き、キッチンまでもが悲惨な光景となってしまった。
「碧乃君、大丈夫!?」
「先生のおかげで、なんとか。さすがに焦りました……」
「ああ、ほっぺた怪我してる」
「え? うわホントだ! さっきのナイフか……。くっそぅ、女のコの顔に傷をつけるとは!」
 かすり傷とはいえ許すまじ。そんな私を見て先生は苦笑する。
 その場が和やかムードになりかけていた時、小百合さんが血相を変えて飛び込んできた。
「どうしたんですか、今の音!? 何があったんですか!?」
 床と壁には突き刺さったナイフとフォーク、そして粉々になったお皿。それを見て驚いた小百合さんは、慌てて透さんのもとへ駆け寄る。
「透さん! 大丈夫ですか!?」
「ああ、僕は平気だ」
 そう言って透さんが小百合さんの肩に手を掛けた、瞬間。
 床に転がっていたナイフとフォークが、再び息を吹き返したかのように宙に舞い上がった。そしてものすごいスピードで襲い掛かる。今度の標的は小百合さんだった。
「危ない!」
 とっさに叫んだ私の声に反応し、透さんが小百合さんを庇うように身を反転させた。
「――ッ!」
 ナイフの1本が透さんの服を切り裂き、左肩に傷を作った。そこから血がにじみ、服を赤く染める。
 宙に浮かんだ食器たちは、まるでその血を見て驚いたかのようにピタリと動きを止め、力なく床に落下した。今度こそ、食器たちは完全に動きを失った。
「透さん!」
「平気だ。それより早く腕の傷の手当を……」
 止血のためか、ひじの辺りに布が巻かれていたけれど、小百合さんの傷口からはまだ血が流れていた。
 こんな時でも、透さんが気に掛けるのは小百合さんのこと。同じ女として、小百合さんが少し羨ましくなった。

 手当てのため応接室に戻ると、そこにはすでに女中さんたちが控えていた。救急箱を受け取り、すぐに2人の傷の手当を始める。何も言わずとも私の頬の傷まで消毒してくれた。
 うう、痕が残らないといいんだけど。
「碧乃君、ちょっとちょっと」
 手当てが終わったのを見計らい、先生が部屋の外へ私を呼び出す。そしてロビーに向かい、落下したシャンデリアを調べ出した。
「何かわかったんですか?」
「……これを見て」
 そう言って先生が手にした物は、シャンデリアと天井を繋ぐ留め具の部分だった。
「これ、自然に切れたんじゃなく、何か強い力で引きちぎられたみたいなんだ」
 先生の言う通り、太い鎖の留め具は不自然に歪んでいて、まるで無理やり引っ張ってこじ開けられたかのように見える。
「でもそんなことできるんですか? 鉄ですよ、これ」
 先生から留め具を受け取り、試しに両手で思いっきり引っ張ってみる。が、鉄の鎖はびくともしない。
「できるわけないじゃないですか、そんなの」
「ああ。人間の力では到底無理だろうね」
「……と、言いますと?」
「人間以外の、何者かによる仕業だってことだ」
 やばい。またしても心拍数が上昇した。当然のことながら、興奮で。

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