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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その2の4


 遠くで聞こえた何かが落ちる大きな音。その出所はすぐにわかった。マンションの向こう側へ回ってみると、表の通りに人だかりができていたからだ。
 野次馬に囲まれているのは1台の車。持ち主らしき人物が、そのそばでおろおろしている。
「……あれ? あそこにいるの、吉野さんじゃないですか?」
 私の言う通り、人だかりの中心にいる人物こそ、さっき別れたばかりの吉野さんだった。
 私と先生、それになる子ちゃんは、慌てて人ごみを掻き分けて駆け寄った。
「吉野さん! どうしたん……」
 ですか?
 そう言いかけて止まる。尋ねるまでもなかった。
「ありゃ」
 真っ先に出てきた言葉がそれ。
「うわ〜、これはひどいですね」
 なる子ちゃんも率直な感想を述べる。吉野さんが私たちに気づいて振り返った。
「ああ、みなさん!」
「一体何があったんですか?」
 改めて先生が尋ねると、吉野さんは半泣きに近い状態で答えた。
「どうしたもこうしたも、見ての通りですよ!」
 視線の先には、吉野さんの車の無残な姿。株式会社陽光と書かれた大きな看板が、ボンネットを見事にへこませていた。
 車が停めてあったのは、会社の事務所らしき建物の前。(本来なら路上駐車ということになるのだろうけど、それはひとまず置いといて) どうやらそこに掲げられていた看板が落下して、車に直撃したようだ。
 幸いなことに、吉野さん自身に怪我はない様子。けれど車の方は重症だ。これは修理代がかさみそうだぞ。
「どうもエンジンの調子が悪かったんで、調べてみようと車を降りたんです。そうしたら突然これが落ちてきて……!」
 吉野さんはそう言うと、上司に怒られる! と頭を抱えた。先生は難しい顔でボンネットと看板のあった場所を見比べている。
「看板なんて、そう簡単に落ちてくるものですかねぇ?」
「いや、そうだとしたら危なくて仕方ないでしょう」
「ですよねぇ」
 私も先生にならって思考を巡らす。偶然、ということも考えられるが、一連の出来事のことを考えると……。
 その続きは野次馬の1人が代弁してくれた。
「ここって前にも事故があった所でしょう? やっぱり……あの桜……?」
 チラリと視線を向けると、いかにも噂好きそうな主婦たちがひそひそと話し合っていた。エプロンにサンダルという出で立ちからして、このマンションの住人のようだ。
 私と先生は無言で耳を傾ける。
「ほらあの人、この前工事の説明にきた人じゃない?」
「なあに? それじゃああの木を切ろうとしたからだって言うの?」
「でもこれで何度目よ? この間だって染井さんちの息子さんが……」
 染井さんちの息子さんが? どうしたって?
 しかし、その会話に聞き耳を立てていたのは私と先生だけではなかった。
「ふっふっふっふ……」
 隣から聞こえてくる不敵な笑い声に、私と先生は思わず固まる。そして頭をよぎる、嫌〜な予感。それはすぐに現実となった。
「これこそ呪い! 科学では解明できない現代の神秘! 呪い・オブ・ザ・チェリーブロッサム!!」
 出た! なる子ちゃんの得意技、妄想の暴走!
 しかし「呪い・オブ・ザ・チェリーブロッサム」って……。彼女のセンスを垣間見た気がする。要は「桜の呪い」と言いたいのだろうが、どうやら「呪い」を英訳できなかったらしい。私が代わりに補足しておくと、「呪い」は英語で「curse」といいます。
 なんて考えている場合ではなかった。ギャラリーの視線が一斉になる子ちゃんに集中する。
 当然だ。呪いだなんて、言ったところで即刻電波な危ない奴と見なされるのがオチ。心の中でそう思っていたとしても、誰もが口にするのをためらうだろう。現に主婦たちだって、人目を気にして小声で話していたじゃないか。それを彼女は公衆の面前で堂々と言ってのけたのだから。
 いくらオカルト好きな私だって、それくらいの良識はある。ああ他人のふりをしたい。
 しかしなる子ちゃんの暴走は止まらなかった。吉野さんをビシィッと指差すと、さらにとんでもないことを言い放つ。
「吉野さん、あなた呪われていますよ!」
「ええ!? そ、そんな!」
「だってそうじゃないですか。見て下さいよこれ。看板ですよ、看板。こんなもの、ホイホイ上から落ちてくるわけないではないですか。それにもう少し位置がずれていたら、下手するとあなた、今こうやってここに立っていることもできませんでしたよ。……けれどあなたは助かった。生きている。これがどういうことかわかりますか?」
「ど、どういうことかと言うと……?」
 なる子ちゃんの妙な威圧感と説得力に、吉野さんの額に汗が伝う。ギャラリーも静まり返り、固唾を呑んで彼女の言葉に耳を傾けている。ただ2人、私と先生だけは、彼女が何を言い出すのかと気が気ではなかった。
「つまりこれは警告です! ただちに工事を止めろ。さもなくば命はない――そういうことです!」
 ざわ……ッ
 ギャラリーに激震が走る。
「やはりこれは呪いなのか?」 「そうだ、そうに違いない!」
 すでに周りは呪い肯定ムードだ。吉野さんはがっくりと地面に手を突いた。
「やっぱり、工事を取りやめるしかないんでしょうか……」
 なる子ちゃんはアルカイックスマイルを浮かべると、吉野さんの肩にそっと手を置いた。
「安心してください、吉野さん。呪いの原因はすでにわかっているのです。あの桜さえなんとかすれば、工事だって無事に進められますよ」
「そ、それじゃあなんとかなるんですか!?」
「もちろん! この都市伝説研究解明同好会会長、如月なる子にお任せください!」
 そう宣言して胸を叩いた。その言葉に再びギャラリーがざわめき出す。
「都市伝説研究……? なんだその怪しげな団体名は!?」 「きっと国家の秘密組織だ」 「そうだ、そうに違いない!」
 それまで向けられていた冷たい視線が、一気に尊敬のまなざしに変わる。彼女ならなんとかしてくれる。そんな期待と希望に満ち溢れた雰囲気だ。吉野さんまでもが頼もしそうになる子ちゃんを見つめている。
「なんだかすごいことになってきましたよ……。どうしましょうか」
「どうするも何も、ここはもう他人を装うしか……」
 それじゃあ……と人だかりを抜け出そうとした瞬間、なる子ちゃんがビシィッとこちらを指差した。途端に私たち2人に視線が集中する。なんてこった!
「偽探偵とその手下! この勝負、やはりわたしの勝ちのようですね」
 そう言ってにやりと笑うと、なる子ちゃんは返事も聞かずに走り去ってしまった。首を洗って待っていなさい! の捨て台詞と共に。
 ギャラリーはもちろん黙っていない。
「どういうことだ? あの2人も仲間なのか!?」 「きっと組織のメンバーだ」 「そうだ、そうに違いない!」
 もはや弁解する気にもなれず立ち尽くしていると、吉野さんが嬉々として話しかけた。
「いやぁ、随分と頼もしい助手をお持ちですねぇ!」
「じょ、助手? 如月さんのことですか?」
「ええ。昨日事務所を訪ねた時にもいたじゃないですか。……違うんですか?」
 返答に困り、助けを求めるように先生が視線を向ける。お互い顔を見合わせ、無言。
 まさか、私たちを悪の手先だと思い込み勝負を挑んできたオカルト好きな中学生……とは言えまい。さらに吉野さんからの依頼をその勝負に利用しているなんて、とてもとても。
「いや、まぁ、あはははは……。そ、それじゃあ僕たちは調査の方を進めたいと思いますので、これで」
 曖昧に笑ってごまかすと、私と先生はそそくさとその場を立ち去った。吉野さんから渡されていたカードキーと暗証番号を使ってマンション内へと逃げ込む。
「なる子ちゃんのせいで悪目立ちしちゃったじゃないですか……。あそこにいた人たち、ほとんどがマンションの住人でしたよ」
「調査に支障が出ないといいんだけどなぁ」
「もう十分出てますって」
「あはは……」

「「…………はぁ」」

 2人揃って大きく息をつく。
「やっぱりあんな勝負受けなきゃよかった……」
「後悔すでに遅しだよ、碧乃君」
「おっしゃる通りでございます」
 心の中で思わず反省のポーズ。
 十分すぎるほど後悔したところで、気を取り直して調査を再開することにした。エレベーターに乗り込み、5階を目指す。まずはマンションの前で何者かに突き飛ばされて怪我をした、例の染井さんちの息子さんへの聞き込みからだ。

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