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碧乃さんの冥探偵日誌

依頼その5の6


 田舎のあぜ道を三人で並んで歩く。こうしていると、まるで学校帰りのような気分に……はならなかった。さすがに平均年齢が高すぎる。一人は煙草まで吸いだしているし。
「祟りぃ? ないない、そんな非科学的なこと」
 煙と共に佐伯さんはそう吐き捨てた。
「その……朱鳥様だっけ? そいつが攫っていったんなら、一体どこを捜せばいいんだよ。それこそ神社に行って神頼みするしかないじゃないか」
 以上が朱鳥様に対する佐伯さんの意見である。
 あまりにきっぱりと否定され面食らってしまったが、よくよく考えてみれば、これが一般的な反応なのだ。
 私たちは超常現象に慣れすぎていた。そのせいか、周りにいるのも肯定派ばかり。もしかしたら、某教授のように頭ごなしとまではいかなくとも、否定してくれる人物が一人は必要なのかもしれない。
 佐伯さんは携帯灰皿に吸殻をしまうと、睨むように先生の顔を覗き込んだ。
「シュウ……お前、まだ変なもんが見えてるのか? 助手にまで悪影響を与えるなよ」
 先生は苦笑いを浮かべてこちらを見た。私も苦笑いを返す。その「変なもん」目当てで助手をしていることは黙っておこう。
 その後、せっかくだから一緒に昼食でもという話になったのだが、直後に携帯で上司から呼び出しが入り、佐伯さんは慌てて去っていった。漏れ聞こえた怒鳴り声から察するに、東京から一緒に来た警部さんというのはだいぶ厳しい人のようだ。
 私と先生はといえば、午後は聞き込みをして回ったり、捜索現場に顔を出したり。けれどたいした収穫は得られず、意気消沈気味で帰路についた。ひぐらしの鳴き声がむなしさを誘う。

「お手上げって感じですね……」
 美千恵さんお手製の夕食を食べ終え、丹羽さん宅の縁側で涼んでいた時のこと。軒下に吊るされた風鈴が奏でる音でさえ、今は哀愁漂う演出に思えてしまい、ついそう呟いてしまった。
「ん、碧乃君らしからぬ弱気な発言」
 障子を開けっ放しにしていた客間で、柱を背に手帳とにらめっこしていた先生が顔を上げた。
「ここまで手がかりがないんじゃ、弱気にだってなりますよ。雲か霞をつかむみたいで……なんかもう」
「まぁ、二、三日前にいなくなった犬や猫を捜すのとはわけが違うからね」
「なくすのは簡単でも、それを見つけるのは難しいんですよね……」
 失せ物探しはどうも苦手だ。対象が目に見えないというのがいただけない。私にはストーカー撃退や浮気成敗のほうが性に合っているようだ。やっぱり石蕗さんに来てもらったほうが正解だったかなぁ。
 わけのわからない呪文を唱えながら、行方不明になった子供たちのもとへと人々を誘導する石蕗さんの姿が浮かんだ。それとも、中栖村の地図を渡せば、「…ここです」とぴたりと言い当ててくれるだろうか。あの人なら透視能力の一つや二つ、備わっていても不思議はない。
 ……だったら依頼が入った時点で解決してるだろうが。
 どんどん超人化する石蕗さんのイメージにセフルツッコミ。イメージといえば、夕食時に丹羽さんに尋ねてみたことがある。
「三鷹 茂さんってどんな人ですか?」
 これに対する回答はこうだった。
「茂くん? ああ、小さい頃から知ってますよ。今は東京のほうで仕事をしてますが、長い休みのたびこっちへ戻ってきて神社の手伝いをしてるんです。三鷹さん、奥さんを亡くしてからは男一人だから、茂くんもいろいろ心配してるんでしょう。口数は少ないですがいい子ですよ」
 私の受けた印象とは違い、周囲の評判はいいらしい。事件に関係している線は薄そうだ。まさに『振り出しに戻る』のコマに止まった瞬間だった。しかもこのすごろく、あがりが見えない。
「お手上げだー!」
 バンザイポーズで後ろへごろり。すると、逆さになった視界にこちらを見ている先生の姿が映った。
「なに見とれてるんですか」
「えっ? いや、そうじゃないけど……」
 その反応がいつもと少し違った。返ってきた言葉は同じなのだけれど、妙にトーンが低いというか、含むところがあるというか。
 先生はしばらく考え込むような仕草をしたあと、手帳を畳の上に置いて立ち上がった。私もつられて体を起こす。けれど先生は何をするでもなく、縁側に座っている私の隣に立った。そしてじっと自分の手首を見つめ――
「これ」
 そこにはめられていたものを外して差し出した。
「この村にいる間は、碧乃君が持っていて」
 それは翡翠の数珠だった。私の知る限り、先生がいつも肌身離さず身に着けているものだ。
 私は何も考えず、吸い寄せられるようにその数珠を受け取った。ひんやりとした冷たさと、わずかな重みが右手に伝わる。
「……いいんですか?」
 尋ねた時には、先生はもう客間のほうへ移動していた。柱に背をあずけて腰を下ろし、「うん」と一言うなずく。
 しばらく手の内の数珠を眺めてから、壊れ物を扱うように、そっと左手に通してみた。サイズが大きいせいか、するりと腕の中ほどまで落ちてしまう。先生はちゃんと手首で止まっていたのに。
「どうしてこれを私に?」
 本来なら一番最初に質問すべきことを忘れていた。
「うーん……念のために、かな」
 歯切れの悪い答えが返ってくる。けれど私はそれ以上深くは追求せず、ただ黙って数珠を見つめた。先生も再び手帳に目を戻す。
 いつの間にか、ひぐらしが虫の鳴き声に変わっていた。

*  *  *

 朝の四時半。やけに早く目が覚めてしまった。薄暗い障子の向こうでは、またひぐらしが鳴いている。
 二度寝をしようと思ったけれど、妙に目が冴えてしまって眠れない。私は仕方なく起き上がった。隣、といってもだいぶ離れた布団では、先生が壁と向かい合って寝息を立てている。落書きするなら今がチャンス! とも思ったが、昨日の階段上り下りで疲れていることだろうし、寝かせておいてあげることにした。私っていい助手。
 さすがに丹羽さんたちもまだ起きていないらしい。私は着替えを済ませると、そっと玄関を出た。(ちなみに着替え場所はお風呂の脱衣所だ。いくら眠っているとはいえ、先生のいる部屋ではできないだろう。乙女として)

 外の空気は一段と澄みきっていた。早朝散歩なんて久しぶりだ。
 白み始めた空に、左手にはめた数珠をかざす。青と緑のあいだを揺らぐ色。見ていると心が落ち着く不思議な色だった。
 以前、この数珠が悪霊を弾き返したことがあった。光を放ったこともある。それがこの数珠の力なのか、それとも先生の力なのかはわからない。先生はどうしてこれを私にあずけたのだろう……。
 ふと気づけば、そこは雛守神社のすぐそばだった。もやのかかったふもとから鳥居が顔を出している。丹羽さんの家から一本道のため、ぼんやりと歩いていたら行き着いてしまったらしい。
 朝ごはんまでまだだいぶ時間がある。どうせほかに行くあてもない。せっかくなので、朱鳥様に朝の挨拶でもしてこよう。
 そう思って階段に向かった足が不意に止まった。――足音がする。
 前方の、それも少し上のほう。辺りの暗さと木々の影が相まって、階段の先はほとんど見えない。けれど、確かに誰かいる。人のことは言えないとはいえ、こんな朝早くに神社になんの用があるのだろう。信仰深い村人の誰かだろうか。
 ……いや、そうは思えなかった。なぜだかわからないけれど、違うと訴えかけている。第六感というやつかもしれない。事件に関わりのある人物だと、直感的に確信した。
(――よし)
 声に出さずに呟く。私は息をひそめると、足音を立てないように階段を上り始めた。まるで平均台ほどの幅しかない薄氷の上を歩いているような緊張感だ。
 今までつちかってきた尾行能力が功をなしたのか、相手はつけられていることに気づいていないようだった。ひぐらしの鳴き声と木々のざわめきに混ざり、一定間隔で刻まれる足音が徐々に近づいてくる。それと共に視界も開け、おぼろげな後ろ姿が輪郭を現した。体格からして男性らしいその人物は、吸い込まれるように境内へと消えていった。
 その様子を階段中腹の踊り場で見届ける。そしてしばらく間を置いてから、再び階段を上り始めようとしたその時――
「んぅッ!?」
 突然、背後から腕をつかまれ、口を塞がれた。わけがわからずパニック状態になる。
「んー! んんー!!」
 めちゃくちゃに暴れると、口を塞いでいたほうの手がわずかに緩んだ。この隙を逃すものか。ヘビメタのごとく激しいヘッドバンギングでなんとかその手を振りほどく。
 さてこんな状況だが、芹川 碧乃の信条〜もしもの場合〜をお教えしよう。
 もしも自分が殺されるようなことがあったら、死ぬ寸前に相手の顔を網膜に焼き付けろ。そして死んだらそいつの枕元へ化けて出てやれ。以上。
 私は首を限界までひねり、なんとしてでも『そいつ』の顔を拝んでやろうと試みた。しかし、やっとのことで視界に収めたその顔が見覚えのあるもので驚愕する。
「お前……!」
 相手も私の顔を見て驚いたようだった。その一瞬の隙に、自由の利く右手で裏拳を思い切り顔面に叩き込む。こちらも必死なので加減はできない。そいつは低い呻き声を上げると、両手であごを押さえてよろめいた。これで体が解放される。私は猛ダッシュで階段を駆け上った。退路はそいつによって塞がれているため、境内を目指すほかなかったのだ。

*  *  *

 社務所、開いてない。土倉、開いてない。手水舎、丸見え。
 まるでかくれんぼで隠れる場所が見つからず、右往左往している子供のようだ。早くしないと鬼が来てしまう。ああ、これが遊びだったらどんなによかったことか。
 ホラー映画の登場人物って馬鹿ばっかり。今、その考えを改めようと思う。
 ごめんなさい。馬鹿は私でした。当事者になって初めてわかった。彼らの行動は至極まっとうなものであり、なおかつ人として理にかなっている。
 追われたら逃げる。恐ろしいものがいたら身を隠す。
 これはもう本能だ。そうせざるにはいられない。だって、今の私がまさにその状態なのだから。しかもまったく頭が働かず、間抜けにも賽銭箱の後ろで身を縮めているという体たらく。頭隠して尻隠さず。黄色いあんよが見えてるよ。混乱のあまり自分でも何を言っているのかよくわからない。

 ――カツン。

 足音が聞こえ、反射的に身がこわばった。階段のほうからのような、境内の裏からのような……。音の方向さえ正確に判断できなくなっている。私はどうすることもできず、しゃがんだままじりじりと後ずさった。
 これは今までに感じたことのない恐怖だ。幽霊なんかよりも、生きている人間のほうがよっぽど恐ろしい。心底そう思った。
 無意識のうちに右手が数珠に触れている。ヒロインのピンチに颯爽と現れるのがヒーローってものなんじゃないのか。少なくとも、私の読んだ本に出てくるヒーローたちはそうだった。でもまぁ、ヒーローってがらでもないか、あの人は……。
「……先生……うわっ」
 背中に当たった壁に体重をあずけた瞬間、支えが消えて後ろにひっくり返ってしまった。よく見ると、それは壁ではなく格子状の扉で、ひっくり返った先は本殿の中だった。

 ――カツン。

 再び足音が響く。方向はわからないが、先程より近づいているのは確かだ。
 私は迷わず本殿に入り扉を閉めた。幸運にも鍵が開いていたのだ。こうなったらもうここに隠れてやりすごすしかない。静まり返った板張りの部屋を忍び足で奥へと進んだ。朱鳥様、土足なのは見逃していただきたい。
 神社の本殿に入ったのは、大学受験の合格祈願以来だ。ここにいると神様に守られているような気がする。早鐘を打っていた心臓も、しだいに落ち着きを取り戻してきた。ほっと安堵の息をつき、へたり込むようにその場に腰を下ろしてしまった。
 ……あの人は私をどうするつもりだったのだろう。いなくなった子供たちのように連れ去ろうとしたのだろうか。なんにせよ、帰ったら先生に報告しなければ。それで今回の事件は解決だろうか……。
 何気なく辺りを見回すと、部屋の一番奥に祀られるようにして置かれている厨子が目に入った。すぐに三鷹さんの話が頭をよぎる。御神体である朱鳥様の羽根。あの中にはそれがしまわれているに違いない。
「…………」
 その時にはもうほとんど恐怖心は消えかけていた。今は知的好奇心と探偵助手根性がそれを上回っている。
 誰もいないとわかっている(というかいたら困る)のだが、お約束として周囲を確認すると、厨子の扉に手を伸ばした。失礼します、朱鳥様。
「……まぁ、当然か」
 年に一度だけ御開帳する大事な御神体だ。そんな貴重品の管理がずさんなわけもなく、当たり前のように扉には鍵がかかっていた。本殿に入り込めたのだからもしかしたらと思ったのだが、朱鳥様もそこまでお人よしな神様ではなかったらしい。
 ふぅ、と落胆して手をついた。そこでまた発見する。なにやら床に違和感が。
 薄暗い中、這うようにしてぺたぺたと触ってみると、わずかに感触の違う箇所があった。目を凝らしてみると、その部分の床だけ微妙に色が違っている。一メートル四方の正方形ほどの大きさだ。
 コンコン。これは普通の床。
 トントン。これは違和感のある床。
 叩いた音が、これまた微妙に違っている。何かありそうだ。

 ところで話は戻るけれど、一つ訂正しておきたいことがある。
 ホラー映画の登場人物は馬鹿ばっかり。これは確かに間違いだ。しかし、彼らの行動が至極まっとうだとか、理にかなっているだとか、それもまた間違いだった。正しくは、『ホラー映画の登場人物になると馬鹿になる』、だ。
 ……というか、私があまりにも馬鹿すぎただけかもしれない。
 ついさっき襲われたばかりだというのに、一体何をやっているのだろう。床なんてどうでもいいよ。それより外の様子を窺えよ。隙を見て逃げ出せよ。
 今となってはすべてあとの祭りだ。本殿の扉に思いっきり背中を向けて床に這いつくばっていた私が、とっさに反応できるわけもなく。その気配に気づいて顔を上げた時には時すでに遅し。鈍い音と鋭い衝撃と共に、目の前にオレンジ色の火花が散っていた。
「う、あ……っ」
 たぶん、口から漏れたのはそんな言葉だろう。床に倒れ込んだ時の派手な音のせいで、自分でもよく聞こえなかった。
 地面と平行になった視界に誰かの足が入り込む。首が動かないので視線だけを上に向けた。
 もしも自分が殺されるようなことがあったら、死ぬ寸前に相手の顔を網膜に焼き付けろ。そして死んだらそいつの枕元へ……駄目だ。相手のひざから上を見ることができない。これじゃあ、化けて出られない――

 そこで視界は暗転した。そこから先の記憶はない。

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