碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その2の2


 そんなわけで次の日。私と先生は、問題の桜の木があるマンションへ向かう途中だった。
「もうこの辺りだと思うんだけどなぁ……」
 パソコンからプリントアウトした地図を頼りに通りを進んでいく先生。そしてそれに続く私。辺りはアパートやマンションが立ち並ぶ、ごく普通の団地だ。そんな中、ついつい私はあんなクイズを考えてしまったりしていた。
「ねぇ先生」
「何?」
「ずっと前から思ってたんですけど」
「うん」
「こうやって調査をしている時の私たちって、周りからはどういうふうに見えてるんでしょうね?」
「どういうふうにって? 怪しまれてるんじゃないかってこと?」
「や、それもありますけど……」
 先生は地図と周りを見比べるだけで、一向にこちらを見ようとしない。
 けれど確信があった。次の台詞で、先生は必ず足を止めて振り返る。たぶん、すごく慌てて。
「カップルに見えてたりするんじゃないのかなーってことですよ」
 ――お、ビンゴ。
 予想通り先生は足を止めてこちらを振り返った。
 思っていた以上に素早い動作。その表情はなんとも複雑で形容しがたいけれど、しいていうなら砂糖と塩を間違えて作ったケーキを食べた時の表情、とでもいったところか。
 餌を求める鯉のように口をパクパクさせたあと、先生はようやく言葉を発した。
「……そういうふうに見られたいわけ? 碧乃君は」
「とーんでもない! ただちょっと気になっただけですよ〜」
「ああ、そう」
 先生は疲れきったようにそれだけ言うと、くるりと向き直って再び歩き出した。その背中からは、明らかにどよーんとしたオーラが出ている。
「わ〜、やだなぁ。もしかして怒っちゃいました?」
「まさか」
「でもでも! 少なくとも探偵と助手に見られることはありえませんから、その点は安心じゃないですかっ」
「ああそうだね」
 まぁ、先生1人でもとても探偵には見えないと思うけど。
 一応そんなフォローをしておくが、私としては先生のこの反応を見れただけで大満足だっ。してやったりと、心の中でほくそ笑む。

 そうしてしばらく通りを歩いて行くと、不自然に歪んだガードレールが目に入ってきた。
「あ! これ、吉野さんが言ってた事故の現場じゃないですか?」
 近寄って見てみると、ガードレールは何かが思い切りぶつかったようで、見事にへこんでいた。周辺には車のライトの残骸らしき破片も散らばっている。
「ここが事故現場ということは……」
 マンションの前で事故、という吉野さんの言葉を思い出す。
「ここみたいだね。えーと……パレス白雪?」
 先生が指差す先には、そう書かれた建物の入り口があった。名前の通り白い壁の、ごく一般的なマンションだ。思わず見上げて階数を数えてみると、その数全部で12階。外見も含め、ランク的には中の上ってところだろうか。
 マンションの裏側にある桜の木を目指し、私と先生は敷地内をぐるりと迂回する。先程の通りからは見えなかったが、マンションの裏側はいかにも建設途中です、という状態になっていた。鉄筋が顔を出しているコンクリートの土台に、中途半端に組まれた足場。その周りには木材が積み上げられ、さらにその隣には大型トラックが並んでいる。
「これが造りかけのB棟ですか。それで、噂の桜の木というのは……」
 辺りを見回すと、お目当ての桜はすぐに見つかった。建設現場のすぐ脇に、ぽつんと1本立っている。……ついでにみょ〜なオプションまでつけて。
 カシャカシャカシャカシャカシャ
 その音は、かなり速い間隔で一定のリズムを刻んでいた。
 カシャカシャカシャカシャカシャ
 誰もが一度は耳にした事があるであろうそれは、カメラのシャッターを連続で切る音だった。
「そこの君! ここで何をしているのかね!?」
 背後から忍び寄って声を掛けた瞬間、その人物は驚いて肩をすくめた。そして恐る恐る振り返る。しかし、私の顔を見るなりほっとしたように表情を緩めた。
「なーんだ、悪の手先の手下さんじゃないですか」
「誰が手下よ、誰が! 助手! 助手の芹川 碧乃よっ」
「……悪の手先は否定しないんだ」
 後ろで先生が呟いたがここはスルーだ。
 そんなことより問題はこっち。一眼レフのカメラを首から提げた少女に向き直る。
「で? なる子ちゃんここで一体何をしていたのかな?」
 昨日会ったばかりのその少女は、今日は私服のせいかさらに幼く見える。そのおかげで、手にしているゴツくて高そうなカメラが妙に不釣合いだ。
「決まっているじゃないですか。調査ですよ、調査!」
「そのカメラ撮影が?」
「もっちろん!」
 なる子ちゃんは急に不敵な笑みを浮かべてこちらを見た。
「実はわたし、撮れちゃうのですよねぇ」
「撮れちゃうって、何が」
「撮れちゃうって言ったらアレしかないじゃないですか! わかりませんか?」
 妙にもったいつけたその言い方にムッとして顔をしかめると、なる子ちゃんはさらに楽しそうに笑った。そして一言「仕方ないですねぇ」と付け加え、斜め掛けカバンの中ををがさがさとあさり出す。そこから出てきたのは何枚かの写真だった。
「これですよ、これ!」
 差し出されたそれを先生と2人で覗き込む。
 人物や風景が撮られた写真……なのだが、よく見てみるとどれもちょっとおかしい。写真全体に白いもやが掛かっているものがあれば、足が片方消えているものも、逆に手が1つ多いものもある。集合写真の背後に歪んだ顔らしきものが写っていたりするこれは――
「心霊写真?」
「そうです! あ、もしかして実物を見るのは初めてですか?」
「そんなことはないけど……こんなにたくさん? 先生、これ本物ですか?」
 先生はなる子ちゃんから写真を1枚受け取り、じっと凝視したり、手をかざしてみたりする。そして首を傾げながら言った。
「本物……みたいだけど、これ全部如月さんが撮ったの?」
 その質問待ってました! とでも言うかのようににんまり笑い、なる子ちゃんは自信満々に答える。
「わたしって、どうやら霊感ってものがあるみたいなのですよね〜。だから結構撮れちゃうんですよ、心霊写真。廃墟とか事故の現場とか、ちょっと曰くつきの所だったら必ずといってもいいくらい。でもひどい時はフィルム丸々1本心霊写真だったりして、困るといえば困るのですけど」
 こりゃ長くなるな。
 私と先生は瞬時に悟り、調査の方を進めることにする。
「これが問題の桜の木ですね。先生、何か感じますか?」
「わたしが写っている写真が心霊写真になるのではなくて、わたしが撮った写真が心霊写真になるのですよ。確か初めて撮ったのは、小学校の修学旅行の時でしたねぇ。思い出の写真が見事に心霊写真になってしまって」
「うーん、今のところ特に何も感じないけど……」
「だから、わたしに写真を撮って欲しくないと言う子も中にはいるのですが、これも一種の才能ってやつですよね。いってしまえば、わたしのオカルト好きは、なるべくしてなったというところでしょうか」
「じゃあやっぱり原因はこの桜じゃないのかなぁ」
「逆にオカルト仲間からは羨ましがられちゃったりもして。わたしが都市研の会長になれた理由の1つがこれだったりしますし。あ、都市研っていうのは、都市伝説研究解明同好会の通称ですよ……って、聞いてるんですかちょっと!!」
 ようやく私たち2人が目の前から消えていたことに気づき、なる子ちゃんはお怒りモードで振り返った。そして肩で息をしながらズカズカと歩み寄る。
「人の説明を堂々と無視して……なんて失礼な人たちなのですか! やっぱりあなたたちは悪の手先決定です! どうせこの桜の木の呪いとやらも、あなたたちの仕業なのでしょう!?」
 またしてもそんなトンチンカンなこと抜かすなる子ちゃん。しかし突然、自分が言った言葉にはっとする。
「わかりました……わかりましたよ、あなたたちの目論みが!」
「は? 目論み?」
「そうです! まずあなたたちはこうやって怪現象を起こし、人々を悩ませます。そしてなんとかして欲しいと偽探偵事務所に頼ってきた人たちの依頼を受け、さも解決させたかのように見せかけていたのです。自分たちが引き起こしていたことなのですから、解決なんてたやすいことですものねぇ。そうやって今まで多額のお金をふんだくってきたのでしょう!?」
 いっそ見事なくらいの勘違いっぷり。
 本当にこの子の思考回路には驚かされる。昨日会ったばかりなのに、なる子ちゃんの発言には何度あっけに取らされてしまったことか。でも一応心の中で突っ込んでおこう。「いや、そうだとしたらうちの事務所、もうちょっと金銭的にマシになっていますから」
 何も答えないでいる私と先生を見て、なる子ちゃんはふふんと得意顔。悪事を暴かれて動揺しているとでも思ったのか、ますます自分の考えに自信を持ったようだ。桜の木を見上げながら哀愁を漂わせて言う。
「桜の木の呪い……確かにちょっと魅力的ではありました。でも、どうせこれもあなたたちの仕業なのですから、元々この木に呪いなどなかったのですよ。わたしが今からそれを証明して見せます!」
 またわけのわからないことを言い出しましたよ、この子は。
 再びカバンをあさり出したなる子ちゃんを横目に、私と先生は小声で話し合う。
「たぶん、もう何を言っても無駄でしょうね」
「だろうね。困るなぁ……これじゃあ全然調査が進まない」
「そこ! 何をこそこそ話しているのです! またよからぬことを企んでいるのではないでしょうね?」
 そう言って目ざとく釘を刺すなる子ちゃんの手には、カバンから取り出されたものが握られていた。キラリと光るそれを目にし、私と先生に嫌な予感が走る。そしてそれは、次の言葉で決定的なものとなった。
「この木の枝、今からわたしが切り落として見せます!」
 なる子ちゃんはのこぎりを構え、声高らかに宣言した。

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