キャラ投票記念小説/1位 芹川 碧乃


武勇伝をひとつ



 旧校舎二階の一番奥にある準備室は、もう五十年以上閉ざされたまま。部屋の中は異次元に繋がっており、近づいた者は二度と戻れなくなる。

「――と、これが我が誠明高校に伝わる七不思議のすべてよ」
「はぁ」
 オカルト研究同好会、略してオカ研会長の長々とした解説を聞き終わり、俺はため息のような返事を返した。一つ目の『ひとりでに鳴るピアノ』から始まり、七つ目の『開かずの準備室』まで、よくそれだけのことをすらすらと言えるものだ、と感心しつつ呆れつつ。
 オカ研は、一年前にこの会長・芹川 碧乃が自ら立ち上げた同好会だ。俺はそこの幽霊部員をやっている。頭数を揃えるために友人の誘いで半ば無理やり入会したのであって、決してオカルトに興味があるわけではない。俺としては、本命の空手部の方に力を入れたいところなのだが――今日はなぜか会長とマンツーマンで活動することになってしまった。
「そしてこれが五年前の七不思議。卒業生に聞いて調べたものよ」
 そう言って前を歩く会長は、手にしていたレポート用紙を差し出した。
 理科室の怪、亡霊の演奏、トイレの花子さん……順番や名称に違いはあれど、すべて会長が話したものと同じ内容だ。ぱらぱらとめくっていくと、さっき聞いたばかりの『七つ目、開かずの準備室』いう見出しが目に入った。
『旧校舎二階の一番奥にある準備室は、五十年以上閉ざされたままである。鍵は存在せず、中がどうなっているのか知る者はいない』
 ふと違和感を覚える。会長が話したものとは少し内容が違っているような。
「七つ目って、確か中は異次元に繋がっているんじゃありませんでしたっけ? こっちには書いてないみたいですけど」
「そう!」
 静まり返った廊下に会長の声が響き渡った。
「よくぞ気づいた永瀬! 私の独自の調査によると、『中は異次元に〜』のくだりができたのはここ数年で、少なくとも五年前まではなかったようね。それまでは単に扉が開かないってだけだったから、あまり怖がる人もいなかったみたい。それが今では異次元に繋がって、おまけに近づいただけで帰ってこられなくなるっていうんだもの。おかげで気味悪がる人も多くて、みんな放課後はおろか、昼間だって極力近寄らないようにしているわ」
 毎度のことながら、会長のオカルトに対する探究心と行動力には恐れ入る。それさえなければ普通に可愛い先輩なのに。
 それはともかく、会長の話は確かにそのとおりだ。怖いもの知らずが中を覗こうとし、誰もいないはずの準備室で人影を見て逃げ帰ったという話も聞く。そのせいか、七不思議を気にしている人は結構多かった。俺だって進んで行きたいと思う場所ではない。会長はまぁ、別として。
「内容が変わったのには、何か理由があるはずよ」
「もしかして、その理由を調べに行くつもりなんですか?」
 黙って会長についてきたけれど、気づけばここは旧校舎だ。この階段を上りきれば二階。その先には噂の準備室がある。旧校舎には、技術室とあまった机と椅子が置かれた空き教室しかないため、授業以外で訪れることはあまりない。放課後の今は誰もいないだろう。
 会長は質問には答えず、顔だけをこちらに向けた。そこには不敵な笑みが浮かんでいる。そして人差し指を立てて口に当て、「静かに」のジェスチャー。
 よくわからないがとりあえずそれに従う。会長はよし、というように頷くと、忍び足で廊下を進んでいった。古い木造の廊下が二人分の体重で時折軋む。やがて廊下の突き当たり、つまり噂の準備室の前に差し掛かり、会長は忍者のように壁に張りついた。俺も慌ててそれに習う。会長は人差し指を口に当てたまま、左手で準備室のドアを指差した。「聞こえる?」そう言っているように見え、耳を澄ませてみる。

「これが……の分だ」
「……約束の……」
「こっちは……二年……だな」

 中から聞こえてきたのは話し声。一瞬、幽霊かと思いひやっとしたがそうではない。それは明らかに人の声、それも何人かの男子生徒のものだ。開かずの準備室に、誰かいる。
「ああいう噂を流せば、いわく付きの場所には誰も近づかなくなる。そこを利用したのね」
 会長は声を潜めて囁いた。
 つまり、人を近づけないために、誰かが故意に七不思議を改ざんして広めたということだろうか。そう尋ねようと思った時には、すでに会長は行動に移っていた。
「そこまでよ!!」
 大声と共に勢いよくドアが開かれる。鍵すら存在しないから、『開かずの準備室』と呼ばれているんじゃなかったのか?
「なっ……なんだよお前ら!?」
 慌てて声を上げたのは、中にいた男子生徒の一人だった。教室の三分の一ほどしかない狭い部屋の中には、中央に長テーブルが一卓あり、それを囲むように三人の男子がいた。校章を見ると、全員会長と同じ三年らしい。テーブルの上には何枚もの写真が広げられ、男子たちが金を手にしているところを見ると、なんらかの取り引きをしていたことは明白だ。
「悪を憎んで霊を憎まず。オカルト研究同好会会長、芹川 碧乃よ!」
「……はぁ?」
 意味不明なその名乗りに、男子三人だけならず、俺まで思わず拍子抜けしてしまう。しかし会長は怒りを込めて言い放った。
「由緒正しき誠明高校七不思議の伝統を汚しただけでなく、あまつさえ、それを利用して神聖なる開かずの準備室をいかがわしい取り引きの現場に使うとは不届き千万! あなたたち、覚悟はできているんでしょうね!?」
 由緒正しき? 伝統? 神聖なる?
 ツッコミたくて仕方なかったが、今割って入ると恐ろしい目に遭いそうだ。触らぬ会長に祟りなし。喉まで出かけた言葉をぐっと呑み込んだ。
「何わけのわかんねぇこと言ってんだよ!」
「これを見たからにはどうなるかわかってるだろーな!?」
「お前ら二人、ただじゃおかねぇぞ!」
 お約束の言葉ながら、男子たちは凄みを利かせて詰め寄ってくる。さすがの会長とは言え、男三人相手に力で訴えられたら勝ち目はないだろう。
「会長、まずいですってこれ……」
「あなた!」
 俺の警告など聞きもせず、会長は男子の一人をビシィッと指差した。思わず全員が動きを止める。
「今日、体育の授業で足を捻挫したでしょう!」
「は? あ……!」
 見ると、その男子は確かに左足首に包帯を巻いていた。すかさず会長が別の男子を指差す。
「そしてあなた! 昨日、下校中に自転車で大転倒したでしょう!」
「お、おお……」
 見ると、やはりその男子も手の甲に大きな擦り傷を作っていた。さらに会長はもう一人の男子を指差す。
「最後にあなた! 三日前、飼い犬のエリザベスちゃんが亡くなったでしょう!」
「な、なんでそれを……!?」
 見ると……、こればっかりはわからなかった。しかし、男子の反応を見ると当たっているようだ。
 彼らが動揺している隙に、会長はさらに畳み掛ける。
「この準備室は誠明高校ができて間もない頃、些細なことで教師の反感を買った男子生徒が指導という名の体罰を受けた場所なのよ! 衣服を剥ぎ取られ、竹刀で叩かれ、倒れたところを蹴り飛ばされ、気を失ったら冷水を浴びせかけられ……二月の凍えるような寒さの日だった。もともと体の弱いその子は、体罰の果てに亡くなってしまったそうよ」
 その壮絶な内容と怒涛の語りに、俺も男子たちも言葉を失う。会長はなおも続けた。
「それからというもの、誰もいないはずのこの準備室で人影を見たり呻き声を聞いたりしたという生徒があとを絶たなくなった。それが原因で開かずの準備室となったのだけれど、いつの時代も面白半分で近寄ろうとする馬鹿はいるようね。その人たちはみんな三日三晩寒さと体中の痛みを訴え、原因不明の高熱で亡くなったそうよ。死に顔は語るもおぞましいものだったとか。これはもう呪いとしか言いようがないわね。――そして!」
 びくり、と全員が肩を震わす。固唾を呑んでそれに続く言葉を待った。
 会長は引きつった男子たちの顔を見回すと、声を潜め、ゆっくりと、けれど威圧感をたっぷり込めて断言した。
「あなたたちの身の回りで起こったことは、この呪いの序章に過ぎないわ。命が惜しくば、これまでの行いを悔い改め、二度とここには近寄らないことね」
 しん、と辺りが静まり返る。薄暗い校舎の狭い部屋の中、会長以外は言葉と動きを忘れていた。
 ややあって一人が我に返り、ひじで隣の男子をつつく。
「お、おい、もう行こうぜ」
「あ、ああ……」
 その男子も頷くが、最後の一人は従わなかった。
「んなこと信じるわけねーだろ!」
 そう叫ぶや否や、会長目掛けて襲い掛かった。会長はとっさに構えを取ると――
「永瀬!」
「は……え? ちょっ、会長!?」
 ひらりと俺の後ろに身を隠し、行け! とばかりに背中を押した。前を向くと、俺より明らかに体格のいい男子が今にも殴りかからんと目の前にまで迫っている。俺は驚きと焦りでわたわたと手を振り回した。
「待って待って待って!!」
 びたーん!
 木造校舎を音と振動が駆け抜けた。廊下に仰向けにひっくり返った男子を始めとし、その場にいる全員が呆然と固まっていた。ただ一人、勝ち誇った表情を浮かべている会長を除いて。
「ちょうど四時だったというわ、ここで男の子が亡くなったのは。だから今もその時間になると……」
 カタカタカタカタカタ
「ひッ」
 思わず男子の一人が息を呑んだ。壁際の棚に置かれたダンボールのひとつが小刻みに震え出したのだ。同時にチャイムが鳴る。それは四時ちょうどを知らせるものだった。
「まっ、マジかよ……!!」
 男子たちは入り口に立つ俺を押しのけ、我先にと準備室を飛び出した。廊下に倒れていた男子も這うようにして去っていく。バタバタという騒がしい足音が遠ざかり、校舎内は再び静まり返った。
「か、会長、これ、ホントに……?」
 怯えながら指差すと、会長はおかしそうに笑って、いまだ振動を続けているダンボールの蓋を開けた。
「ばっかねぇ。ケータイよケータイ。昼間のうちにアラームをセットして放り込んでおいたの」
 中から取り出されたのはマナーモードで震え続けるケータイ。思わず脱力する。
 会長はテーブルに広げられた写真を拾い集めながら言った。
「それにしても、見事な一本背負いだったわねぇ。さっすが空手部」
「いや、空手に投げ技はありませんから……」
 男子が襲い掛かってきた時、俺はとっさに右手で襟を、左手で腕を掴み、そのまま投げ飛ばしてしまったのだった。体育の授業でやった柔道が役に立ったらしい。しかしはたと気づく。
「会長……始めから全部わかってたんですね? 七不思議がどうして変わったのかも、ここで何が行われているのかも」
 じろりと睨むが、会長は悪びれる様子もなく、集めた写真を一枚一枚眺めている。
「女子の着替え、校内でイチャついているとこ……うわ、校外で撮った写真まである。これをネタに脅したり、陰で売りさばいたりしてたのね。実にけしからん連中だ」
 一通り見終わると、会長はようやく顔を上げた。
「鍵が存在しないってのは本当よ。随分前になくしちゃったみたい。ただ、別にたいしたものがしまわれているわけじゃないから、新しく作り直す必要性がなかっただけ。『開きっぱなしの準備室』より、『開かずの準備室』の方が、断然七不思議っぽいでしょ?」
「はぁ……って、ちょっと待ってください。それじゃ、さっき会長が言っていた、ここで昔男の子が亡くなったっていうのは……」
「噂は一人歩きするものよ♪」
 ぱちんとウィンク。棒立ちする俺を残し、会長はさっさと部屋をあとにしてしまった。「ご苦労ご苦労」と後ろ手に手を振りながら。
 そこですべて理解する。
 会長は全部わかっていた。言うなれば俺はボディーガード代わりだ。もちろん、男の子が亡くなったというのも口からでまかせ。おそらくここで不正な取り引きが行われることはもうないだろう。由緒正しき七不思議の伝統と、神聖なる開かずの準備室は守られ、すべて会長の目論見どおりというわけだ。
 本当に、心底敵に回したくない人である……。

 その後、誠明高校七不思議の七つ目がまた少し変化した。今度のは、『開かずの準備室に近づいた者は、日頃の行いが悪いと天罰が下る』というものだ。俺はその天罰を目撃した、数少ない当事者の一人である。

FIN.


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