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便利屋×冥探偵日誌 2


203号室デ逢イマショウ 中編



 せっかくこうして出くわしたんだ、今回もまた共同戦線といきましょーや、東京のおふたりさん?
 とは、武史の弁。福岡組の実力は、幽霊屋敷の件で承知済みだ。柊一朗と碧乃は、これは心強いとありがたく申し出を受け入れた。
 そうとなれば善は急げ。先陣を切って武史がドアノブをひねった。が、思った反応は返ってこない。がたんと木造のドア枠が揺れただけで、203号室の扉が開くことはなかった。
 当然だ。外観はいくら古びていても、空き部屋を開放しておくほどずさんな管理はしていないだろう。だが心配はいらない。東京組のクライアントは、このアパートの管理人。前もって部屋の鍵はばっちり受け取ってある。
 ……受け取ってある、が、それがこの場になければなんの意味も持たない。
「ごめん事務所に忘れてきた……」
 誰の台詞とはいわずもがな。面目ないとうなだれる当事者を、碧乃はグーパンチとともに一喝した。
「何しにここに来たんですかーっ!」
 容赦なく上司を怒鳴りつける碧乃と、助手にめためたに言われてへこむ柊一朗。そんな図を見て、武史は先行きを憂い、協力を申し出たことをほんの少し後悔した。それは魅貴も同じだったようで、
「このふたり、いつもこんなでだいじょぶなのかな……」
「そこはほら、あの敏腕秘書ブッキーが多分にフォローをしてくれてるんだろ」
「ブッキー? またそんな変なあだ名つけて」
 あきれながらも、クールな彼にはあまりにも似合わないネーミングに、魅貴はこっそり吹き出した。
 そんなふたりの会話が耳に入ったのか、柊一朗が唐突に叫んだ。
「そうだブッキー! じゃなくて、石蕗、石蕗を呼ぼう!」
 どうやら今後の対応について口論していたらしい。
「鍵持ってきてもらうんですか?」
「そうそう。そのほうが事務所に取りに戻るより早いでしょ?」
「そうですね。またあの恐怖の階段を往復するスリルを味わわなくて済みますしね」
「う」
「まあそんなへたれた画策はお見通しだとしても、無用なタイムロスをさけたいのは確かです。いいでしょう。そうしてください」
 碧乃は納得したようにうなずくと、柊一朗のポケットから携帯を抜き取り、さあほら早くと突きつけた。それを受け取り、言われるままに電話をかける柊一朗。どこまでもパワーバランスが地位と比例しないふたりである。
 さて、誰かさんの笑えないうっかりミスのおかげで、望まずとも空き時間ができてしまった一同。石蕗が鍵を届けに来るまでのあいだ、どうして暇をつぶすのかというと――それはまあ、雑談くらいしかない。こんな細い通路ではだるまさんがころんだもできないし、劣化しきった階段ではじゃんけんぽん、パイナツプルと遊ぶこともできない。だいいち、いい年こいた大人が四人も揃ってそんな遊戯に興じる姿は、はた目からしてかなり寒い。それよりなにより、住人への迷惑を真っ先に考えろという話である。
 そんなわけで、第一回・探偵ふたりと助手ふたりによるトークライブinオンボロアパート開催。
「なあ、ちょっと気になってたんだけど」
 ネタふりは武史だった。質問の対象は碧乃。
「いつのまにか俺に対してタメ口になってない?」
「なにか不満でも? タメ口もなにも、事実タメなんだから別にいいじゃない」
「や、そうなんだけどさ……。でも他社とはいえ社長さんだよ? 企業のトップだよ? それ相応の敬意を払ってくれても、ばちは当たらないと思うんだけどナー」
「だから『社長さん』って呼んでるでしょう」
 こうも悪びれなく返されると、さすがの武史も揉むぞ発言すらできない。なぜか自分のほうが責められている気さえしてきて、いじけたように口をとがらせた。
「アオッチのそれには、宴会での『よっ、大統領!』に似たニュアンスを感じて素直に喜べないってゆーか」
「あ、アオッチ? ちょっとちょっと、なに勝手にへんてこなあだ名つけてくれちゃってんの」
「なんだよ、アオノンのほうがよかった? それとも高橋サンにならって碧乃君とでも呼んでやろうか」
「やめてよねーっ! 先生以外がそう呼んでも、返事なんてしないから!」
 本気で心外そうに叫ぶ碧乃を見て、魅貴がはは〜んと目を細めた。
「特別なんだ?」
 とたん、ガハッとのどに物が詰まったように息を止める碧乃。しかしすぐに深呼吸すると冷静を取り戻し、別に、とそっけなく返した。
 そんな様子を見て、武史は弱みを握ったがごとく不敵な笑みを浮かべると、それまで少し離れた場所で三人のやりとりを眺めているだけだった柊一朗を輪に呼んだ。けれど柊一朗は、若い人同士で盛り上がっているようだから、と遠慮がちに手を振る。
「なーに年寄りくさいこと言ってんだよー」
 ジョークと受け取ったのか、なかば強引に連れ込もうとする武史に、柊一朗は困惑した笑みを浮かべるしかできない。それを見て、碧乃が「そうよ!」と声を上げた。
「タメ口うんぬんを言うなら、社長さんだって先生に敬語使ってないじゃない」
「ん? そりゃアオッチ、同じ探偵として親しみの念を込めてだな」
「親しみもいいけど、年長者にはそれこそ敬意を払うのが世間の常識だと思うけど?」
「年長者って。はは。そうは言ってもたいして歳なんて変わらな……」
 武史の言葉に、柊一朗と碧乃は、同情ともあきれともつかない表情を揃って浮かべる。哀れみすら入り混じった視線を向けられ、武史はどうかしたのか? と首をかしげた。隣の魅貴も、碧乃たちが言わんとするところを理解してはいないようだった。
 碧乃はやれやれとばかりに嘆息すると、武史と魅貴の耳元でなにごとかささやく。
 瞬間、ふたりの口から悲鳴が飛び出た。そして、驚愕の表情で柊一朗を見つめる。
「見えない……」
「見えない……」
 武史と魅貴が、続けざまに同じ台詞を漏らす。さらに武史は柊一朗のもとへ歩み寄ると、その肩にぽんと手を乗せ、反省のポーズ。
「すまん、いやすみません、いやまことに申し訳ありませんでした。てっきりせいぜい四、五歳しか違わないのかと……。しかもあれですか、ブッキーのほうが年下なんですか! いやはや、数々の無礼、許していただきたい」
「や、大丈夫です、慣れてるんで……。言葉遣いなんて全然気にしてませんでしたから、どうぞそのままで。というか、なんか、こちらのほうこそすみません……」
 なぜかむしろ柊一朗のほうが申し訳なさそうだった。
 その後、お互い妙に腰の低いやりとりを交わした結果、武史のタメ口は以前のとおり、その代わり柊一朗が敬語をやめる、という形に落ち着いた。
 そんなところでトークライブは終了。
 アパートの前の道路に、一台の車がやってきた。停車した柊一朗の愛車、シルバーのルポGTIの運転席から、コンパクトカーには不釣合いな長身の青年が降りてくる。――石蕗だ。彼は一同が一様に面食らったアパートのすさまじい外観に、まるで驚くそぶりも見せず、柊一朗が骨を折った例の階段も、分厚いコンクリートの上を歩くがごとくするするとのぼってきた。そして、四人のもとへたどり着くと、
「…お待たせしました」
 そう言って、一本の鍵を柊一朗に差し出す。
「…もっとも、所長がしっかりしていれば、このような場所でみなさんをお待たせすることもなかったのですが」
 次いで飛び出す容赦ない口撃に、柊一朗は、うっと言葉を詰まらせた。それからしゅんと縮こまり、ごめんなさいありがとうございましたと謝罪と礼を述べてから、203号室の鍵を受け取るのだった。
「オイオイ、秘書にまでそんな言われようなのかよ……」
 思わず呟く武史。どうやら高橋探偵事務所、ヒエラルキーは所長である柊一朗が一番下のようだった。

 紆余曲折を経て、今度こそ203号室に足を踏み入れた、探偵ふたりと助手ふたりと秘書ひとり。噂の幽霊部屋の実態はというと、
「狭いって!」
 一番乗りした武史が叫ぶ。
 ご存知のとおり、ここはバラックと見まごうボロアパート。見てくれはひどいが、中に入れば4LDKの快適なフローリングルームが広がっている――なんてサプライズがあるはずもなく、中身もそれ相応のものだった。
 風呂・トイレなしの四畳半、押入れ付き。
 起きて半畳というが、その理屈でいうと五人で二畳半。立っているだけで、すでに二分の一以上の空間を占めていることになる。幸い空き部屋ということで家具はひとつもなかったが、ひとり分の布団を敷いたら半分が埋まってしまいそうなこの部屋に、大人五人はさすがに容量オーバーだった。これでは幽霊が出てくるスペースもないのではないだろうか。
「あーもー、総員退却! これじゃまともに動けないだろ。まずは霊査するやつがひとり入って、幽霊が出たら除霊担当が突入。いいな!?」
 武史の指示で、五人はぞろぞろと列をなして玄関へ向かった。じつにまぬけな構図である。誰かひとりくらい、こうなる事態を予測していてもよかったものを。
 しかし、列の先頭にいた石蕗が、ドアノブに手をかけたところで動きを止めた。
「…開きません」
 特になんの感情も浮かべず、一言端的に状況を述べる。
 ――開かない!?
 四人の声がみごとにシンクロした。その瞬間、ピシリと天井がきしんだ。家鳴りとは違う、空気を切り裂くような鋭い音。
「お出ましね」
 碧乃が真剣な顔つきで、けれど興奮を抑えきれない様子で呟いた。それを合図とするように、他の者たちの目つきも変わる。
 取り巻く空気が、冷気を帯びた。
『――お帰りなさい――』
 透き通るような声が五人の耳に届いた。同時に、声の主が姿を現す。
 長い黒髪の、若い女性。
 声と同じく透き通った体を持つ彼女は、明らかにこの世のものではなかった。
『お勤めご苦労さま。おなかすいてるでしょう? 夕ごはん、用意してあるからね』
 女性は穏やかな笑みを浮かべて語りかける。まるで、恋人を相手にしているかのような。
 住人を呪い殺した、など噂される凶悪な幽霊にはとても見えないその姿に、一同は困惑する。対処しかねる中、武史が魅貴に小声で尋ねた。
「……なあ、正体はこの部屋で自殺したって女なのか?」
「そのはず、だけど……」
「よし」
 それを聞くと武史は大きくうなずき、一歩前へ進み出た。
「あんた、恋人に裏切られたんだってな。つらかったと思う。殺したいくらい憎かったと思う。その気持ちはよくわかるよ。でもな、それで無関係の人間を巻き込んでもいいって理由にはならねえよ。ましてや呪い殺すだなんてもってのほかだ。今のあんたにゃ男はみんな憎悪の対象なのかもしれない。だけど、全員が全員、あんたの恋人みたいにひでーやつってわけじゃない。たったひとりの妹を心から大切に思っているやつもいれば、性悪死神に馬車馬がごとく働かされてるかわいそうなやつだっている。あんたが殺した上原 祐哉は、間違いなくそっち側の人間だったよ!」
 武史は凛と言い放ち、揺るぎない視線でくうを射抜いた。
 あたりがしんと静まり返る。武史が部屋の中央をにらみつけたまま、しばし無言の時が流れた。ややあってから、非常に言いにくそうに魅貴が申し出る。
「……社長、幽霊あっち」
 指差したのは、武史が見据えた方向とはまるであさっての押入れ前。
「…………」
 武史の顔がみるみる紅潮していく。
「あーちくしょう、眼鏡の調子悪いなー!」
 などとわざとらしく声を張り、眼鏡をはずして大げさにレンズをこすってみたりするが、時すでに遅し。なにやら熱心に語りかけていた言葉がわりといい台詞だっただけに、恥ずかしさは倍増だ。東京組の面々(ただし石蕗はのぞく)も、これには苦笑いを浮かべるしかない。
 武史はこほんと咳払いをすると、今度こそ女性のたたずむ方向を向き、びしりと指差しテイク2、アクション。
「あんた! 恋人に裏切られたんだってな!?」
 そこからやり直すのかよ! と一同(ただし石蕗は以下同文)、思わずずっこけそうになるが、しかし武史と違って幽霊の姿をとられることのできる碧乃は、その異変に気づいた。
「……なにか、様子がおかしくないですか?」
 碧乃の言葉を受け、視える者たちは女性を注視し、視えないひとりは耳を澄ませた。
『おか、お帰りなさ……い、ご……ごはん、用意し……テ、ごハ……ナサ、い……』
 まるで壊れたテープレコーダーのように、不自然に途切れた言葉が女性の口からこぼれ出る。繰り返すごとに、それは意味をなさない単語の羅列になっていった。けれど、女性は変わらず微笑みかけてくる。そのアンバランスさが不気味な不協和音を生み出していた。
 五人は、背筋が粟立つ感覚を覚えた。
 刹那、女性の動きがぴたりと止まる。波が引くように、その顔から笑みが消えた。
「まずい、かも」
 魅貴が呟いた瞬間、耳をつんざく怒声がとどろいた。
『裏切り者!!!』
 びりびりと空気が振動する。魅貴と碧乃は思わず耳をふさいだ。
 床が、壁が、天井が、ミシミシと音を立ててきしむ。女の声に呼応するように、激しいラップ音が部屋中から鳴り響いた。肌で怒りを感じる攻撃的な音だ。
『あなたも私を裏切るの――また私をひトリニスルノネ!?』
 本性を表した女は、髪を振り乱し、いまや鬼の形相と化していた。耳まで裂けた口からは、痛イノ! 痛イノ! 痛イノ!! と獣の咆哮にも似た悲痛な叫びが洪水のようにあふれ出る。見せつけるように掲げた左手首からは、鮮やかな血がとめどなく流れ、畳の上に赤い水溜りを作っていった。
「オイ……オイ、どうなってんだよ! ヤバいんじゃないのか!?」
 幽霊の姿を視ることのできない武史は、だが女の叫びに異常な事態を察する。相方に状況を尋ねると、魅貴は切迫した様子でやや早口に告げた。
「ヤバイ。かなり怒ってる。なんか血ぃだらだら出てる。今にも襲い掛かってきそう」
「きそうって、襲い掛かられる前にどうにかしないとまずいだろ! 女は? まだ押入れの前か!?」
「うん。まだそこにいる」
 武史はうなずくと、押入れの前――女がいるであろうと見当をつけた場所をにらみ、懐から赤い符を取り出した。そして、その空間目掛けてすばやく貼りつける。
 どおん、と炸裂音。符を貼られた対象は、みごとその原型を失った。
「ああーーーッ!!」
 同時に悲鳴。だが、声の主は、
「ちょっとどこ狙ってんの!? 押入れ壊してどーすんのよ!」
 碧乃だった。そして、彼女が指差す先には、ふすまに大穴をあけた押入れがあった。誰のしわざかは問うまでもない。碧乃は幽霊も真っ青の鬼の形相で武史に噛みついた。
「ノーコン! へっぽこ社長! あとで修理代請求されたらあんた払いなさいよねーっ!」
「ばかやろう不可抗力だ! こちとら視えねーんだから百発百中とはいかねえんだよ! 文句言うなら揉むぞ!?」
「黙らっしゃい! 揉み返すわよ!?」
「どこをだ、どこを!!」
「んまーっ! 純情可憐な乙女の口から、そんな破廉恥な言葉を言わせる気!?」
「純情可憐な乙女がどこの恥部を揉もうとしてたんだっ!」
 アパート全域に筒抜けであろう大声で、そんな言い合いを始めるふたり。
 この状況下でなんと緊張感も恥じらいもない……と常識的な反応を見せるのは、このメンツでは柊一朗ただひとりだった。その彼にしても、口論を仲裁するは力量は持ち合わせておらず、力ない笑みを浮かべてことのなりゆきを眺めているしかできない。
 残る二名はというと、石蕗は案の定、微動だにせずたたずんでいる。魅貴は武史と碧乃のやりとりを見て、
「も、揉み返す……。なるほど、その手があったか」
 などと感心した様子でメモを取っていた。
 そんな助手の姿を武史が目ざとく見とがめる。
「こらこらミッキー、よけいな知識を身につけない! 揉むぞ?」
 その言葉を聞いた瞬間、魅貴はここぞとばかりに言い返した。
「揉み返すわよっ」
「ほおーう。どこを揉もうってんだ? ん?」
「へ!? そ、それは……その……ううう」
 さすがにそこまでは碧乃のように切り返せないのか、魅貴は返答に窮してうつむいた。その反応に、武史はきらりと眼鏡を光らせる。レンズの奥で愉快そうに目を細めると、魅貴の顔を覗き込みながら、「ほらほら、言ってみ?」といやらしく催促した。
 執拗なセクハラ攻撃に、魅貴はとうとう負けを認める。
「……か……肩、です……」
「よーしよし、思う存分揉んでもらおうじゃないか」
 勝者武史は満足げに腕を組むと、敗者魅貴に背を向けた。男は背中で語るもの。そのとき、武史の背が語りかけてきた言葉はたった二文字。
『揉め』
 魅貴は涙を呑んでその肩をお揉みして差し上げるのだった。
「こんなときに何やってんのよ……」
「うん、碧乃君がそれ言わない」
 柊一朗がやんわりツッコミを入れるが、そう、こんなときなのだ。確か先ほどまでは、怨霊と対峙し、非常に危機迫った状況だったはずである。それが一転、愉快な仲間たちの愉快なやりとりでなごやかに――なるはずもなく、それをこの部屋の主、幽霊の彼女がよしとするはずもなく。
 今までその存在を忘れ去られていたかに思えた彼女は、おのれをないがしろにされた怒りをぶつけんと、実力行使に打って出た。
 ――ピシィッ!!
 ひときわ甲高いラップ音が響いたかと思うと、次の瞬間、部屋の正面にある窓ガラスが砕け散った。
「うあーーーッ!!」
 またしても碧乃から悲鳴。しかし、今回ばかりは修理費どうこう言うより先に、その身が窮地にさらされた。
 粉々に砕けたガラスの破片が、宙に浮く。ふよふよと漂うそれらは、一定の高さまで浮上すると、ぴたりと静止した。まるで、狙いを定めたかのように。
 否、狙いを定めて。
 なんの合図も待たず、無数の破片が五人目掛けて襲い掛かった。ほぼ同時に、真っ先に動いたのは柊一朗だった。皆の前に躍り出て、左手をかざす。するとその手首にはめられた翡翠の数珠が光を放ち、半円形の楯を生み出した。そこへ一拍も置かず鋭いガラスの雨が降り注ぐ。が、その粒はどれもが光の壁に触れた瞬間、勢いを失って床に転がった。
 被害ゼロの集中豪雨はすぐにやみ、再び静寂が戻る。柊一朗はひと仕事終えたように小さく息をついた。魅貴と碧乃は揃って拍手し、武史は口の端を持ち上げる。
「やるねえ、高橋サン」
「どういたしまして」
 柊一朗がへらりと笑い返すと、武史は首をコキコキと鳴らし、肩を回して気合を入れた。
「よっしゃ。ミッキーのおかげで肩の凝りもほぐれたことだし、今度こそしとめますか!」
 武史は再び赤い符を取り出し、構えの姿勢をとる。
「ミッキー! 敵さんは!?」
「部屋の右隅、社長から見て二時の方向! ……あ、下のガラス気をつけてね」
「おう、サンキュー」
 足元に散らばるガラスの破片を飛び越え、武史は魅貴のナビと女の声――いまや呪詛の言葉でしかない――を頼りに、照準を合わせた。符を持つ手を振りかぶる。
 爆音が、倒壊間近のアパートを揺らした。
『アアアァァアアッッッ!!!』
 同時に金切るような女の悲鳴。ギャラリーからおおっ! と歓声が上がり、武史は確かな手ごたえに小さくガッツポーズを作った。
「へっへ、さすがに二度目ははずさねーぜ」

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