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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その2の3


 それにしても。話を無視する=悪の手先っていう発想はどうなんだろう。何か思考プロセスを10段階くらいすっ飛ばしてしまっている気がする。
 いやいや、それ以前に「都市伝説研究解明同好会」ってなんだ? 初めて聞いた時は深く追求しなかったけれど、実はすごく気になっていたりする。今時の中学校にはそんな怪しい同好会が存在しているのだろうか。学校側もよくそんな同好会を認めたなぁ。
 どちらにせよ都市伝説というからには、こんな桜の呪いなんてものじゃなく、ミミズバーガーや死体洗いのバイトについて調べた方が、よっぽど有意義なんじゃないのだろうか?
 いやいやいや、それよりもこの状況だ。女の子がのこぎりを構える姿にはかなりショッキングなものがある。が、それ以上にカバンの中からのこぎりを取り出した瞬間の衝撃といったら。小型とはいえ、まさかカバンにのこぎり忍ばせている女の子がいようとは。

 ぐるぐると頭の中を渦巻く考えは、慌てて止めに入った先生の声で中断された。
「如月さん! いくらなんでもそれはマズイって! そんなことして君に何かあったら……」
 なる子ちゃんは1番下の枝を握り、すでに切る気満々だ。先生の慌てた様子を見てにやりと笑う。
「やっぱり。それだけ慌てるということは、この木に呪いなどないことがバレてしまうからですね?」
「いや、そうじゃなくて……」
「なる子ちゃん、勝手にそんなことしたら怒られるって!」
「問答無用! どうせ枝の1本や2本切ったところで、何も起きるわけありませんよ。始めから呪いなんてないのですから。行きますよー!」
 2人の制止虚しく、のこぎりが枝の上に振り下ろされた。そしてその刃が枝に食い込んだ、その瞬間。

 パキン!

 プラスチックにひびが入ったような音が響いた。その場にいた3人は、何が起きたのかわからず固まってしまう。
 前を見ると、結んであったはずのなる子ちゃんの髪が右側だけ下ろされていた。下を見ると、私の足元に銀色の物体が突き刺さっていた。もう1度前を向く。なる子ちゃんの握ってるのこぎりの刃が、さっき見た時の半分の長さになっていた。

「「うわーーー!!!」」

 叫び声のユニゾン。参加していないのは先生だけだった。
「髪! 髪がッ! は……刃! のこぎりの髪がわたしの刃をッ!!」
「あぶっ、あっぶな! これ刃じゃない! のこぎりの刃!」
 1人取り残された先生は、私たちの慌てた様子を呆然と眺めていた。
 髪の毛を掴み、枝と短くなったのこぎりを見比べるなる子ちゃん。銀色の物体から飛び退き、地面と桜の木を見比べる私。先生は我に返るとそんな2人をなだめに入った。
「とりあえず2人とも落ち着いて! 如月さんも碧乃君も、怪我はない?」
「だ……大丈夫です……」
「私も、なんともありません……」
「それならよし」
 ようやく大人しくなった2人を先生は見て頷く。そして私の足元に突き刺さっていた銀色の物体を引き抜いた。
 ギザギザした断面の薄い金属。それはなる子ちゃんが手にしたのこぎりの上半分だった。あのパキンという音は、のこぎりの刃が折れた音だったのだ。
 一瞬、あんな気の抜けた音でなる子ちゃんも私も大怪我するところだったのか、なんて脱力してしまう。折れて飛んでいったその刃は、なる子ちゃんの右側の髪留めをかすめ、私の足元に突き刺さったのだった。どうしてこう私の足元にはよく物が突き刺さるのだろう。鉄の靴下とかを履いていた方が安全かもしれない。
「こんな細い枝で、のこぎりの刃が折れると思う?」
 拾った刃を見せ、先生がなる子ちゃんに尋ねる。なる子ちゃんは切ろうとしていた枝に目をやった。枝にはうっすらと傷がついているだけだ。
「よっぽどの不良品じゃなきゃ、こう簡単に折れはしないよ。いや、不良品でもなかなか折れるものじゃないと思うけどね」
「……呪い……」
「え?」
「呪い……呪いですよ! すごい、呪いは本当に存在していたのですね! すごい!」
 なる子ちゃんの表情が急に明るくなった。慌てたり落ち込んだり喜んだり、忙しい子だ。今は好奇心に満ち溢れた表情で「すごい」を連発し、目を輝かせて桜の木を見上げている。
「今度こそ信じちゃったみたいですね、呪い。私たちの疑いは晴れたものの、これはこれでまた厄介な……」
「まぁ、これを目の当たりにしちゃうとなぁ」
「先生も呪いだって思います?」
「うーん、可能性はちょっと高くなったかな」

「どうされたんですか?」

 突然背後から声を掛けられ、私と先生は驚いて振り返った。
 そこに立っていたのは20代くらいの女の人。ロングヘアーの和風美人だった。
「あ、もしかしてここに住んでいる方ですか?」
「ええ……騒がしかったんで来てみたんですけど、何かあったんですか?」
 確かにあれだけわーきゃー騒いでいれば、マンションの方にも丸聞こえだっただろう。ほとんどはなる子ちゃんの声だろうけど。
 このあと住民の人たちに話を聞く予定だったので、ちょうどいいと思い、私はその女性に調査について説明した。
「どう思います? 何か知っていることがあったら教えていただきたいんですが……」
「原因についてはわかりませんけど、昔からあった木ですからね。住民の人たちも寂しく思っていますよ。春には毎年ここでのお花見が恒例になっていましたから。それができなくなるのは、少し残念です」
 なる子ちゃんがその言葉に反応し、女性のもとへ歩み寄る。
「桜の木だって切られたくないのはわかります。でも、だからといって人に怪我をさせるのはよくないですよ。工事の関係者だけならともかく、無関係な人にまで! これでは呪いと言われても仕方ないですね」
 仮にもここに住んでいる人に向かって呪い発言。私はとっさに苦笑いでその場を取り繕った。
「すみません! この子、呪いだって信じ込んじゃってて……」
「だってのこぎりが折れたのですよ!? ほら、これ! きっとこの木には、何か恐ろしい悪霊が――」
「なる子ちゃん! 先生も黙ってないで、フォロー入れるなりしてくださいよ!」
 小声でそう告げるが返事は返ってこない。横目で窺うと、先生はじっと女性を見つめたままだった。ひじでつつかれ、ようやく我に返る。
「何見とれてるんですか先生……美人相手だとすぐこれなんですから。やーだやだ」
「え……? いやそんなんじゃないって」
「どーだか。今の今までぼーっと見つめてたじゃないですか」
「だから違うって」
 その時、先生の肩越しにマンションの向こうからやって来る人物が目に入った。スーツに身を包んだ、見覚えのある中年男性だ。
「吉野さん!」
 振り返った先生が名前を呼んで思い出す。このマンションの経営者であり、調査の依頼をしてきたクライアントその人だ。
「どうも。ちょっと近くを通りかかったものですから。どうですか、調査の方は進んでいますか?」
 期待に満ちた表情で尋ねられ、私と先生は言葉に詰まる。まさか、「枝を切ろうとしたところ、のこぎりの刃が折れてしまい、呪いであることが確定しました」なんて言うわけにもいかない。後ろで桜の木を調べ回っているなる子ちゃんを横目で見ると、ため息をついた。
 先生はとっさにごまかす。
「いえ、こちらもまだ着いたばかりで」
「そうですか……」
 吉野さんはがっくりと肩を落とした。慌てて私が間に入る。
「あの! この木、なんとか切らずにおけないんですか? 例えば場所を移し変えるとか……」
「そうは言われましてもねぇ」
「でも住民の人たちも寂しく思っているようですし、ねぇ? って、あれ?」
 振り返ると、同意を求めようとした女性の姿はそこにはなかった。いつの間にか帰ってしまっていたようだ。きょろきょろと辺りを見回している私を吉野さんが不思議そうに眺める。けれどその時、携帯の着信音が鳴り、吉野さんの注意はすぐにそちらへ移った。慌てて取り出し、私たちから少し離れて電話に出る。はい、はい、と仕切りにうなずいているところを見ると、どうやら仕事の話のようだ。会話が終わると急いだ様子で、
「すみません、仕事の方で呼ばれてしまって。調査の方、よろしくお願いしますね。では」
 と、申し訳なさそうに頭を下げて去っていった。
「忙しそうですね、吉野さん。ここの工事のことでしょうか」
「うん。とにかく早く解決しないと」
 そう言って、2人揃って後ろに視線を向ける。そこでは再びなる子ちゃんの写真撮影が始まっていた。フィルム丸々1本桜の木で埋め尽くす気なのだろうか。花が咲いているならともかく、つぼみすらない枝だけの木で。
「私たちも、あれくらいの熱意を持って調査に挑むべきですかねぇ」
「うん……。いや、どうだろう……」
 その時、先生の言葉を遮って轟音が響いた。遠くで何かが落ちたような大きな音だ。聞こえた方向からしてマンションの向こう側らしい。
 なる子ちゃんが驚いて振り返る。
「なんですか、今の音!?」
「わからないけど……嫌な予感がする。行ってみよう」
 先生の「嫌な予感」は高確率で当たる。私となる子ちゃんは先生に続き、音のした方へと急いだ。

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