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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その2の1


 3月5日 (土曜日) くもり
 担当 : 芹川 碧乃
 3日前に依頼された件は無事解決。
 木の上に登ったきり降りられなくなっていたエリザベスちゃんを先生が発見し


 そこまで書きかけた瞬間、突然事務所のドアが乱暴に開けられた。
「たのもーーー!!!」
 足を踏み入れるなりそう叫んだ人物に驚き、思わず書き途中だった「て」の字が歪んでしまった。消しゴム消しゴム。
 ひとまず「て」の字を消し終えたあと振り向くと、入り口には1人の女の子が立っていた。髪を2つに結んだ、制服に身を包む中学生くらいの小柄な少女。
 ……依頼人、かな?
 そう思った私の考えは、女の子の次の言葉で見事に打ち砕かれた。
「こんな所をアジトにしていたのですね!? わたしが来たからには、もう悪さはできませんよ!!」
 私も先生も、思わず目が点になる。石蕗さん1人が何も動じることなくパソコンを打ち続けていた。
 アジト? 悪さ? この子は一体何を言っているんだ? ただ確実に言えるのは、この事務所に何か依頼事があって来たわけではないということだ。
 ぽかんとしている私をよそに、一足先に我に返った先生が女の子に尋ねた。
「言ってることがよくわからないんだけど……当探偵事務所にはどういったご用件で?」
「探偵事務所? 白々しい! あなたたちが裏で糸を引いていることはすべてお見通しなのですよっ!」
「う、裏で糸を引いてる? それは一体どういうことで……」
「まだとぼける気ですか! ネタは挙がってるのですよ、ネタは!」
 女の子は随分ご立腹の様子でズカズカと先生のデスクに迫っていく。その妙な迫力に怯える先生。女の子との距離が1メートルを切った時、2人の間に石蕗さんが割って入った。
「…話なら聞きます。落ち着いてください」
「なっ、なんですかあなたは! わたしはこっちの人に用があるのです!」
「…とにかく落ち着いてください」
「…………っ」
 頭1つ分以上高い石蕗さんに睨まれ(本人にしてみればいたって普段と変わらない無表情なんだろうけど)、女の子は思わず言葉を呑んでしまう。石蕗さんのおかげでようやく大人しくなった女の子をソファーに座らせ、ひとまずその話を聞いてみることにした。

「わたし、都市伝説研究解明同好会会長の、如月 なる子といいます」
「都市伝説研究かい……え、な、何? 何同好会?」
「都市伝説研究解明同好会です!」
「はぁ……。あ、僕はこういう者です」
 女の子――なる子ちゃんの妙な肩書きに圧倒されつつ、先生は名刺を差し出した。
「高橋探偵事務所所長兼探偵、高橋 柊一朗……」
 どちらも負けず劣らずの漢字の羅列っぷりだ。
「私は助手の芹川 碧乃」
「探偵と助手ねぇ……。それじゃああの人は?」
 なる子ちゃんは後ろでパソコンに向かっている石蕗さんにちらっと目をやった。どうやら先程のことで、石蕗さんに対して随分警戒しているようだ。まぁあの容姿で睨まれたんじゃ、無理もないだろうけど。
「あれは石蕗さん。先生の秘書だよ」
「なるほど、探偵を装っていたのですね。確かにそれなら怪しまれることもないでしょう」
 そう言ってなる子ちゃんは納得したようにうなずく。やっぱり何を言っているのかよくわからない。
「あのね、なる子ちゃん。さっきから悪さだの裏で糸を引いてるだの、一体なんのことを言ってるのかな?」
「決まっています! あなたたちがあらゆる怪現象の犯人だってことですよ!」
「え? は、犯人?」
「わたし、同好会の活動で様々な怪現象が噂される場所に足を運んでいるのですが、その中のいくつもの場所であなたたちと遭遇しているのです」
「ああ、それはね」
 この事務所では、そういうオカルト関連の依頼も引き受けているからで……
「実際に見かけることはなくても、あなたたちがそこを訪れていたということをよく耳にしますし」
「うん、そうなんだけどそれは」
「聞けば、その現象について詳しく訊き回っているらしいじゃないですか!」
「いや、なる子ちゃん?」
「どう考えても現象と何か関わりがあるとしか思えません! むしろ裏で糸を引いていると考えるのが自然です! 犯人なのでしょう!? あなたたちが!!」
 立ち上がってビシィッと指差すなる子ちゃん。肩で息をするほどの興奮ぶり。
 なんにせよ。この子が色々と勘違いしていることだけはわかった。
「えーと、如月さん? そう思うのは無理もないかもしれないけど、うちではそういう怪現象に関する依頼も受けているんだよ。だから君と遭遇することが多いだけで、決して裏で糸を引いているとか、そういうわけでは……」
「怪現象に関する依頼を引き受けてるぅ? そんなおかしな探偵事務所がどこにあるというのですか!」
 いや、あるんですよ、ここに。
 いまいち押しが弱い先生に代わって私が説明しようとした時、再び事務所のドアが開けられた。慌てて席を立つと、今度はスーツを着た中年の男性が立っていた。
「あっ、もしかして昨日お電話をいただいた吉野様ですか?」
「はい、そうです」
「えー……少々お待ちください。今担当の者を呼んできますので」
 吉野さんは昨日電話で相談を受けたクライアントの方だ。詳しい話を聞くため、今日事務所にやって来ることになっていた。私は慌てて先生の所へ戻って告げる。
「先生、吉野さんが見えてます」
「吉野……ああ、昨日の電話の方か」
「ほら! なる子ちゃんはこっち!」
「ええっ!? ちょっ……なんですか!?」
「クライアントの方が見えたの! これから話を伺うんだから、邪魔しちゃダメでしょ!」
「クライアント〜??」
 なる子ちゃんを引っ張って台所に移り、私は急いでお茶の準備をする。先生が吉野さんを連れて応接スペースに戻ってくると、入れたばかりのお茶を差し出し、また慌てて台所へ戻った。
「いい? なる子ちゃん。これでここが本当に探偵事務所だってわかったでしょ?」
 応接スペースまで届かないように小声で話す。しかしなる子ちゃんはまだ納得できないらしく、先生と吉野さんの様子を影から盗み見ていた。
「まだあの人が本物の依頼人と決まったわけではありません! それに、怪現象に関する依頼を引き受けているなどということ、にわかには信じがたいですね」
「まだ疑いますか……。まぁいいや。ちょうど吉野さんがそういう依頼で来てくれたから、2人の話を聞いてるといいよ」
 じーっと疑いの眼差しを向けるなる子ちゃん。先生と吉野さんの会話はここまで聞こえてきた。

「それで、具体的にはどのようなことが起きているんですか?」
「昨日お話しした関係者の怪我や病気の他にも、その付近で不審な事故が続いているんです」
「不審な事故?」
「はい。見通しがいいはずのマンションの前で衝突事故が起こったり、子供が何者かに突き飛ばされて怪我をしたり……。先日などは、マンションのガラスが突然割れたらしいんです」
「偶然、ということは考えられませんか?」
「それならそれでいいんです。ただ関係者もマンションの住民も、あの桜の呪いだと怖がっていて……。おかげで工事が進まなくて私の方も困っているんですよ。ですから調査をお願いしたいと思い、こちらにご相談した次第で」

 2人の会話を聞き、なる子ちゃんが首を傾げる。
「いったいなんの話をしているのですか?」
「だから、怪現象に関する依頼のお話」
 吉野さんはマンションの経営者をしている。今度新しくマンションのB棟を増設することになり、その工事のため敷地内にある桜の木を切らなければならなくなった。しかし、その作業の際に不審な出来事が続いているのだという。
 私が聞いたのは、工事現場で怪我人が続出したり、現場監督が急病で入院したり、それに突然機材が故障してしまうということだ。でも先程の話を聞くと、どうやら不審な出来事はそれだけではないらしい。
 問題の桜の木はマンションが建てられる以前からある古い木で、工事の関係者やマンションの住民たちは、事故が桜の呪いだと噂しているのだ。
 ありがちと言えばありがちな話だが、吉野さんにとっては深刻な悩み。工事が進まなくて困っているため、この事務所に調査を依頼することにした。
 ……という内容を説明し終わると、なる子ちゃんの表情は、疑いから好奇心に満ち溢れたものに変わっていた。先程とは打って変わって目を輝かせている。
「桜の呪いですか! それは随分興味深い話ですねぇ」
 どうやらなる子ちゃんも相当のオカルト好きのようだ。「都市伝説研究解明同好会」なるものの会長を務めているくらいだから、それは察するに容易なことだが。
 まぁこれで変な疑いが晴れるのならそれでいい。

「わかりました。では明日、早速調査に向かいたいと思います」
「本当ですか! いや〜、助かります」

 先生はこの依頼を引き受けることにしたようだ。吉野さんはペコペコとお辞儀をしながら事務所をあとにしていった。それを見送ると、先生がこちらへやって来る。
「というわけなんだけど、もちろん碧乃君も……」
「お供します!」
「だよね」
 はははと笑い、先生はなる子ちゃんに言う。
「これでここが本当に探偵事務所だってこと、信じてもらえたかな?」
「……わかりました」
「よかった。それじゃあ如月さんはもう帰って……」
「これは絶対桜の呪いですよ!!」
「「はぁ?」」
 思わず私と先生の声がハモる。なる子ちゃんは再びビシィッと指を差して言った。
「この事件、どちらが先に解決できるか勝負しましょう! あなたたちが勝ったら、ここが本物の探偵事務所だと信じてあげます。ただし、負けた場合はあなたたちを怪現象の犯人と見なし、即刻警察に届け出ます!」
「ええ!? ちょっと何そのめちゃくちゃな勝負!」
「納得いきませんか? では勝った場合の副賞としてこれを差し上げましょう」
 そう言ってカバンから取り出したのは、1冊の本だった。辞書並みの厚さがあるが、随分色あせていて表紙もぼろぼろだ。
「これが何かわかりますか? そう、80年前に絶版になった幻の魔道書、ネクロノミコン! オカルトマニア垂涎のレアアイテムです!」
「……あのね、如月さん。僕たちは仕事として引き受けているのであって、遊びでやってるわけじゃないんだよ。だから勝負だなんてそんな」
「受けるんですか!? 受けないんですか!?」
 先生の言葉を無視し、なる子ちゃんは魔道書を手に迫ってくる。どうもこの子は思い込んだら一直線なところがあるようだ。
「……若いな、中学生」
「そうだよ。いくらなんでもそんな勝負に乗るわけ」
「勝負を持ちかけた時点でその本は私のものになったも同然! その勝負、乗ったぁーーーッ!!!」

 ――乗っちゃった!!
 高橋 柊一朗、心の声。

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