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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その5の5


 蔵を出て社務所を訪ねると、中では三鷹さんが棚の整理をしていた。そこに茂さんの姿はない。ガラス張りの窓口をノックすると、気づいた三鷹さんが外へ出てきた。
「調べは終わりましたか?」
「はい。貴重な資料をありがとうございました」
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
 先生と三鷹さんが互いに頭を下げあうと、今度は私が尋ねた。
「朱鳥様に関する資料は、蔵にあるものですべてなんですか?」
 三鷹さんは少し考える。
「詳しく書かれた資料は、あそこにあるもので全部でしょうね。役場の方にも多少あるかもしれませんが……。ああ、資料とは違いますが、朱鳥様の羽根ならありますよ」
「朱鳥様の? それ、見せてもらえますか!?」
 詰め寄った私の勢いに圧倒され、三鷹さんは思わずのけぞった。それから苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに答える。
「すみません、お見せすることはできないんですよ。普段は本殿の奥にある厨子にしまっていて、降誕祭の時にだけ御開帳しているんです」
「降誕祭?」
「7月にある夏祭りです。その日、朱鳥様が新たな卵を産むと言われているんです」
「卵? 朱鳥様、卵産むんですか!?」
 再び身を乗り出すと、三鷹さんも同じようにまたのけぞった。先生も隣で手帳を取り出し、興味津々といった様子で話に聞き入っている。
「ええ……。朱鳥様は毎年7月に卵を産み、そのたびに生まれ変わるんです。卵が孵化するまでは30日間、ヒナが巣立つまではそれからまた30日間かかると言われています。そうして巣立ったヒナが、また新たな村の守り神となるんですよ」
「へぇ〜。それじゃあ朱鳥様、今は巣立つ準備をしてるってことですか」
「そういうことになりますね」
 蔵の文献で見かけた、赤い羽根を祀る人々の図を思い出した。おそらくその羽根がこの神社の御神体なのだろう。実物を見られないのは残念だけれど、新たな情報を得ることができた。
 先生は三鷹さんの話を手帳に書き込み終えると顔を上げた。それから、「気を悪くしないでくださいね」と断りを入れる。
「あくまで参考までに訊いておきますが、昨日の正午はどこにいらっしゃいましたか?」
 三鷹さんはその質問に少し驚いた顔をしたが、嫌がるそぶりもなくすぐに答えた。
「正午というと……丹羽さんの家に行く前ですね。それならここの社務所にいましたよ。ちょうど12時にお悔やみの放送が入ったんで、間違いないと思います」
 そう言って、先程までいた社務所を示した。窓口の向こうに電話が置かれているのが三鷹さんの肩越しに見える。丹羽さんの家にあったものと同じ有線電話だ。
 昨日入ったお悔やみ……。私はふと思い出した。
「そのお悔やみって、もしかして雁谷さんのものですか?」
「ええ、そうです。ご存知なんですか?」
「昨日の聞き込みの時に聞いたんです。前の日までなんともなかったのに、朝起きたら布団の中で亡くなっていたって。だから、それも朱鳥様の祟りじゃないかって言う人もいて……あ!」
 そこまで言って慌てて口を塞いだ。これではここの神様が殺したんだと言っているようなものだ。
「雁谷さん、70を過ぎていましたが、元気で有名な方でしたから。それが急に亡くなってしまったんです。中にはそう思う人がいても仕方のないことですよ」
 三鷹さんは穏やかな口調でそう返し、私はほっと胸を撫で下ろした。
 いくら私でも、この件までが祟りに関係しているとは思えない。けれど中栖村の人たちは、どんな些細なことも朱鳥様の祟りに繋げて考えてしまうのだ。それだけ『朱鳥様』という概念が深く根付いていることが窺い知れた。
 先生は再び手帳を取り出し、私と三鷹さんのやり取りを書き加えた。そして質問を再開する。
「では、祐一くんを見かけたりは?」
「いいえ、昨日は朝からずっとここにいましたので……。すみません、お役に立てなくて」
「いえ、ありがとうございます」
 私も昨日の聞き込みの時、訪ねた家で毎回同じ質問をしたが、返ってきた答えは三鷹さんと同じだった。山の中で昆虫採集をしていたせいか、祐一くんの姿を見た人は誰もいないらしい。
 三鷹さんにもう一度お礼を言うと、私たちは一旦丹羽さんの家へ戻ることにした。
 社務所から神社の表へ回り、再びあの長い階段を目指す。すると、一足先に下りようとしている男性の姿が目に入り、私はとっさに呼び止めた。
「待って!」
 慌てて駆け寄ると、男性が振り返る。そこには迷惑そうな表情がありありと浮かんでいた。
「またあんたか。今度はなんだよ」
 いちいち気に障るその口調。まぎれもなく茂さんのものだ。こちらもお返しに顔をしかめると、ぶっきらぼうに言ってやった。
「気を悪くしても一向に構わないんですけどね。あくまで参考までに訊いておきますが、昨日の正午はどこにいらっしゃいましたか?」
 その言い草に、茂さんの眉間のしわはさらに深くなる。後ろで先生がわたわたしていたが、結局何も言い出せないようだった。
「昨日はずっと家にいた」
「ふぅん。それじゃ、12時の有線放送を聞いているはずですよね?」
「……さあ。覚えてない」
 それだけ答えると、もう用は済んだと言わんばかりに、茂さんはさっさと階段を下りていってしまった。最後まで腹立たしいその態度に、私は思いっきりその背中を睨みつけた。

「やっぱり怪しすぎますよあの人!」
「そうだねー」
「どうして聞いたはずの有線放送すら覚えてないんですか!」
「そうだねー」
 階段を下りる途中、先生の投げやりな返事がだんだん遠ざかっていくことに気づき、私は後ろを振り返った。すると、そこに先生の姿はない。視線を上げると、三十段ほど離れたところにその人物は座り込んでいた。
「……またですか。上りならともかく、どうして下りでへばってんですか!」
 茂さんへの怒りをそのまま先生にぶつける。しかし先生はしれっとした様子で、上りの時と同じように解説を始めた。
「わかってないな碧乃君。山登りはね、登りよりも下りのほうが負担も大きくて危険なんだよ。それはなぜかというと、筋肉が伸張性収縮を――」
「たかが階段を山登りに例えないでください! どんだけ体力ないんですか。だいたいいつも先生は」
「碧乃君」
 遮ったその声が真剣みを帯びていて、私は口から出かけた言葉を呑んだ。妙に真面目な表情に、思わずこちらも身構えてしまう。
「勘違いしてるようだけど、僕は別に体力がないわけじゃないよ。それくらい人並みにある。ただ、使うべき時のために普段は温存してるんだ」
「…………」
 何を言い出すのかと思えばこの人は。
 私は文字どおり頭を抱えると、盛大なため息と共に吐き捨てた。
「はいはいはいはい。その一生来ることのない『使うべき時』まで、どーぞご存分に温存しておいてください。私にとっては今がその『使うべき時』なんで、お先に失礼させてもらいますよっ」
 回れ右して歩き出した私の背後から、「待って待って〜」と情けない声が追いかけてきたのは言うまでもない。……ああ、デジャヴ。

*  *  *

 それから丹羽さんの家へ戻る途中のこと。
 田んぼに囲まれた細い一本道の先に、周りの景色とは不釣合いな車が一台止まっていた。白と黒の車体に赤いランプ――パトカーだ。車の脇では、私服の刑事らしき男性が、制服を着た警察官二人と話していた。
「祐一くんの件ですよね。昨日、丹羽さんが警察に連絡したって言ってましたし」
「うん。本格的な捜索が始まったみたいだね」
 さすがに警察に出てこられてしまっては、私たちの出番はないかもしれない。もちろん、行方不明になった子供たちが見つかればそれに越したことはないのだけれど、なんの活躍もないままというのは寂しいものだ。
 少し複雑な思いでその横を通った時、ふと刑事の男性と目が合った。男性はすぐに目をそらしたが、視線を私の隣に向けた瞬間、驚いたように声を上げた。
「シュウ!?」
 その声に反応し、先生が足を止める。振り向いた瞬間、同じように先生も目を見開いた。
「……佐伯?」
 二人は放心したように互いの顔を見つめる。状況が理解できない私と警察官二人は、ただその光景を眺めているだけだった。
「あの〜、先生? お知り合いですか?」
 遠慮がちに尋ねると、二人ははっと我に返った。しかし私の質問には答えず、
「お前、こんなとこで何してんだ?」
「そっちこそ、どうしてここに?」
 などと互いを指差しあっている。
 それから男性は思い出したように振り返り、警察官二人に先に行っているよう告げた。二人は腑に落ちない様子だったが、パトカーに乗り込んで去っていった。たぶん、この男性のほうが立場が上なのだろう。その場に三人だけが残され、男性は改めてこちらに向き直った。
「俺は行方不明になった子供の捜索に……ってお前、ホントになんでここにいるんだよ」
「僕も同じだよ。その件で依頼が入ったから、調査をしにこの村まで」
「依頼? ……ああ! お前、なんでも屋まだ続けてたのか」
「なんでも屋じゃなくて探偵事務所!」
 ……変わりないと思うけど。
 なんて、心の中でツッコミを入れてみる。質問の回答は得られないままだが、二人が気の知れた友人であることはわかった。こんなふうにくだけて会話をする先生は、石蕗さん以外に対してでは初めて見るかもしれない。
 しかし、そろそろ蚊帳の外にも限界だ。背中をつついて存在を主張すると、先生はようやく私に気がついた。
「ごめん碧乃君。これは佐伯っていって、中学と高校の同級生。今は一応警察の人間みたいだけど」
「一応ってなんだよ! つか人を指差して『これ』とか言うな!」
 じゃれあうようなやり取りから、二人の仲のよさが伝わってくる。その様子は高校の時に教室でよく見かけた、たわいもない話で盛り上げる男子たちそのもので、なんだか微笑ましかった。
 佐伯さんはこほんと咳払いすると、気を取り直して自己紹介した。
「えー、俺は佐伯 渉。一応じゃなくて、れっきとした警察官だから」
 そこでまた「巡査部長だっけ?」という先生のちゃちゃが入り、佐伯さんが「警部補だよ!」と返す。
 叩き上げの体育会系という感じでもなく、かといってエリート系という感じでもない。癖毛なのか無造作ヘアなのか判断に困る、わずかに茶色の入った髪が印象的で、一見するとどこにでもいる普通のお兄さんだ。夏場に、しかもこんな田舎でスーツ姿をしているので、なんとなく特殊な職業だとは察しがつくが、先生が「一応」と付け加えた理由もわかる気がした。
 ついでに言うと、同級生で同い年のはずなのに、どう見ても先生のほうが年下だ。この場合、年相応なのは佐伯さんのほうである。
「はじめまして。芹川 碧乃です」
 こちらも名乗ると、佐伯さんは興味深げに私と先生を見比べた。
「先生って呼んでたけど……何? どういうプレイ?」
「助手だよ」
「助手! は〜、この貧乏探偵に助手! 君も苦労してるだろ。ちゃんと給料貰ってる?」
 佐伯さんは心配そうに尋ねたが、その質問には苦笑いしか返せなかった。常日頃からボーナスせびってます、とはとても言えない。
 しかし、佐伯さんはそれをどうとらえたのか、憐れむような口調で言った。
「こいつが大学やめたって聞いた時は驚いたけどさ、それでどうするのかと思ったら、しばらく経ってあんな貧乏事務所構えてんだもんな。大病院の息子が何やってんだか」
「佐伯」
 先生が静かに、けれどとがめるようにその名を呼んだ。そこには「それ以上言うな」という意思表示が含まれていて、佐伯さんは口をつぐむ。そして、何も言わずに歩き出した先生の背中を気まずそうに見つめた。
「……それで? 警視庁の佐伯警部補が、どうしてこんな片田舎の事件を捜査しに?」
 私たちを置いてしばらく歩いたあと、先生は場を仕切り直すようにそう尋ねた。振り返ることはしなかったが、その口調はいつもどおりのものだ。私も佐伯さんも、ほっとした表情を浮かべてそのあとを追った。どこに向かう途中なのかは知らないけれど、どうやら佐伯さんも方向は同じらしい。
「ほら、去年も一昨年も子供がいなくなってるだろ? だから今回もその件と関連性があるかもしれないってことでな。一昨年の捜索願いは、東京のほうから出てるんだよ」
 佐伯さんはそう答えたが、先生は「そうなの?」と言うように私を見た。
「一年目に行方不明になった風見 将人くん、中栖村の子供じゃないんですよ。母方の実家がこの村で、夏休みに遊びに来ていたんです」
「なんだよオイ、助手のほうが随分優秀じゃないか」
 ははは、と笑ってごまかす先生に、佐伯さんはあきれたような顔をした。
 話を聞くと、佐伯さんはついさっきこちらに着いたばかりということだった。地元警察は行方不明現場の捜索にあたっているため、佐伯さんたち東京組は、これから聞き込みに回るらしい。組といっても、佐伯さんとあと一人、上司の警部だけなのだが。
「警察のほうはどこまで捜査が進んでるんだ?」
 先生に尋ねられ、佐伯さんはしばらく考え込んでいたが、観念したように首を振った。
「正直まだなんにも。いなくなった場所の捜索は昨日もしたんだろ? それから人数増やして捜索する範囲も広げたけど、見つかる見込みは薄いだろうな……。ああいや、もちろん見つかって欲しいと思うし、みんな本気で捜してるよ。でも、去年と一昨年の例があるからな」
 そんな無責任な、とは言い返せなかった。私も先生も、心のどこかでは同じように思っていたのだろう。
 決して諦めたわけではない。けれど、あまりに情報が少なすぎるのだ。雛守神社で朱鳥様について調べたけれど、それがこの事件に関係しているのかどうかすらわからない。
「でも納得」
 佐伯さんはそう漏らして頷いた。
「なにが?」
「いや、朝一でこんな田舎へ行きたがる奴なんていないだろ? だから誰が行くかでもめてたんだけど、和泉女史から直々にご推薦があってな。それで俺が来ることになったんだけど、あれってシュウがここにいるからだったんだなー」
「姉さんが?」
 先生は驚いたように聞き返したが、私もその一言に驚いた。……姉さん?
「和泉女史って、もしかして桜子さんのことですか?」
「そうそう、女警視正。かっこいいぜ〜。警視庁の華だな」
「へぇ〜……。桜子さんが警察の人だったなんて、私、初耳です」
 そう言って覗き込んだ私の顔を見て、先生はぎくりと肩を震わせた。どうしてだろう、私はこんなに笑顔なのに。
「あ、あれ〜? 言ってなかったっけ?」
「ええ、一言も」
「あ、あはは……。だってほら、訊かれてなかっ」
 そこで先生の言葉は途切れた。というか、視界から消えた。
 どさりと何かが地面に倒れる音が聞こえたような気もするが、きっと気のせいに違いない。
「おーいシュウ、生きてるかー?」
 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

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