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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その2の6


 一瞬。ここは神社の一角で、これはご神木か何かだったっけ? などと見当違いなことを考えてしまった。
 しかし彼女の一言で、それが単なる現実逃避にすぎなかったことを理解する。
「遅かったですねぇ、偽探偵とその手下さん!」
 ふんぞり返ると形容しても過言ではないくらい得意げな様子で、彼女――なる子ちゃんはそう言い放った。問題の桜の木を背にして。
 けれど、その桜の木が昨日目にした時とはだいぶ様子が違っているのだ。
 まず、幹全体をしめ縄のようなものでぐるぐる巻きにされ、そこら中にベタベタとお札らしきものが貼られている。さらに枝にはお守りやら十字架やら数珠やらニンニクやらイワシの頭やら――つまるところ、古今東西の魔除けという魔除けがぶら下げられているのだ。お約束で安産祈願なんかが混じっている辺り、その効き目はそこはかとなく怪しい。
 こんなのを一瞬でもご神木だなんて思ってしまった私が馬鹿だった。これならスプレーで落書きされた道端の電柱の方がまだマシだ。
「ええと……これは一体どういうことかな、なる子ちゃん」
「見てわかりませんか? 呪いの効果を封じているのですよ。この状態なら切り倒そうが引っこ抜こうが、絶対何も起こりません!」
 ――関わりたくない。
 私も先生も即座に思う。しかしここに来てしまった時点で時すでに遅し。今や私たちは、なる子ちゃんの暴走ワールドの真っ只中にいるのだ。
「今回はこれでスバッといきますよ、スバッと!」
 そう言ってなる子ちゃんが足元に置いてあったものを手にする――が、思わず目を疑ってしまった。
 なんとそれはチェーンソーだった。ジェイソンが持っているあの凶器。もちろん殺人鬼が振り回していたものよりはだいぶ小型だが、それでも女の子がチェーンソーを構える姿は、バッグからのこぎりを出した時の衝撃の比ではなかった。
「まさか如月さん、それで桜の木を切る気じゃ……」
「ええ!? ちょっ、危なすぎだって! 桜の呪い云々じゃなくて、素人がそんな機材を使うこと自体が危険なんだって!」
 弾かれたように私と先生が止めにかかる。
 木を切り倒す時は切り込みの角度とか倒す方向とか……ええい、とにかく素人が簡単にできることではないのだ。それになる子ちゃんにチェーンソーだなんて、まさになんとかに刃物。危険なこと山の如しだ。
「この期に及んで行動阻止ですか? 無駄ですよ」
 なる子ちゃんはふっと鼻で笑うと、スターターグリップに手を掛けた。そしてそれを思い切り引く。が、エンジンは空回りするだけで、一向に掛かる気配がない。
 確か吉野さんが機材の故障が多発したと言っていた。だとしたら、これも桜の木のせいなのだろうか?
「あ〜〜〜もう! 動きなさいよ!!」
 業を煮やしたなる子ちゃんが、これでもかとばかりにグリップを引く。その瞬間、ギュィィィンと唸り声を上げてチェーンソーが振動を始めた。
 これぞ気合が呪いを上回った瞬間。私と先生は目の前に広がる戦慄の光景に青ざめた。リアルジェイソンがここに!
「勝負に勝つのはこのわたし、呪いを断ち切るのもこのわたし! 悪霊め、覚悟しなさい!」
「わー! ダメダメ!」
「ストップストップ!」
 2人分の制止はエンジン音に掻き消される。チェーンソーの刃が木の幹に向けられた。これでは昨日の二の舞だ。そう思った、瞬間。
「――ッ?!」
 急になる子ちゃんの動きが止まった。いや、正確には止められた。地面から突き出た桜の木の根が、なる子ちゃんの足に絡みついてきたのだ。
「な……ッ、なんですかこれっ! 根っこ!?」
 突然チェーンソーのエンジンが止まる。同時にバチン! という音がして、なる子ちゃんの手からチェーンソーが弾き飛ばされた。まるで誰かに叩き落されたかのように。
 幸いなことに、今回はそれが飛んできて足元に突き刺さる……なんてことはなかった。そうなったらさすがの私も大怪我だ。
「なる子ちゃん!」 「如月さん!」
 私と先生が同時に叫び、慌ててなる子ちゃんに駆け寄る。しかし突然目に見えない壁にぶつかってしまった。
「あだッ! ……何これ、壁? 結界? これも桜の仕業なんですか!?」
 ドンドンと叩いてみるが、見えない壁はびくともしない。その間にも、木の根はなる子ちゃんの体に巻き、締め上げていく。それはもう呪いとしか言いようがなかった。周りの空気がビリビリと振動し、その怒りが嫌でも伝わってくる。
「やだもう! 離せってばぁッ!!」
 なる子ちゃんが叫んだ瞬間、突風が辺りを吹き抜けた。枝が大きく揺さぶられ、ぶら下げられていた魔除けたちが振り落とされる。同時に、幹に巻かれていたしめ縄が音を立ててちぎれた。
 わかってはいたけれど、やはり効果は皆無だったようだ。けれど、今回も飛んで来たイワシの頭が足元に突き刺さる、なんてことはなかった。
 一安心、一安心――なんて言っている場合ではない。次の瞬間、桜の木から女の人が出現したのだ。
「あっ、あなた……!!」
 幹の中からすうっと抜け出てきた女性。彼女が人間ではないことは一目瞭然だ。
 女性が無言で手をかざした瞬間、再び強い風が吹き、私の言葉は掻き消されてしまった。しかしなる子ちゃんは臆することなく女性に食いかかる。
「あなたが悪霊の正体ですね!? わたしが成敗して――きゃあッ!!」
 地面から突き出た木の根が、まるで蛇のようにうごめいて身体全体に絡みついた。なる子ちゃんは苦しそうに声を上げる。
「お願いやめて! なる子ちゃんを離してあげて!」
 そう叫ぶが、女性は怖いくらいの無表情でその光景を見下ろしている。しかし私も引き下がらない。なんとか彼女を説得しなければ!
「聞いて! 私たちはあなたを切るつもりなんてないの!」
「……でも如月さんは思いっきり切ろうとしてたよね」
「余計なこと言わない! ……とっ、とにかく! あなたに危害を加える気なんてないんだから! それにあなたがしたことは、みんなここに住んでいる人たちのためだってこと、ちゃんとわかってるから!!」
 その言葉に反応するように、女性がこちらに顔を向けた。手応えあり、もう一押し!
「住民の人たちだって、あなたが切られること、すごく寂しく思ってる! 署名でもなんでも集めて、あなたが切られずに済むよう吉野さんに掛け合ってみるから!」
『……本当?』
 初めて女性が言葉を発した。目の前の彼女が喋っているのに、まるでどこか遠くから聞こえてくるような、そんな不思議な声だった。
「本当に本当! もしそれでダメだったら、うちの事務所の全財産を使ってでもあなたを引き取る!」
「え!? 碧乃君、それはちょっと――」
「絶対なんとかするから! だからその子を離してあげて!」
『…………』
 それを聞き、女性の表情がわずかに和らいだ。その瞬間、地面から突き出ていた木の根が消え、目の前の壁もなくなった。解放されたなる子ちゃんは地面へ倒れ込み、慌てて先生が駆け寄って抱き起こす。
「大丈夫、気を失ってるだけだ」
「よかった……」
 私は胸を撫で下ろし、女性に向き直ると告げた。
「安心して。絶対にあなたを切らせたりはしないから」
『……ありがとう』
 そう言った女性は、ほんの少しだけ微笑んでいるように見えた。
 辺りにそれまでとは違う優しい風が吹く。暖かい、春の風。女性は再び桜の木へと戻っていった。

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