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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その3の2


「さてと」
 すみれさんは腰を下ろすと、ポンと手を叩いてそう言った。
 嫌味がない程度に整った顔は、にっこりとこちらに微笑みかけている。けれどどこか厳格な雰囲気が漂っていて、私は思わず緊張してしまった。顔は笑っているのに、心の中ではじっと睨みつけられているような気分だ。
 家に上がる前、高級料亭のような日本家屋(=先生の実家)に驚いていた私に、先生がかけた言葉を思い出した。

『父さんがいなくてまだよかったけど……母さんも食えない人だからなぁ。碧乃君、十分注意してね』

 今、なんとなくその意味がわかった。この人、何を考えているのか、次にどんなことを言い出すのか、まったく読めないのだ。
 静まり返った和室に、庭の鹿威しの音だけが響く。カコーン、と二度目のそれを合図に、すみれさんはようやく口を開いた。
「あなたたち、どういうつもりでおつき合いしているのかしら」
 まさか、私が偽の恋人だと見抜かれてしまったのだろうか。
 思わず私も先生も息を飲む。柔らかい口調なのに、まるで厳しく問いただされているように感じるから不思議だ。
 そんな心中を知ってか知らずか、すみれさんは相変わらず笑顔のまま続ける。
「このご時勢、年の差がどうとか言うつもりはないわ。けれど柊一朗、あなたももういい年なのよ? 先のことなど考えず、ただ若い子と遊びのようにつき合っているだけなのなら……母さん、あまり賛成はできないわ」
「つまりそれは、結婚を前提に交際しているかどうかってことですか?」
「そうねぇ。端的に言うと、そういうことになるわねぇ」
「…………」
 先生がちらりと視線を向ける。私は小さく頷いた。大丈夫、打ち合わせ通りだ。
「碧乃さんとは、そのつもりでつき合っています。彼女が大学を卒業したら、籍を入れるつもりでいます」
「……碧乃さんも、そうなのかしら?」
「はい。私も柊一朗さんと同じ気持ちです」
 それを聞き、すみれさんの顔つきが変わる。無言のままじっと私たち2人を見つめた。
 ここで取り乱してしまったらすべて台無しだ。私は睨み返すくらいの気持ちですみれさんを真っ直ぐ見据えた。
 そして長い沈黙のあと、すみれさんはふっと息をついた。
「わかりました。あなたたち2人が真剣にそう考えているのなら、もう何も言いません」
 その言葉で、それまで張り詰めていた緊張が一気に解けた。私も先生も肩の力が抜け、思わず胸を撫で下ろす。
「ただし」
 ただし?
 すみれさんの口から思いがけない接続詞が飛び出す。ぎょっとして顔を上げると、すみれさんはにっこり笑ってこう告げた。
「高橋家の嫁にふさわしいか、碧乃さん、1つテストをさせてもらうわね」

*  *  *

「さすがにここまでは考えていなかった……」
 隣で先生が呟く。そして道中何度目かの溜息をついた。
 一難去ってまた一難。先程はなんとかやり過ごすことができたが、また新たな問題が発生してしまったのだ。
 すみれさんからテストを受けるよう言い渡され、私たちはすぐさま試験会場へ向かうことになった。先生の運転で到着したのは、白い大きな建物――高橋総合病院だ。
「テストって一体なんなんでしょうね? 場所が病院ってことは……やっぱり未来の院長夫人にふさわしいかどうか、とか? それともここで働くにふさわしいかどうか、とか? さすがに私、医学の知識まではありませんよ」
「いや、それは僕も同じだから。それ以前に院長になるつもりもないし」
 テスト内容をあれこれ推測しながら院内へと足を運んだ。すみれさんからはまず院長室へ行くように言われている。私たち2人は奥にあるエレベーターへ向かった。
 この病院には以前何度か来たことがある。けれどいつも1階の外来にしか行かないため、それより上の階に行くのはこれが初めてだ。それに院長室なんて、こんな機会でもなければ入ることはできないだろう。
 私は内心わくわくしながらエレベーターに乗り込んだ。
「院長室って何階にあるんですか?」
「1番上だよ。7階」
「7階7階っと。……あれ?」
 先生に言われてボタンを押すと、あることに気がついた。
「4階のボタンがありませんね。関係者以外立ち入り禁止とかですか?」
「ああ、ここ4階がないんだよ。4がつく部屋もね。病院とかだと結構多いと思うよ」
「あ、なるほど」
 縁起の悪い『4』を嫌ってのことだろう。そういえば、同じく4階がないビルやマンションを見たことがある。
 そんな雑談をしている間にエレベーターは7階、実質6階に到着した。この階には職員関係の部屋しかないため、今はほとんど人がいない。私は先生のあとについて院長室を目指した。
 コンコン。
 他の部屋とは違い、一際立派な造りのドアを先生がノックする。
「――どうぞ」
 中から返ってきた返事は、思いのほか若い男性の声だった。
 それを聞いて思い出す。確かすみれさんは、先生のお父さん、つまり院長は学会で留守にしていると言っていた。ということは、この部屋にいるのは誰なんだろう。
「失礼します」
 部屋に入ると、迎えてくれたのは1人の男性だった。年は先生と同じくらいか、それよりも少し上くらい。白衣に身を包み、革張りの椅子に腰掛けている。
「待ってたよ。そっちが噂の彼女さんかな?」
 男性は立ち上がると、急に笑顔になってこちらへ歩み寄ってきた。
「いや〜、それにしても久しぶりだねシュウ! 最近全然連絡よこさないから心配してたんだよ。元気にしてたか? 相変わらず貧乏してんのか?」
 そう言って嬉しそうに先生の肩をバシバシと叩く。その随分親しげな様子に面食らいつつも、私は隣に立っている先生に小声で尋ねた。
「あの、こちらの方は?」
 先生は男性の手を振り払い、呆れたように言った。
「ほら、碧乃く……さんが驚いてるじゃないか。自己紹介くらいしたらどうなんですか?」
「あ、悪い悪い」
 先生にそう言われ、男性は笑ってごまかしながらこちらを向いた。
「はじめまして。俺は柊一朗の兄、高橋 桂太朗です」

 ――ほら見たことか。
 この人、まだこんな秘密を隠していやがった。

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