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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その3の3


「ちょっと失礼しますね」
 精一杯のよそ行きの笑顔でお淑やかにそう告げた。ただし、その腕を掴む手にはあらん限りの力と怒りが込められていたけれど。

「碧乃君、どうかしたの?」
 急に院長室から連れ出され、先生は不思議そうにそう尋ねた。どこまで鈍感でのん気なんだこの人は。
「どうかしたの? ……じゃないですよ! なんですかあの人、お兄さん? じゃあ先生弟? どういうことですか!」
「そんなに驚くほどのことじゃないと思うけど……。兄弟くらい、いてもおかしくはないでしょう」
「…………」
 ダメだ。どうもこの人はネジが1本抜け落ちてしまっているらしい。
 私は怒りに震える拳を押さえつつ、院長室の桂太朗さんに聞こえないよう声のトーンを落として言った。淀みなく流れるように、けれど凄みをたっぷり込めて。
「ええそうですねおかしくないですねでもそういうことは前もって言っておいて欲しかったですねぇそれはもう」
「ご、ごめん」
「私はてーっきり先生が長男だとばかり思っていましたよ。何せ、柊“一朗”ですからね! まったく、なんでそういう紛らわしい名前してるかなぁ。一郎なのに次男な某大リーガー並みに紛らわしいですよ」
「それは名付けた両親に言って欲しいなぁ……」
 そう言って苦笑いする先生を見て、私は大きく溜息をついた。
「念のために訊いておきますけど、どうして言ってくれなかったんですか? お兄さんのこと」
「だって、訊かれなかったから」
 二度目の溜息が漏れた。

「話はもういいの?」
 院長室に戻ると、桂太朗さんはそう尋ねた。
「あ、はい。どうもすみませんでした」
「いやいや構わないよ。恋人同士で秘密の会話かな?」
 そう言って悪戯っぽく笑う桂太郎さん。さっき先生を問い詰め、大体の情報は入手した。
 高橋 桂太朗、先生の3歳年上のお兄さん。現在35歳ということだけれど、まだ20代でも余裕で通用しそうな外見だ。どうやら高橋家は総じて若作り……じゃない、若々しい方が多いらしい。
 桂太朗さんは先生と違って医大を卒業し、今はこの病院に勤務している。次期院長ということだ。兄弟だけあって容姿は似ているけれど、先生をもうちょっとビシッと頼り甲斐のある感じにして……
「それにしても、シュウがこんな可愛い子を捕まえられたとはねー。ぜひ俺にも秘訣を伝授して欲しいものだな」
「兄さん……」
 さらに気さくでフランクにした感じ。けれど医者特有のインテリ感は損なわれていなくて、白衣がよく似合っている。それくらいの違いだけで、だいぶ桂太朗さんの方が男前に見えるから不思議だ。
「さてと。確か芹川 碧乃ちゃんだったよね? 母さんから話は聞いてるよ。大変だねぇ、テストだなんて」
「いえ、これも将来高橋家の一員になるためですから」
「うんうん。それだけの心構えがあれば、わざわざテストなんてするまでもないと思うんだけど……ま、母さんがやりそうなことだよ」
「それで、そのテストっていうのは? 兄さん何か聞いてるんでしょう?」
 先生が尋ねると、桂太朗さんは思い出したようにポンと手を叩いた。そして私たちを接客用のソファーへと促す。
「その内容なんだけど、とある事件を解決して欲しいんだ」
 桂太朗さんは急に神妙な顔つきになり、そう話し出した。口調も先程とは一転、随分真面目な雰囲気だ。もしかして、外部には口外できないような重大な事件なのだろうか。
 私も先生も息を飲んで話の続きに集中する。
「とある事件、ですか」
「うん。実は……出るんだよ」
「……出るって、何が?」
「それはお前、病院で出るって言ったら1つしかないでしょう」
「…………」
 思わず顔を見合わせる。
 先生の目が語っていた。「ああなるほど。そういうことか」
 私も目で返事する。「みたいですね。真剣に聞いて損しました」
 小さく息を吐くと、先生は呆れたように言った。
「何かと思えば……だからわざわざ僕に頼んだんですね。事件だなんて大袈裟な」
「む、なんだその言い方は。こっちからしてみれば大問題なんだぞ」
「病院なんだから、幽霊の1体や2体、いてもなんの不思議はありませんよ。テストじゃなくとも、どうせ僕にやらせるつもりだったんでしょう?」
 どうやら図星を突かれたらしく、言葉に詰まる桂太朗さん。けれどすぐに笑ってごまかした。
「まぁいいじゃないか。うちで唯一母さんの力を受け継いだシュウのパートナーになるんだ。これくらいの問題、2人なら軽く解決できて当然でしょう。ね、碧乃ちゃん?」
「え? あ、はい。もちろんです!」
 急に振られて慌てて返事をする。桂太朗さんのその飄々とした掴みどころのない雰囲気が、思わずあの人を連想させた。――すみれさんだ。この人にも同じ血が流れているんだと妙に納得してしまう。
「シュウの言う通り、幽霊話なんて今に始まったことじゃないんだけどね。でもここ最近、目撃証言が続出してるんだよ。それも毎回同じ場所で。さすがにスタッフも気味悪がってて。だから……ね?」
 そう言ってパチンとウィンク。
 う、これは女の子にはかなり有効だぞ。不覚にも少しドキッとしてしまった。……もちろん、先生にはなんの効果もなかったけれど。
「何が、ね? ですか。……それで? 具体的に場所はどこで、何が目撃されているんです?」
 軽く流されてしまい、桂太朗さんはつれないな〜、と苦笑い。一息ついて、再び真面目な顔に戻った。
「場所は西館3階の一般病棟。なんでも白い服を着た髪の長い女がぼーっと佇んでいて、声を掛けたり近づいたりすると、音もなく消えてしまうらしい」
「白い服を着た髪の長い女……。それはまた随分古典的な幽霊ですねぇ」
「まぁね。俺は実際に見たことがないから、詳しい話はスタッフに聞いた方が早いと思うよ。2人が来ることはみんなにも言ってあるから」
「随分手際がいいことで」
「それはほら、母さんだから」
 その言葉に、先生はやれやれとでも言いたげに溜息をついた。
 どうやらすみれさん、思った以上に手強い人のようだ。息子に幽霊退治を依頼するのも、そのためにあらかじめ院内に根回ししておくのも、すべて「母さんだから」の一言で理由がついてしまうあたり、すごいと言うかなんと言うか……。

「それじゃ頼んだよ。俺もいるから、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」
 そう言って桂太朗さんに見送られ、私と先生は院長室をあとにした。とりあえず、まずは問題の場所に行ってみなければ。
 と、その途中、先程の会話を思い出して尋ねる。
「ところで先生、『力』ってなんですか?」
「え?」
「桂太朗さんが言ってたじゃないですか。先生だけが唯一すみれさんの力を受け継いだって。先生のことですから、どうせ私が訊かなきゃ一生話してくれないんでしょうし」
「ああ、そのことか」
 案の定、先生は私に説明する気なんてさらさらなかったらしい。
 まったくこの人は……。説明するのが苦手なのか、単に忘れっぽいだけなのか。それでも訊けば答えてくれる分、まだいいんだけど。
「簡単に言うと霊感かな。人より少し霊が見えたりするくらいで、そんなに大したものじゃないんだけどね。碧乃君も知ってるでしょ?」
「先生のそれってお母さん譲りだったんですか」
「そういうこと」
 なんと、すみれさんにもそんな力があったのか……。
 これはますます油断ならない。この依頼、いつも以上に気を引き締めて取り組まなければならないようだ。

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