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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その5の4


「神話に出てくる鳥っていうのは、結構多いんだ。中国の朱雀とか、インドのガルダとか。日本だったら八咫烏なんかがそうなのかな。たとえば……ほら、鳥居」
 先生はそう言って眼下を指差した。今いる場所よりもだいぶ下のほうに、木々に隠れるようにして建つ色あせた赤い鳥居が見える。
「『鳥』が『居る』で『鳥居』。読んで字のごとく、鳥がとまるためのものなんだ。昔の人たちは、神様は天にいると思っていた。だから、空から飛んでくる鳥は、神の使いだと考えられていたんだよ。……まぁ、これは一説にしかすぎないけどね」
「――なるほど」
 納得して頷く。それから一息つくと、先生の背中に向けて言った。
「ためになる解説ありがとうございます。でもですねぇ、そうやって時間を稼ごうとしているのはバレバレです。いつまでそうしてるんですか。私、先行っちゃいますよ」
 その言葉でようやく先生が振り返った。こちらの機嫌を窺うように見上げ、もうちょっとだけ、と目で訴えてくる。私は大きくため息をついた。
 張り切って雛守神社へ調査に向かったのはいいものの、境内へと続く長くて急な階段を目にした途端、先生のやる気は即座にくじかれてしまったらしい。四分の一も上りきらないうちから弱音を吐き、「ちょっと休もう」「あと十段上ったら」そんなやり取りを何度かくり返しながら、ようやく中ほどまでたどり着いた。しかし、この根性なしのヘタレ三十代は、疲れと暑さでへろへろになり、とうとう階段に腰を下ろしてしまったのだった。
 9時近くになり、だんだんと陽も高くなってきた。それに合わせるかのように、蝉の鳴き声も増してきたようだ。それでも木々に囲まれたこの場所は、日陰になっていてだいぶ涼しい。先生じゃないけれど、一休みしたくなる気持ちもわかる。――が。
「もう、何しにここまで来たんですか。本当に置いていきますからね!」
 一向に動き出そうとしない先生にしびれを切らし、私はさっさと階段を上り始めた。のどかな農村へ避暑に来たわけではない。行方不明事件を解決しに来たのだ。
「碧乃くーん、待って待って〜」
 背後からそんな情けない声が追いかけてきたのは、階段の終わりがもう視界に入っている頃だった。

「あー……24時間マラソン完走した気分……」
「見ててもなんの感動も得られませんけどね」
 ぜぃぜぃと肩で息をしながら呟く先生に、率直な感想を述べる。高橋 柊一朗という人物の体力のなさを目の当たりにしたところで、面白いものなどひとつもない。それよりも、私の興味は朱鳥様だ。ふらふらと吸い寄せられるように手水舎へ向かう先生を放置し、私は境内を見回した。
 するとすぐに、石畳を竹ぼうきで掃除している男性が目に止まる。神社の人に間違いないだろう。ナイスタイミング! と私は軽い足取りで駆け寄った。
「すみませーん。ちょっとお話を伺いたいので……あーーーーッ!!!」
 突然の大声に、男性は驚いて顔を上げた。同時に後ろからはブッと水を吹き出すような音が聞こえたような気もしたが、私の視線は目の前の男性に釘付けだった。
「あなた、昨日の……!」
 そう言って指差す私を見て男性も思い出したらしく、厄介な奴に会った、とばかりに顔をしかめた。互いに胡散臭げな視線を向けていると、先生が水浸しになった口元をぬぐいながらやって来た。
「どうしたの碧乃君。指差したら失礼だよ」
「この人ですよっ、昨日見かけた怪しい男!」
「ああ、蔵の前にいたとかいう……」
 ひそひそ話とは言えない興奮した口調で告げると、先生も男性に目をやった。男性は竹ぼうきを手にしたまま、鋭い目つきで睨み返してくる。
 こんな所で掃除をしていたということは、神社の関係者なのだろうか。今度こそ逃がさずに問い詰めようと思った時、今度は男性の後ろから声が聞こえた。
「おい、茂。ちょっと手伝ってくれないか」
 神社の奥にある社務所の扉が開き、中から出てきたのは神主さんだった。神主さんは私と先生の姿を見ると、おや、というように眉を上げた。そうして歩み寄ってくる人物が、見覚えのある顔だと気づく。
「三鷹さん?」
 先にその名前を口にしたのは先生だった。
「高橋さんに……助手の芹川さんでしたね。お二人とも、どうしてこちらへ?」
「あ、えと、お話を伺いに……。三鷹さん、神主さんだったんですか」
「はい、そうなんです」
 面食らう私に笑って答える初老の男性。白衣と浅葱色の袴姿のおかげでだいぶ印象が違ったけれど、それは間違いなく丹羽さんの家で出会った男性・三鷹さんだった。
 まさか神主だとは思わなかったけれど、言われてみれば、落ち着いた物腰が神職らしい雰囲気のような気もする。ということは、その神主である三鷹さんが「茂」と呼び捨てにしたこの人物は――
「もしかして、息子さんですか?」
 思いっきり指差した先程とは打って変わり、「右手をご覧ください」なバスガイドの手つきで示すと、三鷹さんは頷いた。
「ええ、茂といいます。愚息が何か失礼なことでも?」
「あっ、いえいえ、めっそうもない!」
 どちらかといえば、失礼なのは私のほうだ。慌ててかぶりを振ると、三鷹さんは安心したように、そうですか、と返した。
「お二人とも話を聞きにいらしたんでしたね。行方不明事件のことですか? 私はあまり、詳しいところまでは知らないのですが……」
「いえ、そうなんですが、教えていただきたいのは朱鳥様についてなんです」
「朱鳥様? ああ、もしかして祟りのことですか?」
「村の人たちの話の中によく出てくる単語でしたので……。気になる事柄は、すべて調べるのが僕たちの仕事ですから」
 先生はなるべく当たり障りのない言葉を選んで答える。自身の奉仕する神社に祀られている神様が、祟りを起こしている呼ばわりされているんだ。神主の身として気分のいいことではないだろう。
 けれど三鷹さんはまったく気にする様子もなく、むしろ感心したようにねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労さまです。なにぶん信仰心の強い村ですから、そういう噂は絶えないんですよ。朱鳥様については私がお話しするより、蔵の文献を見たほうが早いでしょう。今、鍵を取ってきますね」
 そう言って、三鷹さんは足早に社務所へと戻っていった。
 ちらりと窺うと、怪しい男――もとい、三鷹 茂はいつの間にか掃除を再開していた。彼が意味深に見つめていた蔵には何かあるだろうと踏んでいたので、こうもあっさり中を見せてもらえるとは、嬉しい反面、少々拍子抜けだ。どうやら私の勘は外れていたらしい。
「神社の息子ならそう言えばよかったのに。あんなふうに逃げられたら、怪しさ極まりないですよ」
「碧乃君」
 わざと聞こえるようにそうぼやた私を、先生がやんわりと制止した。茂さんは手を止め、見るからに不機嫌そうな視線を向けてくる。けれど何も言い返さず、また竹ぼうきを動かし始めた。
 その態度がいけ好かないのなんの。素性がわかったとはいえ、最悪だった第一印象を変えることはできない。一度抱いた疑念は、そう簡単にはぬぐい去れないのだ。
 一人境内に残された茂さんを気にしつつ、私と先生は、三鷹さんと共に裏の蔵へと向かった。

*  *  *

 南京錠とかんぬきを取り払い、土蔵の扉が開けられた。重く軋んだ音と共に、薄暗い蔵の中に光が差し込む。同時に、ひんやりとした空気が外に流れ出るのを感じた。
 蔵の中は板張りになっていて、三鷹さんは下駄を脱いで上がると、慣れた手つきで両側の壁にある押し出し窓を開いた。いくぶん中が明るくなり、私たちもあとに続く。
 定期的に掃除されているのか、蔵の中は思ったほどほこりっぽくも、かび臭くもなかった。古めかしい木箱や桐ダンスが並べられているが、こちらもきちんと整理されている。こもっていた空気も扉と窓から出ていき、外よりも温度の低いこの場所は、むしろ快適なくらいだった。
「こんなに簡単に中を見せていただけるとは思っていませんでした」
「そうたいした物はしまわれていませんから」
 物珍しそうに辺りを見回していると、三鷹さんが木箱を抱えてやって来た。うっすらとほこりを被ったふたを開けると、中には数十冊の本が納まっていた。どれも麻糸でとじられた線装本で、日本史の資料集に載っていそうな古文書といった感じだ。思わず手に取るのをためらってしまう。
「朱鳥様について書かれているのは……このあたりですかね」
 三鷹さんは表紙を確認しながら何冊か取り出し、先生に手渡した。私も一冊貸してもらおうと手を伸ばした時、ふと背後に視線を感じて顔を上げた。
 振り返ると、そこにいたのは茂さんだった。入り口の扉に隠れようにしてたたずみ、中の様子を窺っているように見える。目が合うと、決まり悪そうに顔をそらした。
「茂、どうかしたのか?」
 三鷹さんも気づいて声をかけると、茂さんはまごつきながら答えた。
「掃除、終わったから。他になんかすることあるなら、やるけど」
「ああ、それじゃ社務所のほう手伝ってくれ。まだ途中なんだ」
「……わかった」
 呟くようにそれだけ言って、茂さんは境内のほうへ引き返していった。
「まったく、愛想のない奴ですよ」
 三鷹さんは苦笑すると、袴のひざをはたいて立ち上がった。
「私もちょっと行ってきます。箱の書物だけでしたら、ご自由に見てくださって構いませんので。調べが終わったらまた声をかけてください。社務所にいますから」
「ありがとうございます」
 礼を述べる先生に、いえいえ、と会釈して三鷹さんは蔵を出ていった。その後ろ姿を見ながら思う。
 ――怪しすぎる。
 誰がって、それはもちろん茂さんだ。昨日といいさっきといい、何をこそこそやっているのだろう。どうも私には、あの人が何か知っているように思えてならない。きっと、行方不明事件に関係している重大な何かだ。
「ねぇ、先生」
 同意を求めようと振り向いた先にあったのは、夢中で文献を読みあさる先生の姿。思わず脱力してしまった。そうだよ、この人本の虫だったんだ。茂さんのことなど微塵も気にかかっていないらしい。
 がっくりと肩を落とすも、気を取り直して私も文献を調べることにした。今は朱鳥様のことだけ考えよう。そう思い、色あせた萌黄色の表紙を丁重にめくる。が、中を見た瞬間、呻き声を漏らしてしまった。
「達筆すぎて読めない……」
 さらさらと筆で書かれたその文字は、私には「の」と「し」くらいしか判別できない。かろうじて「朱鳥」の二文字を見つけるも、あとの漢字はさっぱりだった。
 お手上げ状態で隣を見ると、先生は床に広げた本を食い入るように見つめていた。文字を指で追い、ところどころでその指が止まるも、かすかに頷いているところを見ると、どうやら解読できているらしい。
 わずかに悔しさを感じつつ、半ば投げやりにページをめくっていった。すると、空を羽ばたく鳥の姿が目に入った。朱色の墨で着色され、同じく朱色で三本の長い尾が描かれている。下のほうに描かれた民家と比べると、随分大きな鳥であることがわかった。
「これが朱鳥様かー……」
 さらに先をめくると、赤い羽根を祀る人々の姿や、神社――おそらくこの雛守神社が描かれていた。その横に書かれた注釈文らしきものは、文字が小さいおかげでよけいに何がなんだかわからなかったけれど。
「先生のほうは、何かわかりました?」
 尋ねてから三十秒ほど間を開けて、先生はようやく顔を上げた。全神経が文献に注がれていたため、脳に届くまでだいぶ時間を要したらしい。境内にたどり着いた時とは別人のように生き生きとした表情で、開いたページの一文を指差した。
「ほらここ。『朱鳥の護りし地、中巣』」
 嬉しそうにそう言われても、私には、「朱鳥の りし 中」と読むのが精一杯だった。しかし先生は勝手に解説を進めていく。
「たぶん、昔は中栖村を『中巣村』と書いていたんだと思うよ。木へんに西の『栖』も、こっちの『巣』と同じく、意味は『鳥のすみか』だから。つまり、中栖村は朱鳥様の守る巣の中にあるってことだね」
「……はぁ」
「それからこっち」
 今度は別の文献を取り出し、また見開いて一文を指差す。徐々に早口になっていき、興奮していることが手に取るようにわかった。
「『黄泉と現世を去来せし』。黄泉と現世、つまり、あの世とこの世を行き来する存在。それが朱鳥様ということだ。こっちを見ると、死者の魂を運ぶ存在だとも書いてある」
「……はぁ。ということは?」
「ということは……そうだね。朱鳥様に攫われるということは、あの世に連れていかれる、ということになるんだろうね」
「それって……!」
 さすがにその言葉まで聞き流すことはできなかった。先生の言うことが正しいのなら、つまり――
「神隠しにあった子供たちは、もう死んでるってことですか!?」
 身を乗り出した私に一瞬驚くも、先生はなだめるように落ち着いた口調で言った。
「あくまでそう考えられている、ということだよ。何もここに書かれていることがすべて真実というわけじゃないんだから。言ってしまえば、信仰心のない僕らにとっては、朱鳥様という存在自体、本当にいるだなんて信じられないでしょう?」
「あ……そう、ですよね」
 先生の言葉で一気に現実に引き戻された気がした。いつの間にか、私まで村の人たちと同じように、朱鳥様の祟りだと信じ込んでしまっていたようだ。まるで自分の住む都会とは別世界のような、中栖村という環境のせいだろうか。
 確かに不可解な事件ではあるけれど、やはり一番可能性が高いのは人間の仕業なのだ。それを忘れてはならない。でないと、大切なことまで見落としてしまうだろう。
 改めて私は、そう自分に言い聞かせた。

 そのあとも一通り文献に目を通したが、行方不明事件に直接関係していそうなことは書かれていなかった。その代わり、朱鳥様の祟りについては少し知ることができた。
「祟り」とは、主に不作や疫病のことを指しているらしい。村を襲う不幸を朱鳥様のお怒りだと考え、その怒りを鎮めるために、「無垢なる魂」が捧げられていた。つまり、子供の命のことだ。
「人身御供ですか〜。この手の伝承には付き物ですね」
「まあね。碧乃君、そういうの好きそうだけど」
「あっはは……。不謹慎ながら、興味はあります」
 もちろん、子供を生贄にするなど大昔の風習で、今も行われているということは決してない。その事実を知る村人も、現在ではほとんどいないだろう。
 文献を箱に戻すと、私と先生は蔵をあとにした。外に出た瞬間、熱気と日差しが襲い掛かり、軽くめまいを覚える。気がつけば11時を回っていた。

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