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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その5の1


「依頼解決後のひとっ風呂は最高ですねぇ。生き返る〜」
 岩の壁に寄りかかり、少し熱めのお湯に体を沈める。水面が波立つ音、お湯が湧き出る音、それ以外は虫の鳴き声しか聞こえてこない。絶え間なく立ち昇る白い湯気が、暗い夜空へと吸い込まれていった。
 誰もいない露天風呂。まるで貸切のようで最高の気分だ。
 うーん、と思い切り伸びをしたところで、壁一枚隔てた向こうから遠慮がちな声が返ってきた。
「碧乃君……オヤジくさい」
「なんですか? もしかして先生、混浴じゃなくてがっかりしてるんですか?」
「えっ? いや、そうじゃなくて、その……」
 語尾がくぐもって最後まで聞こえなかった。畳んだタオルを頭に乗せると、私は脱衣所にあった張り紙を思い出す。
「確か、朝の8時から9時は混浴タイムでしたよ。もう一泊して一緒に入ります?」
 ばしゃん! ぶくぶくぶく。
 何やら盛大にひっくり返った音が聞こえ、それきり先生の声は途絶えてしまった。
「こりゃ溺れたかな」
 30代男性、露天風呂で溺死。
 そんなニュースの見出しが頭をよぎり、涼しい夜風が頬を撫でていった。

*  *  *

 私と先生は今、某県の温泉宿に来ている。
 話はさかのぼること三日前。珍しく他県から入った依頼を引き受け、私たちは東京駅から東へ向かう新幹線の車内にいた。

「くぅ〜! そそられますね、この事件!」
 今回の依頼に関する資料に目を通すと、私は高まる気持ちを抑えきれずに思わず声を上げた。
「人里離れた村で次々と消える子供たち……現代に蘇った神隠し!? 果たして三年目の悲劇は起こるのか? 湯煙の向こうに真実が見える! 『美人探偵助手・芹川 碧乃の事件簿5 リゾート温泉オカルトミステリー殺人事件』!」
「うん……。いや、美人ってところには突っ込まずにおくけどね。別にリゾート温泉地じゃないから。それに勝手に人を殺さないように」
 今の私には先生の緩いツッコミなど届かない。まるで火サスのような展開に胸は高鳴るばかりだ。

 今回の依頼内容は、簡単に言うと行方不明探し。
 それだけ聞くと平凡な内容だけれど、そのシチュエーションがかなり興味深いのだ。なんて、当事者にしてみれば不謹慎な発言連発で申し訳ない。
 ことが起こったのは、中栖村という人口二千人程度の小さな村。そこで二年前の夏、一人の男の子が行方不明になった。村人総出で捜索したが、男の子が見つかることはなかった。それからちょうど一年後の去年の夏、今度は女の子が行方不明になった。もちろん捜索がされたが、やはり女の子が見つかることはなかった。
 その頃から村人の間では、二人が神隠しにあったのでは、と噂されるようになる。そしてその一年後、今年の夏もまた子供が一人消えるのでは――と。
 そこで我が探偵事務所に白羽の矢が立った。真相を突き止め、三度目の神隠しを防いで欲しい。村長自ら足を運んでの依頼だった。
 そこまでされて断るわけにはいかない。私たちは快く依頼を引き受け、今に至る。

「でもなんでうちなんでしょうね? まぁ、本当に神隠しなら先生の得意分野なんでしょうけど」
 依頼内容を聞いた時から抱いていた疑問を口に出す。
 単に行方不明探しと言っても二年連続で起こった事件。当然警察も動いているだろうし、正直、うちの事務所には荷が重いくらい大きな依頼だ。
「僕も気になって丹羽さんに訊いてみたんだけど……」
 先生はあからさまに顔を歪める。丹羽さんというのは、クライアントである村長さんの名前だ。
「どうも母さん経由で流れてきた話みたいなんだ」
「すみれさん経由?」
 頭の中で、着物姿の女性が微笑んだ。飄々としてつかみどころのない先生のお母さん。
 不安げな色をさらに濃くして先生は頷いた。
「丹羽さん、母さんの昔からの知り合いらしくて。神隠しのことを話したら、うちに相談するよう勧められたんだって。仕事が入るのはありがたいんだけど……」
 先生が言わんとしていることはすぐにわかった。あのすみれさんのことだ、何か裏があってもおかしくない。むしろ、裏があると考えたほうが無難だろう。
 どうやらこの依頼、十分注意してかからなければならないようだ。――しかし!
「依頼解決のあかつきには、ゆったり温泉三昧といきましょうね!」
 私はバッグから観光雑誌を取り出すと、あらかじめチェックしておいたページを開いた。眺め最高の絶景露天風呂、美人の湯とエステでお肌ツルツル、湯上りは旬の素材で舌つづみ。どれもこれも心を惹かれるアオリ文ばかりだ。
「いや碧乃君、行くのは温泉地のほうじゃないからね? その隣の中栖村だからね?」
「わかってますって。だから依頼を解決したあと、隣の温泉地でゆーっくり羽を伸ばしましょうね! って言ってるんですよ。大体こっちは花のキャンパスライフ、残り少ない夏休みを潰してまで来てるんですから。これで温泉に入って美味しい料理のひとつも食べられなきゃ、割に合わなくてやってられませんよ」
「えー……石蕗と行こうとしてたところを無理やりついて来た人がそれを言うかなぁ……」
 雑誌をぴしゃりと閉じると、ぼやく先生に向かってにっこりと微笑みかけた。
「何か言いました?」
「……いえなんでも」
 すでに目的が温泉巡りにすり替わっている私と、なぜか涙目になっている先生を乗せ、新幹線は東へと向かった。

*  *  *

 駅から電車とバスを乗り継いで一時間。ちょうど正午を回った頃、目的地の中栖村に到着した。そこで私たちを待っていたのは、一面の田畑にまばらな民家、その間を縫うように走る山々。そして、
「遠い所をわざわざありがとうございます」
 そう言って人のよい笑顔で迎えてくれた村長の丹羽さんだった。
 村に滞在する間は丹羽さんの家に泊めてもらうことになっている。そこからは迎えの車に乗り、丹羽さんの自宅へと向かった。
 行き交う車は非常に少なく、畑仕事をしている人を除けば、人の姿もほとんど見当たらない。窓の外を流れる景色を物珍しそうに眺めていると、丹羽さんは笑いながら言った。
「何もない所で驚いたでしょう」
「あっ、いえそんな。空気も景色もすごく綺麗で心が洗われます」
 私が慌てて答えると、それはよかった、と丹羽さんは声を出して笑った。でもこれはお世辞でもなんでもなくて、ここへ来た時、真っ先に思ったことだ。
「この村も来年の4月、隣の市と合併することが決まったんですよ。反対意見もたくさん出ましたけどね。でも、これでこの辺りも少しでも賑わってくれればと思いますよ。隣市は温泉で有名ですからねぇ。高橋さんたちも、帰られる前にぜひ一度入っていってください」
「はい! もちろんその予定です!」
 先生の代わりに私がそう返すと、そこで再び温泉談が開始された。どこそこのお湯の効能は、なんとかという宿の料理は。盛り上がる私と丹羽さんの横で、先生は一人、どこか遠くを見つめていた。
「その宿代を払うのは誰なのかなー……」
 そんな呟きが聞こえた気もした。

 しばらく走っていくと、家の前に数人の人だかりができていた。それまでほとんど人を見かけなかっただけに、その小さな集団はやけに目立つ。丹羽さんも不思議に思い車を止めた。
「ありゃ鴨下さんちだ。何かあったかな。すみません、ちょっと見てきますね」
「あ、私たちも行きます!」
 何があったのか気になり、私と先生も丹羽さんを追って車を降りた。
「おーい、どうかしましたか?」
 丹羽さんが声を掛けながら歩み寄ると、そこにいた人々が一斉に振り返った。皆一様に表情が険しく、ただごとではない様子がすぐにわかった。嫌な予感が頭をよぎる。
「鴨下さんとこの子が、山へ行ったきり帰ってこないんだ」
 返ってきた言葉に、私と先生は思わず顔を見合わせた。すぐに行方不明事件のことを連想したのは先生も同じようだ。丹羽さんも驚愕して声を上げる。
「光次くんが!?」
「いや、上の祐一くんのほうだ」
「祐一くんが……。どこかで迷ってるんじゃないかい? あのへんはちょっと深く入るだけで大人でもわからなくなる所だから」
「ああ、今そう言って捜しに行こうかと話してたところなんだよ」
 丹羽さんと男性の会話を聞き、輪から外れて立っている女性が口を開く。どうやら彼女が祐一くんの母親らしい。
「光次と虫を捕りに行くって出ていったきり帰ってこないんです。いつもだったらお昼ご飯までにちゃんと戻ってくるのに……」
 そこまで言って女性はふらりとよろめく。慌てて旦那さんが体を支え、そのあとを継いだ。
「先に帰ったと思ったらしく、光次一人で戻ってきたんです。虫捕りをしていた場所にも行ってみたんですが、どこにもいなくて……」
「一昨年去年とあんなことがあったばかりだからなぁ」
 一人がそう呟くと、誰ともなしに囁き始めた。その中からは『神隠し』という単語も混ざって聞こえてくる。私はひじで先生をつつくと小声で話しかけた。
「もしかして『三年目』が起こっちゃったんでしょうか」
「いや、まだわからないけど……だとしたら一足遅れたな」
 先生は悔しげに目を細める。確かに、三度目の神隠しを防ぐために呼ばれたのに、これではまるで役立たずだ。
「それじゃあ私は若い衆を集めますんで、ひとまず役場の前に集合ということにしましょう」
 ざわめきを静めるように丹羽さんが言い渡す。そして鴨下夫妻に微笑んで告げた。
「大丈夫。まだ明るいですし、今からみんなで捜せばきっと見つかりますよ」
「……はい」
 夫妻は不安げに、けれどその言葉を信じたい一心で頷いた。

 車に戻ると丹羽さんは申し訳なさそうに言った。
「すみませんねぇ。来て早々こんなことになってしまって」
「いえ、こちらのほうこそ、これではなんのために来たのか……」
 先生がさらに申し訳なさそうな顔で返す。丹羽さんはバックミラー越しにこちらを見ると、小さく笑った。
「二年立て続けに起こったもんだから、みんな敏感になってるんですよ。まだ本当にいなくなったと決まったわけではありません。それに、もしそうだったとしても、それを捜し出してもらうために高橋さんたちを呼んだんですから」
「そうですよ先生。この事件を解決するために私たちが来たんです。始める前からそんな弱気でどうするんです!」
「……そうだね。うん、気合入れ直した。ありがとう」
 そう言って先生は憑き物が落ちたようにすっきりとした表情になった。ようやく本調子に戻ったその様子を見て、私はうんうんと頷く。
「それに、解決後には温泉と美味しい料理が待ってるんですからね!」
 途端に先生の表情が暗転した。
「あー……君の本命はそっちかー……」

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