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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その3の1


「ミステリー・サークル」
「ルシファー」
「アカシック・レコード」
「ドッペルゲンガー」
「悪霊」
「う、う、宇宙人。……あ!」
「はい、なる子ちゃんの負けー」
「そんなぁ! 今のなし、なしです!」
「ダーメダメ。罰ゲームは何にしようかな〜」
「先輩〜!」

 初夏の日差しが眩しい午後。休日だと言うのに、相変わらず依頼件数ゼロの高橋探偵事務所では、私となる子ちゃんのそんなやり取りが行われていた。
 すると、3階の自宅から先生が降りてくる。
「2人とも……何やってるの?」
「オカルトしりとりです。先生も混ざりますか?」
「いや、遠慮しとくよ……」
 呆れたようにそう答えると、先生は仕事用のデスクに腰を下ろした。何か考え込んでいる様子で溜息をつく。またいつもの経費不足にでも頭を痛めているのだろうか。
「先輩! さっきのは宇宙人ではなくて、宇宙人解剖フィルムです! む、『む』ですよ先輩!」
「はいはい。先生、どうかしたんですか?」
 なる子ちゃんの申し出を軽くあしらいそう尋ねると、先生は私の顔をじっと見つめた。そして、思い出したようにぽつりと漏らす。
「碧乃君っていくつだったっけ?」
「私ですか? えーと、上から90……」
「そうじゃなくて! 年齢だよ年齢。っていうか、明らかにサバ読みすぎでしょ……」
 む、それは聞き捨てならない。こう見えても私、着痩せするタイプなんですよ?
 なんて思ったが、とりあえずからかうのはそれくらいにして、今度は真面目に先生の質問に答える。
「ハタチですよ。今年で21。それがどうかしたんですか?」
 それを聞き、また先生は考え込む。やがて何かを決心したように顔を上げると、一言告げた。
「頼みたいことがあるんだけど」

*  *  *

「この人が電話で話した人だよ」
「芹川 碧乃といいます。はじめまして」
 とある家の客室。先生に紹介され、私は頭を下げた。テーブルを挟んだ向こう側には、見るからに高価そうな着物に身を包んだ品のいい初老の女性がピシッと正座している。
「碧乃く……さんには、事務所の手伝いをしてもらってるんだ」
「そうなの。はじめまして。柊一朗の母の、高橋 すみれと申します」
 そう。何を隠そうこの女性、先生の実のお母様なのだ。そしてここは先生のご実家。なぜ私がこんな所にいるのかというと――おっと、今はそれどころではなかった。
「ごめんなさいね。急に主人は学会が入ってしまって」
「あ、いえ」
 とにかく今は気を抜けない状態なのだ。
 じっと私を見つめるすみれさん。その目元がどことなく先生と似ていて、この2人が実の母子だということを再確認する。先生はわりと母親似なのかもしれない。
「確か碧乃さんは大学生でしたわよね?」
「はい。今は大学3年です」
「そう……。随分お若いのね」
 若い? うーん、すみれさんから見れば、私なんてまだまだ子供だってことなのか。
 言葉の意図が読めずに考え込んでいると、すみれさんはふっと表情を緩めた。それまでとは一転、急に笑顔になり、明るい口調で話し出す。
「でもよかったわぁ。柊一朗ったら、もう30を過ぎるのに、一度もそういう話をしたことがないんですもの。女友達を連れてくることだってなかったのよ?」
「かっ、母さん」
「ええーッ!!」
 先生の言葉を遮り、思わず大声を上げてしまった。すみれさんが驚いてこちらを向く。
「碧乃さん? どうかされたの?」
「あっ、い、いえ……なんでありません」
 なんでもないものか。

「先生! なんで言ってくれなかったんですか!」
 すみれさんが席を外した瞬間、私はすぐさま食ってかかった。しかし先生は首を傾げる。
「何が?」
「何がって……年齢ですよ、年齢! 30過ぎてるってホントなんですか!?」
「本当も何も、母親が嘘つくわけないでしょう。……そんなに驚くほどのことだった?」
「驚きますよ! 当然でしょう!? それで、一体いくつなんですか」
「32。今年で33」
「なっ……12歳も年上ぇ!?」
 騙された。てっきり20代半ばだと思っていた。いってもせいぜい26、7くらいだろうと。
 それが何? 32? 童顔というか若作りというか、外見とのギャップにもほどがある。つき合いが長い分、なる子ちゃんが高校生だとわかった時以上の衝撃だ。ものすごい詐欺感。
「どうしてそういう重要なことを黙っているんですかねぇ……」
「だって、訊かれなかったから」
「またそれですか! 大体、今日のことだって――」

*  *  *

「で、先生。頼みたいことってなんですか?」
 わざわざなる子ちゃんを帰らせまでしたんだ。よっぽど重要な話なのだろう。
 先生はしばらくしてからようやく口を開いた。
「うちに来て欲しいんだ」
「うちって、先生の実家ですか?」
「そう」
「それは構いませんけど……。そういえば、先生の実家ってどこにあるんですか?」
 その質問に先生はまた黙り込む。それから難しい顔で唸ると、はぐらかすように質問で返した。
「高橋総合病院って知ってる?」
「知ってますよ。ここらへんで1番大きな病院じゃないですか」
「…………」
「で? それがどうかしたんですか?」
「……高橋 柊一朗」
 そういって先生が自分を指差す。
 そう。先生の名前は高橋 柊一朗。だからそれが一体――待てよ? 高橋総合病院、高橋 柊一朗。高橋……。
「まさか、まさか……」
 無言で頷く先生。
「あそこの院長が、僕の父」
「ええーッ!? そんな、だって高橋っていったら日本で3番目に多い名字じゃないですか! そんなことこれっぽっちも考えたことありませんでしたよ! なんで今まで黙ってたんですか!?」
「だって、訊かれなかったから」
「…………」
 思わず脱力。
 そりゃ今まで一度も訊いたことはなかったけれど、そういう重要なことは、訊かれなくても言っておくのが礼儀ってものじゃないか?
「……わかりましたよ、もういいですよ。それで? どうして急に私なんかをご招待してくださったんですか?」
「うん……。実は昨日、実家から電話があって……その、お見合いをしろって言われたんだよ」
「お見合いー!?」
 またしても声を上げてしまう。
 お見合い、お見合い。こんな貧乏事務所の所長とはなんて程遠い単語なんだろう。ああでも落ち着け私。先生はあの大病院の息子なんだ。お見合いくらい、勧められたって当然のこと。
 そう自分に言い聞かせて呼吸を整えていると、先生は言いにくそうに話の先を進める。
「ずっと断っていたんだけど、とうとう日程まで組まれちゃって……。それで、つい言っちゃったんだよ」
「なんて?」
「……今つき合ってる人がいるって」
 ほぉう。冷静になったおかげでだいぶ話が読めてきたぞ。
 けれどここはあえて意地悪に尋ねてみる。2回も驚かされたお返しだ。
「それは初耳ですねぇ。先生、彼女なんていたんですか?」
「……いないよ。だから」
「だから私に彼女のふりをして欲しいと」
 核心を突かれ、先生はばつが悪そうに視線をそらした。そして観念したように肩を落とす。
「こんなこと頼めるの、碧乃君くらいなんだよ。引き受けてくれないかなぁ」
「――給料」
「え?」
「今月の給料、アップしてくれますよね?」
 にっこり。
 その笑顔と言葉に先生がうなだれる。おそらく頭の中では、したくもないお見合いと事務所の経費が天秤に掛けられている真っ最中だろう。
 さて、そのお答えは?
「……仰せのままに」
「そうこなくっちゃ! ご安心ください先生。この私が、先生の恋人役を見事に演じきって見せますから!」
「頼むよ碧乃君……ホントに……」

 そんなわけで今に至る。
 実家、お見合い、実年齢。先生のことを知れば知るほど驚愕の事実が浮かび上がってくる。この人、まだ何か重大な秘密を隠しているんじゃないだろうか。
 思わず隣に座っている人物に疑いの眼差しを向けてしまう。しかしその時すみれさんが戻ってきて、私は慌てて姿勢を正した。
 なんとか今日1日、恋人役をまっとうしなければ。……ボーナスのためにも。

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