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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その3の4


「廊下に白い服の女の人が立っていて、患者さんだと思って声を掛けたんです。そしたら突然消えてしまって……」
「あれは夜勤で巡回してた時だから、夜中の2時くらいだったと思います」
「顔? ちょっとわかりませんね……。髪の毛で隠れてましたから」
「スタッフの間では半年前に癌で亡くなった女性じゃないかって言われてるんですけど、本当かどうか」

「なるほど……」
 スタッフに聞き込みしたことをノートにまとめ、先生が呟いた。私もそれに目を通す。
「それにしても、聞けば聞くほど古典的ですねぇ。女性、長い髪、白い服、何も言わずに消えてしまう。どこの病院にもいるごく普通の浮遊霊あたりじゃないんですか?」
「うん。でもここまで目撃した人が多いってことは、何か原因があると思うんだけど……」
 先生の言う通りだった。
 話を聞くと、3階の一般病棟に勤務しているスタッフのほとんどが目撃しているらしい。今まで病院勤めをしていて一度もそういうものを見たことがないような、まったく霊感のない人間まで目にしているのだ。確かに何かありそうではある。
「よっぽど思念が強いのか、それとも何か相当な未練があるのか……。どちらにせよ、ただ現れて消えるだけだから、特に悪意のある霊ではないみたいですけど」
「そうだね。とりあえずフロアを一通り見て回ろうか」
「了解です!」
 借りていたナースステーションの一角をあとにし、私たちは見回りに出かけた。
 ただ今の時刻は午後4時を回ったところ。この階は一般病棟ということで人は多い。それにほとんどが4人部屋で、特に重病患者がいるわけでもないため、思っていた以上に和やかな雰囲気だった。
 患者さんや見舞い人、それに看護師さんたちが行き交う中、きょろきょろと辺りを見回しながら歩く2人。4番の依頼(つまりはオカルト関連)の時はいつも思うんだけど、はたから見れば挙動不審以外の何ものでもなく、かなり怪しまれているんじゃないだろうか。
「どうですか? 何か感じました?」
 一通り見回りを終えて廊下のベンチに腰掛けると、毎度お馴染みの質問をぶつける。
「それはまぁ病院だからね。雑霊の弱い気はそこここに。でも大勢に目撃されるほどの強い霊はいないみたいだなぁ」
「そうですか……。でもいいなぁ。私も普通の人よりは霊感があるつもりですけど、先生のように霊視や霊査ができるほどじゃないですから」
「でもこれはこれで大変だよ。肩は凝るし、こっちが見たくなくても見えるし。自分でコントロールできないと苦労すると思うよ」
 そう言って先生は笑った。
 確かに。こうやって霊査を終えたあとの先生は、いつも少し疲れたように見える。調べている間は神経を研ぎ澄ましっぱなしなので、精神的にもくるものがあるのだろう。
 でもやっぱり羨ましい……。そう思った時、看護師さんたちの話し声が耳に入った。

「ねぇねぇ、あれが高橋先生の弟さん? やっぱり兄弟だけあって似てるわね」
「でも私は高橋先生派かなー。大人の魅力満載って感じで」
「あ、それは言えてるかも。次期院長ってのもポイント高いわよね」
「でも弟さんだってここの病院の息子さんなのよ?」
「それはそうだけど……。でも医者とそうでない人とじゃかなりランクが違うでしょ!」

「……だって。柊一朗さん」
 わざと意地悪っぽく言ってみる。
 本人たちは小声で話しているつもりなのかもしれないが、話の内容はここまで丸聞こえだった。けれど、先生は興味がなさそうな顔をする。
「いいんだよ。僕には碧乃さんという婚約者がいるって前提でここに来てるんだから、周りからなんと言われようが関係ありません」
 言葉は強気だったけれど、内心落ち込んでいるように見えたのは……気のせい、ではないかも。先生はさらりと話題を移した。
「まだ夜まで時間があるし、一旦事務所に戻ろうか。今日はここに泊り込むことになるから、石蕗にも言っておかないと」
「あ、そうですね。私の家にも寄ってもらえますか?」
「いいよ。ちょっと早いけどついでに夕食も食べてこようか。さすがに食事までは出ないだろうし」
 先生は立ち上がると、エレベーターの方へ向かおうとした。けれど私がついて来ていないことに気づき、立ち止まって振り返る。
「どうかした?」
 そう尋ねられ、返事の代わりにじーっと視線を送る。先生は怪訝そうな顔をしていたが、すぐにその意味を解し軽くうなだれた。
「……はいはい。もちろん僕のおごりですよ。ぜひご馳走させてください碧乃さん」
「ですよね。婚約者ですもんね。ではでは、お言葉に甘えてご馳走にならせていただきたいと思いまーす」
 にっこりと最上の笑顔を浮かべて隣に並ぶ。そんな私を見て先生はため息を漏らした。
「君の婚約者は苦労すると思うなぁ……」

*  *  *

 時刻は深夜の1時半。とっくに面会時間を過ぎた院内は、怖いくらいに静まり返っていた。電気も消灯され、今は非常口のランプが頼りなく廊下を照らしているだけだ。
 そんな中、3階のナースステーションからは男女の楽しそうな声が聞こえてくる。
「サイコキネシス」
「す……ストーンヘンジ」
「ジャメ・ビュ」
「ゆ……ユリ・ゲラー」
「アゴグウェ」
「え……え……エイリアン。……あ」
「はい、先生の負けー」
「…………。これ、何が楽しいのか全然わかんないんだけど」
「ええ〜? 楽しいじゃないですか、すごく!」
 訂正。楽しそうなのは女の方だけだった。
「『え』から始まるオカルト用語なんて他に浮かばないよ……」
「ありますよいっぱい。エクトプラズム、エリア51、エドガー・ケイシー……どうやら知識に関しては私の方が上のようですね」
 得意げにそう言うと先生はため息をついた。
「知識だけじゃダメだよ碧乃君。それに伴う経験がないと。……っていうか、アゴグウェって何?」
「タンザニアやモザンビーグに生息するUMAですよ。人間によく似た毛深い生物で、身長は1.2メートルから1.5メートル程度。直立歩行し、茶色、あるいは赤褐色の毛に覆われていて、しばしばヒヒの群れに混じって目撃されています。原住民の間では、アゴグウェに食物や酒を与えると……」
「わー! ごめんもう十分わかったから!」
「……そうですか?」
 せっかく私の素晴らしいオカルト知識を披露しようと思ったのに。
 約束通り先生のおごりで夕食を食べたあと、私たちは再び病院に戻ってきた。今日は徹夜で噂の幽霊さんがお出ましするのを待つしかない。そろそろ時間も時間だし、現れるものなら早く現れて欲しいものだ。
「……あ、いけない」
 その時、備品のチェックをしていた看護師さんが小さく声を上げた。
「どうしたんですか?」
「あ、いえ、在庫を切らしちゃったみたいで。ちょっと下の備品室まで取りに行ってきますね。すぐ戻りますから」
 そう言うと看護師さんは小走りで出ていった。もう1人の夜勤の看護師さんは巡回に出ているため、ナースステーションは私と先生の2人きりだ。なんとなく黙り込んでしまうと、急に辺りが静まり返ったように感じた。
 この雰囲気、確かにいつ幽霊が現れてもおかしくない。さすがの私もあまりいい気はしなかった。何か話していないと落ち着かないため、先生に話しかけようと思った――その時。

 ピーッ ピーッ ピーッ

「ひッ」
 突然鳴り響いた音に驚き、思わず声を上げてしまった。先生もとっさに席を立つ。
「ナースコールだ」
「ナースコール? ……って、今看護師さん2人ともいないじゃないですか! どどど、どうするんですか!? 急いで呼んできましょうか!?」
 目に浮かぶのは、急に発作が起きて悶え苦しんでいる患者さんの姿。早くしないと手遅れになるんじゃ……! そう考えてしまい、ますます焦りは募るばかりだ。
 しかし先生はいたって冷静で、コールがあった病室と今の時刻を確認する。
「305号室……。とりあえず様子を見に行こう」
「えっ? で、でも」
 戸惑う私の横をすり抜け、先生はナースステーションを飛び出した。そして振り向いて告げる。
「碧乃君、早く!」
「あっ、は、はい!」
 先生にせかされ、私は慌ててそのあとを追った。

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