碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その1の8


 部屋に足を踏み入れた私たちを待ち構えていたのは、何対もの目に、白い肌の整った顔、それに着飾ったドレス。ここは以前、家の案内をしてもらった時に一度だけ入った、アンティークドールのコレクションルームだ。
 これが一連のポルターガイストの原因だとわかると、可愛らしい顔をした人形たちも不気味に見えてくるから不思議だ。四方の棚に並べられた人形たちの目が、まるで私たちを狙っているかのように思えてくる。
「先生、それで原因の人形はどれなんです? 金髪の人形といったって、ほとんどそうじゃないですか。まさか、これ全部がそうだとか?」
「それは……」
 そう言いかけた先生の言葉を遮るように、突然部屋のドアが音を立ててひとりでに閉まった。私が慌ててドアノブを回してみるが――
「やられました。また閉じ込められたみたいです」
 そう言った瞬間、今度はバチッという音と共に、天井の電球に火花が走った。明かりが消え、一瞬にして部屋の中が暗くなる。
「――!」
 4人が同時に息を飲んだ。
 当然だ。棚に並べられていた人形たちが、宙に浮かんでいたのだから。
 人形たちはゆらゆらと宙を漂い、部屋の中央へと集まっていく。すべての人形が集結すると、その動きがピタリと止まった。その一瞬、私には人形たちの目が光ったように見えた。
 次の瞬間、人形たちは一斉に小百合さんに向かって襲い掛かった。
「きゃあっ!」
 悲鳴が上がる。けれど、人形たちが小百合さんに危害を加えることはなかった。透さんが小百合さんを庇った瞬間、人形たちの動きが止まってしまったのだ。やはり透さんに攻撃することはできないらしい。
『ドウシテ……ドウシテ……』
 部屋に不気味な声が響いた。応接室で聞いた黒い影の声と同じ、無機質だけれど、ぞっとするほど恨みがこもったあの声だ。
『ドウシテソンナ女ヲ庇ウノ……?』
「そこの声の主! 姿を現しなさいよ!」
 私の声に答えるように、ガラスケースの1つが爆発したように砕け散った。
 部屋の1番奥。それは、エリーナと名付けられたフランス人形が入れられていたものだった。飛び出したエリーナは、長いブロンドをなびかせながら宙を舞う。
「あんたが親玉ってわけね……。悪さも大概にしなさいよ! 大体、あんた勘違いしてるのよ!」
『――ウルサイ!!』
「きゃあッ!?」
 エリーナの首がこちらに向いたかと思ったら、突然見えない力に突き飛ばされた。そのはずみで思い切り背中を棚に打ちつける。これで二度目だ。今回の私は本当にろくな目に遭わない。
 立ち上がろうとした瞬間、周りに浮いていた人形たちの髪が伸び、私の手足に巻きついた。ものすごい力で縛りつけられ、まるで体が動かない。
「碧乃君!」
 今度は私に駆け寄ろうとした先生が標的になる。同じように髪に巻きつかれ、体の自由を奪われてしまった。それを見て小百合さんが声を上げる。
「もうやめて! あなたの言うトオルさんは、ここにいる透さんとは別の人なの!」
『黙レ! トオルハ私ダケノモノ……誰ニモ渡サナイ!!』
 エリーナの髪が触手のように伸び、必死に訴える小百合さんの首を絡めとった。ギリギリと締めつけられ、小百合さんは苦しげに顔を歪める。
「やめろ! 小百合を離せ! 僕は君の言うトオルじゃないんだ!」
『何ヲ言ッテイルノ? アナタハトオルヨ、私ノ愛シイトオル……』
「違う! 君の言うトオルは僕の曽祖父、もうこの世にはいない人なんだ!」
 その瞬間、拒否反応を起こしたかのように、部屋中の棚が激しく振動を始めた。まるでその事実を認めまいと、部屋全体が叫んでいるかのようだ。
『嘘ヨ……アナタハ亮ヨ……私ヲ愛シテクレタ、私ダケノ亮……』
「違う! 僕は篠宮 透だ! 僕が愛しているのは君じゃない、小百合だ!」
『嘘ヨーーーーッ!!!』
 耳を塞ぎたくなるような悲鳴にも似た声が響いた。小百合さんがエリーナの髪から解放され、床に投げ出される。透さんが慌てて抱き起こした瞬間、宙を舞っていた人形たちが、2人目掛けて襲い掛かった。
 今度こそやられる!
 ――しかし、またしても人形たちは寸でのところで留まった。2人を庇うように立ちはだかっていたのは先生だった。
 足元には引きちぎられた髪と人形が転がっていた。先生が渾身の力で振り払ったのだ。エリーナに向けてかざされた手首は光を放っている。そこにあったのは、先生がいつも身に着けている翡翠の数珠だった。
「もうやめるんだ。2人を傷つけても亮さんは戻ってこない。それにそんなこと、亮さんだって望んではいない」
 先生の言葉に反応するかのように、周囲の棚の振動が弱まっていく。
「彼は亮さんの曾孫だ。彼女はその婚約者。本当に亮さんのことを愛しているのなら、もうこんなことはやめるんだ」
 諭すようにそう告げると、やがて棚の振動は収まった。人形の髪も元に戻り、私の体も解放される。エリーナの視線の先には、小百合さんを庇うように抱きしめる透さんの姿があった。
『……亮、さん……』
 エリーナはそう呟くと、ゆっくりと床に落下した。同時に、他の人形たちも糸が切れたように崩れ落ちる。その時、床に転がったエリーナの瞳から、一筋の涙が流れたのを私は見た。
 部屋に静寂が戻る。こうして今回の依頼は無事解決となった。

*  *  *

 リーンゴーン
 鳩が舞い、教会の鐘が青空に鳴り響く。
 私と先生は、透さんと小百合さんの結婚式に出席していた。事件解決のお礼にと招待されたのだ。
 お金持ち同士の結婚だから、てっきり豪華な披露宴で盛大に行われるのかと思いきや、ごく普通の教会で、親しい人たちだけを招いてのしめやかな式となった。透さんと小百合さんの希望でこうなったのだという。そんなところが実に2人らしい。
 ライスシャワーが降り注ぐ中、新郎新婦の2人が私たちに歩み寄った。
「高橋さん、芹川さん、本当にありがとうございました」
「いえ、お2人とも、ご結婚おめでとうございます」
「小百合さん、とっても綺麗ですよ!」
 私がそう言うと、小百合さんは赤くなって笑った。純白の衣装に身を包んだ2人は、ため息が出るほど素敵だ。特に小百合さんは、真っ白なウェディングドレスがとてもよく似合っている。
 透さん、小百合さん、どうかお幸せに。

 ――ちなみに。
 あのあと先生と私は、透さんのお母様から詳しく話を聞かせてもらった。
 亮さんには結婚を約束していた女性がいたのだけれど、いわゆる政略結婚により、別の女性と婚約してしまった。恋人だった女性は、それを苦に自殺を図った。エリーナはその女性の形見だったという。亮さんはそれをきっかけにアンティークドールの収集を始めたらしい。あの人形に「エリーナ」と名付けたのも亮さんで、持ち主だった女性の名前――絵里奈さんというらしい――から取ったそうだ。
 絵里奈さんの亮さんへの強い想いは、死んでもなおエリーナに宿っていた。そして名前も顔も同じ透さんを亮さんだと錯覚し、そこに近寄る女性、小百合さんや私に嫉妬してポルターガイストを引き起こしていたのだ。先生は知り合いの神主さんがいるという神社を紹介し、透さんたちにエリーナのお祓いをすることを勧めた。
「愛するが故に起こった悲劇ですか……。それにしても、女の嫉妬には恐ろしいものがありますね」
「そうだね。透さんに近寄る小百合さんや碧乃君を殺そうとするくらいだから」
「ホントえらい目に遭いましたよ。……あ、でもちょっとカッコよかったですよ。エリーナを鎮まらせた時の先生」
「え? そ、そう?」
「まぁでも、今回1番カッコよかったのは透さんですけどね! 愛を持って愛を制す。素敵だなぁ……」
「……あ、そう」
 その時、女性陣の黄色い悲鳴が上がった。何事かと振り向くと、何やら女ばかりの人だかりができている。
 再び大きな歓声が上がった。と思ったら、女の人たちが私と先生目掛けて突進して来るではないですか!
 みんな揃って目線は上。私も釣られて視線を上げると――

 ぽすん。

 何かが手の内に収まった。見ると、白いバラとアイビーが可愛らしくあしらわれた小さな花束がそこにある。
 私の記憶が正しければ、これはウェディングブーケというヤツだ。これを手にした人は次に結婚できる、などというジンクスがあるアレ。
「えーっと……」
 周りを見渡すと、遠くで新郎新婦が微笑みながら手を振っていた。それに反し、私を取り囲んでいたのは瞳をメラメラと燃やした未婚の女性陣。
 ああ、さっきの歓声はブーケトスの際に上がったものだったのね。
 なんて思考をはぐらかそうとした私の肩を、先生がぽんと叩いて現実に引き戻した。そして爽やかな笑顔で告げる。
「女の嫉妬には恐ろしいものがあるよね、碧乃君。例えばほら、生霊とか……」

 ――先生、私にもその知り合いの神主さんとやらを紹介してください。

 合掌。

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