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PoP×冥探偵日誌 4


九重区七不思議その48・エリア91の怪 中編



「イエーーーッ!! ノッてるかーーーい!?」
 マイクをハウリングさせ、中田がギャラリーをあおぐ。
「イエーーーーーッ!!」
 メンバーも負けじとコールを返した。狭い室内は大盛り上がりだ。
 事務所からところ変わって、ここはカラオケボックス・エリア91の一室。広塚・柊一朗のだるペアを引きずり、一同は噂の現場へとやってきたのだった。
 さっそく調査といきたいところだったが、現在営業時間中。休日ということもあり、満室に近い状態だった。例の幽霊は空き部屋に出るという話なので、客が減るまで待たなければならない。おそらく深夜をまわるだろう。適当にぶらぶらするわけにもいかず、六人はエリア91の一室を借りることにした。
 バイト中だったなる子の友人に事情を話し、空き部屋で異変がおきた際はすぐに連絡を入れてもらうよう頼んである。ひとまずそれまでは待機、なのだが――遊び盛りの若者たちが、カラオケマシンを前にじっと「待て」の姿勢を保っていられるはずもなく。
「中田、行きまーす! 俺の歌を聴けぇええ!!」
「今日は碧乃さんのファーストライブに来てくれてありがとーっ!」
「愛するフィアンセに捧げます。聴いてください」
「四番、九重区から来ました如月 なる子です! 尊敬する先輩のために心をこめて歌いますっ」
 といった調子で、すでに入室から五時間以上が経過していた。四人はまったく疲れる気配がない。だいぶ壊れかけてはいるが。
 中田はいつも以上のテンションでアップテンポな曲を熱唱して場を盛り上げ、水市はクラスの女子を卒倒させそうな美声でバラードをしっとりと歌い上げている。碧乃はさすが現役女子大生というべきか、合コンで歌えばさぞ男受けの良いだろう曲ばかりを狙いすましたようにチョイスしている。意外だったのは、どんなオカルトソングを歌うのかと思いきや、流行りの女性歌手の曲を次々歌いこなすなる子だろうか。歌のセンスだけは、きちんといまどきの女子高生をしていたらしい。
 ……四人。マイクが渡り歩くのは、この四人のあいだだけ。
 入室したときには六人いた。では、残るふたりはどこへ行ったのかというと――今もちゃんと室内にいた。すっかり影が薄くなってしまったが、というより、みずから影が薄くなることを望んだのだが、ともかく、広塚と柊一朗もそこに同席していた。
 広塚はいつの間に注文したフライドポテトをひたすらぱくつき、柊一朗は碧乃に無理やり持たされたタンバリンでやる気のないリズムを刻んでいる。どちらも共通してどこか遠い目をしていた。そしてマイクには指ひとつ触れていなかったし、触れるつもりも毛頭なかった。
 とにかくカラオケというものが、場所が、その存在自体が苦手なふたりなのである。
 その頃、同じ部屋の中なのにまるで別の国のように遠い空間では、碧乃が「天●越え歌いまーす!」とステージに立ち、周りから「渋いっ!」「ヒューヒュー!」「先輩愛してまああああっす!!」などと歓声が上がっていた。
「さっさと幽霊に出てきてほしいと思ったのは初めてだ……」
 広塚の呟きは、大音量のGBMにかき消されるだけだった。
「先生も一曲くらい歌いましょうよー」
 採点で九十五点を叩き出した碧乃が、上機嫌で柊一朗の隣に腰を下ろす。
 柊一朗がその言葉を聞くのはこれで十二回目だ。そして、十二回とも同じ返事を返す。
「僕はいいよ」
「もー! 何しにカラオケに来たんですかあっ!」
「……空き部屋に出るっていう幽霊の調査だよね……?」
 すっかり本来の目的を忘れているらしい碧乃に、柊一朗が疑問系で答える。碧乃は聞いているのかいないのか、歌本をぱらぱらとめくってさっそく次の曲を選んでいるようだ。
 一方のステージでは、中田と水市のふたりが、男性アイドルデュオの曲をふりつきで歌っていた。なる子が歌詞の合間に、「ゆーき!」「せーじ!」と合いの手を入れている。とてもじゃないが、そのノリにはついていけない広塚と柊一朗だった。
「先生! ひとりで歌うのが恥ずかしいなら、私が一緒に歌ってあげてもいいですよっ?」
 碧乃がぴょこんと顔を上げて提案する。どうやら歌本を見ていて思いついたようだ。碧乃が開いたページには、古今東西のデュエット曲がずらりと並んでいた。
「あっ、いいですね〜。まだデュエットって誰も歌ってなかったし」
 歌い終えた水市が、キラキラとさわやかな汗を弾きながらやってくる。ステージでは引き続き中田のソロが始まっていた。
 水市の加勢が入ったことで、柊一朗はとたんに分が悪くなる。
「や、僕はいいから。最近の曲は詳しくないし……。それよりふたりで歌いなよ」
「なんだよしゅーちゃん、女の子に誘われて断るわけ? うわー、最低だ」
「ひどいです先生っ! 私からあんなこと言わせておいて、恥をかかせる気ですか!?」
「そんな大げさな……」
 碧乃がさめざめと泣きまねをし、水市がそれをなぐさめるふりをする。こうなるともう柊一朗は強く出られない。小野・なる子コンビとは違った意味でやっかいなタッグだ。ふたり揃って頭の回転が速く、その上、演技上手で口が達者なぶんたちが悪い。……そして、味方も多い。
「ああーっ! 先輩を泣かせましたね!? 先輩をいじめるやからは、誰であろうとこのわたしが許しませんよっ!」
「見損なったぜしゅーちゃん! こういうときにノれないなんて、男として最低だな!」
 なる子に続き、中田まで歌を中断して便乗してくる。
 中学生と高校生から非難ごうごうの三十二歳。彼は隣に座る、約二十歳年下の少年をすがるように見つめ、無言で助けを求めた。しかし、広塚は悟りきった表情で、ふるふると力なく首を横に振るだけだった。
 一対五ではもうどうしようもない。柊一朗は抵抗をあきらめ、白旗の代わりにマイクを握るのだった。

 それから五分も経たないのち。
 マイクは再び元のサイクルへ戻り、今はなる子が懐かしのアニメソングでひとり盛り上がっていた。
「なんだ先生、全然へたじゃないじゃないですか」
 碧乃がソファーに座り、意外そうに述べた。それは柊一朗とのデュエットを歌い終えての率直な感想だった。
「あーんなにいやがるもんだから、どんな音痴なのかとこっちがひやひやしてたんですよ?」
「ひやひやするくらいなら最初から誘わないように……。うまいへたはともかく、苦手なんだよ、人前で歌うの……」
 そう言って柊一朗はうなだれる。さすがにどう言いくるめても二曲目は歌ってくれなさそうだ。隣の碧乃はいくぶん物足りない様子だが。
 そんなふたりを遠巻きに眺め、中田・水市、そしてめずらしく広塚が輪に加わってささやきあっている。
「しゅーちゃん、ああ言ってるわりには妙にさまになってたよな……」
「芹川さんの選曲が絶妙だったんじゃない?」
「なんか、はまりすぎてたっていうか、真に迫ってたっていうか」
 三人は歌唱中の柊一朗と碧乃を思い返し、揃ってうむうむとうなずいた。
 碧乃が選んだ曲は、少々古いが少年たちも知るデュエットの定番ソングだった。浮気を開き直る男と、それを責め立てる女――という歌詞なのだが、ふたりが歌うと、なぜか激昂する女と、それをなだめる男の図になってしまうから不思議だ。おまけに碧乃は、出だしから「いつもへたれてばかりで」と的確な替え歌までしていた。
「……実話だったりして」
 広塚がぽつりと漏らす。まさか、と言いかけた中田と水市だったが、じつは同じようなことを考えていたため言葉を呑んでしまう。そして思わず同意しかけたとき、碧乃がじっとこちらを見つめていることに気づいて動きを止めた。
 碧乃がにっこりと微笑む。三人もぎこちない笑みを返す。次いで碧乃が席を立つ。三人はぎくりと肩を震わせた。……もしかして、聞かれていたのだろうか。
 碧乃はつかつかと歩み寄ると、発言者・広塚の隣にどかりと腰を下ろして顔をのぞきこんできた。その表情はあいかわらずの笑顔で、そこに怒りが隠されているのか読むことができない。広塚は蛇ににらまれた蛙のごとく固まった。
「――ね、広塚くんも歌おーよ」
「…………は、い?」
 予想外の台詞に、広塚は目を丸くしてしまう。
「先生も歌ったし、これで歌ってないのはきみだけになったよ? せっかく一緒にカラオケに来たんだし、一曲くらい聴かせてほしいなあ」
 どうやら碧乃は、単に広塚がまだ一度も歌っていないことが気になっただけらしかった。
 少年三人はほっと息をつく。フリーズを解くと、中田はデンモクで曲検索を始め、水市は歌い終えたなる子からマイクを受け取った。広塚は苦笑いを浮かべつつ、碧乃の誘いをなんとか断ろうと試みる。
「いえ、とても人に聴かせられるようなものじゃないんで……」
「そんなの全然関係ないよ。楽しく歌えばそれでよし!」
「あー……でも俺が歌うと場が盛り下がりますから……」
「そーんなことないって! じゃあ、お姉さんがナウなヤングにバカウケなノリノリソングを選んであげまっしょい」
「おねーさんいつの時代の人ですか……じゃなくて。いや、ほんとにいいですから」
「ぬわにぃ〜? この碧乃さんが選んだ曲が歌えないとでも!?」
「……芹川さん、酔ってます?」
 部下に絡む酔っぱらいオヤジよろしく詰め寄ってくる碧乃に、広塚が若干引き気味に尋ねる。しかしその質問は彼女の気に障ったらしく、
「しっつれいな! いくら飲み放題コースを頼んでても、仕事中にアルコールを飲むような不届きなまねはしないわよ?」
 と、目の据わった表情でまるで説得力のない主張をする。
 もうだめだ。広塚が碧乃の魔手から逃れることをあきらめたそのとき、壁に掛けられた内線電話が鳴った。すぐそばにいた中田が受話器を取る。
「あ、延長二時間お願いしまーす」
 中田は慣れた様子でそう告げと、「それからコーラひとつ」と付け加えた。
「ほかに飲み物いる人ー?」
「俺ウーロン」
「わたしカルピスソーダ!」
「あとカシスオレンジね」
「こらこらこら」
 最後のツッコミは柊一朗だ。碧乃がへ? と振り返る。
「言ったそばからなに頼んでるのかなきみ」
「あ、間違えた。私オレンジジュースねー」
 碧乃が訂正し、中田が各人の注文を伝えようとするが、すべて言い終わる前に口を閉ざしてしまった。受話器の向こう側の相手がなにやらしゃべっている。が、要領を得ない。
「……は? 空き部屋? ここは違いますけど……」
 中田の様子に、ほかの者たちも異変を察する。水市がうるさく流れ続ける曲をリモコンで止めた。
 なにごとかと一同の視線が集まる中、中田が全員を現実に引き戻す言葉を漏らした。
「は? ――出た!?」
 何が、と問う者はいなかった。みな瞬時に思い出す。ここに来た目的、これからすべきこと。カラオケの熱気にあてられたのか、広塚、それに柊一朗までいつの間にか失念してしまっていたらしい。
「315号室だって!」
 中田が告げると、一同は部屋を飛び出した。
 時刻はすでに深夜。窓の外は暗く、廊下の空気も夜の冷気をはらんでいる。やけに肌寒く感じるのは、今このとき、得体の知れないモノと同じ建物内に同居しているかもしれない、と意識してしまったせいだろうか。
 エレベーターに乗って一階から三階へ向かう途中、広塚がおっくうそうに呟いた。
「わざわざ部屋までいかなくてもさ、小野にはほんとに幽霊出ましたーって言えばいいんじゃない?」
「……広塚よ。それでわれらが長月の鬼が納得してくれると思うのか?」
「…………」
 中田の問いに広塚は口を閉ざす。代わりに水市が一言、「ないな」と返した。
 実際に現れてしまった以上、接触してインタビューのひとつでもしてこなければ、小野の満足を得られることはできないだろう。つくづくやっかいな友人を持ったものだ。
 少年三人が憂鬱な気持ちになっているうちに、六人が乗り込んだエレベーターは三階に到着した。一同が目指す315室は、廊下の突き当りを右に曲がった一番奥だ。本来、空室ならばドアは開け放たれているはずなのだが、その部屋の入り口はきちんと閉められていた。……ナニカが入室しているあかしだというのだろうか。
 ドア一枚隔ててそのナニカと対峙しているのかと思うと、さすがの六人も知らぬ間に息を呑んでしまう。ここに来てさらに寒さが増したようだ。
「……いますか?」
 碧乃が問いかける。ドアの向こうではなく、隣に立つ柊一朗に。
「……いるね。でも、悪いものじゃない気がする。なんだろう……不思議な感じだ」
 怪訝な表情を浮かべながら、柊一朗はノブに手を掛けた。一呼吸置いてドアを引くと、ひやりとした空気が六人のあいだを通り抜ける。廊下に流れるうるさいほどのBGMが、ぴたりとやんだように錯覚した。ありえないはずの静寂の向こうに、六人は目を見開いた。
 そこにいたのは、人の形をなした、神々しいほどの白。透き通るような銀。
 満月を閉じ込めた双眸が、六人を射抜く。

「――――私が見えるのか」

 凛とした声が頭の中に響いた。
 六人はまばたきも呼吸も忘れる。だがツッコミは忘れなかった。
「見えるよ!!!」
 中田の叫びを皮切りに、再び喧騒が戻ってくる。
 カラオケルームの中央に立つ、銀髪銀眼白フードの人物は、まるで動じることなく続けた。
「わが名はアーディス。PoPを送るモノだ」
「知ってるよ!!!」
 間髪入れずに中田がつっこむ。広塚は頭痛に苦しむように額を押さえ、水市は今すぐ帰っていいですかという表情をしていた。柊一朗はどう対応したらいいものかと困惑している。事態を呑み込めていないのは、碧乃となる子のふたりだけのようだった。
「なになに? 知り合い? 何がいるの?」
「みなさん誰とお話してるのですか!? ずるいですーっ!」
 どうやらふたりにはその姿も視えていないらしい。本人と少年三人に代わって柊一朗が説明する。
「えーっと……どうしてここにいるのかは置いといて。アーディスさんだよ。ほら、この前広塚くんの後ろにいた」
「ああ! なんか一瞬白っぽいものが見えたんだけど、あとは声が聞こえるだけで……。そっか、あのときの」
「ええーっ!? わたしには声も聞こえませんよう! どんなかた!? 何をおっしゃっているのですかっ!?」
 見たい見たいー! と駄々っ子のようにわめくなる子だったが、ふとなにかを思いついたようにポケットに手を入れた。取り出されたのはデジカメ。どんなときでもそれだけは肌身離さず持ち歩いているらしい。
 なる子はデジカメを室内へ向けると、液晶モニターを覗き込んだ。するとそこには肉眼では認識できなかったものが映っている。
 銀色の髪と、同じく銀色の瞳を持つ人物。
 それはなる子が対面を切望したこの世ならざる存在だった。モニターに映るその姿は、生身の人間と変わりないのだが、なぜか今にも消えてしまいそうな儚さを感じてしまう。
「わっ、わあ……っ! これが噂のアーディスさん……!!」
 感無量といった様子でなる子がため息を漏らす。つられて碧乃もモニターを覗いた。
「おおっ! 想像以上の美形!」
 こちらはなにか別のところで感動しているようだった。
 その脇で、なる子が反射的にシャッターを切ろうとする。しかし、レンズがズームするだけで、何度やっても撮ることができない。
「無駄だ」
 アーディスが一言切り捨てる。しかし、当人の耳には届かないため、なる子は試行錯誤を繰り返す。その後、どうやっても撮ることができないことを悟り、ようやくあきらめた。
 データに残せないのなら、モニターに映る姿を網膜に焼きつけるしかない。幸いデジカメは暗部補正機能搭載のため、照明を落とした室内でも、白い衣服に身を包んだ人物の姿をばっちり確認することができた。技術の進歩バンザイ。
「――で、なにしてんのアーディス」
 真っ先に問うべきことを、ようやく広塚が口にした。そうそうそうだよ、と一同がうなずく。
「……なに、とは? おまえたちはここに来て宿題でもするのか」
「しないよ! ここはカラオケ、歌を歌いに来るところ! ……って」
 自分で言って、はたと気づく。……まさか。

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