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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その1の3


 みなさんこんにちは。芹川 碧乃の『豪邸訪問日誌』のお時間がやって参りました。

「……先生、何さっきから固まってるんですか」
「……そう言う碧乃君こそ、さっきから目が泳いでるじゃないか」
 私と先生をお迎えに上がってくださった超高級リムジンだけでもかなりの衝撃だったのに、そのリムジンが着いた先にはさらに驚くべき光景が広がっていた。
 家に着いたのかと思ったら自動で門が開き、それをくぐると敷地内だというのにさらに車で走っていく。
 えー、両手に見えますのは、どこまでも続く広い広いお庭。そして正面に見えて参りましたのは、ドーンとそびえ立つ大豪邸でございます。
 車から降りた一般人約2名は、思わず足がすくんでしまった。場違いもいいところだ。
 「華道の宗家とお聞きましたが、随分洋風な感じのお宅なんですね」なんて上ずった声で先生が感想を述べると、小百合さんは「ここは婚約者の家なんですよ」とにっこり。なんでも婚約者の彼、お父様が政治に関わっているお方らしい。うーむ、いわばこれは私たち平民が支払った税金でできてるわけですな? あ、なんか腹立ってきた。
 小百合さんに連れられ馬鹿デカイ玄関に入ると、1人の男性が私たちを出迎えてくれた。
「わざわざお越しいただいてありがとうございます。篠宮 透(シノミヤ トオル)です」
 そう言って微笑む彼が、噂の婚約者。
 スラリとした長身に柔らかい物腰。そして見るからに知的で穏やかそうな整った顔立ち。さすが小百合さんみたいな美人さんには、これくらいランクの高い男性でなければ釣り合わないだろう。まさに美男美女のナイスカップル。見ているだけでため息が出る。
 お互いに挨拶を済ませると、今度は奥の部屋から口ひげを蓄えたダンディーなおじ様が姿を現した。すかさず透さんが紹介してくれる。
「僕の父です」
 見慣れない客人に気づき、ダンディーなおじ様こと透さんのお父様は、にっこり微笑んで歩み寄った。
「どうも、はじめまして。……透、こちらの方々は?」
「私立探偵の高橋さんと、助手の芹川さんです」
「探偵……?」
 お父様は一瞬目を丸くしたが、すぐにはっはっはと笑った。
「まさか本当に探偵さんを雇うとはなぁ……。気のせいだと言ってるんですが、息子の心配性には困りものです。まぁ存分に調べていってください。私の方は仕事がありますので、このへんで失礼させていただきます」
 では、と立ち去る後ろ姿を見ながら、透さんはため息をつく。
「何度言っても父は信用してくれなくて……あ、すみません、長々と立ち話してしまって。こちらへどうぞ」
 案内されたのは応接間。恐らく何十万、何百万もするであろうソファーとテーブルが置かれ、部屋の至る所に見るからに高級そうな調度品が飾られている。うちの事務所とはえらい違いだ。
 若干肩に力が入ったまま、私と先生が並んでソファーに腰を下ろす。おおっと、なんという座り心地の良さ。
「今お茶をお持ちしますね」
「あ、私が入れてきますから、透さんは座っていてください」
 部屋を出て行こうとした透さんを引き止め、小百合さんがそう言った。
 甲斐甲斐しい人だなぁ……。いい妻になるよ、小百合さん。なんて思った時だった。

 パシィッ!

 突然、木が折れるような乾いた音が室内に響いた。
 小百合さんが小さく悲鳴を上げてうずくまると、天井辺りでピシィッ! パシィッ! と続けざまに2回鳴る。
「先生、これ……」
「ああ、ラップ音だ」
 私と先生は立ち上がって部屋を見回すが、音の原因らしきものは見当たらない。さらに数回音が鳴り、しばらくしてラップ音は収まった。恐る恐る顔を上げる小百合さんのもとへ透さんが駆け寄る。
「なるほどなるほど……こういうことが起きている、と」
 口の端を持ち上げてそう呟いた私を、先生が横目でチラリ。また始まった、といわんばかりの表情だ。
 不謹慎だがこういう状況に立ち会ってしまうと、私の場合、恐怖心より好奇心の方が断然勝ってしまう。血肉沸き踊るといおうか。とにかく俄然やる気が出てくるのだ。
「透さん、もしかしてこういう現象、この家にいる時にしか起こらないんじゃないですか?」
 私の質問に、透さんも小百合さんもはっとした。
「……はい、その通りです。でもどうしてそれを?」
「これは俗にポルターガイストと呼ばれる現象ですね。大抵の場合、起きる場所は決まっているんです。それも建物、特に家ということがほとんどなんですよ」
「じゃあ、原因はこの家にあるってことなんですか?」
「うーん……それはまだなんとも言えませんね」
 透さんの質問に、私は言葉を濁した。まだはっきりとしたことがわかっていない段階で、想像でものを言うのは2人の不安を煽るだけだ。それに今の私は、あまりよろしくないことを考えてしまっている。だからまだ、詳しくは答えられない。
「――先生、探検しませんか?」
「はい?」
 突然の申し出に、先生は間の抜けた返事を返した。
「探検です。お宅訪問ですよ。この大豪邸を少し見て回らせてもらいましょう。何かわかるかもですよ?」
 透さんの言う通り、怪奇現象の原因はこの家自体にあるのかもしれない。だからそれを調べさせていただこうというわけだ。
「……ということなんですが、案内お願いできますか?」
「もちろんです。調査のためなら協力させていただきます」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ、わたしはその間にお茶の準備をしておきますね」
 上から先生・透さん・私・小百合さん。話はすぐにまとまった。

*  *  *

「ここがリビングです」 「おお〜」
「ここがダイニングです」 「おお〜」
「ここは父の仕事部屋なので、中に入ることはできませんね」 「ああ〜」

 透さんの案内で、ひとまず1階の部屋を見せてもらった。……が、その間私と先生は、ひたすら感嘆詞を漏らすばかり。どの部屋も普通では考えられないくらいにとにかく広く、とにかく豪華だった。
 家具や美術品はほとんど父の趣味なんですけどね、と苦笑いする透さんをよそに、私たち2人は本当にただの「お宅訪問」に成り下がっていた。調査はどうした、調査は。
 ふと横を見ると、先生は書斎にある本の多さに目を輝かしていた。
 先程やんわり入室を断られた仕事部屋とは別に、こちらはお父様の私室として設けられているそうだ。やたらふかふかした絨毯の上に、クラッシックな木製の机と椅子が置かれ、その周りをぐるりと本棚が囲んでいる。
 同じ書斎でもうち先生のものとは大違いだ。あの部屋とこの部屋を、果たして同じ単語で表してしまっていいのだろうか。

 やたら横幅の広い階段を昇って2階へ行く途中、小声で先生に尋ねる。
「何か感じましたか?」
「いや、今のところは何も」
 これでも先生は一応調査の方もちゃんとやっていた。いわゆる霊査というやつだ。
 簡単にいうと、先生は人より霊感が強い。……まぁ、それ故こういう仕事をやっているわけだが。だから、“何か”があれば、それなりに感じるところがあるはずなのだ。
 2階にあるのは寝室など、個人の部屋が主だった。一通り見せてもらったが、ここにも先生の霊査に引っかかるものはなかったようだ。やはり原因はこの家とは別にあるのかもしれない。となると、私の「よろしくない考え」の的中率が格段に上がってしまう。
「ん……? この部屋、他の部屋とはドアの作りが違いますね」
 2階の1番奥の突き当たり。まだ中を見せてもらっていないその部屋は、先生の言う通り、確かに他の部屋とはドアの作りが異なっていた。飾り彫りが施されたチョコレート色のドアで、随分レトロな雰囲気だ。
「ああ、そこは母の私室です。コレクションルームとでもいいましょうか」
「コレクションルーム……。拝見させてもらってもよろしいですか?」
「ええ。どうぞ」
 透さんの了解を得て先生がドアを開けた瞬間――おおぅ!? 今、何かと目が合った!?
 固まっている私の隣で、先生も一瞬動きが止まったようだった。
「あっはは……すみません、驚きましたか?」
 透さんが申し訳なさそうに笑った。
 ドアを開けた私たちを迎えてくれたのは、ずらりと並んだ何十体もの人形。厚いカーテンが閉め切られた薄暗い部屋に、廊下からの明かりが射し込み、人形たちのガラスの瞳に反射する。
 暗闇で爛々と目を光らせる何十体もの人形。怖い、怖すぎる。他よりも部屋が狭いおかげで、圧迫感にも拍車が掛かっている。
「母はアンティークドールの収集が趣味なんです」
 そう言って透さんが部屋の電気を点けた。途端にそれまでの異様な雰囲気が消え、華やかな部屋へと姿を変える。
 ガラスケースや棚にしまわれているのは、フランス人形やビスクドール、中には日本人形も何体かあり、どれもかなり高価そうだ。そしてよくよく見れば、どれも可愛らしい顔をしてるじゃないですか。驚いて損した。
「うわぁ……これ、随分古そうですね」
 目についたのは、部屋の奥の一際豪華なケースに入れられた人形。ウェーブの掛かった長い金髪に、サファイアのような青い瞳が印象的なフランス人形だ。
「それはエリーナですね。僕が小さい頃からあった人形で、母も特に気に入っているみたいですよ」
「エリーナ……? もしかしてこの人形、全部名前がついてるんですか?」
「ええ。その方が愛着が湧くらしいんです。ちなみにその隣がオリヴィアで、あそこの黒髪のが藤月。まぁ、さすがに僕も全部の名前は知りませんけどね」
 小さい子がぬいぐるみに名前をつけて遊ぶよう感覚……とは違うだろうな、当然。
 苦笑する透さんの言葉に、私も先生もはぁ〜っと人形たちを見回した。最初こそ驚かされたものの、先生が何かを感じとっているような様子はない。ここもハズレのようだ。
 部屋を出ると、小百合さんが待っていた。どうやらお茶の用意ができたらしい。お言葉に甘え、一旦お宅訪問……じゃない、調査を休憩することにした。広すぎて1階のどの部屋が応接間なのか忘れかけていた私と先生は、透さんと小百合さんのあとに続く。
「……? 先生、どうかしたんですか?」
 ごく普通の家には絶対存在しない、いわゆるロビーに差しかかった時、不意に先生が足を止めた。その真剣な表情を見た瞬間、私はすぐに察知した。
 先生は今、“何か”を感じとっている。
「透さん! 小百合さん!」
 嫌な予感がし、私はとっさに先を行く2人を呼び止めた。そして不思議そうな顔をして2人が振り向いた、刹那。
 突然先生が私の腕を引っ張った。思わず後ろにバランスを崩した時、ブツンという、何か鈍い音を聞いた気がした。しかし次の瞬間、金属が叩きつけられる音と、ガラスが砕け散る音が混じり合った轟音によって、それは掻き消されてしまった。
 家中に響き渡る衝撃音と震動。
 その1秒前に私の目に映った光景は、何年か前に観た『オペラ座の怪人』という舞台のワンシーンとシンクロして見えた。
 巨大なシャンデリアが落下する、あのシーン。
 ロビーの天井に吊られた大きなシャンデリアが、透さんと小百合さん目掛けて落下したのだ。

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