碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その5の2


 家に着くと、丹羽さんはすぐさま地区会の連絡網で祐一くん捜索の集合をかけて回った。その行動が実に迅速。こういう時ほど地域の繋がりは重要だな、と実感した。住民同士の親交が深ければ、子供にとっては地域全体が保護者になる。それだけ安全度も高くなるだろう。
 けれど、そんな村で行方不明事件が二年連続で起こってしまった。確かに人通りはまばらだし、少し分け入っただけですぐに深い山中だ。それでも慣れ親しんだ地元。そう簡単に行方不明者が出るとも思えない。
「となると、見えない何者かに連れ去られた? つまり、神隠し……?」
 玄関先に座り込み、あれこれ思考を巡らせる。
 電話連絡が済み次第、丹羽さんも捜索に向かうということだった。私たちもそれに同行するため、すぐに出られるよう玄関で待機している。荷物を置いて戻ってきた先生が、ぶつぶつと呟いている私に気づいて尋ねた。
「推理の結論は出た?」
 そう言って悪戯っぽく笑い、私の隣に腰を下ろす。
「こんなに情報が少ないのに、推理も何もありませんよ」
「それもそうか。じゃあ今の段階での碧乃君の考えは?」
「うーん、ずっと考えてたんですけど……。村人総出で捜索したのに二人とも見つからないということは、誘拐の可能性も考えられると思うんですよ。でもここでは村人全員が知り合い……っていうのは言いすぎですけど、それくらい住人同士の繋がりは強いはずです。だから、不審者なんていようものなら、目立っちゃって誘拐どころじゃないと思うんですよね」
 実際、鴨下夫妻の話を聞いていた時、村の人たちは私と先生を物珍しそうな目で見ていた。よそ者だと一発でバレてしまったらしい。
 先生は納得しているのかいないのか、小さく頷くと、「それで?」というように視線で先を促した。
「そう考えると、誘拐犯は存在しないか、いても気づかれないような姿ということになります。つまり、見えない存在。いわゆる、神隠し……」
 結局この考えに至ってしまう。
 私が自信なげにうつむいていると、先生はそれを楽しそうに眺めていた。なんだこの態度。いつもより随分と優越感に浸っているじゃないか。
「それじゃ碧乃君は、天狗か狐が犯人だと思ってるんだ?」
「あのですねぇ、私だって本気で神隠しなんて信じてませんよ。そりゃもちろんそうとしか思えない事例もありますけどね。実際あったら素敵だな〜、とも思いますけどね。でも、大体が未解決の誘拐事件や失踪事件を『神隠し』の一言で理由付けてるだけじゃないですか。本を正せば、どれも原因は人間ですよ」
「なんだ、わかってるじゃないか」
「わかってますよ。わかってるから、それじゃ犯人は誰だ? って話なんですよ」
「なるほどなるほど」そう言って先生はあごに手を当てる。さっきからやけに余裕ぶっているけれど、もしかしてもう犯人の目星がついているんじゃないだろうな。
 悔しげに睨む私など気にもせず、先生はもったいぶりながら口を開いた。
「もし本当に誘拐だったとして、姿ある犯人でもまったく目につかない場合がひとつあるよ」
「なんですか?」
「それは犯人が――」
 そこまで言って先生の言葉は遮られた。玄関のドアが開けられ、そちらに気を取られてしまったからだ。
 まるで「衝撃のVTRはこのあとすぐ!」みたいなお預けを食らい、私はむっとした表情で目をやった。その視線に圧倒されたのかなんなのか、現れた人物も驚いたようにこちらを見ている。
「おや、お客さんですか?」
 面食らった顔でそう言ったのは、丹羽さんよりも少し若い中年男性だった。不健康とまではいかないが色白で、妙にほっそりした印象を受ける。手には回覧板らしきものを持っていた。それを届けに来たところ、玄関先によそ者が二人もいたんだ。驚いて当然だろう。
「あ、えーと、私たちは……」
 そこまで言いかけて止まる。安易に「神隠し事件の調査に来た探偵とその助手です!」なんて言ってしまっていいものだろうか。
 私が口ごもっていると、男性は廊下の向こうから聞こえてくる丹羽さんの声にただならぬ様子を感じ、眉をひそめた。
「何かあったんですか?」
「……ええ。鴨下さんのお宅のお子さんが行方不明になったそうなんです」
「鴨下さんの? 本当ですか!?」
「はい」
 先生が頷くと、男性は苦々しげにうつむいた。やはり彼も神隠しのことが頭をよぎったのだろう。しかし、すぐに納得したように顔を上げた。
「それじゃあ、あなたたちが丹羽さんに呼ばれた探偵さんですか」
「え? はい、ご存知だったんですね。高橋と、助手の芹川です」
「そうですかそうですか。ご苦労様です。しかし来て早々、大変なことになりましたね……」
「ええ……」
 そこでまた先生と男性の表情が曇る。重い空気が流れかけた時、電話を終えた丹羽さんが小走りでやって来た。玄関に立っている男性に気づいて声を掛ける。
「三鷹さん、来てたんですか」
 どうやら男性は三鷹さんというらしい。三鷹さんは「ええ、ついさっき」と答えると、回覧板を丹羽さんに手渡した。そして声のトーンをわずかに下げる。
「今聞いたんですが、祐一くんが行方不明になったって……」
「ああ、聞きましたか……。いや、まだそうと決まったわけじゃないんですがね。今人を集めてみんなで捜しに行くところなんです」
「それなら私も一緒に行きます」
「そうですか、そりゃありがたい。それじゃあ……」
 そう言って私と先生を見る。いよいよ出番だ。私はいざ出陣、とばかりに張り切って立ち上がった。が、
「碧乃君は留守番」
 先生のその一言で水をさされてしまった。私の表情は180度反転する。
「えー! なんでですか!」
「大勢で捜しに行くとはいえ、大人でも迷う山の中だよ? それも初めて入る。危ないからダメ」
「平気です。私、体力と方向感覚には自信ありますから」
「それでもダメ。女の子が行くような所じゃないよ」
「男尊女卑!」
「あのねぇ……」
 先生が呆れたように息をつくと、見かねた丹羽さんが助け舟を出した。あろうことか先生側に。
「高橋さんの言うとおりだと思いますよ。本当に道も何もない所ですから。虫も多いですし、怪我でもされたら大変です」
 さすがに村長さんにまでそう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。隣でうんうんと頷いている先生が気に食わないが、私は仕方なくそれに従うことにした。
「……あの時碧乃君がいれば見つかったのに〜! なんて、後悔しても知りませんよ」
「そうならないように碧乃君の分まで全力で捜してくるよ。その間、聞き込みのほうはよろしくね」
 私の憎まれ口をさらりと受け流し、先生は丹羽さんたちと共に出ていってしまった。一人玄関先に残され、去っていく背中が見えなくなるまで不満げな視線を向け続ける。明日筋肉痛になっても知らないぞ、童顔30代。
 しかし、いつまでもふて腐れているわけにはいかない。探偵の基本は聞き込みから。任されたからには、先生たちが帰ってくるまでにばっちり情報収集しておかなければ。

*  *  *

 これはあくまで私のイメージだけれど。
 こういう片田舎の小さな村は、排他的でよそ者に冷たいか、見ず知らずの人間にも気さくに接してくれるかのどちらかだ。幸いなことにこの中栖村は後者で、突然訪ねてきた私の質問にも快く答えてくれた。
 目につく民家を一軒一軒回ってみたのだが、顔を出すのはほとんど女性だった。ちょうどおばさん、という形容がぴったりの世代。昼過ぎだし、男性陣が捜索に駆り出されているせいもあるだろう。
「怖いわねぇ」と我が子を心配したり、「頑張ってちょうだいね」と励まされたりする中、初めてその単語が出たのは六軒目。表札には「飛田」と書かれていた。職業柄(バイトだけど)、出会った人の名前はすぐに確認する癖がついているのだ。
 飛田さんはとにかく気のいい人だった。私がこの村に着いたばかりで、まだ昼食も食べていないことを知ると、「残り物でよかったら食べていって」とにこにこしながら家に上げてくれた。
 ……そういえば、昼食がまだなのは先生も同じだ。空腹で山中を歩き回って失踪、なんてことになっていなければいいのだが。
 正直、腹ペコで限界に近かった私は、ありがたくご飯と味噌汁と焼き魚のフルセットをいただくことにした。聞き込みそっちのけで頬張る私を、飛田さんは子を見る母の目で眺めている。湯呑みにお茶を注ぐと、卓を挟んで正面に腰を下ろした。

「やっぱり朱鳥様の祟りなのかしらねぇ」

 ふと漏らした言葉に箸が止まる。
「アケドリ様?」
 口に出してみると、なんだか不思議な響きのある単語だった。その謎の名詞と、「祟り」という言葉に不穏な空気を覚える。けれど、飛田さんは相変わらずにこやかな笑みを崩さず、のんびりとした口調で答えた。
「この村の守り神様よ。みんな、朱鳥様がお怒りになって子供たちを攫っていったんじゃないかって噂してるの。三年も続くと本当に思えてくるわよねぇ」
「あのっ! その『朱鳥様の祟り』について、詳しく話してもらえませんか!?」
「え、ええ……もちろん構わないわよ」

 飛田さんは話の最後に朱鳥様を祀っている神社があることを教えてくれた。雛守ヒナモリ神社というらしい。私は朱鳥様について詳しく知るために、さっそくその神社へ向かうことにした。
 飛田さんが書いてくれた地図を頼りに神社を目指す。その途中、丹羽さんが事務所に訪れた時話していたことを思い出した。朱鳥様、という具体的な単語は出なかったが、丹羽さんも「祟りでは」と漏らしていた。
 神隠し、祟り、朱鳥様。
 連なる怪奇ワードに不謹慎にも私の心はときめいてしまう。ここになる子ちゃんがいたら、きっと大はしゃぎしていたことだろう。……いなくてほっとした。
 雛守神社は案外近く、そんなことを考えている間に着いてしまった。
「ここか……」
 民家の群れから離れた小山のふもとに、色あせた赤い鳥居が建っていた。見ると境内はその山頂で、急な斜面に百段以上はあろう石造りの階段が続いている。これを上っていくのは骨が折れそうだ。
 私は大きく深呼吸すると、気合を入れて階段を上り始めた。「体力には自信がある」とは、決して大見得切ったわけではないのだ。
「でも……これは……さすがに……」
 頂上に着く頃には汗だくになっていた。長い階段に加え、残暑厳しいこの折だ。体力や若さ云々の問題ではない。ただ両脇に木々が覆い茂り、ここまでずっと日陰だったことが唯一の救いだった。蝉の大合唱が耳障りではあったけれど。
 階段を上りきると、私は境内を見回した。周りをぐるりと木に囲まれ、ひっそりとした佇まい。正面にある社殿はお世辞にも立派とは言えず、だいぶ年季が入っているようだった。その隣には小さな社務所。すぐ手前に手水舎があり、私は天の助けとばかりに飛びついた。手水の作法などお構いなしに、柄杓ですくった水を手に移し、口に運ぶ。……ああ、まさしく神の恵み。冷たい水が喉を通った途端、ひんやりとした心地よい感覚に包まれた。もう一口、もう一口。満足するまで喉を潤すと、私は改めて境内を眺めた。
 人の気配はない。賽銭箱の前まで行って社殿を覗いてみるが、中は暗くてよく見えなかった。社務所のほうも、窓口にカーテンが下りて人はいないようだ。少し考えてから、社殿の後ろへ回ってみることにした。人を探すというより、単純にどうなっているのか気になったのだ。
 壁伝いに歩いていくと、瓦の屋根が目に入った。蔵だろうか。私は足を速めた。
「――!」
 けれど、すぐに立ち止まってしまった。誰もいないと思っていたそこに人影があったからだ。蔵の前には、20代半ばの若い男性が一人立っていた。
 突然現れた人物に驚いたのは向こうも同じようだった。男性も動きを止め、こちらを凝視している。しかし私とは驚き方が違うようで、しまった、というように顔を歪めていた。すぐさま探偵助手の勘が働く。
「あの、すみません。参拝のかたですか?」
 まずは警戒を解こうと、努めて明るくそう言って歩み寄った。けれど男性はばつが悪そうに視線をそらし、答えようとしない。
 そこで再び助手の勘。……怪しい。
「神社のかたにお話を伺いに来たんですが、今、留守にされてるんでしょうか?」
 もう一度尋ねると、男性は観念したように顔を上げた。
「……今は誰もいない」
「そうですか……。失礼ですが、あなたはここで何を?」
 一番触れて欲しくないところだったらしく、男性の視線が一際鋭くなった。思わずたじろいでしまう。「お前には関係ないだろ」と、目がそう語っていた。
 男性は無言のまま踵を返すと、その場から立ち去ってしまった。妙な気迫に圧倒され、追いかけることも、声を掛けることもできなかった。あっさり逃がしてしまったことを悔やみつつ、男性がいた蔵の前へと移動する。
 こぢんまりとしていたけれど、武家屋敷にあるような昔ながらの蔵だ。そういえば、先生の実家にも同じような建物があった気がする。入り口の扉にはかんぬきが掛けられ、さらに頑丈そうな南京錠が付けられていた。大袈裟すぎるようにも見えるが、きっと貴重な祭具が納められたりしているのだろう。
 そんな所であの男性は何を? ますます怪しい。
 けれど中を調べることはできないし、男性の言うとおり、誰もいないのは確かなようだった。男性も朱鳥様も気になるが、ひとまず雛守神社をあとにすることにした。

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