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PoP×冥探偵日誌 4


九重区七不思議その48・エリア91の怪 前編



 その日、高橋探偵事務所に珍しい訪問者があった。
「こんにちは……あああああッ!?」
 ――が、来客たちは事務所のドアを開けて一歩足を踏み入れた瞬間、悲鳴を上げてすぐさま退室してしまった。
 開いたとたん閉まってしまったドアを見つめ、事務所内の人間は首をかしげる。いったいなんだというのだろう。まるで化け物にでも出くわしたかのようなあわてぶりだ。
 対する壁一枚隔てた向こう側、入り口の外では、訪問者三名が緊急会議を開いていた。
「オイ……どうする? まずいって」
「なんでいるんだよ……予定外だろ」
「やっぱり前もって連絡入れとくべきだったか……」
「あとの祭りだな」
 などと顔を寄せ合いこそこそ語り合うのは私服姿の少年たち。三人とも、長月中学校に通う二年生だ。
「小野のやろう、休日なら大丈夫とか嘘じゃねーか!」
 憤慨した様子で声を荒げるのは、中田 祐希ナカタ ユウキ少年。
 ふだんは明るく活発なのだが、今はありあまる元気をすべて怒りに変換しているようだ。どこぞへとクレームを入れようとするが、「出ねえ!」と叫んで叩き折る勢いで携帯をしまった。
「帰る……っていっても、ここまで来てそれはなあ……」
 やれやれとため息をつくのは、水市 晴時ミズイチ セイジ少年。
 中田とは反対に落ち着き払ってはいるが、それでもだいぶピキピキきているようだ。腕を組み、しきりに足を鳴らしている。たんたんたんと床を叩くその音には、確実に苛立ちが混じっていた。
 そして残る一名も、同じように腹を立てて――は、いなかった。
「……なに? なんの話?」
 ひとり事態が呑み込めず怪訝な表情を浮かべるのは、広塚 啓也ヒロツカ ケイヤ少年。
 よくわからないが、なにかやっかいごとに巻き込まれていることだけは間違いなさそうなので、面倒そうに眼鏡の奥で目を細める。そもそも、例によって小野 勇オノ ユウの命令……もとい気まぐれに付き合わされることになった時点で、やっかいごと決定なのだが。
「――とりあえず、おまえだけでも帰れ」
「そうだ広塚。おまえは帰ったほうがいい」
 中田と水市が、がしりと広塚の肩をつかんで告げる。どうやらそれが会議の結果らしい。
「……帰っていいなら帰るけど。でも理由くらい説明しろよ」
「それがその」
 中田が言いかけたとき、言葉をさえぎるように事務所のドアが内側から開けられた。思わず固まる中田と水市だったが、現れた人物が碧乃だったため、安堵して表情を緩めた。
「どうしたのみんな。そんなとこにいないで入りなよ」
「あっ、芹川さん……。それが、広塚のやつ、その、急に気分が悪くなったみたいで」
 三人を招き入れようとする碧乃に、中田がしどろもどろに説明する。ちらりと水市にアイコンタクトを送ると、彼も理解してくれたようで、そのあとに続いた。
「そっ、そうそう! なんか頭痛と腹痛が一緒に襲ってきたとかで。あっ、熱もあるのかも?」
「本当? 広塚くん、大丈夫? 少し休んでく? 薬もあるし、もしあれだったら病院に……」
「え? いや、俺はなんともブッ!!」
 答えかけた瞬間、中田のエルボーがわき腹に入り、広塚はその場に崩れ落ちた。具合悪さのあまり倒れたのかと勘違いした碧乃があわてるが、中田と水市がすかさず介抱するふりをして広塚の両脇を固めた。
「広塚? おい広塚!? ……まずい、意識が飛んでるか、さもなくば死んでるかのどっちかだ!」
「本当か? とにかく安静にしないと……。こういうときは寝慣れた自宅のベッドが一番だって、昔おやじが言ってたような気がするぜ!」
「院長であるおまえの父親が言うなら間違いないな! よし。広塚、すぐに家に帰るんだ」
「えっ!? 待って、今先生を呼んで――」
「やっ、大丈夫です! こいつインフルエンザで学級閉鎖になったときも、ひとりで登校してきたくらい丈夫なやつですからっ。きっとどっかで拾い食いでもしたんですよ。も〜、啓ちゃんたら食い意地が張ってるんだからあ!」
「あー、あれは長月中の伝説になったよな! だから心配しないでください。俺がそのへんでタクシー拾って乗っけますから。こんなやつのためにしゅーちゃんの車のガソリン減らすことないです。温暖化を促進させるだけで、いいことなんてひとつもありませんよ」
「水市の言うとおり! いざとなったら帰巣本能発揮して這ってでも帰れます。なっ、広塚!」
「…………」
 ちなみにこの間、広塚はふたりの友人に思いっきり足を踏まれ、とても声を出せる状態ではなかった。
「そ、そう……。それじゃあ広塚くん、気をつけて帰ってね」
 どうも様子がおかしいが、広塚の顔色が悪いのは確かなので(理由は足の痛みに悶絶しているため)、碧乃は心配しながらも広塚を送り出そうとした。
 これでひとまずは安心と、中田と水市が胸をなでおろしたのも束の間、
「伝説!? 長月中に伝わる口承文学ですかっ? フォークロアのたぐい!? 初耳です! ぜひお聞かせ願いたいものですねっ!」
 これ以上ないほど瞳を輝かせた少女が、碧乃の後ろから飛び出してきた。
 ――出た!!
 中田と水市の声にならない叫びが重なる。ドアを開けた瞬間回れ右したのも、緊急会議を開かざるを得なかったのも、大げさな演技をしてまで広塚を帰そうとしたのも、すべてはこの少女――三度の飯より食後のデザートよりオカルト大好き誠明高校都市伝説研究解明同好会会長・如月 なる子、その人のせいだった。
 どうやら先ほど水市がぽろっと口にした「伝説」という単語に反応し、事務所のソファーから飛んできたようだ。口は災いの元。水市は心底実感した。
 さらになる子は、後輩とその友人の後ろにいる初対面の少年を目ざとく見つけて声を上げた。
「おやおやおやーっ? もしかしてもしかして、その子が本物の広塚 啓也くんですかあっ!?」
 ……かくして、友人を思う中田と水市の健気な努力は泡と散ったのだった。

 再び事務所に足を踏み入れた三人の少年は、応接用ソファーに腰を下ろすや否や、なる子のオカルト談義と質問攻めの二段攻撃をくらうはめとなった。
 席に着いたとき碧乃が出してくれたコーヒーは、三人が一度も口をつけることのないまますっかり冷めきってしまった。このあたりからなる子の話の長さがうかがい知れるだろう。
 いまだ元気なのは彼女ひとりで、中田と水市はすっかり疲弊しきって相づちを返すのがやっとだし、広塚にいたってはそれすらできず、本当に意識が飛んでいるか、さもなくば死んでいるかのどちらかな状態だ。それもそのはず、なる子の口からマシンガンのごとく連射される質問という弾丸の標的は、ほぼ広塚のみにしぼられていたのだから。
 こうなる事態を予測していたため、中田と水市は、事務所内になる子の姿を認めたとたん、広塚を帰そうと画策したのだった。なにしろ広塚には、「おまえに会いたがっているオカルトマニアの先輩がいる」という話を聞いただけで卒倒してしまった過去があるのだ。
 この先輩とは言わずもがな、如月 なる子のことである。
 碧乃も同じオカルトマニアには違いないのだが、彼女を一過性の春一番にたとえるのなら、なる子は暴風・暴雨・雷をともなう台風だ。ありとあらゆるものを巻き込んで暴れまわり、通り過ぎたあとには甚大な被害を残して去っていく。つまるところ、たちが悪い。
「それでっ! 例のアーディスさんとやらはどちらにっ!?」
 一段と瞳を輝かせ、さらにはテーブルに身を乗り出し、なる子は尋ねた。
 彼女がこれほどまでに広塚に執心するのにはいろいろと理由があって、先ほど彼を指して「本物の広塚 啓也くん」と言ったこともそのひとつなのだが、やはり一番大きな理由は広塚のそばにいるこの世ならざるもの――アーディスの存在だった。
「……いや、それが」
 すっかり魂がどこかへ飛んでいってしまった広塚本人に代わり、中田が答える。こちらもかなりぐったりした様子ではあるが。
「今日はいないみたいっす。朝から見かけてないらしくて」
「ええー! そうなの? ぜひぜひお会いしたかったのにぃ……!」
「四六時中一緒にいるってわけじゃないですからね。まー人間じゃないってだけで、ただの無口で無表情な甘党っすよ」
「中田おまえ……聞かれてたら送られるぞ?」
「PoPみたいに? あれどこに送ってるんだろうな。天国?」
 雑談を始める中田と水市を前に、なる子はぶーと頬を膨らめた。あきらめきれないのか、ソファーに腰掛けたままへんじがないただのしかばねと化している広塚をじっと見つめている。
 しばらくそうしていたなる子だったが、ふと思い立ったように懐からデジカメを取り出すと、突然なんの断りもなく広塚を激写した。一枚や二枚ではない。席を立ち、連射モードでぐるりと三百六十度、あらゆる角度から広塚をレンズに収めている。
 これにはさすがの広塚も意識を引き戻された。
「え、ちょ、なんですか!? やめてください!」
 しかしなる子の耳には届かず、それからさらに広塚の周りを十周ほどする。シャッターを切った回数が三桁に届きかけた頃、なる子はようやく気が済んだらしく撮影を終えた。そして即座に撮ったばかりの画像をチェックしはじめるが、すぐさま落胆したように息をつく。
「むうう〜……ほんとに何もいないようですね」
「はいはいなる子ちゃんそこまで」
 現れた碧乃が、なる子のデジカメを横からひょいと取り上げる。なる子はあっと声を上げたが、先輩に逆らえるはずもなく、不満げな表情を浮かべるだけだった。
 デジカメをぽちぽちと操作しながら、碧乃が本人に代わって謝る。
「ごめんね広塚くん。画像は全部消しておくから」
「は、はあ……」
 広塚はいまだに面食らったままだが、碧乃の制止のおかげでやっと事務所内に落ち着きが戻った。それまで口を挟むこともできず、デスクから眺めているしかできなかった柊一朗が、広塚たちのもとへ歩み寄りながら尋ねる。
「三人とも、なにか用があってここに来たんだよね?」
 その質問で、来客三人は本来の目的を思い出し、はっとわれに返った。
「そうなんですよ高橋さん!」
 真っ先に答えたのは広塚だった。弾かれたように席を立ち、柊一朗の手を取って見上げる。こころなしかその瞳には涙がたまっているようにも見えた。
 その様子を見て、中田と水市がこっそりささやき合う。
「……あいつ、みょ〜にしゅーちゃんに懐いてないか?」
「前のカウンセリングが効いてるんじゃない? しゅーちゃん、昔っから子供に好かれるタイプだったから」
「ああ、なんかわかるわ」
 とりあえず座って話そう、と諭され、広塚は再び着席した。向かいのソファーに柊一朗となる子が腰掛け、コーヒーを淹れ直してきた碧乃が最後に席に着いた。
 これでようやく本題に入ることができる。じつに長い前置きだった。
「ええと、ですね。今回もまた小野に借り出されまして」
「小野くん……ああ! なる子ちゃんの後輩で、前途有望そうな少年ね」
 ――ええ〜?
 小野のガキ大将ぶりを知る三人は、声にこそ出さないが、碧乃の発言に思いきり否定する。確かに大物にはなりそうだが……。オカルト好きなところが碧乃の好感度を上げたのだろうか。
 説明役・中田は、腑に落ちない思いを抱きながらも続ける。
「まあ、はい。その小野が言うには、最近、とあるカラオケボックスに幽霊が出るっていう噂が広まってるらしくて。それを調査して、あわよくば解決してこいって命令……いや頼みを受けたんです。でも俺たちだけじゃ心もとないんで」
「できればしゅーちゃんたちに力を貸してもらいたいなー、と思いまして、こうしてお邪魔したしだいです」
 水市が付け加えると、柊一朗はふむふむとうなずき、碧乃となる子は「幽霊」という単語に目を光らせた。
「なんかきみたちも大変だね……。うん、僕たちでよければ力にならせてもらうよ」
「サンキューしゅーちゃん!」
「でもわざわざうちの事務所に来るってことは、そのカラオケボックス……」
「そう、九重区にあんの。確か名前は――」
「エリア91ですか?」
 驚愕の声が五つ上がった。みな一様にはてなとびっくりマークを頭の上に連ならせ、発言者のなる子を見つめる。
「知ってるの? なる子ちゃん」
「はい! その話を小野くんにしたの、わたしですからっ」
 ――おまえ経由かよ!
 少年三人の心のツッコミが重なる。まさか、今まで小野に変な入れ知恵をしていたのはすべてこの人なんじゃ……。
「九重区の怪奇現象でわたしが知らないことなどひとつもありませんよっ。それはずばり、九重区七不思議その48・エリア91の怪です!」
 ――“七”不思議じゃないのかよ!
 今度はなる子を除く全員のツッコミが重なる。あくまで心の。高橋探偵事務所に妙な一体感が生まれはじめていた。
 気を取り直して碧乃が尋ねる。
「エリア91って、『キューイチ』だよね? 誠明高校の近くの」
「はい! 誠高生御用達のキューイチです。友達がそこでバイトしてて、わたしもその子から聞いたのですけど……誰もいないはずなのに、機械の電源が勝手に入ったり、内線がかかってきたり、監視カメラに妙な人影が映っていたり、まあオーソドックスな幽霊話ですねっ」
「へえ〜。私は初耳だな。最近の話?」
「そうですね。ひと月くらい前から……ですかね、噂になりだしたのは」
 なる子があらかた話してくれたので、中田たちが説明する手間が省けた。柊一朗たちの協力も得られたことだし、となればすることはひとつ。
「オッケー。じゃあさっそく現場に向かいましょうか」
 碧乃の言葉を合図に、一同はカップのコーヒーを飲み干すと揃って立ち上がり、意気揚々と事務所の入り口へと向かった。ただし、ついていけなかった者が若干二名。
「何してるんですか先生。さっさと出掛けますよ。行動は迅速に!」
「広塚も! のんびりコーヒー味わってないで行くぞ」
「…………」
「…………」
 ソファーから腰を上げようとしない広塚と柊一朗は、無言で顔を見合わせる。ややあってから、ふたりはけだるげに答えた。
「……俺はいいよ。ここで待機してる」
「僕も……。なにかあったら行くから」
 それを聞いて、すぐさま中田と水市が広塚に、碧乃となる子が柊一朗に反論する。
「ずりーぞ広塚! 自分だけサボろうなんて!」
「そーだそーだ! 小野に言いつけっぞ!」
「なにかあったらって、なにかあるから行くんじゃないですか!」
「先輩が中学生男子とラブラブデュエットしてもいいのですねっ!?」
 ……なにかひとつおかしな発言が混ざっていたような気もするが。
 しかしだるだるな二人組は聞く耳持たず、また顔を見合わせる。そして同時にぽつりと呟いた。
「「カラオケ苦手なんだよね……」」

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