||| 銀色の月 |||


 たぶん……あくまで推測だ。でもこれは、日本でオレが初めてだと思う。
 ――そう、死神を自宅に招いたなんてのは。


03 : 始まりの新月


「えーと……よし! 単刀直入に訊く。おまえって『死神』?」
『…………』
 ここはオレの部屋。そして今目の前にいるのは、朝の事故、それから病院で出会った死神(?)だ。
 そもそもどうしてこんな異常な事態になったのかというと――話は小一時間ほどさかのぼる。

***

 病院の前でこの死神との接触に成功したオレ。このチャンスを逃すわけにはいかない。そこでこいつをいろいろと問いつめようとしたのだが――
「待てよ? おまえってオレにしか見えてないんだよな?」
『……そうらしいな』
「それってつまり、オレがここでおまえと話してるのを周りから見れば――」
『独り言を言ってる怪しい奴』
「……だよな」
 いくらなんでもデカイ声で独り言を言い続けている怪しい奴には見られたくない。おまけに場所が場所だ。病院の前じゃシャレにならない。どう考えたって、それは頭のおかしい奴だ。
 そう思い、なにはともあれ場所を移動することにした。
(一人きりになれる場所……)
「自分の部屋、だよな。やっぱ」
『…………』
「オレんちに行くのはいいとして……おまえ、ずっとオレについてくるのか? 電車にも乗るし、ちょっとかかるんだよ。いくら周りの奴らには見えてないからって、ずっと死神と一緒なんてのはなぁ……」
 まだはっきりこいつが死神だって決まったわけじゃないが、得体の知れない奴であることに変わりはない。そんな奴と一緒に電車移動だなんて、さすがのオレでも気が進まない。まぁこれからその『得体の知れない奴』を自宅に招こうとしているわけだが……。
 オレが考えこんでいると、初めて死神のほうから口を開いた。
『別にずっとおまえにつきまとう気はない。その行き先に着いたらまた現れる。それでいいだろう?』
「いいだろう? っておまえ、じゃ、その間どっか行ってるってことか? オレにも見えなくなるってことか?」
『説明してもどうせ理解できない』
「あ〜……はいはい、そうですか。わかりましたよ。それじゃ今からうち帰るけどな、そのまんま二度と現れないなんてことはないだろうな?」
『たぶん』
「…………」

***

 ――というわけだ。
 今この死神話してるのを見ればわかるだろうが、オレが自分の部屋に入るとこいつは約束どおり姿を現した。何もない空間から突然現れたこいつに不覚にも驚いてしまったオレだが、それを見て改めて普通の人間ではないことを実感した。
 そして話は最初の質問に戻るのだが――
「どうなんだよ? おまえが今噂になってる『死神』ってやつなのか?」
『うわさ……?』
「ああ。なんでも死をもたらすって話だぜ。確かに朝おまえといたオッサン、電車にはねられて死んじまったもんな。銀髪・黒尽くめっていう容姿もまんま当てはまるし」
『死神……死神か。おまえたちのあいだではそいうことになってるのか……』
 そいつは『死神』という単語を何度も繰り返す。そう呟く表情は、どこかおかしそうな、でも少し哀しそうな、複雑な顔だった。
「違うのか?」
『厳密にいうと違う。俺たちは天導使だ』
「テンドーシ……? なんだよ、それ」
『天導使。魂を天へと導く使いの者。……まぁ、おまえたちにとっては死神と変わりないんだろうけどな』
「??? もうちょっとわかりやすく説明してくれないか?」
 その死神……じゃない、天導使の話はこうだった。
『天導使』。名前のとおり、死んだ奴の魂を天へと導くことが役目だという。
 なんでもこの世界は、オレたち生きてる奴らが暮らす『下界』と、死後の世界『天界』、そして二つの世界のあいだにある『冥界』の三つに分かれているらしい。
『天界』っていうのはいわゆる天国みたいなもんで、最終的に魂はそこへ向かうことになる。だけど魂はちゃんと導いてやらないと、そのまま下界に留まったりしてやっかいなことになるらしく、それを防ぐためにいるのがこの『天導使』……というわけだ。
 つまりこいつら天導使は別に死をもたらすわけじゃなく、あらかじめ死ぬとわかっている奴のところに現れて、そいつが死んだあとその魂を天界へ連れていっていたのだ。
「はぁ〜なるほどね〜。んじゃやっぱり死神とは違うわけだな」
『死神が存在すればの話だが、やってることにたいして違いはないだろう。現に俺たちが現れたときは、必ず誰かが死ぬ』
「んん? じゃああのときおまえが病院いたのは、もしかして救急車で運ばれて来た奴が……?」
『そう』
「それで『来た』って言ったのか。……って待てよ!? 今ここにおまえがいるってことはつまり……オレ、死ぬのか!?」
 慌てふためくオレ。
 だってそうだろ? 今までのこいつの話を聞いてれば、こいつは必ず死ぬ奴のところに現れるわけだから。
 すると天導使は、そんなオレを見て少しだけ笑った。
『いや、おまえは死なない』
「じゃ、じゃあなんでここにいるんだよ?」
 その質問に、そいつは少しだけ考える。そして思い出したようにぽつりと言った。
『興味があったから』
「……は? 興味?」
『天導使が見えることは確かに珍しいけれど、ないことじゃない。現に噂になっているみたいだし……。でもここまで俺がはっきり見えて、しかも話までできる奴に会ったのは初めてだったから』
「ふーん……天導使とやらにも人間らしい感情があるんだな」
『――!』
「人間らしい」そう言った途端、そいつは思いがけず驚いた顔をした。そんな表情を見て、オレはますます人間らしさを感じてしまう。
(人間、人間ねぇ……)
 と、そこで初めて重要なことに気がついた。病院で初めて言葉を交わしたときから気になっていたことだ。けれど、こいつの話す話の内容と、『天導使』っていう存在のほうに興味を引かれてすっかり忘れてしまっていた。
「おまえ、性別は?」
 オレ的にはかなり重要なポイントだ。いや、別に女であることを期待しているわけじゃない。こいつの場合、性別の判断がしづらいのだ。
 当の本人はきょとんとしている。しかしすぐに質問の意味を理解したように頷いた。
『ああ、男か女か、ということか?』
「そうだよ。ほかに何があるんだよ」
『それはそんなに重要なことなのか?』
「重要だろ!?」
『……おまえはどっちだと思う?』
「はぁ? どっちって、それがわかんねぇから訊いてんだろ?」
『わからないのか?』
「あー、あー……まぁ見た目女っぽいけどな。でもしゃべり方は男っぽいよな。自分のこと『俺』とか言ってるし。ま〜そうなると……男、かな。やっぱり」
『じゃあそれでいい』
「はぁぁ? 『じゃあ』ってなんだよ『じゃあ』って。はっきりしろよ、男なんだか女なんだかさぁ!」
 思いっきりまぬけな声を出してしまったオレに、そいつはまた少し考える。
『……ない』
「……ない?」
『性別』
「…………」
『…………』
 ああ……なるほどね。そうだった、そもそもこいつは人間じゃない。人間じゃないんだから性別もへったくれもないのだ。
「……わかった。わかったよ。じゃあオレはおまえを男だと思って接するからな」
『別に、かまわない』
 どうやら本当に、こいつにとって性別なんてどうでもいいものらしい。おまけに人間の常識も通じないようだ。
 しかしそこでオレはまたしても重要なことに気づいてしまった。はっきりいって、これは性別なんかよりもずっと、ずーっと大切だ。
「おまえ、名前は?」
 名前。これはかなり重要だ。いくらなんでも、ずっと「おまえ」だとか「天導使」で呼び続けるわけにはいかない。性別はないとしても、名前くらいはあると思うのだが……。
「まさかおまえ、名前もないなんて言うんじゃないだろうな?」
『…………』
「お、おい、マジで? それもオレが決めろってか?」
『……シオン』
「へ?」
『名前。シオンだ』
「あ……あ、そう。……って、なんだよ脅かすなよ! よかった。とりあえず名前はあるんだな。シオン、ね。OK、OK」
『…………』
「あ、おれは誠二。藤川 誠二な」
『セイジ……?』
「そ、よろしくな。シオン」

 今思えばこのときの「よろしく」がいけなかったのかもしれない。
 こいつ――シオンを部屋に入れたとき、オレは日本で始めてかもしれないなんて思ったが、今度ははっきり言える。
 これはオレが日本で、いや、世界で初めてに決まっている。
“天導使と同居する男”
 これは間違いなくオレが初めてだ。そう、この日から、オレとシオンの奇妙な同居生活が始まってしまったのだ。

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