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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その4の1


「相談があるんだけど」
 昼時の賑わう食堂で、目の前の友人はぽつりと漏らした。
 夏休み間近。しかし、その前に越えなければならないテストという名の高い山。ここにいる学生たちは、今まさにその登山の真っ最中だ。どこのテーブルからも絶望に近いため息が聞こえてくる。こっちまで憂鬱になってきそうだ。
 そんなことなど忘れてしまえ、とばかりに、私は唐揚げを口に放り込んだ。
「ねぇ、聞いてる?」
「え? 何、私に言ってんの?」
 きょとんとして前を向くと、友人その1・柳原 美羽ミワが、ご立腹の様子で睨んでいた。
 マロンブラウンのショートヘアにばっちりメイク。見るからにキャンパスライフをエンジョイしています、な女子大生だ。
「そうです。碧乃に言ってるんです」
「んー、また振られた? それとも好きな人でもできた? そっち方面なら、担当は私じゃなくて沙也香でしょ?」
 そう言って、美羽の隣に座っている友人その2・松本 沙也香サヤカに目をやった。
 美羽とは反対に、カラーリングなしの黒髪ロング。メイクも控えめな、見るからに大人しそうな感じの女の子だ。いつも惚れっぽい美羽の恋愛相談役をしているのだが、どうやら今回は別の相談事のようだった。
「今回はたぶん、碧乃の得意分野だと思うから……」
「私の得意分野?」
 と言うと、やっぱりアレしかないだろう。
「最近おかしなことがあって」
 待ってました! 私は思わず身を乗り出した。
 私のオカルト好きは、友人の間では周知の事実だ。探偵事務所でバイトをして、ちょっと変わった依頼を受けていることも、この2人は承知済み。その影響か、普通の人よりはオカルトに対して肯定的だ。
「なになに? おかしなことって?」
「……ねぇ、仮にも友人が悩んでるんだから、もうちょっと深刻そうな顔したらどう?」
「してるじゃないこんなにも! それでそれで?」
「…………」
 美羽は一瞬こちらを睨んでから話を続けた。
「朝起きると部屋の中が荒らされてるの。それがここ最近、毎日続いてて」
「寝ぼけてたんじゃないの?」
「それが寝ぼけてやるようなレベルじゃないんだって! わざわざクローゼットの奥にしまってある物を引っ張り出してきたり、服とかバッグを切り裂いたりしてるんだよ? もう気味が悪くってさぁ」
 美羽の部屋には何度も遊びに行ったことがある。けれど、特に気になることはなかった。少なくとも、私の霊感では。
 絶対あの部屋なんかいるよ! と怯える美羽を、沙也香が心配そうに覗き込んだ。横髪を耳に掛ける仕草がすごく女の子っぽい。
「空き巣、とかは?」
「それはあたしも考えた。でもお財布も通帳も全部無事。何も盗られてないんだよね」
「じゃあ、ストーカーとか……」
「それも考えた……。でもさ、人間の仕業なら相当煩い音がすると思うの。いくら熟睡しててもさすがに気づくと思うわけよ」
 美羽の言葉に、私も沙也香もうーんと考え込む。それを見て、美羽は顔の前で手を合わせた。
「お願い! 2人とも、今日うちに泊まって! 1人で寝るの怖いんだよ〜!」
「私は別に構わないけど……」
「ありがとう碧乃! 沙也香は? 沙也香は?」
 捨て犬のようにすがる美羽に、沙也香は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん……わたし、今週はバイトが入ってて……」
「あ、遅番の子に交代頼まれたんだっけ?」
 私が思い出してそう言うと、沙也香はこくりと頷いた。美羽は残念そうに呟く。
「そっかー、それじゃあ仕方ないね」
「でもバイトが終わったら行こうか? 10時過ぎになっちゃうかもしれないけど……」
「いいっていいって。バイトのあとじゃ疲れてるでしょ? 無理しなくていいから」
「そう……?」
 美羽は笑って答えるが、沙也香は気にしているようだった。友人のことを心から心配する優しい子なのだ。
「大丈夫、この私がついてるんだから」
「そうそう。碧乃がいれば、このテのことは心配いらないって」
 私と美羽の連携台詞で、ようやく沙也香は安心したように笑った。
「そっか、そうだよね。でも何かあったらすぐに連絡してね」

*  *  *

 学校が終わり、沙也香と別れた私と美羽は、ひとまず事務所へ向かった。やっぱりこういうことは本職に相談するのが1番だろう。
「こんにちはー」
 そう言って事務所のドアを開けたが、返事は返ってこなかった。美羽は、噂には聞いていたが初めて目にする探偵事務所を物珍しそうに見回している。しかし、すぐにガッカリしたように呟いた。
「……案外質素なんだ」
「期待はずれでごめんなさいね。個人経営の事務所なんてどこもこんなもんよ」
「そうなんだ」
 そりゃ、もうちょっと豪華な所もたくさんあるけど。
 心の中でこっそりそう言うと、美羽を応接用のソファーに座らせ書斎へ向かった。
「せんせー、入りますよー?」
 ノックして中の様子を窺うが、そこにも先生の姿はなかった。この時間に事務所にいないということは、珍しく仕事が入って出かけているのだろうか。
 仕方がない、先生への相談は諦めるか。
 そう思って書斎から出ると、ちょうど同じタイミングで事務所のドアが開いた。その向こうから現れたのは――
「石蕗さん!」
「…芹川さん。来ていたんですか」
 無表情のまま答える黒尽くめの男性。非常にわかりにくいが、たぶん私がいたことに驚いているのだろう。最近になってようやくその表情を読み取ることができるようになってきた。
「はい、ついさっき。先生は出かけてるんですか?」
「…所長なら出張中ですよ」
「出張?」
 思いがけない言葉に驚く。石蕗さんは手にしていた資料を机に置くと、こちらに向き直った。
「…対象が名古屋の方へ出張になったんです。ですから、所長もそれを追って。聞いていませんでしたか?」
 それを聞いてなんとなく思い出す。一昨日だろうか。浮気調査をしている男性が仕事で出張する可能性があるため、しばらく事務所を空けることになるかもしれない。そう先生が言っていたような気がする。
「すっかり忘れてた……」
 がっくりと肩を落とす私を見て石蕗さんは尋ねた。
「…何か用事があったんですか」
「はい。ちょっと相談したいことがあって」
「…相談?」
 石蕗さんが無表情のまま首を傾げた時、待ちくたびれた美羽が顔を出した。
「碧乃ー? まだー?」
 見知らぬ人物に、石蕗さんがわずかに反応する。これまた非常にわかりにくいが、「誰この人。なんでここにいるの?」と思っているに違いない。
 その石蕗さんよりも数十倍わかりやすい反応をしたのは美羽だった。
「あああ碧乃! そそそそちらの男性はッ!?」
 そう口走り、顔を赤らめて駆け寄ってくる。私の背中にぴったりくっつくと耳元で囁いた。
「この人が噂の『先生』!? 何よ何よ、滅茶苦茶カッコいいじゃない! 碧乃の嘘つき!」
 1人はしゃぐ美羽を横目で見ると、また始まったか、と私はため息をついた。そして美羽を引き剥がし、改めて紹介する。
「こちらは先生の秘書の石蕗さん」
「…はじめまして」
「秘書? 秘書ですか! あのっ、あたし、碧乃の友人の柳原 美羽です。いつも碧乃がお世話になってますっ」
 それはあなたが言う台詞じゃないだろう。私は再びため息をついた。
 美羽の悪い癖だ。ちょっと顔のいい男を見ると、すぐに一目惚れしてしまう。だから沙也香に相談する内容も、「好きな人ができた!」 「彼女持ちだった!」 「振られた〜」 「また気になる人ができた!」と、その繰り返しだ。
「石蕗さんっていうんですか? 背、高いですよね! 趣味はなんですか? 好きな食べ物は? あっ、メルアド交換しましょう! 彼女とかはいま」
「はいはいそこまでー。そんなことをしに来たんじゃないでしょ?」
「……そうでした」
 石蕗さんは相変わらず無表情のままだったが、おそらく美羽の勢いに固まっていたのだろう。
 2人を引き離して応接スペースへ連れていくと、石蕗さんにことの次第を説明した。
「やっぱりぃ、部屋に幽霊とかいるんでしょうかねぇ?」
 美羽がしなを作り、上目遣いでそう尋ねる。このあからさまな態度……。しかし、無口・無表情・無反応の石蕗さんには、大して効果はないようだった。
「…話だけではまだなんとも言えませんね」
「でもわたし、怖くて怖くて……」
 オイオイ、いつの間にか一人称まで変わっちゃってるよ、この人は。
 その豹変っぷりに呆れ返っていると、美羽はとんでもないことを言い出した。
「あの、無理な申し出だとはわかっているんですが……石蕗さんに調査をお願いしたいんです!」
 思わず隣に座る友人の顔を見てしまった。今回の美羽はとことん攻めの姿勢らしい。
「…しかし、私はただの秘書です」
「でもここで働いているということは、多少なりとも探偵の心得はあるんですよね?」
「…ええ、それはまぁ」
 珍しく言葉に詰まっている。さすがの石蕗さんも、これには困惑しているようだ。しかし美羽はそこを強引に押し切ろうとする。
「依頼料はきちんとお支払いしますから! お願いします!」
「美羽……そんなこと言ったって、石蕗さんも困って」
「…わかりました」
「ええ!?」
 首がもげるかと思うくらいの勢いで振り返ってしまった。待て待て、今なんて言った?
「…お役に立てるかわかりませんが、引き受けさせていただきます」
「ありがとうございます!」

 ――かくして、石蕗さんとの初調査が幕を開けたのである。

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