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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その5の3


 一人目、風見 将人くん(当時6歳)
 8月23日 午前9時 公園に遊びに行くと言って出ていったきり戻らず。

 二人目、渡 つぐみちゃん(当時7歳)
 9月8日 午後3時 下校途中に友達と別れたのち行方不明。

 三人目、鴨下 祐一くん(7歳)
 9月11日 午前11時半 昆虫採集の途中に弟とはぐれ行方不明。

 当時の新聞の切抜きや、聞き込みで得た情報をノートに整理していると、いつの間にか夕方の5時になっていた。見ると、窓の外は陽が落ちかけている。日中の暑さはなくなり、網戸からは涼しい風が入ってくる。
 一時間くらい前、聞き込みを終えて丹羽さん宅へ戻ると、奥さんの美千恵さんが出迎えてくれた。私の母より少し年上の穏やかな雰囲気の女性。今は台所で夕食の準備をしている。私も手伝いを申し出たのだが、お客様にそんなことはさせられません、とやんわり断られてしまった。その言葉に甘え、今は情報整理に努めている。
 捜索のほうはどうなってるのかな……。
 そう思った時、タイミングよく玄関の戸が開く音が聞こえた。居間から顔だけ出すと、廊下の向こうに先生の姿が見えた。
「お帰りなさーい」
 声を掛けると、先生は「ただいま」と疲れたような笑顔を返した。そしてたぶん、始めて顔を合わせる美千恵さんに頭を下げてこちらへ来る。そんな先生の様子を見て、捜索の結果はなんとなく想像がついた。
「……見つからなかったんですね、祐一くん」
 ぽつりと漏らすと、先生は目を伏せて頷いた。私の向かいに腰を下ろして口を開く。
「捜索のほうはまだ続いてる。暗くなってきたから、あの辺りの山に詳しい人だけが残って、他の人たちは一旦帰ることになったんだ。丹羽さんもまだ残ってるよ」
「そうですか……」
 見つかって欲しいと願っていた。けれど、これが連続で起きた行方不明事件と関係しているのなら、そう簡単に見つからないだろう、と心のどこかではそうも思っていた。
 いなくなった祐一くん、その帰りを待つ鴨下夫妻。それぞれの気持ちを考えると、胸が締め付けられるような思いだった。
「大丈夫」
 不意に先生が言った。視線を上げると、穏やかな、けれど力強い笑みを向けていた。いつも見せるへらりとした表情とは少し違う。
「まだ諦めてなんかいないよ。きっと祐一くんは見つかる。優秀な助手が、有力な情報をたくさん仕入れてきてくれただろうしね」
「も……もちろんですよ!」
 慌ててそう答えたけれど、なんだか調子が狂ってしまう。中栖村に着いた時とは正反対だ。今度は私が先生に励まされてしまった。
「頼りになる先生なんて、先生じゃないですよ……」
「え? 何?」
「なんでもありませんー」
 この私が調子を狂わされるなんて不本意極まりない。無自覚でそういうことをやっておきながら首を傾げている人など放っておいて、さっさと話を進めよう。
「色々話を聞いて回ったんですが、村の人たち、神隠しのこと、だいぶ信じてるみたいですね。それで、気になる言葉が出てきたんですが――」
「朱鳥様の祟り」
 言うより先に先生にその言葉を言われてしまい、私は驚いて顔を上げた。先生は違う? と視線で尋ねてくる。
「そうですけど、知ってたんですか?」
「捜索してる時にね、村の人たちが口にしてて。それで少し話を聞いたんだけど、僕が知ってるのはこの村の守り神ってことくらいだよ」

 朱鳥様。その名のとおり、赤い鳥の姿をした中栖村の守り神。
 大きな翼で飛び回り、いつも空からこの村を見守っているのだという。だから村の人たちには、中栖村にいる限りどこにいても朱鳥様が見ている、という感覚がある。「悪いことをすると朱鳥様が連れていっちゃうよ」とは、親が子供に対して言う決まり文句らしい。
 今回の事件も、その朱鳥様がお怒りになって起こしたのだというのだ。

 私の説明を聞き、先生は納得したように頷いた。
「なるほどねぇ……。でも『お怒りになった』って言うくらいだから、何かその原因があるんじゃないの?」
「はい。でもそれが色々で、不作が続いたせいだとか、信仰心が薄れてきたせいだとか、訊く人によって違うんです。一番多かったのは、隣市と合併して、中栖村自体がなくなってしまうせいだって意見ですかねぇ」
「ああ、そういえば丹羽さんも言ってたね」
 合併と言ってもそのまま隣市の一部になってしまうので、むしろ「吸収」という表現のほうが近いかもしれない。その話が出たのがちょうど三年前なので、村の人たちも事件との関連性を疑っているのだ。
 中栖村という地名もなくなってしまうため、居場所を失った神様がお怒りになった、というのも、確かに考えられない話でもない。でももし本当に朱鳥様の仕業だとしたら、常人がどう足掻いたところで探し出せるわけがないだろう。それでは困るのだ。
「朱鳥様を祀っている神社があるんです。雛守神社っていって、私も行ってみたんですが、神社の人がいなくて話は聞けませんでした。でも怪しい男がいたんですよ!」
「怪しい男?」
「神社の裏にある蔵の前に立ってて、私が声を掛けたら逃げちゃったんです。あんな所で何をやってたのかわからないし、不審すぎますよ。何か事件と関係あるのかも!」
「うーん……どうだろう。そのことを含め、明日はもう一回その神社に行ってみようか」
「はい!」
 私が大きく頷いた時、美千恵さんがお盆を持って台所からやって来た。どうやら今晩の夕食が乗っているらしく、器からは湯気が昇り、空腹をそそる匂いが漂ってくる。
「お夕飯ができましたので、よろしければどうぞ」
「うわ〜、ありがとうございます!」
 筑前煮に味噌汁に冷奴にほうれん草の胡麻和えに漬物。素朴だけど温かい家庭料理の数々がテーブルに並べられていく。炊き立てのご飯が盛られたお椀を受け取った時、ふと思い尋ねてみた。
「美千恵さんも今回のこと……その、朱鳥様の祟りだと思いますか?」
 美千恵さんは驚いたように一瞬目を丸くしたが、すぐに「どうかしらねぇ」と曖昧な笑みを浮かべた。
「そういう噂を耳にすることはあります。でも、朱鳥様がわたしたちを困らせるようなことをしているとは思いたくないですねぇ。……さ、口に合うかわかりませんが、冷めないうちに召し上がってください」
 確かに、守り神が本来守るべき村人を攫うというのもおかしな話かもしれない。それとも、これもお怒りになっているせいなのだろうか。
 そう考え込んだが、すぐに意識は机の上の料理に移ってしまった。実は運ばれてきた時から食べたくて仕方がなかったのだ。それは先生も同じだったようで、美千恵さんに勧められると迷うことなく箸を取った。
 その後、夕食を終えいつもより随分早い入浴を済ませて客間へ行くと、十畳程度のその部屋には、テーブルをどかしてすでに布団が敷かれていた。……二組並んで。ぴったりと、ではないが、50センチほど距離を置いて。
 どうしたものかと悩んでいるところに、あとからお風呂に入った先生が戻ってきた。ふすまを開けるなり声を上げる。
「うわっ! ……何これ?」
「布団ですね」
「いや、それは見ればわかるけど……」
 呆然と立ちすくむ先生の後ろから、今度は美千恵さんが顔を出した。
「ごめんなさいね、他に部屋がなくて。やっぱり別々にしたほうがよかったですか?」
「はい、できればそのほ」
「いえお構いなく!」
 私がすかさずそう答えると、先生は言いかけた途中のまま口を開けて固まっていた。そんな先生には気づかず、美千恵さんはほっとしたように笑う。
「そう、よかった。それじゃあお休みなさい」
「はーい、お休みなさい」
 ぱたんとふすまが閉まり、美千恵さんは去っていった。先生はいまだ入り口で棒立ちしている。私は背を向け、荷物の整理をしながら言ってやった。
「思春期真っ盛りの中学生じゃあるまいし、意識しすぎなんですよ、先生」
 その言葉でようやくフリーズが解けたらしい先生は、はっと我に返り布団に歩み寄った。そして――ずるずると、無言で布団を引きずり始める。
「……何やってんですか?」
 先生は答えず、布団を部屋の隅へと運んでいく。そして壁際にぴったりつけると、満足したようにその上に腰を下ろした。
「これでよし」
「32にもなって何をやっているんだか……」
 呆れてため息をひとつ。先生のこれまでの女性遍歴が無性に気になった。
 それから10時近くになり、丹羽さんがようやく帰宅した。私たちのところにも顔を出し、捜索の首尾を話してくれた。祐一くんは見つからないままらしい。丹羽さんは随分気落ちした様子だった。警察にも連絡し、明日また捜索を続けるそうだ。
 私たちも明日に備え、今日は早めに就寝することにした。
 消灯すると、途端に辺りは真っ暗になり、虫の鳴き声しか聞こえてこなくなる。静かすぎるくらいだ。そんな中、先生は何度も寝返りを繰り返し、なかなか寝付けない様子だった。

*  *  *

 次の日の朝、目が覚めると台所から包丁の音が聞こえてきた。まるで実家に帰ってきたようで、なんだか嬉しくなってしまう。実に清々しい目覚め。反対に先生は朝には弱いらしく、布団から出てもいつまでも寝ぼけ眼のままだった。仕方なく私が引っ張って居間へ向かわせる。毎朝これじゃあ石蕗さんも苦労していることだろう。
「おはようございます」
 声を掛けると、流しに立っていた美千恵さんが振り返る。
「おはよう。昨日はよく眠れましたか?」
「はい。ぐっすりです」
 爽快な笑顔で答える私とは反対に、先生は後ろであくびを噛み殺している。
「あれ〜? 先生は寝不足ですかぁ?」
 お約束として意地悪く訊いてみると、先生は慌ててすっとぼけて見せた。
「え!? べ、別に? よく眠れたけど?」
 ……嘘の下手な人だ。
 テーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。妙にあたふたした先生と共に食卓に着き、料理に手を伸ばす。その時、放送音が鳴り響いた。ピンポンパンポーンというその音は、居間の電話から聞こえてくる。
『こちらは、広報中栖です。行方不明者のお知らせをします。鴨下 祐一くん、7歳が、昨日午前11時過ぎに家を出たきり行方がわかりません。特徴は、身長120センチメートル……』
 思わずじっと聞き入ってしまった。今日から本格的な捜索が始まるのだろう。居間の壁に掛けられた時計に目をやると、ちょうど7時を過ぎたところだった。
 放送が終わり、美千恵さんに尋ねる。
「有線放送ですか?」
「ええ。毎日ではないけれど、こういう捜索願やお悔やみがあった時、朝昼夕に放送が入るんです。これも隣市との合併でもうすぐなくなってしまうんですけどね」
「へぇ〜……」
 母の実家にも同じような有線電話があったことを思い出す。そちらは毎日定時放送だったけれど。
「昨日の夜も放送してたよ」
 その言葉で先生のほうを振り向いた。
「え? 私、聞いてませんよ?」
「ちょうど碧乃君がお風呂に入ってた時だよ。昨日のは、祐一くんの捜索願じゃなくてお悔やみだったけどね」
 そんなことを話しながら急ぎ足で朝食を済ませた。姿を見せない丹羽さんは、一足早く捜索のために村役場へ向かったらしい。私たちものんびりしてはいられない。今日はより詳しい調査をしなければ。
 まずは朱鳥様について調べるため、再び雛守神社へ。

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